「9、9…」
「は? 救急?」
「あ、いや、違う違う。数字の9だよ」
「それがどうかしたのか。…なんだ、これ」
「"とらんぷ"。ほら、前みんなでえーとなんだっけ、"ババ抜き"とかやっただろう? あれだよ」
「あー…、そういややったような気もすんな。んで、お前は何でまた急にトランプの整理なんざやってんだ」
「整理じゃなくて、これはソフィアから教えてもらった"そりてぃあ"って言う遊びだよ。カードゲームの一種でね、一人でもできるから暇つぶしにいいんですよって」
「暇人だな」
「私達がでぃぷろでできる事なんてたかが知れてるじゃないか。あんたは刀や義手の手入れしてると無口になっちゃってつまらないしさ」
「…」
「なんだい」
「いや、別に」
「そう?」



003:構ってー



「黒、黒…」
「…またか」
「あ、ごめん、口に出してた?」
「思い切り出てたぞ。…黒がどうしたって?」
「黒の4が欲しいんだけど、なかなか山札から出なくてさ」
「黒? マークは関係ねぇのか」
「うん。これは色と数字だけ覚えればできるからって」
「…どういうルールなんだ?」
「あぁ、あんたもやってみたいのかい? えーとね、まず七枚の組札を場に置いてその他は山札で、組札は一番上のカードだけ見られて」
「んな面倒な最初の配置とかはいいから、大まかなルール教えろ」
「はいはい…。要するに全部のカードをAからKまで並べるゲームなんだけど、黒と赤を交互に並べる順番にしか移動できないんだって」
「………」
「あー…、なんていうか口で説明するより見てた方がわかると思うよ。私もそうだったし」
「…それもそうだな」



「あー、行き詰まった」
「ん、終わりか?」
「うん、まぁね。もう山札何回めくっても移動できないから」
「なるほどな、完成させられない場合もあるっつぅことか」
「むしろ完成する方が珍しいんだってさ。やる事自体は単純なんだけど、結構難しいんだね」
「そうか?」
「そう言うんならやってみなよ、意外にできないもんだから」
「しょうがねぇな」
「…いや、別にやりたくないんなら無理にやらなくてもいいんだけど?」
「やる」
「あ、そう。…まったく天邪鬼なんだから」



「………」
「あー、これはもう無理だね。惜しかったね、初めてやったにしては結構最後の方までいったのに」
「…開始時の配置が完全にランダムだから難しいんだな」
「そういう事。もう一度挑戦するかい?」
「いい」
「そう、なら貸して。次私もう一度やりたいから」
「お前は一度でも完成させられたのか?」
「残念ながらまだ一度も。いいところまでは行くんだけどさ。だから失敗してもついついもう一度やりたくなっちまうんだよね」
「負けず嫌いは相変わらずだな」
「あんたには言われたくないよ」



「うーん…」
「そこ、右から二列目。3移動できるぞ」
「あ、本当だ。気づかなかったよ」
「真ん中のQも移動できるだろ」
「これは山札にも同じ色のQがあったから、どちらを移動させるかまだ決めかねてるんだよ」
「場札だろ。このQが移動できれば隠れてるカードは残り一枚じゃねぇか」
「それもわかるんだけど、山札のQの下にも欲しいカードがあるんだよね。場を空けたいから中身のわからない場札を取るか、欲しいカードを取るか…」
「…どっちでもいいだろ」
「良くないよ。このゲームは一枚の判断が後々命取りになるんだから」
「たかがカードゲームにそこまで真剣になんなよな…。制限時間があるわけでも何か賭けてるわけでもあるまいし」
「だって、やるならちゃんと完成させたいじゃないか。何度も失敗してるし、今度こそって思うのは普通だろう?」
「あぁそうかよ」



「おい、左端に組札の5戻せば山札の4が移動できんだろ」
「ん? …あぁ、確かに」
「意外にお前、視野狭くねぇか? 柔軟な考え方ができるかどうかつぅ意味で」
「今は右側の場札について考えてる最中だったからたまたまあんたと着眼点が違ってたってだけで、別にそこまで狭くないよ。…多分」
「多分かよ。まぁ俺も今お前が移動させたJから8までの場札に気づかなかったから変わりねぇか」
「ほらね、意外に他の場札の事ばかり気にしてると気づけないものだろう?」
「まぁな。…山札の3、組札」
「あ、…本当だ」
「…言った傍から」
「う、うるさいよ」



