「そんな事もあったね」
「そんな事もあったな」



過去の話がお互い一通り終わって。
二人、顔を見合わせる。



「あんたはあの時から見ると、変わったね」
「…変わったのはお前じゃねぇのか?」
「私、何か変わった?」



きょとんとする彼女に、彼が自覚ねぇのかと苦笑して、答える。



「よく笑うようになった」
「…それはあんたの方だろう?」
「そうか?」
「そうだよ」



話をしていた為止まっていた手をまた動かし、相手の剣の手入れを始める。
無意識にいつもよりも丁寧に手入れしているのは、二人とも気づかない。





「…剣、ってさ。やっぱり、命を殺める為にあるんだよね」
「…そうか?考えようによっては、命を護るためとも言えるんじゃねぇの」
「でも、それは結果論だろう?自らを害する者を排除するために使うんだから。…やっぱり、命を殺める為に、在るんだと思う」



手を止めずに、彼女が呟く。
彼も手を止めようとしないままに、彼女の声を聞いていた。





彼女は自分の手の中に在る、彼の刀を見て。
そして思う。





…あの時。
この刀自身が今の持ち主である彼の命を奪っていたかもしれないと思うと。
ぞっ、と背中が冷えた。
でも、この刀は彼を主と認めた。
彼を認め、力になってくれた。
だから。
もう、彼の命を奪う事はないだろうな、と。
思うのは楽観視しすぎなのだろうか。





あんたは一度、あいつを認めた。
だからきっと、…もう魂を砕くとか、肉体を焼き尽くすとか。
そんなことはしないと思ってる。
でももし。
あんたがあいつの命を奪うような事があるとすれば。





…その時は、あんたをあいつの墓の上の地面に突き刺して、墓標にしてやるからね。








彼は自分の手の中に在る、彼女の短刀を見て。
そして思う。





…あの時。
この短刀にまつわる話を聞いて。
隠密という存在は自らの獲物で自分の命を断つことも有る、と再認識した。
馬鹿げている、と思う。
口を割らないためとは言えども、自ら死を選ぶという生き方が。
他人の生き方をどうこう言うつもりは無いが。
あいつにだけはそんな死に方をしてほしくない。
するべきではないと思う。





あいつの父親、そしてウォルターのジジイにも認められたんだ。
短刀としての威力や使い勝手は申し分ないはずだろう?
持ち主を自ら死に追いやるような真似はしねぇはずだ。
当の持ち主も、並大抵の技量でないことはお前だって分かるだろう?
それでいて。
お前があいつの命を奪うような事があるとしたら。





…その時は、お前をあいつの墓に生めて、副葬品にしてやるからな。








「…どうしたんだい?黙り込んで」
「…お前もだろう。何真剣な顔してやがる」
「ううん、別に」
「そうか」
「うん」



互いに沈黙していた理由を聞こうとせず、会話が途切れる。



「そろそろ、終わったかい?手入れ」
「…あぁ」
「そう、私も終わったよ。はい。返すね」
「…ん」



互いに、相手の得物を返す。





そして思う。








…剣として在る事もままならず、持ち主と共に朽ちるような死に様は、嫌だろう?
だから―――――








…願わくは。
持ち主である、
彼を。
彼女を。





護る存在で在ってほしい。




命を奪わないでほしい。









例え…。
剣と言うものが誰かの命を殺めるために創られた道具だったとしても。





そう、在ったらいいと。
そう思った。








…まぁもしも剣があいつを護らなくても、あいつは死なないだろうが。
…まぁもしも剣があいつを殺そうとしても、あいつは死なないだろうけど。





そんなことを思っている"二人"は。
本人達が思っているよりも、気が合うのかもしれない。





二人の得物が、陽の光を照り返して同時に美しく煌いた。