料理の味なんてものは、調味料の加減と材料の持ち味と料理人の腕だけで決まるものだとずっと思っていた。
調味料を分量通り入れて材料のうま味を引き出して味付けをしっかりとしておけば、誰が作ろうと同じ味だと思っていた。
―――そう思わなくなったのは、つい最近の事。





089:料理





きっかけは恐らく茶髪の少女が始めて夕食を作った、あの時。
ようやく置かれている状況や周りのパーティメンバーに慣れてきた茶髪の少女が、初めて夕食当番になった時だったのだろう。
「あら、美味しい」
「おぉ、こりゃ美味ぇぜ!」
実はパーティ中一番高い料理タレントレベルを惜しみなく発揮した茶髪の少女の手料理は、周りの皆に美味しいと思わせるには十分だった。
「えへへ、ありがとうございます。いろいろあってずっとお料理できなかったから、ちゃんと作れたか心配だったんですけど、そう言ってもらえると安心します」
「とても美味しいわよ。ブランクがあったなんて信じられないくらい」
「あぁ、大したもんだ。さすが何年もフェイトのお守りしてただけはあるな」
からかいを含めて呟いた、金髪の青年の台詞に。
「………」
何故か反応すらせず、青髪の少年は黙々とただ料理を口に運んでいた。
青髪の少年の隣に座っているプリン髪の彼が食事中静かなのはいつもの事なので誰も気に留めないが、普段何かしら談笑しながら食事をとっている青髪の少年にしては、珍しい行動で。
「…。フェイト?」
不思議がった茶髪の少女が、青髪の少年を伺うように見て声をかけた。
「…ん、あ、何?」
「どうしたの? 黙り込んじゃって。もしかしてお料理、美味しくなかったのかなぁ?」
反応したがどことなく上の空な青髪の少年に、茶髪の少女が心配そうにそう問いかけて。
青髪の少年は慌てて答えた。
「あぁ、ごめんごめん。ちょっとな…」
「ちょっとなって…。もしかして本当に美味しくなかった?」
「いや、そんなことないって。すごく美味しい」
「じゃあ、どうしていつもと様子が違ったの? 再会してから何回かご飯食べたけど、フェイトご飯食べる時いつも誰かと会話してたでしょ?」
不安気に問いかけてくる茶髪の少女の視線と、同じく不思議に思っていたのだろう周りの皆の視線を浴びた青髪の少年は、少し気まずそうに口を開いた。
「あー…。まぁ、その。…ソフィアの手料理食べるの久々だったから、さ。感極まって思わず食べることだけに集中してた」
「…へ?」
大きな瞳を丸くして茶髪の少女が目を見開いた。
青髪の少年はやはり照れくさそうに続ける。
「なんか、懐かしいっていうか、馴染み深いっていうか…。とにかくさ、ソフィアの味がするなーってちょっと感動してた」
「…な、何それ私の味って」
「ん? 何ていうか、おふくろの味とかふるさとの味とかってよく言うだろ? そんな感じ」
に、と笑って青髪の少年が茶髪の少女を見て。
「他の人達の手料理や、既製品の料理も美味しいには美味しいけどさ。…やっぱりソフィアの手料理が僕には一番なんだなーって思ってた」
「…は、恥ずかしいなぁ、もう」
「だって本心だし?」
「美味しいって言ってもらえると嬉しいけど、フェイトの言い方って照れくさいよぉ」
「…だって、本心だし?」
「…二度目だよそれ」
「だから本音がそれなんだからしょうがないだろって」
いつの間にやらハートマークが飛び交いそうな雰囲気に突入した二人を眺めながら、周りの皆が肩をすくめた。
「おーおー、若いっていいねぇ」
「…クリフ、その台詞親父臭いわよ」
各々思ったことを述べる中、
「………」
やはり一人だけは黙々と料理を食べていたけれど。
さほど気にせずに、回りの皆も会話を進める。
「でも、確かにソフィアの料理は美味しいものね。フェイトがああ言うのも無理ない気がするわ」
「まーな。それにあれだ、料理の腕もそうだろうが、ソフィアが作った、ってのがポイントなんだろうよ」
「そうでしょうね。愛情は最高の調味料、ってヤツかしら」
「やっぱり料理の腕だけが味を左右する要素じゃねぇんだよなぁ、不思議な事に」
会話がそんな風に進む間、やはり一人だけ黙々と無表情のままに料理を口に運んでいたが。
「………」
自然と耳に入ってくる会話に、少しの間だけ彼の箸が止まっていたのには誰も気づきはしなかった。



