その日のカルサアは、冬の一日にしては本当に暖かかった。
冬が少しだけ顔を引っ込めて隠れてしまったような、ぽかぽかと暖かい日の午後。
だれもがあくびをしてしまいそうな眠気を誘うその気候の中、暇な時間についうとうとと宙を漕いでしまう人がいても珍しくはない。
そして宙を漕ぐだけでは済まず、ついつい寝入ってしまう人がいても、まったく珍しくはないわけで。
「………」
冬といえども暖かい陽射しが窓から差し込んでいる工房の中。
机に突っ伏してすやすや眠っているソフィアを前に、憮然とした面持ちで黒と金が交じり合った髪の彼が立っていた。





029:境界線





「あんた今暇? 暇だよね」
尋ねている割には断定口調で、エプロン着用片手には野菜の料理ルックな赤毛の彼女が言った。
「…は?」
答えたのは工房のキッチンに入ってきたばかりの彼。
すっとぼけた声をあげた彼を気にせず、彼女は野菜を洗いながら首だけ振り向いてまた口を開く。
「今日、私とソフィアが料理当番なんだけど、時間になってもソフィアが来ないんだよ。探してきてくれないかい」
「嫌だ」
「何でさ」
「面倒」
「面倒、じゃない。つまみ食いしに来る暇があるならできるだろうほら言ってる傍から!」
「のわっ!」
さっそく揚げたての天ぷらに手を伸ばしている彼にたわしが飛んでくる。
「何しやがる!」
顔にぶちあたりそうだったたわしをなんとかキャッチした彼が彼女を睨んだ。
「人の頼みを断った挙句いけしゃあしゃあとつまみ食いしようとしてる奴への制裁さ。大丈夫だよまだ水につけてないたわしだから天ぷらに被害はないし」
「そういう問題か! 俺が掴まなかったら天ぷらの上に落ちるところだったじゃねぇか」
「あんたの反射神経ならそれくらい余裕だろう」
「…」
言い合いをしていたはずなのにしれっと誉められて、思わず彼が無言になった。
静かになった彼を気にせず、彼女は横目でちらりと彼を見て。
「とにかく、私は手が離せないから呼んできてよ。嫌なら私の代わりに玉ねぎのみじん切りするんだね」
いつの間にか、野菜を持っていなかった方の手に包丁を持ちながら彼女が言う。彼女の静かな口調も相まってなかなかに物騒な光景だった。
「…ちっ」
嫌々ながらも舌打ちひとつで渋々と了承の意を表した彼に、彼女が頼んだよ、とまた視線を野菜へと戻し。
むすっとしたままに、彼が彼女に背を向けてキッチンを出ようとする。
「…あぁそうそう、呼んできてくれたら天ぷら一個"味見"していいよ」
アメとムチとはこういう事を言うのだろうか。
先ほどまで素っ気無い口調だった彼女が、少し和らいだ口調でぽつりとそう呟いて。
「…」
思わず振り向いて無言のまま彼女を見る彼の視線に気づいたのか、彼女が照れ隠しのようにまた口を開く。
「…早く呼んできてくれないかい? 夕食の時間遅れちまうよ」
「…へいへい」
くく、とバレないように笑いながら、彼がキッチンを出た。



