必殺技という言葉は、必ず殺す技と書く。





必殺技!





「暗い」
「暗いね」
モーゼル遺跡の地下で偶然見つけた、大きな水路。
足を踏み入れて、先頭の二人が開口一番言った台詞がそれだった。
「ね、ねぇフェイト、暗くて何も見えないんだけど…」
まさに一寸先は闇、な状態の中、ソフィアが怯えたようにフェイトの腕を掴む。
「だからって、進まないわけにはいかないだろ」
「どうして?見たところ、セフィラに関係した場所じゃなさそうだし」
「僕のカンが、ここにどえらいお宝が眠ってるって告げてるんだよ!」
だから行こうさぁ行こうほら行こう!と、人外なリーダーは暗闇をものともせずずんずん進んでいく。
「ちょ、ちょっとフェイト、あなた道見えてるの?もしトラップとかあったらどうするのよ、それ以前に穴とか階段とか段差とか壁が前方にあったら避けようがないじゃないの!」
慌てて止めるマリアの声に、渋々と言ったようにフェイトは立ち止まった。
「目が慣れればなんとか…」
「ならないと思うわ」
「じゃあ紋章術で灯りを作って…」
「そんな、ずっとなんて無理だよ!私のMPからっぽにする気!?」
「そこらへんの光ってる敵捕まえてきて灯り代わりに…」
「いいけどフェイトちゃんが捕まえてフェイトちゃんが連れてってよ?」
「むー。…じゃあ、せめてなんか使えるアイテムないかなぁ」
先進国にいてもこういうときは何も役立たないと実感しながら、フェイトは何か使えるものはないかとアイテム袋を漁る。
「お」
手に取ったのは、どこぞの洞穴で使ったライトストーン。
「おっ、それ使えるじゃんよ!」
「とりあえずないよりはマシだよね」
「よっし、とりあえずこれを頼りに探索開始!」
意気揚々とフェイトは首にライトストーンをぶら下げた。
少しだけ、本当に心持ーち少しだけ、視界が明るくなる。
「…てゆーか、フェイトの周りだけじゃないの?明るいのって」
「まぁ、彼の灯りを頼りに進むしかないわね…所々、光るモンスターもいるみたいだし」
真っ暗な中、ソフィアとマリアが苦笑する。





ドンッ!
「わわ!」
「あっ、ごめんソフィア。暗い中で急に立ち止まったりして」
「ううん、こっちこそぶつかっちゃってごめんねフェイト」



ゴツッ!
「え、なんか今ケープに何か当たったような気がしたんだけど…」
「ってぇ〜!俺の足だよ足!」
「あぁぁごめんねごめんねクリフちゃんっ!」



とんとん。とんとん。
「ねぇフェイト、…フェイト?」
「ん、何マリア?」
「もう、さっきから肩叩いてるのに、もっと早く気づいてよ。もうちょっと歩くスピードを落としてほしんだけど」
「へ?肩叩かれた覚えなんてないよ」
「えっ?」
「マ、マリア!それモンスターだよ!」
「え…きゃぁっクレッセントローカスッ!」
「阿呆!こっちに向かって蹴り飛ばすんじゃねぇ!」
「あら、いたのアルベル。見えなかったのよ、ごめんなさいね」



とんっ。
「あっ、ごめんなさいおねいさま」
「あぁ、いいよ」
むぎゅ。
「うぉ、申し訳ありませんです、段差につまずいて咄嗟にお手を掴んじゃいましたですよ…」
「…。うん、気にしないで」
ぽすっ。
「うぁっすみません、大きな石があって乗り越えようとジャンプしたらうっかり…」
「…うっかり、で偶然にこいつの胸に飛び込むわけねぇだろうがぁぁぁぁあ!!!」
げしどずばがごきっ!
「ぎゃあーっす!ってぇな、何するじゃんよバカプリン!」
「何やってんだいあんた達、騒いだら敵が寄ってくるじゃないかっ!」





この地下に潜ってから、一時間ほど経って。
「…はー、なんかちょっとしか歩いてないのに無意味に疲れたなぁ…」
「本当…いつも以上に神経使うわね、これ…」
「つか、俺三回くらいぶつかられたんだが」
「あぅ…ごめんってばぁ。だってクリフちゃんおっきいからサー」
悪い視界にうんざりしたような声が、そこかしこから聞こえてきて。
「…じゃあ、この辺で休憩にしようか。ちょっと早いけどお昼ご飯ってことで」
見かねたリーダーの申し出に、異論を唱える者は誰一人いなかった。