それからしばらくして、エリクールと呼ばれる星に移動する事になって。
赤毛の彼女がパーティに再び入って少し経った日。
「うわー、ネルさんのお料理、すっごく美味しいですね!」
彼女が食事当番のある日、彼女の手料理を初めて食べた茶髪の少女がにこにこと微笑みながら言った。
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
笑顔を向けられた彼女は、少し照れくさそうに微笑んで答える。
「もう、このお魚の煮物なんて本当に柔らかいししかも味もすごく染みてますし、レストランで食べるお料理みたいですよ」
「うんうん、ネルさんの料理も美味しいよな」
「そうよね。羨ましいわ、本当」
「お前もたまには料理の練習でもしたらどうだ、マリア? 仕事だったら代わってやるからよ」
「…大きなお世話よ」
久々に食べる彼女の料理に喜びながら、他の皆も美味しそうに箸を進める。
喜んでもらえた事を嬉しく思いながら、彼女自身も食事を進めていると、
「…?」
ふと。
視線を感じて、彼女は顔を上げた。
何気なく視線を感じた方向へ目を向けると、視線の主らしい彼の紅い瞳と目が合った。
「なんだい?」
彼女が問いかけると、彼はゆっくりと視線を食事に戻して、
「…いや、なんでもねぇ」
いつも通り、黙々と箸を進め始めた。
彼女は不思議そうな顔をしたものの、彼の"なんでもねぇ"はイコール"別に何でもなくはないけど言いたくない"であると知っている故。
「…そう」
とりあえず気にしないでおこうと考えて、彼女はまた食事を再開した。



その後食事を終え、各自自分に割り当てられた部屋に戻っていったが。
「…何か用かい?」
何故か、彼女の部屋には先客がいた。
先客である彼は部屋に一つだけあるソファに全体重を預けてくつろぎきった姿勢で座っている。
「んー。あぁ」
本当に用があったのか判別し難いような生返事をして、彼が部屋に入ってきた彼女を見る。
だらりと手足を伸ばしてソファを占領している彼を見て呆れ顔の彼女が、彼のいるソファの前まで来ると、
「訊きたいことがあってな」
彼はソファに預けきっていた上体を起こして、彼女と目を合わせて尋ねた。
「お前、料理レベルはどのくらいだった?」
「…は?」
文字で表すならばきょとん、という言葉がぴったりしっくりきそうな表情をして、彼女が目を見開いた。
「…タレントレベルのことかい? それなら30だけど」
「………」
彼はむ、と一瞬眉を顰めて。
「…そうか」
彼女から視線を外し、納得したような表情でそう呟く。
彼女はますます不思議そうな顔をしながら、口を開いた。
「あんた、さっきからどうしたんだい?」
「あ?」
「食事の時もなんだか様子が変だったじゃないか。何かあったかい?それともさっきの料理が不味かったのかい?」
先ほどは気にせずに振舞っていたが、やはり彼女も気がかりに思っていたようで。
畳み掛けるように疑問をぶつけてくる彼女の台詞に、彼はあぁそのことか、と呟いて。
「そうじゃねぇよ。ただ、」
彼はそこでまた彼女を見て。
彼女の、深い菫色の瞳をまっすぐ見て。