とりあえず彼は最も可能性が高いであろう宿屋へと向かった。
ロビーでマリアを見つけたので尋ねてみるが、見ていないと答えが返ってくる。
念のため女部屋のドアをノックしてみるが返事も気配もなかったので、彼はち、と舌打ちをしてその場から離れた。
宿屋の階段を下りながらぼんやりと考える。
ここカルサアでは野良猫がたまにうろうろしているので、猫好きなソフィアは街に出て猫を追いかけているかもしれない。
だとしたら時間にルーズではないソフィアが夕食当番に顔を出していない理由も説明がつく気がする。普段他人に興味をさほど示さない彼ですら、猫が絡むと性格が変わるソフィアの一面はよぉく知っていた。
「………」
まさかカルサア中まわって探し回らなきゃいけねぇのか、と表情を引きつらせた彼は、ふと思いつく。
そういえば全員夕方までクリエイションの時間に当てられていたし、もしかしたら工房にまだ残っているかもしれない。
カルサアには二つ工房がある。先ほど赤毛の彼女に探してきてくれと頼まれた工房とは違う、もう一つの工房でソフィアは作業をしていたはずだ。
ここで違ったらどうしてくれよう、とアタリをつけて彼が工房に向かうと、見事に正解でようやくソフィアは見つかった。
だが。
「………」
ようやく見つけた、茶髪の少女の姿を目に留めて、彼は思わず仏頂面を作る。
細工という細々した神経の使う作業に疲れたのか、はたまた窓からの暖かい陽射しに眠気を誘われたのか。
机に両腕を組んで乗せて、その上に顔を乗せるかたちでソフィアはすやすやと眠っていた。
これがクリフやロジャーならば問答無用で蹴飛ばすなり技を放つなりして起こすのだが、さすがの彼もソフィアにまで同じ起こし方をするわけにもいかず。
とりあえず、平和的に声をかけて起こそうとしてみたものの。
「…おい、起きろ」
「………」
「食事当番行く時間だろーが」
「んんー…」
「お前呼んでこねぇと俺が文句言われるんだよ」
怒鳴りつけるまではいかないものの、やや強めの口調で言ってみてもあまり効果はなく。
「…んー、ねこ…」
「………」
ソフィアは緩んだ表情で何事かをむにゃむにゃ呟いているのみで、覚醒する様子はまったくない。
彼は軽くため息をついて、とりあえず近づいてもう一度声をかける。
「…おい!」
「うー、むにゃむにゃ…」
「起きろ!」
「こっちおいでー…怖くないよー…だから尻尾触らせて…」
尚ももごもごと寝言を言い続けながらすやすや眠っているソフィアを見て、彼はまたため息をついて。
夢を見ているのであろう幸せそうなソフィアの寝顔を見ながらどうしたものかと考える。
起こすことよりも起こされることのほうが圧倒的に多い彼にとって、ぐっすりと眠っている他人、しかも実力行使で起こすことができない相手を起こす手段はなかなか思いつかず。
憮然とした面持ちのままにすやすや寝息をたてているソフィアを半ば睨みつけるように見下ろす。
―――ソフィアは普段寝起き良いけど、猫の夢を見てる時だけは別なんだよね。長い付き合いだけど、その時ばかりはさすがの僕も起こすのに苦労してるよ
いつだったかは忘れてしまったが、そう言って苦笑していたフェイトの台詞がふっと頭をよぎった。
「………」
無言のままの彼の眉間に、皺が一本寄った。
長い付き合いのフェイトでさえ苦労するのに俺がそう簡単に起こせるわけないだろうが、とか夢見てるっつぅことは眠りが浅いはずなのに何で起きねぇんだよ、とか結局熟睡してんのか浅い眠りなのかどっちなんだ中途半端だな、とか脳が現実逃避でもしたいのかどうでもいい文句ばかりぽんぽんと浮かんでくる。後半は純粋な疑問だったが。
そんな中ふと、自他共に認める寝起きの悪さを誇る彼をいつも起こしている彼女の台詞が彼の頭に思い浮かんだ。
彼とは大違いで余程疲れていない限りは日の出と共に目覚める彼女が不思議で、彼が尋ねた時の事。



私は自分がきちんとはっきり目覚められるように睡眠時間を調節してるからね。いつでも好きな時に寝てるあんたとは、そりゃ目覚めの速さも違うだろうさ。
はっきり目覚められる睡眠時間、知ってるだろう? …あぁ、ごめん、あんた隠密じゃないもんね、そんな知識教え込まれたりしなくて当然か。
人の睡眠にはサイクルがあって、熟睡してる時と浅い眠りの周期があるんだ。浅い眠りの時に起きれば目覚めが辛くないんだよ。あんたを起こす時にも参考にしてるよ、どのくらいの強さで起こせばいいか判断する為にね。
…え? 他人の眠りの浅さ深さなんてわかるのかって? わかるよそりゃ、隠密だからね。暗殺任務で寝込みを狙う時に備えて。…何苦い顔してるんだい。



その時彼女は物騒な話題をサラリと台詞に混ぜながらも、明日の天気について話すようないつも通りの口調で言っていた。



人の眠りの深さを判断するには、まず呼吸や脈拍の観察だね。眠りが浅い時は本当に不規則だから。観察って言っても、獲物が眠ってるかどうかすぐ傍でじっと確認するなんてできないから、安全が確認できる場所に身を潜めてる時に耳を澄ますことくらいしかできないけど。それでも知らないよりは全然マシなんだよ。
他に狸寝入りを見破る方法とかもあるよ。本当に寝ている人間は唾を飲み込まないとかね。
視覚的に獲物を捕らえる事ができる時は、手足が小さく動いてたり寝返りの頻度とかでも判断してるけど、大体は呼吸が規則的か不規則かで判断してるよ。あんたも機会があればやってみれば? 一分も寝息を聞いてれば不規則かどうか素人耳にも判断がつくからさ。