「…無駄に疲れた……」
途中からロジャーを蹴飛ばしだして敵に見つかるだろうと怒られたアルベルが、少し離れた所にあった岩にもたれて座り込む。
「こっちも、あんたらが騒ぐお陰で敵が寄ってくるからたまったもんじゃなかったんだけど?」
アルベルが仲間達から少し―――と言っても声が聞こえるか聞こえないか程度の距離だが、離れて座ったのは、
「あんたらが同じ場所にいるとまた喧嘩し始めるからね。あんたは向こう行ってな」
とネルの命令があったからなのだが。
「…誰が原因だと思ってんだ」
ぼやくアルベルを宥め…いや、殴って強制的に先ほどの喧嘩を終わらせたネルが、肩をすくめながら荷物の中からお弁当(さっきモーゼル遺跡の工房で作った)を二つ持ってきた。
荷物袋までなんの躊躇いもなく歩いていって、さらに何の迷いもなく弁当を取り出して、また何の躊躇もなく戻ってきたネルを見て。
「…お前、夜目が利くのか?」
「ん?あぁ、一応隠密だからね。慣れもあるけど…。はい、あんたの分」
迷いもなく的確に飲み物と弁当を手渡してきたネルを見ながら、アルベルはほぉ、とつぶやいて渡された物を受け取った。
「あんたも、そこまで私の行動が見えてるってことは、夜目利くんじゃないかい?」
アルベルのもたれている岩からほんの少し離れた位置にある岩にもたれながらネルが訊いた。
「…目が慣れただけだろ」
「目が慣れた"だけ"じゃ、あの子達みたいな事になると思うけど」
そう言ってネルが指差した方には。



がらがらがっしゃーん!!
「っきゃ―――!石に躓いてお弁当落としちゃったぁぁぁ!」
「あーあー、がんばって作ってたのに…ほら、僕の半分あげるよ」
「うぇーありがとうフェイトぉぉ…」
「若い奴らはいいねぇ…おいマリア、飲み物とってくんねぇか?」
「まったく、自分でとりなさいよね…はい」
「サーンキュ。喉渇い」
「…?クリフ?」
「ど〜したんじゃんよ、急に黙ったりして」
「んーどうしたの?ライトストーンで照らしてみようか…ってクリフが石化してるっ!」
「きゃー何飲ませたのマリアちゃん!」
「え、ただ飲み物を…ってこれスーパーボトルじゃない!」
「あーそういえば、ナイトオブドラグーン対策で買いだめしてたっけ…」



…暗いが故に、手元が見えない故に、道具袋の中なんて見えるわけがない故に。
悲惨な事態になっている仲間達。
「ほらね。ああなってないってことは、あんたも多少は夜目が利くんだろう」
「…まぁ、立場上深夜の野宿は何度もやってるし、暗闇に慣れてねぇわけじゃねぇけど」
でもお前ほどじゃねぇぜ、と付け足すアルベルに、ネルが苦笑する。
「当たり前じゃないか。私は夜に活動することの方が多かったんだから」
会話を交わしながら、持ってきた弁当を食べ始める。
何気に(量は違うが)中身がまったく同じなのは、両方ともネルが作った物だからなのだが。
いつもならそれをからかう野次馬達は、今は少し離れたところで見えない暗い不便だとわいわい騒いでいるので、誰も突っ込まない。
というか、ただでさえ黒い衣服を纏った二人は闇にまぎれていると言っても過言ではなく、暗いところに慣れていない仲間達が気づくはずもなかった。
少しとは言っても、夜目が利かない者だったらそこにいることすらわからないほどの距離もある。
そんな中でも支障なく動けるほどに夜目の利くネルは、少し離れた場所でわいわい騒いでいる仲間達から視線をアルベルへと戻して。
何気なく口を開く。
「…あんたの髪の色って、暗闇の中だと金髪の部分だけ映えて見えて面白いねぇ」
「は?」
「黒い部分が目立たないから。毛先だけ目立って変な感じ」
「…」
言われてみれば、とアルベルは自分の髪を一房掴む。
色素の抜けた金色だけが妙に闇に映えていた。
「…お前の髪は暗闇でも目立つな」
言われたネルは、ちょっと困ったように笑って自分の髪をくしゃりと撫でた。
「…隠密には、向かない色だよね。どこでも目立って…。だからいっつも短くしてるんだけど」
「まぁ、そうだろうな」
「染めようかとか脱色しようかとか考えたんだけど…この色、気に入ってるんだよね」
「……」
「隠密なんだから、黒髪とかの方がやっぱり都合いいんだろうけどね…」
そんなことを呟くネルに、アルベルは何気なく口を開いた。
「いんじゃねぇの、その色で」
「そう、かな?」
「お前の好きにしたらいいだろうが。大体髪なんて布巻けば隠せるじゃねぇか」
「まぁね…」
なら当分このままでいいかな、とつぶやくネルに、アルベルは満足そうに笑った。
「俺はそのままのほうが、いいと思うがな。お前の赤毛は嫌いじゃない」