「やっぱり、お前がいい」



一言呟く。



「…は?」
なんの脈絡もなく結構に恥ずかしい事を言われて、彼女は赤くなる間もなくまず素っ頓狂な声を上げた。
そんな彼女に、彼は相変わらず視線を逸らさないままに、続ける。
「…料理の味なんてものは、作った奴の腕で決まるもので、能力や経験があれば誰が作ろうが同じようなもんだとずっと思ってたんだが。違うんだな」
「は、はぁ?」
「料理の腕前自体はソフィアの方がお前より上なんだろ? 客観的に見ると」
「え、あ、そうみたいだけど」
「でも実際出来た料理食べてみるとお前の方が上手いっつぅか美味いんだよな」
「そ、そう?」
「フェイトの野郎の意見に同意するのも何となく癪だがな…。認めざるを得ねぇんだからまぁしょうがねぇか」
納得しきった表情で喋り続ける彼に、彼女が困惑した表情で問いかけた。
「…あのさ。ごめん、何の話?」
問われて初めて、彼は彼女がきょとんとしているのに気づいたのか、一度目をぱちりと瞬いて。
「ん? …あぁ、そうか、お前あの場にいなかったんだな」
「あの場、っていつの事さ」
「星の船…ディプロだったか? に乗った時の事だ」
「じゃあわかるはずないじゃないか」
もう、と不機嫌そうな表情をする彼女に、彼は説明するのも面倒になったのか。
「まぁとどのつまり」
彼の紅い相貌が彼女を真っ直ぐに見て。



「どうせ食べるんなら、お前の料理がいい」



そう、何気ない顔をしながらすっぱりとまとめた。



「…嬉しいこと、言ってくれるじゃないか」
照れた時の癖なのか、口元を指で隠しながら彼女が彼から目を逸らす。
「そうか?」
いつも通りの顔で答える彼に、彼女は視線を逸らしたままに、でもどこか嬉しそうな顔をして。
「そうだよ。作る側にとったら、美味しいとか自分の作った料理が食べたいとか言われるのって、すごく嬉しいことなんだよ?」
「ほぅ」
「あんたって結構、思った事本心のままぶつけてくるから、余計に、ね」
彼女はくす、と笑い、彼のほうは見ないままに、小さく口を開く。



「…私も、作った料理食べてもらうんなら…あんたがいいな」



「…」
ぽつりと呟かれた台詞は、どうやら意味を違えず彼の耳に届いたようで。
一瞬無言になった彼は、その後すぐにふっと気の抜けたように笑って、呟く。
「…いくらでも食ってやるよ」
「ふふ。じゃあ私も、時間と材料の許す限りなら、いくらでも作ってあげるよ」
彼女も緩く笑って、そして嬉しそうに微笑んだ。



「それにしても…最初の脈絡ない台詞はそれかい。まったく、驚かせるんじゃないよ」
「ん?」
「急に"やっぱりお前がいい"言われたら意味汲み取れないじゃないか、主語抜いて最初に結論言うんじゃないよ」
「…あぁ、あの台詞のことか」
彼が納得した顔をしてまた彼女を見る。
「別に料理の事に限らず俺はお前が一番いいと思っているが?」



「………」
顔を背けている彼女の頬に、密かに血液が大集合する。
「…ばか」
隠し切れないとはわかっているものの、精一杯顔を背けながら彼女が言った台詞に。
「はいはい」
彼は笑いながら軽くそう答えた。



「…私も馬鹿だけど」



その直後、小さく小さく呟かれた彼女の台詞に。



「…それは、それは」



嬉しそうに彼が呟いて、くく、と小さく笑った。



料理の味なんてものは、調味料の加減と材料の持ち味と料理人の腕だけで決まるものだとずっと思っていた。
調味料を分量通り入れて材料のうま味を引き出して味付けをしっかりとしておけば、誰が作ろうと同じ味だと思っていた。
―――そう思わなくなったのは、つい最近の事。
そう思わなくなった事を喜ばしく思う自分に気が付いたのも、つい最近の事。