それはなんてことない、ごく普通の日だった。
フェイトはいつも通りに起きていつも通りに身支度していつも通りに皆と宿屋のテーブルを囲んで朝食を取った。
ふと。そこで、あることに気付く。
何故か、とある二人の間にものすごく殺伐で剣呑な空気が流れていた。
アルベルと、ネル。
いつもは見ていて微笑ましくなるような(微笑ましく見えるのはあくまでも仲間内限定)命がけの喧嘩をしている彼らだが、今日は妙に静かだ。
お互いに不機嫌そうな表情で、一言も会話を交わしていない。
食事中であろうと口喧嘩が耐えない彼らが、珍しい。
とフェイトは朝食のパンにバターをつけながら思う。





「…ねぇフェイト。なんだか、妙に静かじゃない?あの二人」
隣に座っていたマリアが小さな声で言う。
「あ、マリアもそう思ってた?やっぱり、今日何か変だよね、あの二人」
フェイトも頷きながら同意する。
マリアはサラダにドレッシングを振りかけながら、不思議そうに言った。
「…珍しいわよね」





その日の昼。
昼食を適当なレストランでとったのだが、その時もアルベルとネルは一言も会話をしていなかった。
そう、本当にただのひとっことも。
いつも元気に喧嘩している二人からは、考えられない光景だった。



仲間達は思った。



「…明日、いや今日は大雨だ!」
「雨なんて生易しいものじゃないよ、雹が降るよ!」
「いや、天変地異の前触れだ!」
「違うわ、これはきっと世界の危機よ!」





…そこまで言うかあんたら。





喧嘩





だが、実際いつもの二人からはおおよそ予想もつかないような態度だった。
某フェイト氏によると、



「僕、朝ネルさんにアルベルを起こしに行ってくれないか頼んだんだよね。そしたら…」



「…え?なんで私が?」
「だってネルさんが起こしに行くとアルベルすぐ起きてくるじゃないですか」
「そうかい?」
「そうですよ。実際、僕が起こしに言った時はリフレクトストライフかますまで起きませんでしたよ」
「…そこまでするかい?まぁそれはいいけど…今日はちょっと気が乗らないから、他を当たってくれるかい」
「え?…あ、はい」



「…って。普通のネルさんからは考えられないような台詞だったね。いつもは嫌そうだけどちょっと楽しそうに行ってくれるのにさ。思えばこの時から変だったね、あの二人」





某マリア嬢によれば、



「さっき、クリエイションのチーム編成をしてた時に、いつものクセで…じゃなくて、タレントレベルから考えてアルベル・ネル・クリフで鍛冶をやってもらおうと思ったのよ。それで、まず一番近くにいたアルベルにこれでいい?って訊いたの。そしたら…」



「…あぁ?なんで俺がこの女と同じチームにいるんだよ」
「なんでって…よくあることじゃない。何よ今更」
「今回ばかりは俺は絶対この女とは組まねぇぞ」
「へ?どうしてよ」
「どうだっていいだろ。とにかく嫌だからな」



「って、すっごく嫌そうな顔して言ったのよ。このままのチームにするとふて腐れて居眠りするかもしれないから、その時はしょうがなく変えたんだけど…。なにをそこまで嫌がったのかしらね」





某ソフィア嬢によると、



「私がネルさんと料理クリエイションしてた時に、何を作ろうか相談してたんですよ。その時…」



「何を作りますか?」
「そうだね。好きに決めてくれて構わないよ」
「…だったら、甘いお菓子作りましょうよ!チョコバナナデラックスとかどうですか?」
「なんでまたそれなんだい?」
「だって、前アルベルさんの好物だってネルさん言って…ひっ!」
「…ソフィア。悪いけど、今私の前でその男の名前を言わないでくれるかい」
「…えっ、は、はい!」