「………」
自然な会話の流れで言った台詞の後に、急にネルが顔を逸らしたものだから。
「?」
アルベルは眉を顰め、不思議そうに表情を歪める。
顔を逸らしたのは気配で分かったが、何故顔を逸らしたか、そして彼女が今どんな顔をしているかまではアルベルにはわからない。
「なんだよ」
そう問いかけても。
「…いや、別になんでも」
そっけなく返される。
「………?」



幸か不幸か。
隠密は目が良い。そして夜目も効く。
アルベルが思っている以上に。



アルベルには、少し離れた位置に座っているネルの表情までは見えない。
が。
ネルには、少し離れた位置に座っているアルベルの表情がしっかりはっきりと、見えていた。
手を伸ばせば届く距離。
そんな中途半端な距離は、まるでマジックミラーのような少々ややこしい現象を生み出していた。



アルベルは、きっとそれに気づいていないのだろう。
だっていつも顔の見える所じゃそんな顔しない。
心臓に悪い。悪すぎる。
ネルは思った。





頭の上に疑問符を浮かべるアルベルに気取られないように、ネルは僅かに赤くなっている顔のまま、
「…不意打ちで微笑むんじゃないよ心臓に悪い…」
「は?なんか言ったか?ぼそぼそ喋られると聞き取れねぇだろうが」
「なんでもないよ」
「お前、女にしては低い声だからぼそぼそ話されると聞こえねぇんだよもう少しはっきり話せ」
「…低い声で悪かったね。それに言い訳になるかもしれないけど職業柄、小さく音の響かない声で話すのが癖になってるんだよ」
ようやく赤みがひいてきた顔をアルベルに向けながら、ネルは少し拗ね気味の声でそう言った。
声の調子で拗ねていることに気づいたのか、アルベルがけけ、と悪戯っぽく笑って、
「…最中は声高くなる癖に――」
「黙りなこの馬鹿ッ!!」
ぱかんっ!
アルベルの言葉をさえぎって、ネルの声と共に弁当箱の蓋が彼の顔に炸裂した。



「…騒ぐな、っつったのはお前の癖に…」
弁当の蓋が直撃した顔を抑えながら、うめくような声でアルベルが言う。
ネルは少し申し訳なさそうな顔になって。
「…分かってるよ、悪かったよ大声出したりして」
「謝るのは大声の部分だけかよ」
「当然。弁当の蓋の事は謝るつもり毛頭ないからね」
きっぱりと言い切るネルに、アルベルがち、と舌打ちをする。
「暴力的な奴だ」
「…。悪かったねぇ」
ネルの声のトーンが下がっているのに気づいて。
アルベルが何か言おうとする前に、
「どうせ声低いし暴力的だし女らしくないさ、私は!」
「…誰もんな事、言ってねぇだろ」
「言いたそうな口ぶりだったよ」
「わけがわからん」
「言ってないけどどうせそう思ってるんだろう」
言って、そっぽを向いてネルは黙々と食べかけだった弁当を食べ続ける。
そんなネルを見て(表情や細かい仕草まではわからないが、動作は分かる)、アルベルは呆れたようにため息をついた。
「…勝手に自己解釈して自己完結すんなよ」
「………」
「女らしかろうがなかろうが別にどうでもいいだろ、んな事」
「…どうでもいい、だって?」
さりげに女らしくない事を気にしているネルが、アルベルを睨む。
紫の、鋭い相貌が光っているのが暗い中でも見て取れて。
「…何で、んな事にいちいち噛み付く?」
「私にとってはそれはどうでもいいことじゃないからだよ」
怒っているというよりは拗ねている口調でネルがそう言い返す。
「んなことはどうでもいいんだよ、俺は今のお前がいいんだから」



ネルはまた、顔に血液が集まるのを感じた。
今度は俯いて、顔をマフラーに隠す。
暗いから相手の顔は見えてもこちらの顔は見えない、とわかっていても、そうせずにはいられなかった。
心臓がばくばくとうるさい。
彼の一言で何度もこんな風に赤くなったりしている自分が不思議だった。
暗闇のおかげで、彼からは顔が見えない事にネルは感謝した。



