黒。
黒炭や墨の色。
厳粛・静寂・沈黙を感じさせる。
また、否定的なイメージも勿論持ち合わせており、例を挙げると死・闇・自閉・孤立などがある。



暇な日。
宿屋の部屋で、ソファに寝そべって。
暇つぶしでたまたま手に取った本。
ぱらりと適当にページをめくり、目に飛び込んだ内容がそれだった。











なんだこれは、と思い、ページを開いたまま本の表紙を見る。
表紙に書かれていた本の題名は、「色のお話」。
子供向けの絵本のような題名だな、と思うが、書かれている内容は万人向けのものだった。
少し興味が沸いたので、読み進めることにする。
先ほど開いたままのページを、もう一度見た。



黒、紫黒色、墨色、黒橡…。
隣に置いて見比べなければ黒としか見えないような色が、何色か載っていた。
どうやら色の説明や由来、生成方法や見本が書かれている本らしい。
無駄な知識にも思えるが、暇だったので最初の方から順々に読んでみる事にする。





五十音順に並べられているようで、最初は「青」だった。
鮮やかな青、薄い青、くすんだ様な青、様々な色が載っている。



「天色」という色を見て、とある人物が頭に浮かぶ。
どこか企むような笑顔の、青髪の鉄パイプ野朗。
天色と書いてそらいろと読むらしいその色は、その名の通りからっと晴れた空の色。
あいつの髪の色に似てる、そう思った。
一発で思い浮かんだということは、俺の思うあいつのイメージは天色なのかもしれない。



天色。
そらいろともあまいろとも読む。
その名の通り天の色、明るい青のことを指す。
悠久・知性・爽やか・冷静を感じさせる。
否定的なイメージを挙げると、冷酷・冷淡・憂鬱などがある。



…。
爽やか?
どこがだ。
俺はあいつにそんな感覚を抱いたことなど一度もないのだが。
冷静、冷酷や冷淡はあながち外れていないかもしれない。
笑顔で鉄パイプを突きつけてくる奴だ。



青があいつなら、他の奴等はどうなのだろう。
珍しくそんなことを思った。





適当にページをめくって出てきた色から連想をしてみた。
今思うと俺は相当暇だったに違いない。



青系統の色が続く中、瑠璃色という色が目に付いた。
なんとなく。長い青髪の、双子の姉の方を思い出した。



瑠璃色。
宝石の瑠璃のような色。紫みの青。
肯定的なイメージとしては、落ち着いた・気品のある・理知的等がある。
逆に、そっけない・冷たい・保守的など、否定的なイメージも持ち合わせている。




なるほど。
確かに、あいつのイメージに合っている。
これは、色の印象というものも馬鹿に出来ないかもしれない。





次に出てきた色は桃色。
…なんとなく、猫好き娘が頭に浮かんだ。



桃色。
桃の花の色のこと。
甘い・女性的・優しい・幸福・夢などを感じさせる。
否定的なイメージでは幼い、儚い、弱い、脆い、非現実的がある。



…これは…。
なかなかに的を得ているかもしれない。
夢見がちで幼いところがあるあの女に合う気がする。
他のイメージも客観的に見て当てはまっていると思う。





暖色系でまとめてあるのか、次に出た色は杏色。
あぁ、果物の杏の色か。
やたら明るく、いつも踊っているガキが目に浮かんだ。肌の色からだろうか。



杏色。
文字通り杏の色。杏の花ではなく、果実の色が優先的に色名に採用されたものである。
陽気・快活・明朗等、明るめの肯定的イメージを持たれる。
否定的イメージはわがまま・うるさい・騒がしいなど。



なろほど。
当てはまる部分が多々見受けられる。
俺はよく色彩センスやら情緒がないと言われるが、こう見てみると思いつきだけは良いのかも知れない。





また適当にページをめくる。
次に出たのは金色。
真っ先に、怒らせると血を見るどころか死を見そうな金髪の女が思いついた。
同じ髪の色の、やたら苦労人な男が最初に思いつかなかったのは、金髪の女の印象が強いのかそれとも金髪の野郎の印象が薄いのか。
…なんとなく哀れに思えてきて、結論を出すのはやめておいた。



金色。
黄金のように黄色に光る色。
明朗・快活・知的・幸運・印象的なイメージを持つ。
否定的なイメージでは落ち着かない、罪人、騒々しい、尖っている、などがある。



………。
肯定的な意見はわかる気もするが、否定的なイメージはどうだろう。
常に落ち着き払っていて物静かなあの女とは対照的な気がする。
まぁ、勝手に当てはめているのだから当然と言えば当然と言える。
逆に、あの豪快な金髪野郎には中々当てはまるような。





