「こら! フェイト! いいかげん離れてよ、恥ずかしいよ!」
「あははソフィア顔真っ赤ー、耳まで真っ赤ー、かわいー」
「ちょ…本当、私達のいないうちにどれだけ飲んだの!」
「んー、まぁ気にしないで。あーソフィアいい匂いー」
「…フェイトはお酒の匂いしかしないね…っていうか、放してってばー!」
「いーじゃんかーソフィアだって満更じゃないだろー?」
「う…」



とある街のとある酒場、営業時間内ではあるけれど店が混みあう時間帯ではないためか、他の客はおらず貸切状態になっているその場所で。
笑顔のままソフィアに抱きついたフェイトと、抵抗らしい抵抗ができないソフィア。
いつもは見られない珍しい光景を、他の仲間達は羨ましそうにまたは微笑ましそうに遠巻きに眺めていた。





090:もう少し…





たまには女三人でお酒でも飲みに行こう。
最初にそう言い始めたのが誰だったかは恐らく誰も覚えてはいない。だがその提案に異論を唱える者は誰もいなかった。
今日は思いっきり楽しんじゃいましょうとかお酒なんて久しぶりだものねとかこの頃街でゆっくりする暇もなかったからねとか話しながら、街の酒場へと向かって。
そこで偶然というか何と言うか、同じような事を考えていたのだろう男性陣がひとつのテーブルとカウンターの前にある席を陣取って飲んだくれていて。
まぁはちあわせたものはしょうがない、と、女三人のはずがいつものメンバー全員集合で飲むことになった。
女性陣がカウンターの席につこうとしたところ、ソフィアがすでにかなりの量を飲んでいたフェイトににこにこ笑顔のまま拉致られ。
冒頭の会話に至る。



「…若い奴らはいいねぇ」
「あら、あなたも同じような事をしたいっていうの? クリフ」
「い、いやそういうわけじゃないけどよ」
「するならディプロに戻ってミラージュのところへ行ってよね。ちなみにミラージュがいないからって代わりに私に同じ事したらセクハラの罪で蹴り飛ばすわよ」
「…そこまで言うかよ。昔は抱っこしてーって自分から言ってきたってのによ」
「いつの事よ。そんな大昔の話持ち出さないで頂戴」



カウンターの前に座り、ちびちびと酒を飲んでいるクリフと、監視の目を光らせているマリアがそんな会話を交わす。
ソフィアがフェイトに拉致られた後、カウンターの前の空席に着こうとしたマリアは、寸前にクリフの空かせた瓶の量に気づいてどれだけ飲んでいるのよと止めに入っていて。
それから監視の意味もこめてクリフの隣で飲んでいた。



そして残された赤毛の彼女は、何気なく一人で飲んでいたプリン髪の彼の隣に座って。



「他の二人はかなり飲んでるみたいだけど、あんたはどうだい?」
「さぁ。飲んだ量なんていちいち憶えてねぇよ」
「まったく…あんたってどれだけ飲んでも顔色がほとんど変わらないから、飲みすぎてるかどうかの判別つかなくて困るよ」
「何が困るんだ?」
「急性アルコール中毒にでもなって倒れられたら処置に困るじゃないか」
「誰が倒れるか」



飲んでも飲んでも顔色ひとつ変えない彼に感心したり呆れたりしていた。





「んもーフェイト酔いすぎだよ!」
「だーいじょーぶ、酔ってない酔ってない〜」
「その口調じゃ説得力のカケラもないわよー!」
「あーソフィアやわらかーいきもちいーい」
「な、何言ってんのよえっち! すけべ! ばか!」



そんな、ある意味微笑ましいやりとりを背景に、各々好きなように飲んでいたが。



「っていうか、柔らかいってそれ私が太ってるって言いたいの?」
「は? そんなこと言ってないだろ」
「でも柔らかいってことはそれだけお肉がついてるっていいたいんでしょ! ふんだ、どうせ私はマリアさんやネルさんと違っておデブですよーだ!」
「だから誰もそんなこと言ってないって…」



少々言い合いの雰囲気が変わってきた事に気づき、周りの皆の視線や関心がフェイトとソフィアに向いた。
約一名、まったく気にかけずに飲み続けていたが。



「だって、痩せてて程よく体が引き締まってれば、そんなに柔らかいとかふにふにとか思わないでしょ? じゃあやっぱり私が太ってるってことじゃない!」
「そんなことないって、それに女の子ってちょっとくらいふにふにしてたほうが可愛いと思うけど」
「…え?」
「だってほら、抱き心地いいし。ふにふにしてたほうが可愛いし。ソフィアだって、ふわふわの癒しネコとガリガリのけずりすぎのフィギュア、どっちがいいかって言われたら癒しネコ選ぶだろ?」
「…その例えはこの上なく適当じゃないと思うけど」
「んーまぁ今のは極端過ぎたか。まぁとにかく、ちょっとくらいふくよかな方が男にとってはいいってこと。マリアやネルさんみたいにすらっとしてる人もいいけどさ、僕はソフィアみたいなふにふにした子が好きだな」
「…。ってことはやっぱり私が太ってるって言いたいんじゃ…」
「だーから違うってー。それに、ソフィアって雰囲気も柔らかいし可愛いし、僕大好きだよ?」
「…、な、何言ってんのよもうフェイトったら…」