「って、包丁片手にものすごい怖い顔で言われたんです。いつもならどんなケンカしたってそこまでは相手のことを言わないのに…一体どうしたんでしょうかね?」





某クリフ氏によると、



「さっき、町をぶらついてたら、アルベルと会ってよ。なんで今日はそんなに機嫌悪いんだって訊いたら…」



「…さぁ、どうしてだろうな」
「おいおい、答えになってねぇじゃねぇか」
「お前には直接関係ねぇだろ」
「…ま、そりゃそうなんだがな。でも気になるじゃねぇか」
「気にするな」
「気になるっての。ネルと何かあったのか?」
「あぁ?なんであの女の名前がでるんだよ」
「そりゃ、ネルも機嫌悪そうだったからな。何かあったかと思って当然だろ」
「…今俺の前でその女の名前を出すんじゃねぇ」
「は?…お、おいわかったから刀を抜くんじゃねぇ!」



「って半分キレた目で言ってきてよ。ありゃ、もう一度言おうもんなら即刻斬りつけられたぜ。そのくらい怒ってやがった」





「…本当にどうしたんだろう。どう考えても変だよね」
仲間達の証言を聞き終えたフェイトが、皆の気持ちを代弁するかのようにつぶやいた。
「あの二人は、口喧嘩とかしてるのが自然だったからなぁ。今の状態を見てると、なんだか違和感があるよね」
「その通りだわ。あの二人と言ったらケンカップル、ケンカップルと言ったらあの二人。ってくらいに喧嘩ばかりしてたのに」
「なんつーかなぁ。あの二人が喧嘩してねぇとしっくりこねぇよな」
みな思い思いの感想を述べているが、言っていることはほとんど一緒だ。
「何があったんだろう…」
フェイトがつぶやくが、誰も答えなかった。





「…とりあえず、あの二人に仲直りしてもらいたいよね」
「同感だわ。あのままだとこっちが調子狂うもの」
「あの状態が続いたらマジで天変地異が起こりそうだしな」



皆の意見が一致したので、とりあえず事情を聞いてみることにした。





町はずれの、しかもまったく正反対の方向にいた二人を呼んでくる。
二人とも相変わらず不機嫌そうな顔のままだった。
「…なんだよいきなり連れてきて」
「………」
アルベルは嫌そうにそう言い、ネルは無言のままアルベルを睨んでいた。
「まぁまぁ。ところで、二人とも何があったんだい?すごく機嫌が悪そうだけど」
「そうですよ。今朝からお二人とも一言もしゃべってないじゃないですか」
「…別に」
そっぽを向きながらネルが答える。
「別に、で済ませられるような雰囲気じゃないんじゃない?あなた達」
「何があったのかだけでも言ってみろよ」
マリアとクリフの言葉に、ネルが少し困った顔をし、アルベルは不機嫌な表情のまま視線をそらす。
少し沈黙が流れた。
やがて、観念したかのようにネルが口を開いた。





「あのさ…」
「なんですか?」
「…目玉焼きには、醤油だよね?」
「…は?」



思わずフェイトは聞き返す。他の仲間達も唖然とした。
…今、なんて言いました?フェイトはそう訊こうとする。
が、アルベルが憮然とした顔で話題に入ってきたため遮られた。
「何言ってんだよ阿呆女!目玉焼きには塩こしょうだって昨日から言ってんだろ!」
「何言ってんだ、はこっちの台詞だよ!醤油のほうが合うじゃないか!」
「お前の味覚が変なんだよ!」
「変なのはそっちだろう!半熟の卵と醤油を一緒に食べるのが美味しいんじゃないか!」





途端にさっきまでの態度はどこへ言ったのやら、言い合いを始めた二人に、ソフィアが恐る恐る尋ねる。





「…あの…もしかしてお二人とも、それで喧嘩して機嫌悪かったんですか?」
「「ああ」」
「…それで…お互い口も聞かずに目も合わせなかった、と?」
「そうだね」
「そうだな」





同時に発せられた台詞に、そこにいた六人のうち四人が脱力した。
…そんなことでこの人達は約半日の間会話しなかったのか?





信じられない。



奇しくも四人は同時に思った。





一旦収まった口喧嘩をまた再開してぎゃあぎゃあと醤油だ塩こしょうだと言い合っている二人を見て。
「…バカップルめ」
フェイトがつぶやいた。





その後。
二人の喧嘩は、"オムレツにはソースかケチャップか?"という議論にすりかわり、そして見るに見かねたマリアが、
「そんなのどっちだって良いでしょ!」
と言ってなだめるまで終わらなかった。