ある日のカルサアに、野良猫が一匹駆けていました。
「あっ! 猫!」
真っ先に反応したのはもちろん茶髪の女の子です。
「あら、可愛いわね」
次に反応を見せたのは青髪の女の人。
他のみんなは猫に対して特に反応はしなかったものの、ぱたぱたと猫を追いかけて行く茶髪の女の子を微笑ましげに眺めていました。
しばらくしてから茶髪の女の子が満足顔で戻ってきて、今見かけた猫の可愛さをこれでもかと言うほどに語り始めます。
「もうあの二又しっぽは最高ですよ! ゆらゆらぴこぴこ動いてる尻尾が一本でも可愛いのにそれが二本もあるだなんて、この星の猫の進化の過程は素晴らしいですね!」
きらきらと瞳を輝かせながら拳を握り締め、時折文法が怪しかったり意味が繋がらなかったりな語りを延々と続ける茶髪の女の子に、うんうんそうだねとちゃんと聞いている青髪の男の子。
カルサアに訪れると時たま同じ光景が見られるので、周りの皆も大して珍しがる事も無くその会話を眺めていましたが。
「ねっ! アルベルさんもそう思いますよね!」
いつもと違ったのは、茶髪の女の子がたまたま斜め後ろ辺りにいたプリン髪の彼に話題を振った事でした。





027:ドーブツ





「あ?」
それなりに近い場所に居たにも関わらず彼は女の子が熱弁していた内容を聞いていなかったらしく、すっとぼけた返事をしました。
ご機嫌な女の子はそんな彼の態度に気を悪くする事も無く、にこにこ笑顔のままで説明します。
「カルサアの猫って、もうもうもう本当に可愛いですよねー、って」
が、彼の返事は素っ気無いものでした。
「…別に」
「えーっ、アルベルさんはそう思わないんですか? あんなに可愛いのに!」
尻尾はもちろん肉球が耳が、とまた熱弁し始めた茶髪の女の子に、彼はやはり素っ気無く一言だけ返しました。
「見飽きてるからな」



ええええそんな事ないです見飽きるなんてありえないですそもそも見飽きても可愛いものは可愛いんですよ、と力説する茶髪の女の子を尻目に、彼は自由行動の合図を聞いてすたすたと歩いていってしまいました。
「もーっ! アルベルさんひどいですー、猫はあんなに可愛いのに!」
ぷんぷんと頬を膨らませながら、茶髪の女の子が彼の後姿をむーっと唸りながら睨みつけます。
「あいつは感受性が乏しいから、猫の可愛さがわからないのさ。気にしないでいいと思うよ」
僅かに苦笑した赤毛の彼女がフォローするように言いました。フォローになっているのかは定かではありませんでしたが。
「…そうですか? うーん、猫は万国共通に可愛いものなんだって思ってましたけど、そう思わない人もいるんですね」
「まぁ、その辺は人それぞれだからねぇ」
「でも、可愛いものを見て癒されたりとか和んだりとか、そういう気持ちって自然に出てきませんか?」
「うん、大体はそうだと思うけど…。あいつは何考えてるのかよくわからないから」
茶髪の女の子はむーんと唸ったり口を尖らせたりして納得が行かない様子でしたが、とりあえずその話題はそこで終わりました。
が、実はこの話題はここで終わらず、同じような光景が何度か繰り返されることになるのでした。



ある日のイリスの野に、一匹の兎が跳ねていました。
「あっ、野うさぎですよ! かーわいーい!」
「おや、本当だね。野生動物がいるって事は、卑汚の風の影響は段々弱まってきてるんだ」
「そうみたいね。代弁者狩りも成果が出てきてるってことかしら」
「そりゃ良かった。でも普通のモンスターもいるのに、この辺の野生動物ってたくましいんだなー」
「元から天敵の動物に捕食されねぇように鍛えてんだろうよ。先進惑星で飼育されてのんびり生きてる動物達とは違うってこった」
皆それぞれに反応を返しますが、やはり彼だけは、
「………」
お決まりの無反応でした。
「アールベールさんっ。猫じゃダメならうさぎならどうです? 可愛いって思いますよね?」
これならどうだ、と言わんばかりに尋ねた茶髪の女の子の問いかけにも、やはり返されたのはどうでもよさそうな返事でした。
「別に」



