「…あんたは…」 「あ?」 「あんたは私のことを、敵と見てるのかい」 「は?」 彼の表情が一瞬だけ変わって、そしてすぐに元の、何を考えているのか読めない無表情に戻った。 戻ったいつもの表情で、彼が答える。 「…さぁ、どうだろうな。何故そんな事を訊く」 問い返された彼女は、視線を上げて彼を見ながら答える。 「あんたが…私に、敵だって思われてたほうが都合が良さそうに見えたから」 「何…」 「あんたが、私に、"あんたは敵だ"って言わせたいように、見えたから」 「あァ?」 語尾を上げて、苛ついた声音で彼が言った。 「私がそう見えただけで、あんたはそうは思ってないのかもしれないけどね…でもやっぱり私にはそう見えたんだ」 「………」 「…あぁ、そうかもしれねぇな」 「え?」 「お前が、本心じゃ俺を敵だと思っているのにそれを隠してまで味方だと思い込もうとしているくらいなら、敵だとすっぱり言われた方が気が晴れる」 「…」 「…命を落とす可能性もある戦闘中、そんなまだるっこしい理由で回復や補助をされるのも鬱陶しいしな」 そう言って、くくっと喉で笑った、彼の耳に。 「どうして…」 彼女の押し殺した声が聞こえた。 「どうして、あんたは、そこまで私に敵同士だと言わせたいんだ?」 彼は淡々と返した。 「お前こそどうしてそこまで俺の命なんか気にかけるんだ」 「なっ…」 彼女が声を詰まらせた。 そして言い募る。 「なんだい、それ…。私があんたをあの時回復したのは、あんたの怪我の状態が危険だったからだって言っただろう?」 「それでお前が怪我してどうする」 「…ならあの時、あんたを放っておけば良かったって?」 彼女の声で怒気が含まれたのに気づいて、彼は少し驚きながらも答える。 「…あぁ、そうだな」 「!」 「呆れる程のお人よしだな、お前は。自らが怪我をしてまで回復するほど、仲間でもない人間の為に必死になるとはな。…敵である人間だ、死のうが生きようが構わないだろう?」 彼が、その台詞を言った途端。 「私はあんたの事敵だなんてもう思ってない!」 声が響いて、彼女が勢い良く顔を上げた。 鋭い菫色の瞳が彼の紅い瞳を睨む。 彼は今までそれほど大きくない声で話していた彼女が叫んだのを見て、いつもの無表情をほんの少し歪めた。 「私は。…私はあんたが死のうが生きようが構わないなんて思ってない。だからあの時あんたを助けた。自分が怪我する可能性があることなんて最初からわかってたさ!でもそれでも、私はあんたの事心配だったんだよ!いつも自分の事気にかけない、無鉄砲で命を大切にしないあんたが!」 彼女は彼を睨みつけたまま一歩、彼に詰め寄った。 そして叫ぶ。 「仲間の命を守る為に必死になって何が悪い!!」 顔を上げ、彼の目を、視線を逸らすことなくまっすぐに見据えて。 叫んだ彼女の、組まれていた腕はいつの間にか解かれていた。 その、行動が、 "…手や口は、人間の意志を表現する為にある数少ない部分だそうだ" "故に、自分の行動に後ろめたい事があるときは、人間は無意識に手や口を隠す事があるらしい" "視線を逸らす行為は、本心を見抜かれる事を回避する為の無意識の行動なんだと" 今の彼女の台詞が、嘘偽りのない事を示していた。 「…あぁ……?」 彼はいっそ自分でも間抜けだと思えてしまうくらい、気の抜けた声を漏らす。 彼を睨みつけていた彼女ははっとなって、慌てて彼の瞳から視線を逸らした。 彼は目をゆっくりと瞬かせ、どこか呆然と口を開いた。 「今、お前…」 「…〜っ…。…こ、れでわかっただろう、私はあんたの事もう敵だなんて思ってないし、むしろ…味方だって、仲間だって思って、る…から…」 さっきまでの覇気は彼女にはなく。 そんな彼女に、彼は呆然としたままに問いかける。 