「おい、今の山札動かせただろ。クラブのK」
「ん…あ、本当だ、場空いてたんだった」
「右端の7〜3も移動できるぞ。二つ左の8んとこ」
「…。確かにね」
「マジになってた割に見落とし多くねぇか」
「…あのさ、私は隣で見てるだけのあんたと違ってカード揃えたり捲ったりしてるんだから、少しくらい対処が遅れたってしょうがないんじゃないかい? 今だって、山札動かしてる最中だったんだし」
「そうか?」
「そうだよ。大体あんたさ、それだけ人の事指摘するくらいなら自分がやればいいじゃないか。トランプもう一組あるんだから」
「知らねぇぞんなの、なんであるんだよ」
「"すぱいだそりてぃあ"っていうのも教えてもらったんだけど、それは二組必要だからって」
「…ほぉ。まぁ、やんねぇけどな」
「なんだい結局やらないのかい。なら人がやってる横から口出しするんじゃないよ、指摘自体は助かるけど自力でやってる気がしないじゃないか」
「気にするな」
「気にするよ。気づかなかった事を言ってもらえるのは助かるけどさ、気づいて今まさにやろうとしてた事を指摘されると正直ありがた迷惑って思っちまうし」
「…ほぉー」
「…なんだい」
「なら、お前が今やってるその回が終わったら次俺がやる」
「は? どうしてさ、もう一組あるんだから今からやればいいじゃないか」
「俺の勝手だろ」
「…? まぁ、いいけど…。その代わり、早くやりたいからって急かしたり口出したりするんじゃないよ」
「はいはい」



「…」
「手詰まりだな。交代」
「…はいはい。あーあ、惜しかったな…やっぱりあの時場札のKを移しておけば良かった」
「今更だな」



「…あ、ねぇ。左から三番目の10、隣に移動できるよ」
「今やろうとしたところだ」
「本当に? その割には山札何度もめくってたじゃないか」
「たまたまだ」
「あ、ほら今めくった山札赤の4だっただろ、左端に置けたんじゃないかい」
「…お前、人に口出すなだのなんだの言っといて、自分も同じ事やってんじゃねぇか」
「あ。…ご、ごめん」
「別に謝れっつってるわけじゃねぇよ。これでお前も思わず指摘したくなる気分が理解できただろ」
「………。あんたさ、さっきの場札放置してたの、わざとだったんじゃないだろうね?」
「さぁな」
「性格悪…」
「何を今更」



「…。あ、」
「何だよ」
「いや、何でも」
「…。あぁ、これか。確かに移動できるな」
「よくわかったね」
「このタイミングでお前が言いよどむなんざ、指摘しようとしてやめた以外に考えられねぇだろ」
「…よくわかったねぇ」
「わかるっつの。つかお前こそ、指摘したくなんの我慢するくらいならもう一組のトランプでなんかやりゃいいだろ」
「んー…。いや、あんたはどういう風にやるのかちょっと見てみたい気もするし」
「…やり方に大差なんざねぇだろうが」
「そうでもないよ。暇だし、見てるのもまぁまぁ楽しいし。指摘したくなるのは相変わらずだけど」
「………」
「なんだい?」
「いや、…暇人だな」
「またそれかい」



「………」
「あーあ、また惜しいところで終わったね。あともう一歩だったのに」
「最後まで隠れてた場札が2とか…運悪いにも程があんだろ」
「それ以外は山札も全部出てたのにねぇ。もう一度挑戦するかい?」
「…。いや、もういい」
「そう? あんたってもっと負けん気強かったような気がするんだけど」
「別に完成させたくてやってたわけじゃねぇしな」
「え? …ああ、私にも口出ししたくなる気分を味わわせたかったんだっけ」
「それもあるがな」
「は? 他にも何かあるのかい」
「元はと言えば暇つぶしで始めたんだったよな、これ」
「うん」
「よく考えりゃ、つかよく考えなくてもわかるが別に二人いんだから一人遊びする必要ねぇよな」
「………」
「なんだよ」
「いや、あんたがそんな事言うなんて意外だな、と…」
「は? これで互いの利害が一致すんだからいいじゃねぇか」
「利害?」
「お前は俺に構ってもらえねぇからって一人遊びしてたんだろうが」
「は…はぁ?誰がいつ、そんな事言ったのさ」
「俺が武器の手入れしてるとつまらないっつっただろ、さっき」
「………、え、私、そんな事言った?」
「言っただろうが」
「い…。言ったかも、しれない、けど、別に構って欲しいなんてそんなつもりで言ったんじゃ」
「ならどういうつもりで言ったんだ」
「…別に…」
「ほぉ。まぁいい、俺も暇になったしな。構ってやるよ」
「…何であんたはそう、いつも無駄に偉そうなんだい、まったく…」



「…あ、そういえば」
「あ?」
「"互いの"利害が一致って言ってたよね。互いって事は、二人トランプであんたも何か得するって事かい?」
「…」
「あんたこういう遊び好きだったっけ? そりゃ、勝敗が運で決まっちまうような一人トランプよりかは楽しいだろうけど」
「…さぁな」



構ってもらいたかったのは、さて、どっち?