それはいつも通りの、静かな夜だった。 アリアスの宿屋の一室で眠っていたマリアは、喉の渇きを感じて目を覚ました。 それほど暑い、寝苦しい夜でもない。 なのに目覚めてしまった自分に少し疑問を感じながら体をゆっくりと起こす。 寝起き特有の頭の重さをなんとか堪えながら、水でも飲みにいこうと立ちあがろうとする。 隣のベッドで寝ているネルを起こさないよう、足音をたてないように床にそっと足をつけた。 …起こしてないわよね、とネルが寝ているベッドの方へ目を向ける。 と。 ネルが寝ている、ベッドの向こう。 そこに、半透明な人間がいた。 紅い髪を持つ、まだ若い青年。 マリアは一瞬驚き、固まったままその人間?を見ていた。 その人間?は優しい笑みを浮かべながら、眠っているネルを見下ろしていた。 その光景を見ていたマリアは、あることに気づいた。 この人、…浮いてる?しかも、足がない。おまけに、体が透き通ってる。 …もしかして、これが"幽霊"ってやつなの? そう思った瞬間。その幽霊?がゆっくりとマリアの方を見た。 その幽霊?はマリアを見てにこりと微笑み、音もなくゆっくりと消えていった。 これは…ヤバイわ…! マリアは一瞬びくりと体をこわばらせ、次の瞬間思いっきり叫んでいた。 「…きゃ―――――っ!!」 コレはヤバイ。 その叫び声に、まず同室で寝ていたネルが飛び起きる。 「ど、どうしたんだい!」 「い、い、今…」 マリアは床にへたり込んで涙目になりながら何かを言おうとする。 が、言葉になっていなかった。 続いて、隣の部屋で寝ていたフェイト達も今の叫びを聞きつけてやってきた。 「マリア!いったい何があったんだ!」 「どうしたんですか、マリアさん!」 「…うるせぇな、こんな夜中になんなんだよ」 「あ…ご、ごめんなさい、起こしちゃって…」 「いや、そりゃいいが…今の叫び声はどうしたんだよ」 「尋常じゃなかったじゃんよ!」 「マリアちゃん、一体何があったの?」 マリアはなんとか自分を落ち着かせ、ぽつりぽつりと喋りだした。 「あ、あの…今、ここに幽霊がいたのよ…」 「…えっ?」 マリア以外の七人が、驚きの声をあげあるいは目を丸く見開きあるいは怪訝そうな顔をした。 当のマリアは顔面蒼白で、体もわずかに震えている。 「とっ、とにかくこの部屋から出ましょう!今ここにいたく、ないの」 本気で嫌そうなマリアに、幽霊と聞いて顔を青くしているフェイトとソフィア、そしてスフレも頷く。 半分信じていないクリフ、さほど気にしていない様子のネルとロジャー、眠そうなアルベルもとりあえず同意して、ロビーに向かった。 「…で、マリア、幽霊がいたっていうのは本当なのかい?」 ロビーに集まり、なんとか落ち着いたマリアにフェイトが訊いた。 「本当よ!映画とかでよく見る、足がなくて透き通ってる人間がいたの!」 「マジかよ」 「…お前ら、見たことなかったのか?」 「じゃあアルベル、君は見たことあるのかい?」 「? ああ。人魂だとか血まみれの兵士だとか首だけのだとか鎧着た骸骨だとか」 「きゃ―――!やめてくださいぃぃぃっ!」 「いや―――っ!お願いだからそれ以上言わないでぇっ!」 ソフィアとマリアが耳をふさぎながら叫んだ。 「…幽霊なんて…本当にいるんだ…。てっきり、作り話か何かだと思ってたけど…」 「や、やだ怖いよ…」 「まったくだぜ。…まぁ、モンスターでそういうのはよく見るけどな」 「あれはモンスターってわかってるから平気だけど、本物はちょっと…ダメね」 「うそ〜、やだよぅ…呪われて末代まで祟られちゃう!」 文明の進んだ星にいた五人は、顔を強張らせながら口々に言った。 「兄ちゃん達、見たことなかったのか?」 