次に出たのは緑。
少し考えて、緑色の服をいつも着ているチビが思いついた。



緑色。
青と黄色の間色。草木の葉のような色。
爽やか・若々しい・健康・明るい・青春などのイメージを持つ。
否定的イメージとして、脱力感を感じる・未熟・曖昧・目立たない等挙げられる。



…思わず笑ってしまった。
笑えるほど当てはまっている。
目立たない、とかはどうかと思うが、確かにあいつは無駄に健康でやかましい。





よく考えれば仲間達のほとんどを当てはめ終わっていた。
俺もつくづく暇だったんだな、と苦笑する。





さて。
最後の一人は当てはめようかどうしようか。





赤毛の、菫色の瞳の、黒装束の女。



紅。菫色。黒。
当てはまる色が同時に三色思い浮かんで少し困る。
とりあえず全部見てみる事にする。



紅。
夕陽のような色。
活発・暖かい・愛情・誠心等のイメージを持つ。
否定的イメージは、挑発的・短気・危険・怒りっぽいなどがある。



うぉ。
これ以上ないくらい当てはまる気がしてならない。
…だが当たっている、と認めるのは何だか癪だった。
なんだ、肯定的イメージの三番目は。





菫色。
菫の花びらの色。
肯定的イメージとして、高尚・優雅・女性的・艶かしい等がある。
否定的なイメージは肯定的なイメージを逆から見たような物が多く、禍々しい・怪しい・妖艶・憂鬱など。



…。
つぅか、艶かしいと妖艶、の差異はなんだ?
同じような言葉を否定しといて肯定してんのは何故だろうか。
まぁ当てはまっていると言えば当てはまるが。





黒。



そういえばこれ、さっきも見たな。
よく考えたら一番最初にこのページを開いたような。
その時は読み飛ばすような読み方しかしていなかったので、もう一度じっくりと読んでみた。



黒。
黒炭や墨の色。
厳粛・静寂・沈黙・を感じさせる。
また、否定的なイメージも勿論持ち合わせており、例を挙げると死・闇・自閉・孤立などがある。



…。
考えたくないが。
嫌なほどあいつに当てはまっている気がする。
そう思うと、色というものも馬鹿にはできないようだ。





…ということは。
俺はあいつに対して暖かくて女性的で静寂という印象を持っているのか?



考えて、なかったことにしようと次のページをめくった。





「何読んでるんだい?」





唐突に声をかけられて。
本を取り落としそうになった。





「何、驚いてるのさ。いかがわしい本でも読んでたのかい?」
「急に声かけられたら誰だって驚くだろうが」
「急じゃないよ。ノックもしたし、第一私は気配消してなかったよ」



…そう言えば俺は本を読み出すと周りが見えなくなる、と言われたことがあった。
自覚はないが、周りが言っているのだからそうなのだろう。
どうせ本を読む時なんざ自室でくつろいでいる時くらいだから、直す必要はないと思っていたが。
こういう時は不便だ。



「色…?へぇ、面白そうな本読んでるじゃないか」



興味を示したようで。
部屋に入ってきた女は、俺がさっきまで読んでいた本を覗き込んできた。
ソファから起き上がると、女は空いたスペースに当然のように座り込んでくる。



「黒…」



俺が先ほどまで開いていたページを見て、女が呟く。



「黒、ってさ。嫌なイメージを持つ人が多いよね」
「…あ?」
「暗いとか、怪しいとか。光の当たらない色とか、闇に堕ちた象徴の色とか…。あんたはどう思う?」



急に話を振られ。
少し考えた。
こいつは、たった今挙げた例から、黒い色を快く思っていないような口ぶりだった。
自分ははたしてどうか。
考えて、そして答える。



「…別に良い印象も悪い印象も特にねぇが…」
「じゃあ、好きか嫌いかって聞かれたらどうする?」
「…」



この女は自分の興味のある話題ではとことん絡むな、とか。
それに付き合っている自分も相当こいつ限定で甘いな、とか思いながら。



「嫌いじゃねぇ」
「へぇ…」



お前に合う色だから。とは言わない。
っつうか言えるか阿呆。





「私も嫌いじゃないよ」
「あ?」



思わず疑問に思う。
なら、先ほどのとことん否定的な意見はなんだったのか。
表情に出ていたのか、俺が何か言う前に女が口を開いた。



「知ってるかい?絵の具の赤・緑・青を混ぜ合わせていくと、だんだん黒になっていくんだよ」
「はぁ?」
「あんたは子供のころ、絵を描いたりしなかっただろうから知らないだろうけど」
「…つか、それ色の三原色の話だろうが。実践はしたことねぇが知識としては知ってるっつの」
「そう。…まぁ、とにかく、絵の具を混ぜていくと黒になるんだよ。私が小さい頃、紫色を作ろうとして絵の具の赤と青を混ぜてたら、いつのまにか黒になっちゃってね。何度戻そうとしてもどうにもならなくて、結局やり直したんだけど…」
「それが今の話と何か関係あんのかよ」
「最後まで聞きなよ。まぁ、そんなわけで、黒は変わらない、安定した、他の色に感化されない色ってイメージが私の中で定着したんだけど。でも、変わらないってすごいと思わないかい?意志や気持ちが変わらなかったら、それは素敵な事だと思うんだ」



