それはとある、早朝の事でした。 いつも太陽が地平線の奥からひょっこり顔を出す時間に目を覚ます赤毛の女の人は、今日は何故か日の出と共にベッドから起き上がることをしませんでした。 いつもの時間通りにぱちりと目を覚ましたまではいいものの、体に力を入れないままにぼんやりとしていました。 今日は女の人にとって、とても久しぶりのお休みです。いつも早起きな女の人が珍しくごろごろしていても、誰も何も文句は言いません。 ですがいつもお休みの日もきっちりと目覚め、何かしら活動している女の人にしては、珍しい行動です。 「………」 しばらく時間が経って太陽が地平線から離れ世界を照らしだしても、女の人はベッドの上から動こうとしませんでした。 その表情は久々のお休みを喜んでいると言うよりも、どこか憂鬱そうな、沈んだ表情をしていました。 ただぼんやりとベッドに寝転がり、たまに思い出したようにころりと寝返りを打ち。九十度回転した視界を何を見るでもなく見つめ。 意味も無くそうやって過ぎ行く時間を過ごしていた女の人の耳に。 ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ 普段あまり聞かない電子音が届き、女の人はぐるりと首を動かしました。 そしてぴかぴかと光っている小さな機械を視界に入れ、 「…!」 一瞬息を飲んで、慌ててがばりと起き上がってぴかぴか青い色に光っている"通信機"に手を伸ばしました。 018:夢を見た ピピピピピ ピピピピピ …がちゃっ 「…久しぶりだな」 「…あ、アルベル?」 「…何だよ、その不審そうな言い様は」 「だ、だって。あんたから電話が来るなんて、今までほとんどなかったよ」 「…そうだったか?」 「そうだよ」 「…。あぁ、確かに。履歴にもねぇな」 「履歴? 何それ」 「…発信履歴、見れるだろ?」 「…どこ?」 「…。お前、もう少し説明書熟読しろ」 「う…。気をつけるよ」 「…機械音痴は相変わらずだな、本当に」 「久しぶり。…元気だった?」 「…あぁ。お前は?」 「私もなんとか元気でやってるよ。ここのところは仕事も、前に比べれば楽になってきたし」 「そうか…、っと、あぁ、そうだ、いつも通りやっとけ」 「?」 「漆黒の団員に話しかけられた」 「あぁ、なるほど。…って、あんた今団長室にいるんじゃないんだ」 「まぁな」 「…いいのかい? おーばーてくのろじー、とかってヤツで、あまり他の人に通信機見せない方がいいんじゃなかったっけ」 「グリーテンで開発された最新の通信技術って説明してあっから、いいんだよ」 「それで納得してくれたのかい? こっちじゃクレアとエレナ女史しか納得してくれなかったよ」 「ギルドのテレブラフと同じようなもんだっつったらいいだろうが」 「あぁ、なるほど…。今度そうやって説明してみようかな」 「………」 「…ねぇ?」 「………」 「…アルベル?」 「…悪い、また少し後でかけ直す」 「は?」 がちゃん ツーツーツー 「………」 ピピピ、がちゃっ 「…ネル?」 「どうしたのさ、急に通話切るなんて。何か重大な事件でも起こったのかって驚いたじゃないか」 「…心配したか?」 「…べ、別に」 「その割には半コールで通話ボタン押したじゃねぇか」 「う…、だ、だから、あんたが通話中に急に切るから、何かあったのかって思って…」 「で、心配したんだろ?」 「…。したよ、悪いかい」 「悪いなんて言ってねぇだろうが」 「…それで? どうしたんだい、何かあったの?」 「…別に」 「…なにそれ」 「…お前こそ」 「なんだい?」 「何かあったのか?」 「…どうしてだい?」 「…や、何か…。声に覇気がないっつーか」 「私が?」 「…気のせいならいい」 「………」 「…なんだ?」 「…あのね」 「夢を見たんだ」 「…夢?」 「うん。最近よく見るんだよ、フェイト達と旅してた頃の、夢」 「…」 「移動中だったり、戦闘中だったり、休憩中だったり、いろんな時の事でね」 「…」 「フェイトやマリアと作戦会議中だったり、ソフィアと料理中だったり、クリフやミラージュに機械について教えてもらってる最中だったり、スフレやロジャーと談笑中だったり」 「…」 「不思議だね、…まだ大した時間は経っていないのに、すごく昔の事みたいに、懐かしかった」 「…」 「夢の中でもいいから、会いたいって。…無意識にそう思ってるのかな」 「…」 「あの、個性的で明るくて、暖かい仲間達に」 「…で、懐かしんでて気落ちしてたのか」 「え?」 「…声に覇気が無いのは思い出に浸ってたからじゃないのか?」 「…。うーん、正確にはそうじゃないかな」 「…?」 「それで、ね」 「何回か、フェイト達と一緒に旅してた頃の夢、見たんだけどね」 「何だよ」 「あんたがいないんだ」 「は?」 「あんたが参戦してからの頃の夢も見てるのにさ。現にソフィアはいるし、最終戦間近の夢だって見てる。なのに、あんたは夢に出て来ないんだ」 「…」 「…何だよ、俺は夢に出てこないほどお前にとってどうでもいい存在だって言いたいのか?」 