日常茶飯事、という言葉は、こういう時に使う言葉なのだと思う。 056:ケンカ 「あんた、いいかげんにしなよ!」 「それは俺の台詞だ!」 「はぁ? あんたにそんな事言われる筋合いないね!」 「俺だってお前にだけはんな事言われる謂れねぇよ!」 「なんだって!?」 ぎゃあぎゃあ、と書き文字を加えても違和感がないであろう、そんな光景。 彼と彼女が喧嘩、一口に喧嘩と言ってもただの口喧嘩からそれこそ命がけの喧嘩をしている光景は、すでに仲間内では見慣れたものになってきていた。 「やれやれ。あの二人も毎日毎日飽きもせずよく続けられるよねー」 フェイトはのほほんとした表情で眺めているし、 「最初のうちは止めに入ったけど、もう今じゃ日常化し過ぎててそんな気にもならないわね」 マリアは気にも止めずにただ傍観しているし、 「ま、あれだあれ。喧嘩する程仲が良い、ってやつだろ」 クリフはにやにやと楽しそうに笑いながら観察していたりする。 当たり前と言っても差し支えのないほどに仲間内では日常化した彼らの喧嘩は、クロセルを倒して仲間から二人が抜けた事により、一旦沈静化したように見えたのだが。 「…相も変わらずあんたの戦闘スタイルはまったく変わってないね…なんとかの一つ覚えとは言うけど…」 「あぁ? お前こそ何にも変わってねぇじゃねぇか、しばらく見ないうちにちったぁマシになってるかとは思ったがな」 「何が言いたいんだい?」 「お前の戦い方だって何にも進歩ねぇだろうが、自覚ねぇのかよ」 「あんたにだけはそんなこと言われたくないね!」 「俺だって自覚ねぇ奴にだけは言われたかねぇよ!」 やはりと言うか何と言うか。 しばらく間を置いてから再びパーティに戻ってきた二人の喧嘩は変わらず繰り広げられていた。 「…変わってないねぇ」 「相変わらずね」 「ま、急に妙に仲良くなってたら逆に怖ぇしな」 以前共に旅をしたことのある三人は、相変わらずな二人を感心したり呆れたりしながら眺めているのだけれど。 「…ねぇ、フェイト。アルベルさんとネルさんって、いつもこんな感じなの?」 今回は、そんな"日常茶飯事"に慣れていない仲間がひとり。 「ん? あぁ、そうだよ。そっか、ソフィアはあの二人の喧嘩見るの初めてだったっけ」 ぽかんとしながら尋ねてきたソフィアに、フェイトはそりゃ最初は驚くよなぁ、とか思いながら返事をする。 「うん。…びっくりしたよ」 ソフィアは不思議そうな、よく見るとどこか困惑したような顔で素直に驚きを口にする。 「アルベルさん、言う事は言うけど普段は無口な人だと思ってたしね。ネルさんも、あまり大声で怒鳴ったりしないタイプに見えたし…」 「あら、でもその印象は間違っていないと思うわよ。実際、普段のあの人達はそんな感じだもの」 マリアがソフィアの意見を肯定して、当のソフィアはきょとんとしながらぱちくりと瞬く。 「えっ? でも…」 今も少し離れた場所でぎゃあぎゃあと口喧嘩を続けている二人を見遣って、ソフィアがまた不思議そうな顔をして。 マリアはくすくすと笑いながら、続ける。 「あなたが思ったとおり、アルベルは無口で無愛想で必要以上に喋らない人だし、ネルだって普段は感情をあまり表に出さないように振舞ってるもの。だから、あなたが感じた印象は間違ってないわ」 「そうなんですか…。でも、あんなにお互い大声で怒鳴りあう口喧嘩なんて、私久しぶりに見ましたよ。皆さんはよく驚かずに見てられますね?」 「はは、そりゃ慣れてるからな。いつもあんなんだったからなぁ、あいつら」 「いつも!?」 ぎょ、と目を見開くソフィアに、答えたクリフがからからと笑う。 「あぁ、毎日毎日喧嘩ばっかでよ。