「ふぅん、それは意外だね」 「…そんな怖がるようなもんでもねぇと思うがな」 この星ではそれほど珍しいことでもないらしく、そこまで怖がっていないエリクール組がそう言う。 「そういえば、幽霊ってどんなのだったの?さっきアルベルが言ったみたいに、生々しかったの?」 「いいえ、普通の人間みたいだったわ。紅い髪の男の人だった」 「…紅い髪?」 マリアの言葉を聞いて、アルベルがちらりとネルを見た。 「…そういえば、ネルに似てた気もするわね。髪の色とか、顔立ちとか」 マリアの一言で、アルベルのみならず全員の視線が一気にネルに集まった。 「…え?」 ネルは困惑する。 そんなネルを見ながら、アルベルが口を開いた。 「…なぁ、もしかしてその幽霊ってのは…あれに似てなかったか」 アルベルがそう言って、ロビーの壁にかかっている一枚の絵を親指で指した。 そこには、 "水霧の騎士、ネーベル・ゼルファー" と題名がついている、紅の髪の美丈夫が描かれた絵があった。 マリアはその絵を見て、かなり驚いた様子であっ、と声をあげる。 「…似てるわ。似てると言うより、うりふたつかも…」 マリアはこくこくと頷きながら答える。 「あの絵、まさか…」 フェイトがネルを見ながら言う。ネルは頷きながら口を開いた。 「ああ、数年前に戦死した私の父だよ」 「えっ、ネルさんのお父さん、亡くなられてたんですか…」 「ご、ごめんなさい…嫌な事を思い出させちゃったかしら」 マリアがしゅんとなって謝る。ネルは気にしなくていいよ、と答えた。 「…ってことは、マリア姉ちゃんの見た幽霊も…」 「…ネルの父親、ってことなのか?」 「…そうなのかな?」 ネルが驚きを隠せない様子でつぶやく。 「…でも…もしそうだったとしても、私はあの部屋で寝たくないわ。ネルには悪いけど…」 「いや、それはいいけどさ。だったら、どうするんだい?ここの宿屋は四個しか部屋がないわけだし」 ネルが言うとおり、ここアリアスの宿屋には今のところ使える部屋が四部屋しかない。 普段はクレアのいる領主屋敷に泊まっているのだが、人数が多いことも手伝って今日は部屋が足りないらしい。 「ごめんなさいね。宿屋の主人が帰ってきたらちゃんと言っておくから、今日のところは宿屋で泊まってもらえる?」 とクレアに言われ、疎開中のため主のいない宿屋に宿泊することになったのだが。 「あの部屋は、ぜーったいに使わないわよ!」 「…私は平気だけど…」 「もちろんネル達も使っちゃダメよ。ネルの父親の幽霊は大丈夫かもしれないけど、霊は霊を呼ぶって言うでしょ?あの部屋に他に霊がいたら何が起こるかわからないじゃない!」 「でも、そうなると三人、三人、二人に分けるしかないですよね?四人はさすがに狭いですし…」 「ってことは、誰かが絶対に男女一緒の部屋に寝なきゃいけないってことだろ?」 「おいおい、そうなったら誰かは共同ベッド、ってことかよ」 「でも、しょ〜がないんじゃないの?だってゆーれいよりはゼンゼンいいもん」 「…おい、あのチビと体力バカは願い下げだぞ」 「同感だね。あの二人のイビキと歯軋りは寝られたもんじゃないよ」 「で、どうやって決めるんだい?」 「そうね…わかったわ!ここは公平にじゃんけんで決めましょう!」 あーでもないこーでもない、と話し合っているのを見て、マリアが言った。 「…え?」 「最初に勝った三人が同室ね。で、残った五人の中で最初に勝った三人が同室、残りが最後の部屋。これでいいでしょ」 「…男女混合ってことになるぜ?いいのか?」 「幽霊よりはマシよ。他のみんなはそれでいいかしら」 「私は構わないけど」 「幽霊よりは全然いいです!」 「ぃよぉ―――っし!おねいさまと同室になれるように頑張るじゃんよー!」 