そこまで思い出して、彼はふむ、と口元に指を当てた。
もし目の前でまだ眠り続けているソフィアの眠りがまだ浅いとすれば、根気よく声をかけ続けていればそのうち目覚めるだろう。だがもしも熟睡しているのだとしたら、自分の手には負えないからフェイト辺りを呼んできて押し付けるしかない。
そう自己完結して、彼は彼女に教わったとおりに観察を始めてみる。
ソフィアの突っ伏している机の前に立ち、くーすか寝ているソフィアを仏頂面のまま見下ろしながら、まず一分間。すーすーと聞こえる、今まで気にも留めていなかった寝息に耳をすませてみる。



「……すー…」
「すー、すー…んにゃ」
「すー…。…。すー…」



彼にしては根気よくじっと耳を済ませたまま約一分が経過した。
ただ聞き流しているだけではわからないが、明らかにソフィアの寝息は不規則だった。
という事は、眠りは浅い。
彼はそう判断を下したが、どこか不満気だった。
自分がそう判断する事によって、他でもない自分が根気よく声をかけ続けねばならないという選択をせざるを得ないからだ。
ち、と舌打ちして、彼が渋々ながらに口を開く。
「おい! 起きろ!」
「…んんー…」
「お前を探しに来てから何分経ってると思ってんだ!」
「…すー、すー…」
「………」
彼の眉間にまた一本皺が寄る。
むかっ腹がたったのか、彼は腰をかがめてわざとソフィアの耳元で、
「起きろっつってんだろ!」
至近距離で耳に入れば明らかにうるさい、結構な大声をあげる。ついでに彼が身を屈めた拍子に彼の触手のような長い後ろ髪がソフィアの腕にぺしりと当たった。
「…んんぅ」
さすがのソフィアももぞもぞと動いた。
ようやくお目覚めか面倒かけやがって、と彼はかがめた腰を元に戻そうとする。
が。
「しっぽ」
目覚めかけたはずのソフィアはぽつりとそう呟いて、彼が体勢を変えた事で動きに合わせて揺れた彼の触手の先をむんずと握り締めた。
「でっ!」
引っ張られて彼が顔をしかめる。
見るとソフィアの手が彼の触手の一本、それも布に縛られていない毛先をしっかりと掴んでいて。 引っ張ってみても結構な力で握り締められている為に身動きが取れない。
「てめぇ、何してんだ放せ!」
「…つーかま、えた」
彼が怒鳴るが、やはり猫の夢(?)にトリップしているはずのソフィアには届いておらず。
なんだこの展開。彼は口元を引きつらせながら身を起こしかけた中途半端な体勢で思った。
こいつ浅い眠りじゃなかったのか、なんで起きない上にものすんごい力で握ってんだ、と彼は疲れた思考でぼんやり考える。
まさか先ほど観察し終えてからの数分で熟睡の周期が回ってきたのだろうか。
ありえない事ではないが冗談ではない。
いっそ本気で蹴飛ばしてしまおうか、一瞬物騒な事を考えた彼の脳裏に、またもやふっと彼女の台詞が浮かんだ。



あと、日常であんたみたいな寝ぼすけを起こすときなんかは、瞼の下の眼球運動なんかに注目してるかな。眠りが浅い時は眼球がきょろきょろ動いてるのが、瞼が薄っすら開いてる人だとよく見えるんだよ。これが一番わかりやすいんだよね。



ぼんやり浮かんだ彼女の台詞を思い出して。
また一分間じっと寝息を聞くのもかったるいし、これでもし熟睡周期に入ってたら問答無用で触手を奪い返してフェイトに押し付ける、と決め、どれ見てみるか、と彼がその場に屈みこんだ。
その瞬間。