雰囲気が変わった瞬間に生まれたとげとげしさは霧散して、また穏やかな言い合いが繰り返される。
それに安心して、何気に注目していた皆の視線がまた元に戻った。
喧嘩が始まってソフィアが魔法を乱打するのではないかと危惧していた皆が安堵の表情を浮かべてまた手元の酒を飲み直している中、



「それにソフィア、もうちょっと太ってくれたら抱き心地もっと良くなるのになぁ」



あっけらかんと言われた台詞に、照れたように頬を染めていたソフィアが思い切り眉を顰めた。



「…はっ?」
「お前自分でおデブさんだとか言ってるけど、実際全然太ってなんかないし? もう少しふにふにしててもいいと思うけど」
「…フェイトさぁ、もうちょっと乙女心理解しようよ」
「ん?」



フェイトがそんなことを言い出して。
怒り出す事はなかったが、呆れたような表情でソフィアが答えて。
そして当然、先程まで成り行きを見ていた皆の耳にも、そのやりとりは届いていた。





「もう少し太った方がいい、ねぇ…」
「…何よ、その目は」
「おいマリア、前から何度も言ってるがお前もーちょっと食えよ。そんなんじゃ痩せてる通り越してやつれちまうぞ」
「しょ、しょうがないじゃない。甘いものや油っこいもの、苦手なんだから」
「はー…。間食抜きとかってダイエットに目ぇ血走らせてる世のお嬢さん方が聞いたら羨ましがる台詞だな」
「…いいじゃない、ちゃんと必要最低限の栄養は取ってるんだし」
「最低限じゃマズイってーの…」



どこか親子じみた会話をしているのはクリフとマリア。
傍から見れば親子に見えるだなんて本人達はまったく気づいていないが。



そして残りの二人は。



「…もう少し太った方がいい、ねぇ…」
「…何さ。ていうか、あんたさっきまで後ろの会話に興味なさ気に酒飲んでなかったっけ? 何で今に限ってしっかり聴いてるのさ」
「耳に入ってきたんだ、悪いか」
「別にそうは言ってないけど。…で、なんで私の方見てるんだい」
「…別に」
「………」



言葉を濁した彼に、彼女が少し不満気に眉を顰めた。
彼女の表情が不機嫌そうに歪んだ事に気づいた彼が、不思議そうに声をかける。
「…おい?」
「…」
彼女は答えず、グラスに口をつけてほんの少しだけ酒を飲んだ。
その表情は怒っているというより、むしろ。
「何、拗ねてんだよ」
「…別に」
「んなむすっとした顔してよく言う」
「………」
言い返されて、彼女は反論できずにまた不機嫌そうな顔をして。
「…どうせ私はソフィアみたいに柔らかい雰囲気でもないし、女らしくないよ」
「はぁ?」
「あんたもフェイトが言ってたみたいに、柔らかくて可愛い女の子の方がいいんだろう? どうせ私は今まで体なんて鍛える事しか考えてなかったから、柔らかさなんて無縁だし、女らしさなんてカケラもないよ」
むすっとしたまま彼女が一気にそう言って、彼がきょとんと目を見開く。
気のせいでもなんでもなくやはり拗ねているらしい彼女の様子に、彼が苦笑して。
「…女ってもんは、太ってるより痩せてる方目指すもんなんじゃねぇのか」
「それはそうだろうけど…。でもやっぱり世間一般的に、程ほどに柔らかくて可愛い子の方が女らしいじゃないか。私は痩せてるというよりただ骨張ってるだけだし」
「…別にんなことねぇと思うが」
「そんなことあるから悩んでるんだよ」
酒が入っている所為か、彼女は珍しく拗ねたような表情を隠そうともせずまた口にグラスを運ぶ。
彼は珍しいな、とで言いたげに彼女に視線をやる。