「…お前、さっき、"仲間だと言う事にしている"っつって嘘ついたのは…」 「…、そ、れは、だから、…。…もう"仲間"だって認識してたから、"だと言う事にしている"の部分で、嘘ついてたんだよ…」 思いがけず感情に任せて本音を叫んでしまった彼女は、困ったような照れたような表情で悔しそうに彼を見ながら、 「だ、だから!私はあんたが迷惑だって言おうとこれからもあんたに命の危険が迫ってたら手助けするし、あんたがそれに文句言おうともそれを続けるし、」 彼女は少し嫌そうに、だが視線を逸らすことなくそう言って、 「…私は、あんたが私の事敵だって思ってたとしてももう考え変える気ないからね!」 彼が口を挟む間もなくそう言いきって、ふいと体の向きを変えてすたこらと他の仲間達の所へ戻っていった。 そこに残された彼は、彼にしては珍しく、きょとんとした顔のまま。 「…変な女………」 彼女の背中を見ながら、呟いた。 赤毛の彼女が仲間達の所に戻ってから、しばらくして黒と金の髪の彼もそこへ戻ってきた。 気づいた赤毛の彼女が気まずそうな顔をする。 それに気づいた黒と金の髪の彼が、面白く無さそうに鼻を鳴らす。 「? …どうしたんだよ二人とも」 青髪の少年が問いかけるが、返ってきたのは二人分の無言だった。 肩をすくめた青髪の少女が、相変わらずねと呟く。 「…さて。そろそろ休憩も終わりにしましょうか」 そう告げた青髪の少女の言葉で、短い休憩が終わってパーティは再び溶岩洞へ足を向けた。 今度は休憩なしでつっきるぞ、と勇んでずんずん歩いている蒼髪の少年達の少し後ろ、定位置であるかのように当たり前そうに列の最後尾にいた彼に。 「…あの、さ」 彼女がぽつりと声をかけた。 彼が彼女を見て、次の言葉を待つ。 「…さっき、ああは言ったけど。あんたは私の事、敵と思ってるのかい?」 「あ?」 半眼になる彼に、彼女は困ったように続ける。 「私はあんたの事仲間だって思ってるけど。でも、あんたが私の事どう思ってるかは、よく考えたら一度も聞いてないし」 「………」 彼女はふっと笑い、肩をすくめた。 「ま、何故だか知らないけどあんたは私に敵だって言わせたかったみたいだし、回復頻度だって少なかったし、仲間だって思ってくれてるとは私も思わないけどさ…」 彼は彼女の質問に答えず。 すっ、と、彼女に向けて手を上げた。 「え?」 彼女が不思議そうに彼の顔を見る。 彼の口が、ゆっくりと開けられた。 「ヒーリング」 ぽわ、と。 淡い光が彼の手から現れて。 そして同時に彼女の火傷を負った右肩に現れた。 「え?」 彼女が自分の右肩を見て、きょとんと目を見開く。 少し前、彼に回復呪文をかけた直後に負った火傷は、もう跡形もなく癒されていた。 「………」 彼女はどこか呆然と、火傷の痕すら消えた右肩を見つめてから、彼に視線を戻した。 視線の先にはどこか照れくさそうな表情の彼がいた。 「…ふん」 彼が鼻を鳴らして、彼女の右肩に向けられていた手をすっと降ろす。 彼女はぽかんとしながら、彼の突然の行動をただただ不思議に思っていた。 と、その時。 ヒーリングかけてくれるってことは、仲間だって、信頼してくれてるっていう証ってことですか? だって回復してくれるってことは、自分の精神力削って他人の怪我治してくれるってことだろ? 仲間って思ってくれることの証だよね? 少し前の、彼も聞いていたはずの、青髪の彼との会話を思い出して。 「………!」 彼女ははっとなって、彼を見た。 相変わらずの仏頂面が、今は心なしか照れているように見えた。 彼は彼女の視線に気づいて、気まずそうに目を逸らして。 心なしか早足でさっさと歩いていってしまった。 「…変な奴……」 彼女はぽつりと呟いて。 彼の背中を見ながら、くす、と笑った。 