「ネルさーん」
「なんだい?」
「今日もアルベルの奴起きないんですよ。悪いですけど、起こしてやってくれます?」
「またかい?しょうがないね…先に行ってていいよ」
「すみません」





「…眠ぃ」
「あらおはよう。…相変わらず寝起き悪いのねぇ」
「本当だよ。僕が起こしたときなんか何やっても起きないから、イセリアルブラストでもぶちかまそうかと思ったよ」
「…宿屋まで壊す気かよ」
「だって本当に起きなかったんだよ。殴っても蹴ってもぐーすか寝ててさー」





朝、毎回のように繰り返される、そんな会話。
もう日常茶飯事と化しているその会話が、ソフィアはずっと気になっていた。



…確かにアルベルさんは寝起きが悪そうで、起きた後も結構な間ぼけっとしてるから。
起こすのも一苦労しそうなんだけど。
じゃあ、なんでネルさんはすぐに起こせるのかなぁ?





早朝





「ねぇ、フェイト」
朝の宿屋の廊下で、たまたま会ったフェイトにソフィアは何気なく問いかけた。
寝起きでまだ髪に微妙に寝癖が残っているフェイトは、歩きながらぼんやりと答える。
「ん、何?」
「あのさ、アルベルさんが寝起き悪い、ってフェイトよく言ってるよね」
ソフィアはフェイトの横を歩きながら訊いた。
「え?あぁ、確かに言ってるな。酷いもんだぞ、あいつの低血圧っぷりは。どれだけ大声で呼んでもぴくりとも反応しないなんてさ」
どこかうんざりしたように言うフェイトに、ソフィアはふぅん…とつぶやく。
「前、ネルさんがパーティにいなかった時なんて、そりゃもう苦労したよ」
「そうなんだ…。で、そんなに寝起き悪いアルベルさんを、ネルさんはどうやって起こしてるのかなぁ?」
フェイトは一瞬驚いたような顔をして、そして興味深げな表情になる。
「…確かに、気になるよな」
「でしょ?」
同意してもらったのが嬉しいのか、ソフィアが楽しそうに言った。
フェイトは少し何かを考えて、
「…クリフやマリアなら知らないかな。僕もそうだけどクリフはよくアルベルと同室になるし、ネルさんがパーティから抜けた時の最終的な起こし役はマリアだったし」
とつぶやく。
「…最終的?」
「うん。最初はアラーム音最大にして起こそうとしてたんだけど、それでも全然起きなくて。最終的にはマリアが銃でドタマに一発ぶっ放して起こしたんだ。あいつ一応軍人だからそーいう命の危機の時は飛び起きるしー」
「………大変だったんだね」
微妙な苦笑を漏らしながら、ソフィアが呟いた。
「それなら、何か知ってるかもね。訊きにいってみようか?」
「そうだな」
フェイトも同意して、二人を探しにロビーへと向かった。





そして。
「ネルがアルベルを起こしてる方法?いや、知らねぇなぁ」
「私も知らないわ」
ロビーでソファに座ってコーヒーを飲んでいたクリフと、同じくロビーでアイスティーを飲んでいたマリアは不思議そうな顔をして言った。
「やっぱり知らないよな」
フェイトがクリフの隣に座って、自分もアイスコーヒーを頼みながら言った。
「…でも、誰も知らないんなら、ますます気になるよね」
マリアの隣に座ったソフィアが相変わらず楽しそうに言う。彼女はオレンジジュースを頼んでいた。
「確かに興味あるわね」
マリアも同意。
「…まぁ、気にならんこたないが」
「だろう?」
フェイトがにやりと笑いながら言った。
その笑みに何か嫌な物を感じ取って、クリフがげんなりする。
…ああこの顔はまさに新しいおもちゃをみつけたタチの悪い子供の顔だ。
しかもフェイトがその表情をすると腹黒さがにじみ出てしょうがない。
「じゃあさ、実際どんな起こし方なのか考えてみようか!」
そんなことを言い出すフェイトを見ながら、また一波乱起きそうだな…、と、クリフはため息をつきながら思った。



「んーと、そうだなぁ。やっぱり普通に起こしてるとか」
「…普通に起こしただけじゃ起きないって、さっきフェイト言ってたじゃない」
「でも、もしかしてネルの声だけに反応して起きるとか」
「…アルベルは犬じゃねぇんだぞ、マリア」
「でも、アルベルだし。あり得るかもよ?」
「そうだよね!アルベルさんだもんね!」
「そうだとしたら面白いわよね」
「…(哀れだな、アルベル…)」