一日に数回じゃ留まらねぇ時も珍しくなかったな」 「………」 またぽかん、と目を見開くソフィアに、フェイトが笑いながら言った。 「ま、ソフィアもそのうち慣れるって。毎日毎日見てればいつの間にか日常化しちゃうからさ」 「毎日毎日…。そんなに…うわぁ…」 ソフィアは苦笑いを隠せない様子で、また喧嘩腰に言い合いを続ける二人を見やる。 しばらくそちらを見ていたソフィアは、やがて三人の方へ振り返って、尋ねる。 「…そんなにあのお二人って、仲悪いんですか?」 「それはないよ」 「それは違うわ」 「それは勘違いだぜ」 ソフィアの問いに、周りにいた三人の首が同時に横に振られた。 満場一致で否定され、ソフィアがきょとんとする。 「え? でも、普段それほど大声を出す事や口数が少ないお二人が、あれほどものすごい喧嘩を毎日してるなんて、仲良いとは思えないんだけど…」 「うん、…僕も最初はそう思ったよ」 くすくす笑うフェイトに、ソフィアが不思議そうに見返す。 「最初?」 「そう。…最初はね、本当にあの二人は仲悪かったんだ。前ちょっと話しただろ?アルベルの国とネルさんの国は少し前まで戦争してて、二人はそれぞれの国の重役にいた。戦場で会えば本気で命を奪い合うような関係だったし、和平が結ばれて協力しあう事になっても、そんな過去があったことは消えないから、最初は本当に刺々しい雰囲気だったよ、あの二人」 懐かしむようにフェイトが言って、ソフィアが問いかける。 「じゃあ、最初から喧嘩ばっかりだったんだね、あのお二人」 それを聞いて、フェイトは微笑しながら首をゆっくりと横に振る。 「え?」 「その逆。まったく喧嘩なんてしてなかったよ。ただの言い合いすらなかった。と言うか、口も利きたくなかったみたいだね、特にネルさんの方が。アルベルはアルベルで、ネルさんに興味すら持ってなかったし」 「………」 ソフィアがまたぽかんとなって、フェイトが苦笑しながら続ける。 「でもね…。一緒に過ごしていくうちに、だんだんお互いがお互いの事をわかってきたんだろうね、ちょっとずつ仲良くなってきて、口数も増えて、言い合いとか口喧嘩とかもするようになって。んで気づいたら、周りにいる僕らが慣れちゃうくらいの頻度で喧嘩しだすようになってさ」 「…? 仲良くなってきたのに、口喧嘩が増えるの?」 ソフィアの素朴な疑問に、フェイトは笑いながら答える。 「あぁそうか、ソフィアは喧嘩するイコール仲が悪いってイメージが定着しちゃってるんだな」 「…だって、普通そうじゃないかな?」 「うーん、でもまぁあの二人の場合はそうでもないってこと。憎しみとか、嫌悪感からする喧嘩ばっかりじゃないってことだよ」 「…」 ソフィアがまた不思議そうな顔をして。 フェイトはまだまだ喧嘩を続けている彼と彼女を見遣って、続ける。 「喧嘩っていうのはさ、自分の思ってることをわかってほしいからするんだよ」 「え?」 「自分はこう思っている、でも相手の意見とは違う。違うけど、自分の思っていることを理解して欲しい。だから喧嘩するんだよ」 「………」 そのフェイトの言葉に、ソフィアが無言になって。 「…さっきも言ったけど、アルベルはあまり他人に興味持たないし、普段口数も少ないよ。ネルさんだって自分の感情をあまり表に出そうとしないし、大声出して怒鳴ったりする事も少ない人なんだ。…そんな二人が、大声出して口喧嘩して、自分の感情むき出しにして言い合いしてるんだよ?」 「…」 フェイトが笑いながら、続ける。 「自分を理解して欲しい、って思ってなかったら、そんなことしないしできないだろ?」 「………」 「それに、自分をわかって欲しいって思う相手じゃなきゃ、怒鳴ってまで分かってもらおうとしないよ」 「…そう、なのかな…?」 