「…クリフとロジャーはくるなクリフとロジャーはくるなクリフとロジャーは…」 「じゃあやるわよ!じゃーんけーん、」 さまざまな思惑が飛び交う中、マリアが掛け声をかける。 「ぽんっ!」 「…なんで!」 結果を見てフェイトが叫んだ。 結果。フェイト・ロジャー・クリフ。マリア・ネル・アルベル。ソフィア・スフレ。 「なんでよりにもよってこの二人なんだよ!僕を寝不足にする気!?」 「なんであのプリン頭が一番オイシイ場所にいるんだよ!」 「そうだそうだ、なんでアルベルが!」 かなりの文句が男性陣から出たが、マリアは涼しい顔で、 「じゃんけんっていうのは、一回きりで文句はなしって決まってるでしょ?」 と言い放った。 「…あんたと同室とはね…」 「…俺だってお前らなんか願い下げと言いたいところなんだがな…あいつらよりは静かに寝れそうだから、良しとしてやるよ」 アルベルは疲れた顔をしながら、ロジャーとクリフを見ながら言った。 「…あんたもフェイトも苦労してるんだね」 同情しながらネルは言った。 「はいっ、これで決まり!じゃあ各自部屋に行ってー」 マリアがぱんっっと手を叩きながらそうまとめた。 相変わらず男性陣はぶーぶー言っていたが、パーティの影の支配者マリアに本気で逆らえる者はいない。 嫌そうな顔をしながらも、各自渋々と部屋に向かっていった。 部屋に戻ったネルは、部屋の床に観葉植物をでんっと置いてアルベルに言い放った。 「これからこっちには入らないように」 「…っておい、その境界線は不公平じゃねぇのか」 アルベルの言うとおり、その観葉植物は半分とは言えないような位置に置かれていた。 どう見ても、アルベルの座っているほうのベッド側に寄っている。 場所の割合を数字で表せば3:7くらいだろう。 「あら、こっちは二人なんだから当然でしょう?」 マリアが当然のように言い放つ。 「一晩寝るくらいなのになんだってんだよ…」 ため息をつきながらアルベルが言う。 「その一晩の間に、何かあったらどうするのよ。…まぁ、ネルがいるから私は大丈夫でしょうけど」 「ちょっとマリア?どういう意味だい」 「アルベルが襲うとしたらネルしかいないでしょ?」 「「…なっ!?」」 思わずハモった二人に、本当のことじゃない、と笑いながら付け足して、マリアはベッドにもぐりこんだ。 「じゃあ私は寝るわね。おやすみ」 マリアは壁側に寝転がり、目を閉じた。 ネルはやれやれと首を振りながら、マリアの寝ているベッドに体を横たえた。 「じゃあ、私も寝るとするよ。…寝込みを襲って変なことするんじゃないよ」 「…誰が襲うか」 「ふふ。じゃあおやすみ」 ネルはそう言って目を閉じる。 アルベルはため息をつきながら灯りを消し、自分のベッドに入って目を閉じた。 しばらくして。 ネルはベッドから身を起こした。 マリアを起こさないように気を遣いながらベッドを降り、部屋の扉を開けて外に出て行った。 まだ寝付いていなかったアルベルは薄目を開けて、それを見ていた。 少し経って、ネルは部屋に戻ってきた。 無言のまま、またベッドに戻ろうとする。 「…どこ行ってたんだ」 が、小さく呟かれた声に動きを止める。 声が聞こえたほうを見ると、目を開けてネルを見ているアルベルがいた。 暗い部屋の中で、紅い瞳が見える。 「…起きてたのかい」 「まぁな。で、どこ行ってたんだよ、こんな夜遅く」 「…別に」 そうそっけなく答え、ネルはベッドに入ろうとした。 「…幽霊、とやらが出た部屋か?」 アルベルの言葉に、ネルはぴくりと反応する。 「図星だな」 その反応を面白げに見てアルベルが笑う。 「…あんた、そういうところだけは本当に鋭いね」 「そうか?」 