ある日のベクレル山道に、一匹のボルキュパインが飛び出してきました。
「あっ! ハリネズミ!」
「ちょ、ソフィアあれ敵だよ敵だから!」
駆け寄ろうとした茶髪の女の子は、青髪の男の子に慌てた口調で止められてむぅ、と頬を膨らませます。
「あーんな可愛いのにモンスターだなんて…。残念だなぁ」
「そればっかりはしょうがないって。僕らも最初見たとき敵なのかよって思ったし」
「んー…。じゃあ、ちょっと近くで見てみるくらいだったら大丈夫だよねっ?」
「いやダメだってあのハリセンボン攻撃結構怖いんだぞ。え? DEF上がっててノーダメージだから平気っておいそういう問題じゃないだろこら待てー!」
どたばたと追いかけっこが始まって、最終的に勝利したのはホクホク笑顔でハリネズミ(もどき)を抱っこする茶髪の女の子でした。
ボルキュパインが急に大人しくなったのは、恍惚とした笑顔で追いかけてくるソフィアの剣幕(?)に怯えていたからなのですが、誰もそれを突っ込むことはしませんでした。
「ほら、大人しいじゃない。平気だよ?」
「…ソフィアには勝てないなぁ」
苦笑しながらお手上げしているフェイトに満足そうな笑顔を向けてから、ソフィアはハリネズミもどきを抱っこしたままてくてくと彼のところへ向かって。
「猫や兎でダメなら、これでどうですかっ? なんかトゲトゲしてるところとか色合いとかアルベルさんに似てますし!」
そう言って期待の眼差しを向けてくる茶髪の女の子に、彼はやっぱり淡々と。
「モンスター可愛がってどうすんだ」



「アルベルさんの感覚って変わってますよね!」
またとある日の、今度はペターニの工房で。
三度も全否定された所為か、やけにどきっぱりと茶髪の女の子が言い放ちました。
「まぁ、否定はできないねぇ」
「…うるせぇな」
たまたま茶髪の少女と一緒に合成クリエイションのラインに入っていた彼女と彼が、それぞれに反応を返します。
茶髪の女の子は軽く頬を膨らませてから、普段の口調とは打って変わった猫好きモードになって口を開き、
「いいですか猫ってものは万国共通どの時代でもどの場所でも可愛いと決まってるんです他の小動物ならいざ知らず猫を可愛いと思わないなんて感受性に乏しすぎますそりゃあ猫嫌いな人もいますし人の好みはそれぞれですからそんな人を非難する気にはなりませんけどでも別に嫌いなわけでも嫌う理由があるわけでもないのに可愛いと思えないなんて変ですよ!」
早口言葉チャンピオンもびっくりな速さでさらに息継ぎなしでそう言い放ちました。
猫に関する事になると性格が変わる茶髪の女の子を彼も彼女もよぉく知っているので、今更驚く事もなく二人が相槌または返答を返します。
「んなの人の勝手だろうが」
「んー…。まぁ確かにそうだけどさ。あんた、もうちょっと感受性豊かになった方が人生楽しいんじゃないかい?」
「そーですよっ。何か可愛いものに癒されたり和んだりしてれば、ココロも穏やかになりますし疲れも吹っ飛びますし。アルベルさんがケンカっ早くてせっかちなのってその所為なんじゃないですかー?」
「余計な世話だ。大体、俺が何を見てどう思おうがお前に被害はないだろうが」
むすっとしながら、でも怒鳴り返すことはしなくなった分それなりに丸くはなってきている彼を見て。
茶髪の女の子は今までの勢いを少しだけ緩めて、もー、と小さく呟きます。
「被害はないですけど、でもやっぱり私としてはアルベルさんにも猫の良さをわかってもらいたいんですよ! これはもう猫好きとしての性っていうか意地です!」
ぐぐっと拳を握る茶髪の女の子に、彼女は苦笑し彼は素っ気無くふん、と鼻を鳴らします。
茶髪の女の子はそんな反応にもめげず、工房の棚にまとめて置いてあった細工クリエイションの完成品をがさごそと漁り。
「はい! とりあえず、これどうぞ」
探し出した癒しネコを彼に押し付けるかのように差し出しました。
彼は最初受け取ろうとしていませんでしたが、茶髪の女の子の無言の圧力に負けたのか渋々受け取ります。
「本物の猫じゃないですけど、せめてそれを見て癒されるようになれば一歩前進ですよ。頑張って下さいね!」
気乗りはしていないようでしたが一応受け取った彼に気を良くしたのか、茶髪の女の子がにっこりと笑顔を向けます。
「…何に向かって一歩前進なんだ」
「そりゃもう、猫好きに向けてですよ!」
意気揚々と即答した茶髪の女の子に、彼は反論する気もなかったらしく。
隣の彼女もくすくすと笑っているだけでフォローをすることもなく。
結局、彼は工房にいる間ずっと癒しネコを持ち歩く事になったのでした。