「リフレクト…」
「!?」
「ストライフッッッ!!!」



咄嗟に、掴まれたままの後ろ髪の事も忘れて彼は横に飛び退った。
一瞬前まで彼が屈みこんでいた場所に青い残像を残して何かが物凄い速さで通り抜ける。穏やかに眠っていたソフィアの柔らかな茶髪が、風圧でふわりと舞い上がった。
飛び退った所為で掴まれたままの彼の後ろ髪がぶちぶちぶちっ、と嫌な音をたてて何本かが無残にも宙に舞った。
掴んでいたものが手の中からいきなり引っこ抜かれ、その驚きと少しの痛みでソフィアが跳ね起きる。
何本か髪が千切れた痛みで思わず顰め面をした彼の視線の先には。
「…お前…」
あり得ないほどのカンペキな笑顔で(目はもちろん笑っていない)、彼を睨んでいる青い髪の少年。
その怒りの感情が溢れ出さんばかりのフェイトに彼が怪訝そうな顔をするが、彼が何か言う前にフェイトが口を開いた。
「今ソフィアに何してやがったんだいアルベル?」
「はぁ?」
思わずすっとぼけた声を出す彼に、
「のわっ!」
今度は何か刃物が真っ直ぐに飛んできた。
またすんでのところで避けた彼の視界に、見慣れた赤毛が映る。
「…女の寝込みを襲おうとするなんて、いい度胸してるじゃないか」
いつの間にやら出入り口付近に立っていた彼女から、静かだが明らかな怒気を含んだ低い声が響いた。
足音も無く部屋に入ってきた彼女と、ソフィアの前にかばうかのように立っているフェイト。当のソフィアは状況がつかめずきょろきょろと周りを見回している。
何だこいつら何急に襲撃してきやがんだつーかどっから沸いてきたんだ、とか失礼な事を考えている彼に、フェイトはもう一度尋ねた。
「僕の可愛い可愛いソフィアの寝顔にあんなに顔を近づけて、何するつもりだったんだって訊いてるんだけど?」
「…。ん?」
そういえば、先ほどの体勢は後ろから見れば顔を近づけていたように見えるのかもしれない。
実際は結構に距離があったのだが、後ろからやってきた(らしい)フェイトや彼女にそれがわかるはずもなく。
「ん?じゃないよお前まさか本当に何かしたんじゃないだろうな!」
「何もしてねぇよ!」
「あの状況見てハイそうですか、って納得できるわけないだろ!」
「てめぇらが勝手に勘違いしてるんだろうが!」
「じゃあ何してたって言うんだよお前! 寝込み襲ってキスしようとしてるようにしか見えなかったぞ!」
フェイトが喧嘩腰に質問を投げかけ、彼はそれに同じように喧嘩腰で答え、ソフィアはそんな騒ぎにただただ不思議そうにしていて、そして彼女は無言のまま視線だけを彼に向けている。
そんな異様な空気をふっ飛ばしたのは、彼の一言だった。
「誰が襲うかっ! 大体そんなに顔近づけてねぇし、俺はただこいつの目観察してただけだ!」