「…? なんだよ、今日は妙に顔隠しやがって」
そんなネルの心中などカケラも知らないアルベルが、不思議そうにネルを見た。
ネルは俯いたままで返事をする。
「別になんでもないってば」
「…なんでもないんなら、こっち向けよおら」
「え、遠慮する」
俯いたままのネルを見て、アルベルは、
「ほほーぅ」
誰が聞いても意地悪く聞こえる声で言った。
その声の調子に、ネルがまずい、と考える前に。
「なら無理やり向かせるまでだな」
アルベルの声が妙に近く聞こえて、ネルははっと顔を上げる。
いつの間にか、アルベルがネルの目の前に来ていた。
「いつの間に…」
呆れたように呟くネルに、
「今の間に」
ネルの目の前にあぐらをかいて座り込むアルベルが即答する。
「なにそれ」
「…やっとこっち向いたな」
言われて、ネルがはっとなる。
顔をそらそうとして、だがその前にアルベルの手が彼女に伸びた。
アルベルの手がネルの頬を包み込むように触れる。
「ただでさえ暗くて顔見えねぇのに、顔そらすんじゃねぇよ」
その声が拗ねているように聞こえて。
「………なんだい?あんた、まさか拗ねてたの?」
「………さぁ」
ネルがくす、と笑って。
「そんなことで拗ねるんじゃないよ」
「拗ねてねぇ」
そう言ったアルベルの顔がネルに近づく。
「ちょ、みんなが近くにいるだろ」
「誰も見てねぇよ。つか、見えねぇだろ」
「だからってねぇ…」
「気にすんな」
相変わらず強引なアルベルに、ネルが苦笑する。
「まったく…」
くすくすと笑いながら、ネルが目を閉じた。
それを承諾ととって、アルベルが顔を近づけて―――





「ラスト・ディィィィィッチ!!!」



前方から何かが物凄い勢いで飛んできて。
「「!?」」
二人は思わず飛びのいた。
先ほどまでそこにあった、ネルのもたれていた岩に何がが突き刺さり勢いでどかぁんと砕け散る。
急に飛んできて、岩を破壊した何かは、
「おいこら今おねいさまに何してやがったこのバカチンプリン頭!」
そう言ってアルベルを思いっきり睨み付けた。
「…ロジャー?」
ネルがぽかんとしながら、その何かの名前を呟いた。



そういえば。
メノディクス族はタヌキが祖先なだけに、夜目も利くし耳がいいと聞いた事が、あったような。
…と言うことは。



「…み、見てたのかい?」
ネルが呟いた途端、ロジャーは態度をころっと切り替え、
「あぁっご無事でしたかおねいさま!このバカチンエロプリンの魔の手に…」
「誰がプリンだっ!」
「お前だっ露出狂!おねいさまに手出しやがって許さないじゃんよ!」
また、ぎゃぁぎゃぁと喧嘩をし始めた二人を見て。
「………見られてたのか」
ネルは深いため息をついた。





「なぁに?また喧嘩?」
うんざりしたようなマリアの声がネルにかけられた。
「そうみたいだね。まったく、あいつらは本当に懲りないんだから…」
同じくうんざりしたようにネルが答える。





まったく。
今日は本当に、心臓がうるさい日だ。
暗い所だと、あいつは妙に表情豊かで饒舌になる。
天然かは確信犯かは知らないけど、心臓がうるさくなるような台詞をぽんぽん放ってくる。
無意識かどうかは知らないけど。
でも、だからこそタチが悪い。





必殺技という言葉は、必ず殺す技と書く。



もし、文字通りの意味だったら。
私はきっと、もうとっくに何度も何度も死んでいる。
今日だけで二回も。





「おねいさまにちょっかい出しやがって!」
「お前こそ付きまとってんじゃねーか俺の許可もなしに!」
「はぁ?!何でおねいさまにお近づきになるのにお前の許可が…」
「あれは俺の所有物なんだから当然だろうが阿呆!」
「なッ…!」



「………」
「………」
「…ネル、顔赤いわよ」
「…なっ、そんなこと…」
「照れない、照れない。愛されてるわねぇ」
「………」



前言撤回。
今日だけで、三回も。





必殺技という言葉は、必ず殺す技と書く。



もし、文字通りの意味だったら。
私はきっと、もうとっくに何度も何度もあいつに殺されてる。
今までも、そしてこれからもきっと。