「そうだよ」 「で?なんでわざわざ」 そう問うアルベルに、ネルはマリアを起こさないように静かに歩いてアルベルのベッドに座った。 きし、とわずかにベッドがきしむ。 「…もしかしたら、父さんの幽霊に会えるかと思ってね」 「…やっぱりな。んなことだろうと思ったぜ」 「結局、どこにも幽霊なんていなかったけど」 苦笑しながらそう言う。 「幽霊なんかに会ってどうすんだよ」 「…別に、どうしたいってわけでもないんだけどね。ただ…」 「ただ?」 「懐かしいなぁ、って思って」 ネルがつぶやく。 「…父さんが死んだのは、それほど昔のことってわけでもないんだよ」 「…」 「でも、仕事でほとんど会えなかったから、あまり一緒に過ごす時間はなかったんだ」 「…」 「だけど…いや、だからこそ、もう一度会ってみたいな、そう思ってさ。…幽霊だとしてもね」 「…」 「…まぁ、マリアの見た幽霊っていうのが、父さんの幽霊だって確証はないけどね。…あんた、聞いてるのかい?」 ずっと無言のままのアルベルに、ネルが問う。 「…聞いてる」 アルベルはそっけなくそう答えた。 「そう。…聞いてくれてありがとう。少しすっきりした、かな」 そう言いながら、くす、とネルは微笑んだ。 楽しそうに笑っているようには、アルベルには見えなかった。 「…なぁ」 「なんだい?」 「…死人を思っても、残るものはなにもねぇぞ。人間なんて死んだらそこで終わりだ」 ネルはそれを聞いて、一瞬顔をしかめる。だがすぐに口を開いた。 「…。わかってる」 「…なら、いいんだがな」 アルベルは小さく呟いた。 「心配してくれてたのかい?」 「…お前はつまらねぇことでいちいち悩む阿呆だからな」 「…悪かったね。…まぁ…確かに少し寂しかったけどさ」 ネルは口にした言葉とは裏腹に微笑みながら言った。 「さて、と。そろそろ寝るとしようか」 言って、ネルはアルベルの寝ているベッドにぽてりと横になる。 「…って、何してんだよお前」 ベッドに入ってきたネルに向かってアルベルが驚きながら訊いた。 「寂しかったって言っただろ?」 ネルはそう言って笑った。 「いいじゃないか。…私はあんたの隣が一番落ち着くんだよ。不覚にもね」 少し照れながら言ったネルに、アルベルは苦笑しながら答えた。 「…そんな阿呆なことを言う酔狂な奴はお前だけだろうな」 「馬鹿だね。私一人で十分だよ」 「…襲わねぇのは今日だけだぞ」 遠まわしの承諾の言葉に、ネルが微笑む。 「もしマリアがいなかったら違ったのかい?」 「…さぁな」 言いながら、ネルの背中に腕を回す。 ネルはくすくすと笑いながらアルベルの顔を見上げる。 「…朝、あいつらに見られたらどうすんだ」 「あんたはねぼすけだから知らないだろうけど、私は朝早いから平気だよ」 「…そーかよ」 アルベルは諦めたような口調でなげやりに言った。 「ふふ。…じゃあおやすみ。もう一度言っておくけど今日はダメだからね」 「…あーはいはい」 早朝。 目覚めたマリアはあくびをしながら起き上がった。 目をこすりながら窓の外を見やる。カーテン越しに見える外は、まだ薄暗かった。 「っんー…幽霊騒動の所為かしら、思いのほか早く目覚めちゃったみたい…。あまり、寝れなかったわねぇ…」 元から眠りの浅いマリアは、寝不足気味の体をゆっくりと起こす。 そこでふと気づく。隣に寝ていたはずのネルがいない。 …まさか。 マリアはアルベルのベッドに近づく。 そこには、こちらに背を向けて寝ているアルベル。 …と、その腕の中ですやすやと眠っているネル。 「………!!」 マリアは声に出さずに相当に驚き、にまりと笑って部屋を出てみんなを呼びに行った。 