「んじゃ、力ずく、とか?」
「それが一番ありそうだよね」
「いつも命がけで喧嘩してるあの二人だものね」
「ネルが本気で力ずくで起こせば、いくらあのアルベルでも起きるだろうしな」
「でも、ネルさんが本気出したら怖いよねー。きっと黒鷹旋食らわされるんじゃないかな?」
「え、きっと鏡面殺だよ!」
「あのネルが本気出すんなら、裏桜花詐光くらいやるんじゃないかしら?」
「…死ぬっての」



「他には…おはようのキス、とか」
「えー!いいなぁ、それ!」
「…でも、仮にもあの二人よ?」
「想像できねぇっつーの」
「…まぁ、これはないかな」
「わかんないよ?もしかして私達がいないところではすっごく仲が良いかもしれないじゃない」
「でもねぇ…あの鈍感なネルと意地っ張りなアルベルよ?」
「…まぁ、否定はできねぇなぁ」





「…で。みんなはどれだと思う?」
想像できるだけの展開を言い尽くし、フェイトがまとめるように言った。
「私はネルの声だけに反応、ってヤツだと思うわ。アルベルって結構ネルに依存してそうだし、声聞いただけで起きてそうじゃない?」
「私はおはようのキス!オンナノコの夢だよねv」
「俺は…力ずく、のヤツだな。普段の様子からするとそれが一番ありがちだろ」
「…見事に分かれたね。僕はクリフと同じ力ずくかな。じゃあ外れた人は…今飲んでる飲み物の代金を当たった人の代わりに払う、ってことで」
クリフは内心、賭けの代償がちょっとしたことで良かったと胸をなでおろす。
「結局のところどうなのかな」
「やっぱり、ここはネルさんに実際に起こしに行ってもらうのがいいと思うよ」
オレンジジュースをストローで飲みながら、ソフィアが言う。
「百聞は一見に如かず、ってヤツね」
アイスティーに砂糖を入れてスプーンでかき混ぜながら、マリアが言った。
「でもよ、ネルが起こすのを隣で見てるのか?もし力ずくのだったら最悪巻き添え食らうぞ」
「誰も隣で見るなんて言ってないだろ?もちろん、こっそりと聞くんだよ」
にこりと笑いながら言うフェイトに、クリフが焦りながら反応する。
「お、おいおい。…バレたらどうすんだよ」
「別に?通りかかっただけ、とでも言うさ」
「ということは、フェイト、あなたが見に行くの?」
「当然だよ。そんな面白そうなこと、見逃したら損じゃないか」
「あっ、私も見たい!」
「じゃ、僕とソフィアで見に行くことにするよ。二人は待ってて」
席を立つ二人に、マリアはいってらっしゃい、と手を振り、クリフは何事も起こらなきゃいいんだがな、とため息をついた。





フェイトとソフィアは肩を並べて歩きながら、まずネルの部屋へと向かった。
こんこん、とノックをして、返事を待つ。
「はい?」
すぐに扉が開けられて、ネルが顔を出す。
「ネルさん、今日もアルベルのヤツが起きないんですよ。起こしに行ってもらえます?」
フェイトは申し訳なさそうな顔をしながら、ネルにそう頼んだ。
ネルは呆れた顔になって、
「…今日もなのかい?まったくあいつは毎朝毎朝皆に迷惑かけて…」
と言ってため息をつく。
ソフィアはフェイトの隣でそれを聞きながら、ネルさん、その台詞まるでお母さんか奥さんですよーと密かに思っていたりした。
「わかった、起こしてくるよ」
「いつもすみません」
「あぁ、いいよ」
そう言ってくるりと二人に背を向けて、ネルはアルベルの部屋へと向かっていった。
フェイトとソフィアは顔を見合わせて、
「作戦成功」
「だね」
と面白げに微笑んだ。…クリフが見ていたら、またため息をつくようなそんな笑みで。
少しだけ間を置いてから、通路を挟んで二つ隣のアルベルの部屋に入っていったネルを静かに追った。
二人して扉にぴたりと耳を引っ付ける。
…通りすがりの人が見れば、結構怪しい光景だろう。
そんなことお構いなしの二人は、扉の向こうの音を聞きとろうと聞き耳を立てた。