さて、ようやくクリエイションの時間も終わり、各自キリがついた所で終了して良いよ、との青髪の少年が解散を告げました。
皆区切りの良いところで作業を止め、宿屋に戻る人も買い物へ行く人ももう少しで完成だからと工房に残る人もいました。
先ほど猫談議をしていた三人はと言うと。
「あ、私今日食事当番なのでお先に失礼しますね」
「あぁ、そうだったね。当番頑張って」
「はい! じゃあお二人ともお疲れ様でした〜」
茶髪の女の子はぺこりと頭を下げて、買出しへ行くために工房を出て行きました。
「あんたはこれからどうする? 宿屋に戻るのかい」
立ち上がって伸びをしたり関節をぱきぱき鳴らしたりしている彼に、彼女が声をかけました。
彼が振り向いて、彼女を見ます。
「お前はどうすんだ」
「私? 私はついでにここで武器の手入れしていくつもりだから、まだ残るけど」
「そうか」
彼はそう一言だけ答え、先ほどまで座っていた椅子にまた腰掛けました。
「…」
彼は宿屋に戻るともここに残るとも言いませんでしたが、一度立ち上がったのにまた椅子に腰掛けたのを見て、ここに残るのだろうと判断し。
彼女は小さく笑って、作業をする為に必要な道具を自分の荷物から取り出し始めます。
「あれ、ネルさん。それにアルベルも。まだ帰らないんですか?」
そこに恐らく宿屋へ戻ろうとしていたであろう青髪の男の子が通りかかりました。
「ちょっと個人的にやりたい事があってね。そこでぐだぐだしてるあいつは残るかどうかまだ知らないけど」
「じゃあ工房の鍵預けて行っていいですか? 僕らはもう宿屋に戻るので」
「あぁ、そうだね。預かっておくよ」
「はい、お願いします」
青髪の男の子はポケットから小さな鍵を取り出して彼女に手渡します。
そこで青髪の男の子はぼんやり椅子に座っている彼の隣に置いてある小さな猫のぬいぐるみに気づいたらしく、面白いものを見たと言わんばかりの顔をして口を開きました。
「あれーアルベル、似合わない物持ってるじゃないか。一体どうしたのさ?」
「…ソフィアに押し付けられたんだよ。強引に」
むすっとした顔になった彼がそう言い返します。
青髪の男の子はにまにま笑いを浮かべたまま、ふーん?と呟きます。
「でもアルベルって嫌な事は嫌だってはっきり言うタイプだろ。なのに一応受け取って傍に置いてるって事は、あながち嫌でもなかったって事じゃないか?」
「………」
「そーかそーか、いつも猫とか動物に興味なさそうにしてたのはポーズで、実は動物好きだったんだねー。意外意外」
からかうように言われて腹が立ったのか、彼がすぅっと目を細めて。
傍に置いてあった癒し猫をひっつかんで立ち上がったので、うわもしかして投げられる?と青髪の男の子が身構えたのですが。
彼は青髪の男の子に投げつけることはせず、二人の会話を聞いていた彼女の方に向かってつかつかと歩きぬいぐるみをずいっと差し出しました。
「やる」
「は?」
突然の事にぱちくりと菫色の目を瞬かせる彼女から視線を外し、彼が青髪の男の子を横目で見ます。
「これでいいだろ。俺は別にこんなものに興味ねぇし、もう傍に置いてるわけでもねぇんだからな」
彼はそう言い放ち、彼女が一応受け取ったのを見るとまたすたすたと歩き出し、先ほど座っていた椅子よりも離れた場所にあるソファにどっかりと腰掛けます。
癒し猫を彼女に渡した上、さらにわざと距離を取るように先ほどよりも遠い場所にあるソファに座った彼を見て。
「…素直じゃないヤツ。ま、そういう事にしとくよ」
青髪の男の子が大げさに肩をすくめて見せますが、彼はもう付き合う気もないと言わんばかりに無言のままでした。
「まったく…。本当に動物に興味がないのか、ただ意地を張ってるんだかわからないねぇ」
強引に渡された癒し猫を近くのテーブルに置きながら、彼女が苦笑します。
彼はそれにも答えず、ふんと鼻を鳴らしただけでした。
「じゃ、僕はもう行きますね」
くくく、と笑いながら手を振る青髪の男の子の背中をもう来るなと言わんばかりに彼が睨みつけましたが、当然気にせずに青髪の男の子は工房を出て行くのでした。