「…ったく、本当につまらん事で悩む性格だな」
「…悪かったね」
彼女はむっとしたものの、小さくそう返すだけ。
ムキになって反論してくることもなくまたグラスに酒を注ぐ彼女を見て、彼がまた苦笑して。
「…。?」
酒を注いだグラスを口に運ぼうとした彼女の手を、彼が唐突に止めた。
彼女が不思議そうな顔をして彼を見る。
彼は何も言わないままに、彼女を引き寄せて、
「わ、」
有無を言わさず腕の中に閉じ込める。
「ちょっと…何?」
多少なりとも酔っている所為か、大した抵抗はせずに彼女が彼を見上げる。
彼はがっちりと彼女に腕を回して抱きしめながら、言う。
「…なぁ」
「何だい」
「お前、俺の体の事柔らかいと思うか?」
「は?」
ぱちくり、と目を瞬かせて、彼女が声をあげる。
彼はやはり彼女を抱き寄せたままに続ける。
「俺の体、肌で感じてみて柔らかいと思うか硬いと思うかって訊いてんだ」
「…あんたさ、その言い方なんかやらしいんだけど?」
「気にするな。で?」
再び問われて、彼女はぼんやりと考える。
背中に回されている、見た目は細いのに彼女が持てないような荷物も軽々持ち上げる腕、無駄な肉は一切ついていない胸板、がっしりとした肩。
見た目の印象だけではなく、体全体で感じる彼は、
「…硬い、と思うけど」
「そうだろうな」
「そうだろうな、って、そんなのわかりきったことじゃないか。何でわざわざ…」
彼女が素直に疑問を口にすると、彼は彼女の背に回した腕はそのままに続ける。
「お前が俺の体硬いって感じてんなら、俺にとってお前の体は十分柔らかいんだよ」
「は?」
「さっきお前、自分の体なんて柔らかくないし骨張ってる、とかって愚痴ったろうが」
「あ、あぁ、うん」
「だから、お前の体は十分柔らかいって証明してやったんじゃねぇか」



彼は彼女を抱きしめたままにさらりとそう言った。
彼女は彼に抱きしめられたままにぽかんと目を見開く。
「それになんつーか? 抱きしめた時にお前の細い肩が腕の中にすっぽり収まる感覚嫌いじゃねぇしな」
「な、なにそれ」
「そのまんまだ。感覚っつってんだからそれ以上説明できねぇよ」
「ふ、ふーん…」
先程まで拗ねていた表情はどこへ行ったのか、今更ながらに言われた台詞や現在の体勢に気づいて彼女が僅かに頬を赤くする。
それに気づいたのかそれとも他に何か理由があったのか、彼がくくくと笑う声が彼女の耳に届いて。
「…何がおかしいのさ」
「あー?」
その口調はどこかからかっているようで、面白がっているようで。
む、と不機嫌になる彼女に、彼が答える。
「…いや、今まで仕事一直線で体型も隠密業の為にっつって鍛えてたはずのお前が、今更女らしさとか柔らかい方がいいんじゃないかとか悩んでるとはな」
「………」
痛いところを突かれて彼女が口ごもる。
彼は相変わらずからかうような口調で、続ける。
「そんなに、"俺にどう思われるか"を気にしてたのか?」
「…別に」
「思い切り目を背けて言われても説得力ねぇな」
彼がまたくく、と面白げに笑って。
彼女はむっとした顔のまま、彼を睨みつけるように見上げる。



「…あんたの所為だ」
「は?」
「今まで、隠密らしくありたいってそう思って鍛えてきたのに。女らしさとか、そんな事考えもしなかったし、考えようとも思わなかったのに。なのに、」
彼女は拗ねたように彼を軽く睨みながら、呟く。
「どうしてくれるのさ」
「…何が」
「誰かの理想に近づきたいだなんて思うなんて、あんたの所為だ」



「………」
彼はたっぷり十秒、沈黙して。
「…ならお前、もし俺がもう少し太った方が好みっつったら、そうなろうと思ってたのか?」
彼女は悔しそうに目を逸らして呟く。
「…一瞬迷った」
「………」
彼はまたしっかり十秒ほど沈黙して。
照れくさかったのか、彼女がその沈黙を破るように口を開く。
「…あんたの所為だよ。どうしてくれるのさ」
彼は笑いながら答える。
「お前はどうして欲しいんだ?」
「………」
うまく切り返され、彼女は一瞬考えて。
「…心変わりしないでよ。いろんな意味で」



彼はまた笑って、



「阿呆。俺の理想なんてお前以外いねーよ」





「…ばか」



言葉とは裏腹に彼に体重を預けながら、彼女が小さく笑った。





「…ていうかさー、僕らの存在完全に忘れてるよね、あの二人」
「アルベルさん相変わらず殺し文句製造機だねv ネルさんいいなぁ…v」
「お前らもバカップル具合では負けてねーけどな」
「思いっきり今更じゃない、そんなこと」