「人間の血には際限があるってわかりきってるだろう」 とある戦闘終了直後。 赤毛の彼女は、少し怒ったような顔をしながら黒と金の髪の彼にそう言った。 「は?」 「早く治療しなって言ってるんだ」 「何のことだ」 からかうわけでもなく、かと言ってはぐらかすわけでもなく。 ただ不思議そうに訊いてくる彼に、彼女はやや眉を吊り上げて。 「…後頭部。魔物に殴られたか、それとも衝撃波か何かに吹き飛ばされてぶつけたのかは知らないけど。結構な量の血が出てる」 彼は無言で右手を後頭部にやった。 指先に、生暖かい嫌な感触を感じて。手を顔の前に戻す。 真っ赤な液体が付着していた。 「…気づいてなかったのかい」 「…あぁ。出血してたのは気づいてたが、魔物の返り血か何かかと思った」 「痛みは」 「頭をぶつけた憶えはあるが皮膚が切れてるとは思わなくてな」 「馬鹿だね、本当。…そのまま気づかずにいたらどうするつもりだったんだい」 彼は肩をすくめて、彼女の顔を見ながら言った。 「…お前には言われたくねぇな」 「どういう意味だい?」 「左頬。…軽い衝撃波でも受けたか?血が出てんぞ」 彼女はきょとんと目を見開き、頬に手をやる。 触れた部分はぬるりとした感触がした。同時に、ぴりっとした小さな痛み。 彼女はあぁ、と納得したように呟く。 「そういえば、さっき敵の攻撃避けた時に怪我したっけ…。でもこんなの大したことないじゃないか。放っておけば自然に治るよ」 「放っておけるか阿呆」 「何言ってるのさ、あんたの怪我に比べたらこんなの何てことないじゃないか。早く治療しな」 「お前こそ早く治せ」 「そんなに言うんだったら、あんたの怪我が治るまで私も治療しないよ」 「…。わーったよ」 観念したように彼が呪文の詠唱を始めた。 やれやれ、と彼女が肩をすくめる前で、彼は、 「え?」 すっと手を上げて、彼女の頬に触れて、 「ヒーリング」 詠唱の完成した癒しの呪文を紡いだ。 淡い光が、彼女の頬の傷を癒す。 一瞬のうちに、傷は跡も残らずに消えた。 「…何、してんだい、あんた」 「何って、治療だ」 「だから、なんで私の、」 「お前が自分で治療しないっつぅから俺がやってやったんだろ、阿呆」 さらっ、と事も無げにそう言う彼に、 「………阿呆はあんただろう…」 怒鳴る気力も失せた彼女が、ため息混じりに言った。 彼女は視線を上げて、彼の顔を見る。 いつも通りの不機嫌な顔が、血を流した所為か少しばかり白くなっている。 彼女はまたため息をついて、何も言わずに素早く詠唱を始めた。 施術に慣れた彼女の詠唱はすぐに完成して、 「ヒーリング」 生み出された淡い、優しい光が彼の怪我を跡形も無く癒す。 「…まったく、自分でその位回復しなよ。私の大したことない怪我なんか気にせずに」 腰に手を当てて、彼女が言い放つ。 彼は気にした様子も無く受け答える。 「はいはい」 どうでも良さそうなその答えに、彼女はさらにむっとなって。 半眼になって、睨みながら呟く。 「…頭の怪我なんて一番危険じゃないか。仮にも軍人なのに、そんなに無頓着でいいのかい」 「なんだそんなに心配だったのか」 「は?」 彼女が彼にくるりと振り向く。 「そ、んなわけないだろう」 「そうか、違ったか」 そう彼があっさりと言うと、彼女は一瞬気まずそうに表情を歪めた。 口元をマフラーに埋め、腕組みしながら視線を逸らす。 「…あんたの心配なんてするわけないじゃないか」 彼はそんな彼女の反応を、面白そうに笑いながら眺める。 「…あぁ。そうかよ」 「少し、前まではさ」 「あ?」 「こんな風に、お互いがヒーリング掛け合うなんて、考えられなかったよね」 「そうだな」 「人間、どう変わるかなんてわかんないもんだね…」 「…だな」 |