「…はぁ?」
先ほどまでの剣幕はどこへやら、フェイトがぽかんと目を丸くする。
フェイトの後ろのソフィアも、部屋の出入り口に立っていた彼女も目をぱちくりと見開いていた。
「…目?」
「こいつが何度怒鳴っても起きねぇ上に猫とか尻尾とか寝言言いながら俺の髪掴んで離さなくなって」
「え…私、そんなことしたんですか?」
焦ったように目を瞬かせるソフィアを一瞬だけ軽く睨みつけ、彼はさらに続ける。
「本当に寝てんのかって確認しようとして目ぇ観察しようとした、それだけだ」
憮然としたままの彼の説明に、出口付近に立ったままの彼女がわずかに反応した。
が、当然だが言葉の少ない彼の説明でフェイトとソフィアが理解できるはずもなく。
「…だからなんでそれで目の観察なんかするわけ?」
「眠りが浅い時は眼球が動いてるんだと、だからそれで眠りが浅いかどうか見ようとしてただけだっつの」
「それ判断してどうするつもりだったんだよ?」
「もし熟睡してやがったら俺の手には負えねぇからお前に押し付けるつもりだった」
しれっと答えた彼に、フェイトは一瞬ぱちくりと目を瞬いて。
「…あのなぁ、紛らわしいことするなよ」
呆れたようにフェイトが肩をすくめた。
「俺は被害者なんだが」
彼は不機嫌そうな顔のまま、無残に床に散っている数本の髪の毛を見下ろした。
ソフィアがうっとつぶやいて縮こまる。
「すみません、つい寝ぼけちゃって…。そうですよね、猫が大人しく尻尾握らせてくれるなんて夢以外にありませんよね、はぁあ」
落ち込むポイントが微妙にズレている。
「あーでも、ソフィアが無事で本当良かった。ソフィアが工房から宿屋に戻ってこないからって心配して来てみればあんなシーン見せ付けられるしさー。僕のソフィアに何かしやがったらアルベル半殺しじゃ済まさなかったよ」
「フェイト…そんな、大げさだよ。アルベルさんにはネルさんがいるんだから、そんなことするわけないじゃない」
「そうだけどさー」
一変して和やかな空気を醸し出すフェイトとソフィアを見てふん、と鼻を鳴らして。
「…なんだい」
彼は無言のまま顔を背けている、未だ出入り口の扉の前に立ったままの彼女に視線をやった。
「お前まで、何勘違いしてんだよ」
「うるさいよ。遅いから何してるのかと思って探しに来てみれば妙な体勢でソフィアの前に立ってるし。さらにドア開いてるのにも気づかずに身かがめて顔を近づけてさ、勘違いするに決まってるじゃないか。紛らわしい原因作ったあんたにだって非はあるだろう」
反論した彼女に、そうだそうだーと彼の後ろからフェイトが同意した。
「お前が早く呼んで来いっつったから急いで起こそうとしてたんじゃねぇか」
「だからって、他に方法だってあっただろう? 寝てるソフィアに顔近づけてるのを見たら誰だって誤解するよ」
再び、そーだその通り、と後ろからフェイトがヤジを飛ばす。
「最初に試した呼吸の観察は当てにならなかったし長いこと待つのが面倒だったから手っ取り早く済まそうとしんだよ」
「当てにならなかった? よくわからなかったのかい?」
「きっかり一分間観察して不規則な寝息だったから眠りが浅いかと思ったが、それでも起きなかったからな」
「あー…、猫の夢見てる時のソフィアに一般常識は通用しないからな…、って、一分間観察? まさかさっきみたいな至近距離で観察してたなんて言わないだろうな?」
途端に物騒な目つきになるフェイトに、彼が軽く答える。
「んなわけあるか。ただ見下ろしてただけだ、呼吸が聞こえりゃそれでよかったからな」
その答えに、フェイトは納得はしたものの呆れたように口を開いた。
「アルベルお前なー、もー少しデリカシー持てよ。女の子の寝顔を一分間観察、って、それ普通に見たら変なヤツだぞ。眠りの深さの確認だとしたって傍から見たら他意があるとしか見えないじゃないか」
「そうですよ、今回は声かけられても起きなかった私も悪いですけど」
フェイトだけでなくソフィアも一緒になって軽く非難を飛ばしてきて、彼は肩をすくめる。
「大体寝てる女の子に顔近づけたりましてや観察するなんてさ、ネルさんにするんなら誰も文句言わないけど、他の子にやっちゃダメだろ」
「そうそう。そういう確認の仕方はアルベルさんはネルさん以外にやっちゃダメじゃないですか」
続けて言われた二人の台詞に名前を出された彼女が何かを言おうとするが、その前に彼が口を開いた。
「こいつには無理だな」
「え?」
「何でです?」
きょとんと目を見開く二人に、彼は答えた。
「こいつの寝顔十秒以上見てたら手ぇ出したくなるから」



「………」
「………」
「………、なっ、何馬鹿な事言い出すんだい!」
数秒訪れた沈黙を破ったのは、真っ赤になった彼女の声だった。
間髪入れずにごぃん、と彼女が彼を殴る鈍い音が響く。
「痛って、何すんだてめぇ!」
「あんたが馬鹿な事言うからじゃないか!」
「本当の事なんだから仕方ねぇだろうが!」
「だ、だからって人前で真顔でそういう台詞吐くんじゃないよ!」
ぎゃあぎゃあと途端に口喧嘩が始まり、あっという間に会話(?)に置き去りにされたフェイトとソフィアは思わず顔を見合わせた。



「…なんていうか」
「…うん」
「うーん、今回アルベルが、っていうか僕以外の他の男がソフィアの寝顔眺めたり至近距離で顔近づけてるように見えたり、すっごく腹が立ったんだけどさ」
「うん」
「アルベルだったら、なーんも心配することなんてなかったんだな」
「そだね。アルベルさんにしたらネルさん以外なんて多分範疇外なんだろうねぇ」
「ネルさん以外の女の人なんて見てないんだなアイツ」
「境界線はここだー! ってヤツだねー。あとは完全に対象外」
「…でも、ソフィアの寝顔ずっと眺めてたなんてたとえあいつでも許さないけど!」
「あはは、大げさだってばー」



笑い合いながら、二人は今も続いている微笑ましい口喧嘩を眺めた。