「ねぇ、あんたお菓子作るのは上手かったよね」
「…作るの"は"って一文字が余計だ」
「あぁいや、別に貶すつもりはなかったんだけどね。じゃあ訂正、料理するならお菓子の方が得意だよね」
「まぁ…別に作るのが特別好きってわけじゃねぇが」
「あれ? そうだっけ。でもあんたって料理するといつもお菓子作ってる気がするんだけど」
「気のせいだろ。パスタとかサラダとかも作れるし作った事あるだろうが」
「んー…。やっぱりあんたがお菓子作るのってものすごく意外性があるから、それで印象に残ったのかねぇ」
「で、菓子作りが何だって?」
「あぁ、忘れるところだったよ。あのさ、あんた杏仁豆腐っていうデザート知ってるかい」
「豆腐? 豆腐をデザートにするのか? まずそうだな」
「いや、見た目は豆腐に似てたけど、豆腐の味はしなかったよ。普通に美味しかった。どっちかって言うとプリンとかババロアとかに近い食感だったし」
「ほぉ。それがどうかしたのか」
「いや、さっきジェミティでマリアとソフィアが私の好みに合いそうだからってご馳走してくれたんだ。あの娘達いわく、私の好む料理はチキュウのチュウカ? っていう地方料理に似てるんだとか」
「妙な偶然だな、まったく違う星に住んでるってのに」
「そうだね。でも、面白い偶然じゃないかい?」
「そうか?」
「私はそう思ったけどね。そっか、あんたならもしかして作れるんじゃないかなと思ったけど、さすがにそれはなかったか」
「おいおい…。いくらなんでもこの星にねぇ作り方も知らん料理を作れるわけないだろうが」
「うーん、やっぱりそうか。あんたならもしかして、ジェミティなりディプロなりで食べて知ってるんじゃないかと思ったんだけどね。意外にいろんなところで甘味食べてるみたいだったし」
「知らん」
「そっか」



そんな会話を交わしたことを彼女が忘れた頃の、ある日の工房での話。





031:いただきます





「今日はアイテム補充あーんど効果アップの為にみんなで料理クリエイションをしようと思いまーす。苦手な人もコストや時間の削減にちゃんと協力すること。ノルマが終わったら好きな料理を作ってて。ただし失敗作はなるべく作らないでね」
今日の予定が発表され、皆それぞれ割り当てられたラインに集まって作業を始める。
「わぁ、ネルさんとマリアさんと同じラインで組むの久々だし嬉しいですv」
「そうだね。美味しいものが作れるといいね」
「ええ、私も足を引っ張らないようにするわ」
雇われクリエイターを除くと女性陣が全員集まったラインでは、きゃいきゃいと黄色い声が上がっていた。
「…あっち、楽しそうだなぁ」
「文句があるならフェイトに言いやがれ」
「いや、ソフィアが最近雇われクリエイターばかりと組んでてそれはそれで楽しいけどやっぱり寂しいってぼやいてたらしくてなぁ…。そうフェイトに言われたら文句言えんだろ」
「なら大人しく我慢しろ」
対照的に、しなびた空気が漂っているのは男性陣ばかりで組まれたライン。
ちなみにもう一人は、
「シャーッシャッシャシャ!」
包丁をぶん回して料理(?)している殺人シェフだった。
作業のほとんどを殺人シェフが一人でやってくれているので、残された二人はもはや参加しているのかわからない状態だったが。
「…とりあえず、邪魔になんねぇ程度に片付けや皿洗いでもしとくか…?」
細かい作業が苦手な所為か、参加すると作業時間を僅かながら延ばしてしまうクリフが、やれやれと肩を竦めながら提案したが。
「放っておいても俺らのノルマ分まで勝手にやるだろ。今日は終わったら好きに作業しろとか言う予定だったしな、俺は適当になんか作る」
「珍しいな、サボり魔なお前が。殺人シェフが霜降りサーロイン1000作ってんの見て腹でも減ったのか?」
「違ぇよ」
なら何でだ、といわんばかりの視線を向けてくるクリフに、彼は簡潔に一言。
「試しに作りたいものがあるだけだ」