「うわ」 「わー…v」 「おいおい…マジかよ」 「うわー二人とも仲良しだねー!」 「うぎゃーオイラのおねいさまがぁー!」 "アルベルとネルの同衾現場を目撃したかったら起きて"とのマリアの言葉で興味津々に一発で起きた五人は、アルベルのベッドの周りに立ちながら口々に言った。 当の二人はそんな視線にも気づかずにすやすやと眠っている。 「ね?びっくりでしょ?」 「ああ…」 「おーねーいーさーまぁぁぁぁぁ」 「こらロジャーちゃん、二人の邪魔しちゃダメだよ!」 「おい、写真撮ろうぜ写真!こいつらのこんな光景二度と見れねぇぜ!」 「そうね!フェイト、クォッドスキャナー持ってきて!」 「了解!」 「私も自分の持ってこようっと!」 「あっ、あたしも!」 …なんだろう。なんだか騒がしい。 眠っていたネルはそんなことを思いながらうっすらと目を開けた。 「あ、まずい!」 フェイトが焦りながら言った。 同時にネルが目を開ける。 視界に入ってきたのは、自分の仲間たちと、妙な機械。 寝起きの頭で、なんでそんなものが目の前にあるんだろうと考える。 フェイトは慌ててクォッドスキャナーをひっこめた。 「…フェイト?今のって…」 「いえいえいえなんでもないんですよネルさん」 早口でそういうフェイトを、ネルは訝しげに見た。 ふと気づく。 隣に寝ているアルベル。 さらにフェイトが隠したあの機械は、どういう仕組みかさっぱりわからないが、確か映像を撮ることもできたような。 ネルはゆっくりと起き上がる。 やば…という顔をしたフェイト達。 「フェイト?その妙な機械をよこしな」 ネルはにっこりと微笑みながら言った。ただし、目は笑っていない。 「…ど、どうするんですか?」 「当たり前じゃないか。原型もわからないくらいにぶっ壊す」 ネルは当然そうに言い放った。笑顔のまま。 「さ、さすがにそれはちょっと…これも一応大切な物なんで…」 「…じゃあ今撮った物を消しな。今すぐ」 「…あ、やっぱりバレちゃったね、フェイト」 「ソフィア?もしかしてあんたも撮ったのかい?」 「えっ!?え、えーと…」 「…そういえば、ロジャー以外のあんた達全員あの機械持ってたよね…ということは」 そう呟いたネルの目は、据わっていた。 後で聞いた話によると、マリアはそんなネルを見てこう思ったらしい。 …これは、昨日の幽霊以上にヤバイ。 「や、やばい!逃げるぞ!」 「あんた達…!」 「きゃーネルちゃんが怒ったー!」 「ごめんなさーい!」 「悪かった!悪かったから落ちつけって!」 「これは壊さないで下さいー!これがないとカロリーの量が判断できないんですー!」 「待ちな!逃がさないよ!」 「…何やってんだ、あいつら」 きゃーきゃーわーわー言いながら追いかけっこをしている仲間を見ながら。 ようやく目覚めたアルベルが不思議そうにつぶやいた。 「貴方も大変だな」 「…まったくだ。…あ?」 アルベルは答えてから気づく。 今の誰だ? アルベルはベッドに座ったままきょろきょろと周りを見る。 誰もいない。 「…だが、これならあの子も大丈夫だろうな」 窓しかないはずの後ろから、さっきの声が聞こえた。 「ん?」 アルベルは不思議そうに振り向く。 そこには、紅の髪を持つ美丈夫がいた。 浮いていて、体が透き通っている。 「…お前は…」 アルベルは彼を見ながらつぶやく。 透き通っている彼は、どことなく誰かに似ているような仕草でにこりと笑い、そのままゆっくりと消えていった。 アルベルはしばらく彼がいた場所を見ていた。 そしてにやりと意地の悪そうな表情を浮かべ、つぶやく。 「…ったく、親子そろってお節介な奴らだ」 …悪かったな。 そんな声が聞こえた気がして、アルベルは我知らず苦笑した。 |