「……ちょっと、起きなよアルベル」
最初に聞こえてきたのは、少し怒ったようなネルのそんな台詞。



「(おっ、普通に起こしてる?)」
「(わかんないよ?まだアルベルさん起きてないみたいだし)」
フェイトとソフィアは小声で会話する。



次に聞こえてきたのは、
「起きなったら!殴るよ!」
さっきの声よりも若干荒げた声。



「(これは力ずくもあり得るかもね…)」
フェイトがぽつりとつぶやいた。



「…ん………」
わずかに目を覚ましたらしく、アルベルがかすかな声を漏らした。



「(あっ!アルベルさんが起きたみたい!)」
無声音でソフィアが言う。
「(なんだ、つまらないな。結局普通に起きるんだ)」
…どうでもいいことだが、扉一枚向こうの、さらにかすかな声を聞き取るなんてこの二人はどういう耳をしているのだろうか。



「やっと起きたのかい?さっさと……ぅわっ!」
次に聞こえてきたのは、少し驚いたようなネルの声。
と、ぎしりとベッドが軋む音。



「いきなりなにす…ちょっ、…んっ……」



そしてくぐもった声が聞こえてきて、



「………!………!」



しばらく何も聞こえなくなった。









ドフッ



次の瞬間、鈍い鈍い音が聞こえた。
言うなれば、よく体育で使うマットを何重にも重ねて、それに思い切りかかと落としをかましたような音。
…もしも人間を殴った音だったりしたら、結構どころではなく痛そうだ。
そして、



「…がっ!」



とアルベルらしき声が聞こえ、



どさっ



と何かがベッドの上に倒れるような音もした。





「「………………………………………」」
思わず、聞き耳を立てていた二人は押し黙った。
が、



「ってぇ…」
「…ったく、朝っぱらから何変な気起こしてるのさ、この馬鹿は!これで何回目だと思ってるんだい!」
そんなネルの声が聞こえて、



「私先に行ってるから。早く来なよ!」



さらにこっちに向かってきてるような足音が聞こえたもんだから、二人はばっと扉から離れた。





がちゃり。
ノブを回す音がして、扉が開く。
「あ、あれ?わざわざ待っててくれたのかい?あいつなら起きたよ。もうすぐ来ると思う」
ドアの前の二人を見てそう言いながら、ネルが出てきた。
…片手で唇を押さえ、もう片方の手で心なしか乱れている服を直しながら。
よく見てみると、ネルの顔は少し赤くて。
何が起こったのかなんとなく察知できたフェイトは、一瞬押し黙って、そして答えた。
「あ、はい。でも、みんなのんびりしてますからそんなに急ぐこともないですよ」
「そうかい?じゃあ私は一度部屋に戻るよ」
ネルはそう言って自分の部屋へ戻って行った。



ネルの背中を見送りながら、フェイトはおもむろにアルベルの部屋に向き直り、そして扉越しに声をかけた。
「…アルベルー?」
しばらくして、不機嫌そうな返事が返ってくる。
「…何だよ」
「いや、起きてるかなぁって思って」
「寝てたら返事しねぇだろうが阿呆」
「あ、うん、それもそうだね、じゃぁそういうことで」
手早くそう言って会話を終わらせ、フェイトはソフィアを見た。
ソフィアもフェイトを見て、口を開く。



「…この場合…」
「…どうなるんだろう…」



「目を覚ましたのは…普通に起こしたときだよね」
「でも…意識をはっきりさせたのは、多分あの…キス、だろうな」
「…だけどさ、完全に起きたのは、あの、えっと…ドフッて音って多分蹴ったか殴ったかした音だと思うんだけど、あれ…だよね」





「「………………………………………」」
二人は同時に沈黙して、



「…DRAW?」
「かな…。引き分け…ってことで」



結局、そういうことに収まった。





「ねぇフェイト」
「ん?」
「私思ったんだけどさ…やっぱり、アルベルさんを起こす役はネルさんしかいないと思うんだ」
「…その気持ち、痛いくらいわかるよ、ソフィア…」





それから。
何故か、ネル以外誰もアルベルを起こそうとしなくなって。



朝、ネルが少し怒った風に、でも心なしか顔を赤くしてアルベルの部屋から出てくるのも、その後起きてきたアルベルが腹を痛そうに押さえているのも、そんな二人を、仲間たちが微笑ましそうに、だがどこか含んだような笑顔で見ているのも。



すべて、早朝の日常茶飯事になってしまったそうな。