私は隠密かもしれないから、特にそう思うのかもしれないけど。
例えば敵に追われている時や、仲間を見捨てなければならない時。
任務を遂行しなければならないって思う気持ちが変わらなければ、どれだけ非情な判断でも下せるから。
私には、それが中々できないことだから。



そう言って女が笑って、さらに続ける。



「…何かを決めて、それをやり遂げたいと思ったとして…。その意志を最後まで貫けたら、」



女がまた笑って。
口を開く。



「―――素敵だと思わないかい?」





その笑顔が寂しそうだったのは俺の気のせいだろうか。





「そうだったら、いいなって…いつも思ってる」



私は。
甘いから。



任務に実直になれないから。
時に、自分の感情を優先してしまって正しい判断を下せないから。



女は自嘲するように笑ってそうつぶやいた。





「…それも、いんじゃねぇの?」
「え?」
「甘い判断しか下せねぇとか言ってたが、それはお前が犠牲を少なくしたいっつう意志を貫いてるだけだろうが」
「……」
「隠密としては失格かもしれねぇがな。…人間としてはいいんじゃねぇのか」



思った事をそのまま言ったら。
女は鳩が豆鉄砲食らったような顔になって、こちらを見た。



「あんたの口からそんな台詞が出てくるなんてね…」
「…意外か?」
「意外。何かに取り憑かれてるのかと一瞬本気で思った」
「………」



俺はこの女にどんなイメージを持たれているのかと思ったが。
聞くのはやめておいた。



「まぁでも…ありがとう」
「……」



いつもいつも、この女は無意味に礼を言いすぎだと思うのだが。
不快ではないのでとりあえず、反論はしないことにした。





「ねぇ。見せてくれないかい?その本」
「あ?」
「私が部屋に入ってきたことすら気づかないほど、あんたが集中して読んでた本だもの。さぞかし面白い内容なんだと思ってね。あ、でも読みかけだったんならいいよ」
「…別に…読みたい部分は既に読んだしな。ほら」
「ありがと」



本を閉じて、隣の女に手渡す。
女はさっそく手渡された本を開いた。
どうでもいいが、その本意外に分厚いから(何せ誰も知らないような色まですべて網羅されているのだ)最初っから最後まで事細かに読んだら日が暮れるぞ。
と、言おうとした瞬間、女は何を思ったか本の最後のページを開いた。
女の視線の先に羅列された文章は、どうやら色の索引らしかった。
暫く女がそのページを凝視して、目当ての色を見つけたのかページをぱらぱらとめくりだす。





「あ」
「あ?」
「ねぇ、このページ見てくれないかい?」
「何だよ…」



そう言って、女が指し示した色の名前は。





クリムゾン。





俺の刀、そして女の通り名に共通した色。





「クリムゾン。
貝殻虫の一種の雌を原料とする古来の赤色染料。濃い赤で、正真の紅色の意。
落ち着き・鮮やか・重要・高級などのイメージがある。
否定的なイメージは、殺伐・痛み・攻撃的・毒された等挙げられる。
…だって、さ」



女が苦笑した。
恐らくは、否定的なイメージの欄を見て、の苦笑だろう。



「…やっぱり良い印象は持てないのかな?この色は」
「あ?」
「一般的に見て、この色はそんなに良い色ではないんだろう、ってことだよ」
「………」



くす、と女が笑って。
また視線を本に戻した。
釣られるように、俺もそちらを見る。



「…へぇ、意外と紫がかった赤なんだね、クリムゾンって」
「…そうだな。意外と言えば意外だ」
「もっと鮮やかな赤かと思ってたよ。何せ、正真の紅色だって書いてあるしね」



女の言わんとすることが分かった気がして。
それ以上追求しないでおいた。





俺の刀である、"クリムゾン・ヘイト"。
血塗られた剣。
女の通り名である"クリムゾンブレイド"。
女王の代わりに血で手を染める存在。





クリムゾンが血の色でなかったことが意外だとでも言いたいんだろう?