手を振って出て行く青髪の男の子を見送ってから、彼女は先ほど癒し猫を置いたテーブルの前の椅子に腰かけ、手入れする武器やその為の道具を広げます。
ほわほわした表情の癒し猫の隣に武器がわんさか広げられているのはちょっぴりシュールでしたが、ここにいる二人はそんなことを気にする性格ではないので何も言いませんでした。
「…まったく。別に動物嫌いでもないくせに、何をそんなに意地張ってるんだか?」
手入れをしながら彼女が座ったまま椅子ごと体を彼の方へ向け、声をかけました。
ソファに半分寝転ぶように座っている彼が視線を彼女へと向けます。
「意地なんか張ってねぇだろうが。んなの持ってたらあいつらのからかいの対象にされて鬱陶しいだけだからお前に渡しただけだろ」
「ふぅん? でも、あんた別に動物を可愛くないなんて思ってないじゃないか。なのに認めないんだから、意地張ってるのと同じなんじゃないかい」
「否定する気もねぇが、わざわざ認めるのも面倒なだけだ」
「…ま、そういう事にしておくよ。でも、ソフィアの台詞じゃないけどさ、やっぱり勿体無いと思うよ? 猫とか兎とか、可愛いものを可愛いって思えないのって。周りに公言しなくてもいいから、せめて自分の中では普通に可愛いって思えばいいのに」
苦笑しながら彼女がそう言って。また彼に背を向けて作業を続けます。
彼女は彼から視線を外しましたが、彼はなんとなくそのまま彼女の方を見ていました。
彼女を見て、それからその隣にちょこんと置いてある癒し猫のぬいぐるみを見て。
「………」
彼は特に何も言いませんでしたが、視線は固定されたまま動きませんでした。