どこか半信半疑に首をかしげるソフィアに、フェイトがじゃあ、と前置きして口を開く。 「じゃあ二人の会話、っていうか言い合いか。よーく聞いてみなよ」 言われて、ソフィアが変わらず言い合いを続けている二人の喧嘩内容に耳を傾ける。 「…だからその戦い方、変えなって何度言ったらわかるのさ!」 「お前こそ何度言えばわかるんだよ、変える必要なんざねぇだろうが!」 「変える必要ない? 自分を省みず敵に突っ込んでいって、戦闘終了後には大怪我してるその馬鹿な戦い方を? 寝言は寝てから言って欲しいもんだね!」 「俺がどう戦おうと俺の勝手だろうが、いちいち口出すんじゃねぇよ!」 「しょうがないだろう、心配なものは心配なんだ! 口出しして何が悪い!」 「…なっ、」 「前にも言ったじゃないか、無鉄砲で自分の事気にしないあんたの事が心配だって! あんたの戦い方見てると、生き急いでるように見えてしょうがないんだ! だから…少しでも自分を大事にしながら戦えって、そう言ってるんだよ!」 「………」 「…ソフィアはさ、あの二人の喧嘩内容聞いて、お互いがお互いを気に食わなくて嫌いで嫌いでどうしようもない、だから喧嘩してるんだ、って、思うかい?」 「………」 ソフィアは視線をフェイトに向けて、そして首を横にふるふると振った。 だろ?とフェイトが笑い、また彼と彼女に視線を向ける。 「…なら、お前もその危なっかしい戦い方を改めろよ」 「え?」 「お前も自分を省みねぇ無茶な戦い方してるだろうが」 「…」 「自覚の有無なんざ知らねぇが、お前から見た俺が生き急いでるように見えてんなら、俺から見たお前も似たようなもんだ」 「…それは…」 「お前がその無茶な戦い方を改めるってんなら…」 「…改めるんなら?」 「…俺も少しは戦い方を変えてやらないでもない」 「何、それ。回りくどい言い方するもんだね」 「悪いか」 「さぁね…。…わかったよ、これから気をつける。だからあんたも、ちょっとは変わりなよ」 「ふん…あまり期待するなよ」 「ふふ。…ま、今日のところは、それで良しとしとくよ」 「…ほらな?」 いつの間にか彼と彼女の言い合いの内容を真剣になって聞いていたソフィアは、唐突にフェイトにそう言われてはっとなる。 「えっ?」 「僕の言ったとおりだろ。あの二人の喧嘩ってさ、」 フェイトは穏やかに笑いながら、 「根っこにあるのは、憎しみとか嫌悪感とか、ましてや"嫌い"っていう感情じゃないだろ?」 「…うん」 こくり、と、ゆっくり実感を持って頷いて、ソフィアは嬉しそうに口を開く。 「そうだね。喧嘩って、相手に自分の思ってることを伝えたくて、わかってほしくてする喧嘩だって、あるんだよね。相手が嫌いだからするんじゃなくて、相手が心配で、でも意見を変えようとしないからついついしちゃう喧嘩だって、あるんだよね」 「そーゆーこと」 フェイトが笑って、口喧嘩を終えて幾分穏やかに何かを会話している彼と彼女を見る。 「だから、微笑ましく見てられるんだよね、僕らも。本当に険悪で嫌悪感しかない喧嘩って、何度見ようが慣れないもんだからなぁ」 「そっかぁ…。じゃあ、私もすぐに慣れられるかな?」 「あー、そりゃもう。毎日毎日同じような内容で繰り広げられてる喧嘩見てればすぐだって」 「ふふ。そうだといいな」 くすくす笑いながらソフィアが呟き、今は普通に会話している彼と彼女を見遣る。 二人の間に流れている空気の穏やかさに何だか嬉しくなって。 「喧嘩するほど仲がいい、って素敵だねv」 にこにこ笑いながらソフィアが呟いた台詞は、先程と違って今度は誰の否定も受ける事はなかった。 |