「ばか、そんなわけないだろ」 「なら、夢で会いたいとすら思わない存在だ、と」 「…違うよ」 「…じゃあ、なんなんだよ。俺だけ夢に出てこなかったんだろ?」 「………」 「夢の中でいいから会いたいなんて思わないよ」 「…あ?」 「夢の中でなんて、嫌だ」 「…」 「…フェイト達が元居た場所に戻って、もう随分経つよね」 「…そうだな」 「あんたも、私も。…元居た場所に、アーリグリフにシーハーツに戻って、もう、随分経つんだよね」 「…そう、だな」 「あんたに。会えなくなって、もう。…どれくらい経つんだろう」 「………」 「ねぇ」 「会いたいよ」 「夢の中じゃなく、現実で」 「あんたに、…会いたい」 「………」 「…ごめん。我侭、言ったね」 「…別に…」 「え?」 「別に我侭でもねぇだろ」 「…だって。あんただって忙しいし、休暇が重なる事だって稀だし、フェイト達よりは近い距離にいるって言っても、そう簡単に会えるわけじゃないじゃないか」 「………」 「だから、」 「…あんたが久々に電話してくれて、嬉しかった」 「………」 「あんたの声が聞けて、嬉しかった」 「…、」 「会えないけど、会えなくても、…声だけでも。聞けて」 「………」 「…嬉しかったよ」 「…また、我侭言ったっていうか、困らせたよね。ごめん」 「…まぁ、一部否定はしねぇが」 「だろう? …なのに、会いたいとか、一方的に無茶言ったんだから、完全に私の我侭だよ」 「…別にそんな事もねぇって言ってんのに」 「どうしてさ?」 「一方的でもねぇし、無茶でもねぇからな」 「え?」 「あら、アルベルさん。お久しぶりですね」 「―――!?」 「…ちっ、見つかったか」 「え、ちょ、ちょっと、今、通信機からクレアの声が聞こえたんだけど」 「…少し待ってろ。―――あぁ、そうだな」 「ネルに会いに来たんでしょう? あの子なら部屋にいますよ、先日お知らせした通りあの子は一日休日ですし」 「ちょ、クレア、先日お知らせしたってどういう」 「…とりあえず行くから待ってろっての」 「あら、その機械…。なるほど、既にネルと会話中でしたか。ではアルベルさん、ごゆっくりどうぞ」 「…あぁ」 混乱している女の人の持っている通信機から、そんな声が聞こえて。 とりあえず行くってどういうことさ、と女の人が言い終わる前に、こんこん、とわざとらしく部屋のドアがノックされました。 女の人が持ったままの通信機からも、同じ音が聞こえました。 「…アルベル?」 「入るぞ」 がちゃり。 そう言うと返事を待たずに、女の人の部屋のドアが開けられました。 開いたドアの向こう側からは、ついさっきから通信機で会話していた黒と金色の髪の男の人がひょこりと顔を出します。 ぽかんとしたままベッドの上に座り込んでいる女の人を見て、苦笑いをひとつ。 「…何、鳩が豆鉄砲食らったような顔してんだよ」 「だ、って…どうして、あんたがここに」 「クレア・ラーズバードにお前の休暇予定を聞いて、俺の休暇と重なる日に、エアードラゴンでここまで来た。…途中、漆黒の団員の声が聞こえた時はちょうどエアードラゴンに乗り込もうとしてた時で、かけ直すっつって三分くらい通話切ったのは掃討したと思ってたあの断罪者とかいう黒い天使を見つけた時。…他に何か質問は?」 余裕綽々ににや、と笑う男の人に、女の人はぽかんとしたままに無言になりました。 「………」 「だから言っただろ、我侭でも、無茶でも、一方的でもねぇってな」 そう自信たっぷりに言われて。 「…夢みたいだ」 女の人はくしゃりと笑いながら、近づいてきた男の人の腕の中に大人しく収まりました。 それはとある、朝の事でした。 いつも太陽が地平線から離れて世界を照らし出す時間に活動を開始する赤毛の女の人は、今日は何故か部屋から出ることをしませんでした。 今日は女の人にとって、とても久しぶりのお休みです。いつも早起きな女の人が珍しく部屋の中で過ごしていても、そして、いつもならばこの部屋にいるはずのない男の人と一緒にいても、誰も何も文句は言いません。 「………」 しばらく時間が経って陽が地平線からずいぶん離れ、世界を本格的に照らし出しても、女の人は男の人の腕の中から動こうとしませんでした。 その表情は久々のお休みをつまらなく思っていると言うよりも、どこか幸せそうな、綻んだ表情をしていました。 ただ抱き合って、しばらく経ってから思い出したように少しだけ離れて互いの唇を合わせたり。 そうやって穏やかに過ぎ行く時間を過ごしていた女の人と、そして男の人の耳に。 ピリリリリ ピリリリリ ピリリリリ 普段あまり聞かない電子音が届き、二人はぐるりと首を動かしました。 そしてぴかぴかと赤く光っている小さな機械を視界に入れ、 「…五分以上操作しなかったから、休止予告音が鳴ってんな」 「へぇ…? それって放置するとまずいのかい?」 「放っておくと普段よりも少し電池の減りが早くなる。まぁ充電し直せば済むんだがな」 「…そっか、じゃあ放っておこうか」 「そうだな」 少しの間だけ視線をやったあと、慌てる事もなくぴかぴか赤い色に光っている"通信機"をそのままにしておきました。 |