「…思ってたよりも、落ち着いた色だね。"クリムゾン"」
「………」
「もっと鮮やかで、血の色みたいな色かと思ってた」



…案の定か。



「思ったよりも、…綺麗な色」
「あ?」
「そう思わないかい?」
「綺麗?」
「そう。綺麗」
「そうだな」
「…うわあんたが一瞬で認めるなんて意外」
「…なんなんだお前」
「別に」
「………」



否定されるとでも思っていたのか。
即答した俺に目を見開いた女の様子を見てそんな事を思う。



「だってあんたが"綺麗"なんて形容に同意するだなんて珍しいじゃないか」
「…そうか?」
「そうだよ。何かが綺麗だとか醜いとか、あんたそういうことに頓着しないだろう?」
「まぁ、確かにそうだが。クリムゾンはお前の色だしな」
「…は……?」
「お前の髪の色に似てるだろう」



言いながら、女の短く切りそろえられた髪に手を伸ばす。
梳くように指で触ると、女の顔が見る見るうちに赤くなっていった。



「は?」
「…あんた…本当…天然なのか確信犯なのかわからないんだけど…」
「何が」
「…今回は天然か…タチ悪いったらありゃしないね」
「?」





「私も、この色好きだよ。あんたの色だもの」
「あ?」
「なんでもない」








「…あのさー」
「なんだ?阿呆みたいな間延びした声出して」
「…一言多いんだよあんたは」
「で?」
「…色、ってさ。見る人によって微妙に違う色なんだって」
「?」
「その時の心理状態とか。生まれてからその色を見た頻度とか。あるいは、色に対する好悪の違いとか。そんな、ちょっとした事で、微妙に違って見えるんだって」
「…それで?」
「…さっき…私の髪の色が"クリムゾン"と似てる、って言ったよね」
「あぁ」
「…育った環境も。今まで見てきた色の種類も数も。心理状態とかもきっと違う、ってのにさ…」
「何だよ」



「同じ色を見て、同じように、同じ印象を持てるって…」
「………」
「………」
「………。…何だ?」
「…えっと…」





「幸せだなぁって、思ったんだよ」





「…悪い気はしないなぁって…」
「…。……ほぉ。ということはお前も、"クリムゾン"が自分の髪の色に似てると思ってるわけか」
「うん」
「…確かに、育った環境も見てきた色の種類も違うだろうから、珍しいのかもしれねぇがな」
「…? 心理状況は?」
「俺もお前とおんなじような心理状況だろうからこれは却下だ」
「は?」



「俺も悪い気はしねぇぞ?お前と同じ色を見る事ができて」
「………」
「同じ心理状況だろう?」



そう、何気なく呟いたら。
女はやはり顔を紅くさせたまま、くす、と微笑んで口を開く。



「…ばか」
「馬鹿で結構。お前だって阿呆だろうが」
「…阿呆で結構。あんたほどじゃないよ」



言葉遊びのようないつも通りの会話を交わして。
少しだけ訪れた沈黙は、静かでそして穏やかなものだった。





「…私、印象は悪いかもしれないけど。この色好きだよ」
「あ?」
「"クリムゾン"」
「…ほう」
「あんたは?」
「………」
「"クリムゾン"。好き?それとも嫌いかい?」
「嫌いじゃない」
「そう。…、また意見が合ったね」
「珍しいな」
「珍しいね」



お前の髪の色だから、という台詞は。
悔しいから言ってやらない。
つか、言えるか阿呆。





それきり会話は途切れて。
女は本を読み始めた。
俺はふと思いついて、手の届くところに立てかけてあったクリムゾンヘイトに手を伸ばす。
一日に二度手入れしようと思うのは俺にしては珍しい。



俺が手入れを始めて数分ほどしてから、女が口を開いた。



「今、"紅"のところ見てたんだけどさ。あんたって紅っぽいね、性格」
「あ?」
「短気とか挑発的とか怒りっぽいとか」
「………お前は俺をどんな目で見てるんだ」
「ここに書かれてる紅の印象、そっくりそのまま全部だよ」



くすくす笑う女から意図的に顔を逸らして。
また刀の手入れに戻る。





ふと。
"紅"の持つ印象の中にとある単語を思い出して。



「…。……!………」
「…何、変な顔してるんだい?」
「…うるせぇよ」





こんなところまで気が合うのは。
密かに嬉しいと思ってしまうあたり。



俺ももう末期か、いや前から感じてたが。
そんな事を思った。





紅。
夕陽のような色。
否定的イメージは、挑発的・短気・危険・怒りっぽいなどがある。
肯定的イメージは、活発・暖かい・誠心、そして―――





愛情。