"適当に"と言っていたはずなのに作りたいものはきちんとあるんじゃねぇか、とクリフは一瞬疑問に思うが、それを口には出さなかった。



それから数十分後、殺人シェフがうまい棒を大量生産している傍らで、本人曰く"適当に"作った彼の料理は。
「おー、これうまそうじゃねーか! ちょうど小腹すいてきたし、一個くれよ」
「毒見役でいいなら」
「…素直に味見って言えよな…。お! なかなかうめぇじゃねぇか」
まず同ラインにいたクリフに毒見と言う名の味見の為ひとつ食べられ。
「え、何なにー? あ、アルベルデザート作ったんだ。僕もいっこもらおー」
違うラインにいたにも関わらずクリフの歓声を聞きつけたフェイトにもひとつ食べられ。
「あ、美味しそう! 私もひとつ貰っていいですか?」
「丁度休憩しようって思ってたの。私も貰っていいかしら」
やはり違うラインにいたはずだが、男性陣が集まっているのを見てやってきたソフィアとマリアにも頂かれ、そして。
「あれ…?」
ソフィアとマリアの後ろから来た彼女の目にも留まる。
彼女はみんながわいわい言いながら食べているものを見て、小さく目を見開いた。
小さな丸い器に入っており、白くて弾力があって上にさくらんぼが飾りとして置かれていたりするその甘味は。
「これ、杏仁豆腐?」
「ん?」
彼が彼女を見た。
「あんた、見た事も食べた事もないし作り方も知らないって言ってなかったっけ?」
テーブルに並べてある小さな器を見ながら彼女が疑問を口にする。
「お前から聞いた時に気になったから作ってみただけだ」
「いや、だから知らないって言ってなかった?」
微妙にずれた返答をする彼に、彼女が再び疑問を投げかけると。
「アルベルさんはネルさんに作ってあげたくて、私にわざわざ教えてくれって頼みに来たんですよ〜!」
彼ではなく、横でマリアと一緒に杏仁豆腐を美味しく頂いていたソフィアがそう答えた。
「え?」
きょとんとしながら彼女が彼を見るが。
「誰もんな事言ってねぇだろうが!」
視線を向けた先の彼は、ソフィアへの反論を始めて彼女の視線に気づかなかった。
「またまたそんな事言わないでくださいよー。ネルさんが言ってたデザートが作りたいって言ってたじゃないですかー」
「こいつに聞いてどんな甘味か気になったからっつっただろうが、勝手に捏造すんな!」
「えー、でもそれってネルさんに作ってあげたかったから、って事ですよね?」
「だから勝手に解釈するんじゃねぇ!」
一気に騒がしくなった(騒いでいるのは彼だけだが)その場は、ソフィアの隣で一部始終眺めていたマリアの、
「アルベル、感嘆符つけてまで反論すると余計に怪しいわよ?」
という一言で静かになる。
「………」
そこでようやく彼女の視線に気づいたらしく、彼は無言になって舌打ちをひとつ鳴らして、そっぽを向いた。
一旦は静かになったその場は、今度は男性陣からの冷やかしやら彼女を除いた女性陣からの追及でまたにぎやかになり、彼女は彼にそれ以上言及する事はしなかった。
騒ぎの中心にいる彼に声をかける事はためらわれたので、彼女はテーブルに並んでいる杏仁豆腐を手に取った。
「…いただきます。」
伝えるべき相手には聞こえていないだろうけど、彼女は一応手を合わせて食事を始める挨拶を呟く。
棚からスプーンを取ってきて、ぱくりと一口。
杏仁豆腐独特の味と甘みが舌の上に広がって、彼女は我知らず微笑んだ。



「ねぇ。結局のところ、どうだったんだい?」
クリエイションも終わり、宿屋に戻っていつも通りに同部屋に押し込められた後の彼女の第一声が、それだった。
「あー?」
荷物を適当に床に下ろし、靴をぽいぽいと脱ぎ捨ててごろんとベッドに横になった彼の第一声は適当な返答。
気を悪くする事もなく彼女も荷物を降ろして、向かいにあるベッドに腰掛けながら。
「杏仁豆腐。ただ興味が沸いたから作ってみただけ?」
「…さぁな」
「その答えだと、どっちの意味にもとれるけど」
「なら訂正。ただ興味が沸いたから作ってみただけだ」
「なら、って何さ、もう」
彼女はごろりと横になったままこちらを見ようとしない彼を見てくすくすと笑う。
「でも、それならなんでソフィアの、あんた曰く"勝手に捏造"した言い方にあんなに反応したんだい」
「誰だってまったく検討外れの事言われたらイラつくだろうが」
「あんたは本当に検討外れな事だったら、いつも適当にあしらってるのにね」
「………」
黙り込む彼を見ながら彼女が苦笑する。僅かな笑い声が聞こえたのか、不機嫌そうに彼が鼻を鳴らした。
耳のいい彼女はそんな小さな声もきちんと聞き取って。
「まぁ、どっちでもいいや。美味しかったし」
「…そうかよ」
さり気なく褒められて、彼がやはりそっぽをむいたままそう呟く。
そんな彼がどこか可愛らしくて、彼女は微笑を絶やさないまま、口を開く。
「ここで私が、また作ってよ、ってちゃんと言ったら、あんたはまた作ってくれるのかい?」
「………」
その問いかけに彼は答えなかったけれど。
いつかまた、ぶっきらぼうで素直じゃない彼が、見た目に似合わず達者なお菓子作りの腕をふるってくれる時が来るんじゃないかな、と彼女はなんとなく思った。