それから、数分も経たないうちに。
彼女が武器の手入れをする手を止め、首だけ振り向いて彼を見ました。
もはや完全にソファに仰向けに寝そべっていた彼が、彼女が振り向いたのに気づいて顔を僅かに上げました。
目が合った彼に、彼女は複雑そうな表情を向けて。
「…なんだ」
問いかけられた質問には答えず、彼女は手入れしていた武器を置き、代わりに隣の癒し猫を手にとって立ち上がりました。
不思議そうな顔をしている彼が寝そべるソファのすぐ横にあった小さなテーブルの上に癒し猫を置いて、ついでに癒し猫が彼の方を向くように向きをくるりと変えます。
「…は?」
突然の行動に不思議がる彼に、彼女がため息混じりに口を開きます。
「まったく。凝視し続ける程これが気になるんだったら、私にあげたりせずに自分で持ってれば良かったじゃないか」
彼女の台詞に、彼がきょとんと目を見開きました。
「気にしてなんかねぇが」
「嘘ばっかり。さっきからずーっとこれを見てたのはどこの誰だい」
「別に見てねぇぞ」
「いいや、見てたよ。そのお陰で私に視線が向けられてるような気分になって落ち着かなかったんだから」
職業柄、そういうことには敏感なんだよ、彼女はそう付け足して。
「猫なんざ、見てねぇって言ってんのにな」
彼は肩をすくめ、呆れているような、それでいて少し楽しんでいるような表情を彼女に向けました。
彼女は彼のその表情の意図がつかめず怪訝そうな顔をしますが、彼の曖昧な表情は動物好きを認めたくないゆえのはぐらかしだととったようで。
「…まったく、あんたが動物を可愛いって思ったって、そりゃみんなは意外って思うかもしれないけど誰も悪いだなんて言わないだろう。いいかげん素直になったらどうなんだい?」
彼がいつまでたっても首を縦に振らない所為か、同じ事を何度も繰り返し諭すように言ってくる彼女に、彼は何か考えるような素振りを見せて。
「………」
ただの会話に混じるには少々長い沈黙に彼女が不思議そうな顔をする頃、彼は口を開きました。
「そうだな」
「え?」
「可愛い動物もいるにはいるな」
今までずっとはぐらかしたり明確な肯定をしなかったりしていた彼があまりにもアッサリとそんなことを言ったので、彼女は思わず菫色の瞳をまんまるに見開きました。
彼は彼女のその反応に、少し不満そうに目を細めます。
「…さんざん認めろだのなんだの言ってやがったのに、何驚いてんだよお前は」
「いや、だって…。もう絶対意地でも認めないって思ってたから」
驚いたよ、と困ったように彼女が微笑して。彼はふん、と小さく鼻を鳴らします。
「それにしても、どうしてまた急に認めたんだい? さっき癒し猫を凝視してる間に気が変わって、やっぱり可愛いものだって思えたのかい?」
先ほど移動させた癒し猫に視線をやりながら彼女が問いかけました。
「だから何度も言うが、猫なんざ見てねぇって言ってるだろう」
「私も何度も言うけど、絶対に見てたよ。こっちに視線向けてたのは確かなんだから。まったく、"可愛い動物もいる"っていうのは驚くくらいあっさり認めたのに、どうして猫を眺めてた事は認めないのかね?」
呆れ交じりの彼女の問いかけに、彼は一拍遅れて口を開きました。
「ところで話は変わるが」
「ん?」
「人間も動物だよな」
「は? それがどうかしたのかい」
「いや、別に何も」
唐突な質問にきょとんとする彼女と、そんな彼女の反応を面白そうに笑いながら見ている彼。
彼女は彼の、どこか楽しんでいるような意味ありげな表情を不思議に思っていましたが。
「…。………」
少しだけ間を置いて、何かに気づいたように目をぱちりと一瞬見開いたかと思うと、すぐに顔が真っ赤になりました。
真っ赤になったままの彼女が、彼と目が合って。赤くなっている顔を見られたくないのか、彼女がぱっと顔ごと視線を逸らしました。
「…あのさ」
誰がどう見ても不自然な視線の逸らし方だったので、間を持たせる為か彼女が口を開きます。
「んー?」
「いや、なんでもない。こんなこと考えるなんて自意識過剰だよ私もどうかしてるのかな」
「なんだよ。言いかけた事は最後まで言えっていつもお前自身が言ってんじゃねぇか」
どう見ても面白がっているような彼の口調と表情に、彼女が少し悔しそうに口ごもります。
彼女のその反応に満足したのか、彼がまたぽつりと口を開きました。



「そういえば」
「…なんだい」
「さっき俺が話は変わるとか言ったがな」
「それがどうかしたかい」
「前言撤回。まったく話題は変わってなかったな」
「何言って…、………」
「人間も動物で、お前は人間だ」
「………」
「ついでに言えば、お前は自意識過剰じゃねぇぞ」
「………」
「最後に。俺は確かにそっちを向いてたが」
「………」
「"猫なんて見てない"のは別に嘘でもなんでもねぇからな」
「………」
「さて問題」
「………」
「俺は何を言いたいと思う?」



その後彼女が彼に何と答えたのか、または答えられなかったのかは定かではありませんが。
彼が茶髪の女の子や青髪の男の子相手に、はっきりと"動物好き"発言をするようになったり、そんなやりとりを何故か彼女が悔しそうな照れくさそうな表情で睨んでいたりするようになったのは、それからまもなくの事だったりします。