最近、彼と二人きりになることが多くなったように思う。





いつからか、と訊かれたら。
多分、いつの間にかとしか答えられない。
それほど、事の始まりは曖昧で。
自分でもよくは覚えていない。



でも―――。
それを止めようとも思わないし、思う気すらない。
それは歓迎すべきことなのか微妙だけど、少なくとも私はそれを嬉しく思う。
そう思えることを、とても嬉しく思う。





彼よりも、少し早く目覚めたある日の午後。
窓から差し込んでくる陽の光が作り出した、暖かい日向の中で。
なんとなく、そんなことを考えていた。





二人きり





私がいるのは彼が宿屋に割り当てられた部屋。
ソファに座っている私と、眠っている彼。
彼の頭は私の肩の上にあって、正直重いんだけど…。
でも、それを嬉しく思っていることも事実で。





あぁ、うたたねをしていたのか。
しかも二人揃って。
ソファーで眠ってしまったことを不覚に思っていると、自分の体にかかっているあるものに気づく。
薄く柔らかい毛布だった。
おそらくは隣で眠る彼がかけてくれたのだろう。
意外なところで優しい彼のしてくれたことに、思わず微笑んだ。



ありがとう。
一つつぶやいて、自分にかかっている毛布を彼にかけた。
その拍子に彼の頭がずり落ちそうになって、慌てて体勢を戻して。
当然だが返事の返ってこない彼の寝顔を眺める。



彼の寝顔を見るのはいつものことだ。
そんな、いつも通りのことが、よくある、珍しくもなんともないことが。
何故かとても幸せに思えた。





窓から差し込んでくる日差しが少し眩しい。
そんなよく晴れた空が、いつもよりも綺麗に見える。
自分が幸せだと世の中にあるすべてのものが何もかもが素敵に見える、というのは本当だったんだな、と少し思う。
今までが不幸せだったとは、決して思っていないけど。
それでも、二人きりの時間を過ごしていることが意味もなく理由もなく、無条件に嬉しい。



私がこんなことを考えているなんて、眠っているあんたは知るよしもないだろうね。
もしも私がそれを伝えたら、あんたはどう思うかな?
呆れる?馬鹿にする?それとも…。
どう、思うんだろうね。



規則正しい寝息をしながら穏やかに眠る彼の。
前髪に半分隠れて見えない横顔を眺めながら。
ぼんやりと、そんなことを思った。





こんな風に二人きりに過ごしているだなんて、少し前の関係からは考えられない。
敵として剣を交え、互いに傷つけあっていた戦争中。
私は彼を憎んでいたし、嫌ってもいた。
彼が私をどう思っていたかは、訊いたことはないからわからないけど。



遠い昔は、本当に小さかった頃は。
敵とか立場とか、そんなこと考えずに一緒に笑い合っていた。
そんな、子供の頃と同じように。
今一緒にいられることが、ただ嬉しい。
これが運命だったとしたなら、私は相当運がいいんだな、と思う。





こんな穏やかな時間が、永遠に流れ続けてくれたら、と思う。
実際にそんなことは無理だとわかっているけど。
永遠だなんて大げさな言葉には縁がないと思っていた。
それを何の躊躇いもなく思えることが、不思議だけどとても嬉しい。



私がそんなことを考えているなんて知るわけはない彼は。
いつも通り穏やかそうに眠っている。
それが、そんないつも通りのことが。
当たり前なのにとても幸せに思えた。



あんたが起きたら、今思っていたことを伝えてみようかな。
あんたは一体どんな反応を返すのかな?
呆れる?馬鹿にする?それとも…。
どう、思うんだろうね。





ねぇ。
これからも二人で、ずっと一緒にいたいと思うのは。
私一人の我侭かな?





そうでないことを、願ってるよ。





さて、そろそろこいつを起こそうかな。
こうやってあんたの寝顔を眺めながらいろいろなことを思うのも嫌じゃないけど、さすがに構ってもらえないと退屈なんでね。



起こしたら、あんたはきっと不機嫌そうに私を見るんだろうね。
用もないのに起こすな、とでも言って、二度寝しようとするかな?
私はその要求を一蹴して、また叩き起こすだろうね。
そんな光景が容易に想像できて、少し苦笑する。





そんな、いつも通りで、当たり前で、珍しくもない、ごく、普通の光景を。





ずっとずっと続けていきたい。
無条件に、そう思った。





彼の肩をつかんで、軽く揺さぶる。
このくらいで起きるはずもない彼は、やはり起きずに軽く眉をしかめただけ。
次は耳元に口を寄せて怒鳴ってみる。
大音量で怒鳴っても、彼は目を閉じたまま顔を歪めるだけ。



軽く、ため息をついて。



次はどうやって起こしてやろうか、と考える。
これも、いつも通りのこと。





私がそんなことを考えているなんて知るわけはない彼は。
いつも通り穏やかそうに眠っている。
それが、そんないつも通りのことが。
当たり前なのにとても幸せに思えた。
とても、愛しく思えた。





ふと。
かなり前に、一回だけ試してそれ以来していない起こし方を思い出す。
今までは照れくさくてなかなかしなかったけど。
たまには、いいのかもしれない。
二人きりだからできること、だし。



そんなことを思いながら。
体勢を変えて、彼の体がずり落ちないように注意しながら。
ゆっくりと口付ける。



目を閉じていたから彼の顔は見えなったけど。
彼が目を開いた気配がした。
ぱち、と目を開けると、驚いたような彼の顔が目の前にあった。



顔を離して、彼の顔を見て。
そんな彼に、いつも通りの台詞をつぶやく。





「おはよう」





彼はまだ半分寝ぼけているようなぼけっとした顔で。





「…はよ」





でも、ちゃんと答えてくれる。
これも、いつも通り。





彼よりも、少し早く目覚めたある日の午後。
窓から差し込んでくる陽の光が作り出した、暖かい日向の中で。





そんな、いつも通りで、当たり前で、珍しくもない、ごく、普通の光景を。





ずっとずっと続けていきたい。








無条件に、心から。
そう、思った。