じゃがいも。 にんじん。 牛肉。 玉ねぎ。 「…うーん、やぱり定番でカレーかなぁ?」 「ちょっと捻って肉じゃがかもしれないわよ?」 「あたしはシチューだと思うな〜。ネルちゃんのシチュースッゴク美味しいもん!」 カルサアの町の夕暮れ時。 出店が賑わう人の多い通りで。 買い物をしている赤毛の女性を見ながら、三人の少女が口々につぶやいた。 料理 牛乳。 小麦粉。 バター。 「あ、野菜はあらかた買い終えたみたいですね。別の売り場に行ってるってことは」 「あら、デザートにお菓子でも作ってくれるのかしら?」 「やっぱ絶対シチューだよ!牛乳使うし、ルー作るには小麦粉とバター要るって前ソフィアちゃん言ってたでしょ?」 「うん、そうだよ。でも、デザートにお菓子説も結構筋が通るよね…」 「意外に、簡単に予測できそうで難しいわね」 「だね〜。夕食のメニューくらい、材料見ればすぐわかるかなって思ったよね」 さっきからプチ議論しているのは、今日の夕食について。 パーティの買出しに出た女性陣の中で食材担当になったのは、必然的に今日の夕食当番のネル。 そんな彼女の買っている物を見ながら今日のメニューを当てようと誰かが言い出して、そして即実行に移された。 買出しのメモに書かれた素材やらアイテムやら装備品などを買い終えた三人は、今もネルの手元を見ながら議論を続けている。 「…もしかしてアミューズブッシュかなぁ?」 「Amusebush?」 「何それ、食べ物の名前?」 「うん。パイ生地にカレーとかミートソースとかを入れた料理。美味しいんだよ結構」 「ふぅん…パイ生地ならありえるわね。小麦粉とか使うし」 「コロッケっていうのもありかもしれないよ?ほら、じゃがいもと玉ねぎ使うし、衣に牛乳と小麦粉も使うし…」 「うーん、断定するのは難しいね…」 思いがけず色々なメニューが出てきて、意見がまとまらず三人が悩む。 「…さっきから、何を話してるんだい?」 「うひぁ!ネ、ネルさん?」 急に後ろから、さっきまで観察していたはずのネルの声が聞こえて。 ソフィアの口からひっくり返った声が飛び出てくる。 「あら、ネル。今ね、あなたが買ってた食材から、今日の夕食を推理してたのよ」 「カレーと肉じゃがとシチューとあみゅーずぶっしゅ?とコロッケと〜。あとどんな案が出てたっけ?」 「あとデザートもアリっていう意見もでましたけど…で、今日の夕食はなんですか?」 各自買出しも終わって、買った物を手に持ちながら帰路につく。 片手に食材が入った紙袋を提げたネルは、面白い話をしてたね、と笑って口を開いた。 「なんだと思う?」 「えーと…じゃあ私はアミューズブッシュかなぁと」 「私は肉じゃが+デザート説かしら」 「あたしは断然シチュー!ネルちゃんの作るシチューすごくオイシイもんっ!」 「スフレ正解。今夜はシチューだよ。私はあまりお菓子のレパートリーが多くないから料理する時ほとんど牛乳は使わないしね。牛乳を買ったときは大抵の場合シチューが多いかな。他にはグラタンを作る時くらいだね」 彼女自身が思ったよりも評判が良く、仲間内で大好評の彼女の料理のひとつ。 その答えを聞いて、ネル以外の三人の表情が明るくなる。 「予想は外れちゃったけど、でもネルさんのシチュー美味しいですから嬉しいなv」 「本当にね。見習いたいわ」 「わーいわーい、ネルちゃんのシチューだ〜!早く夕ご飯の時間にならないかな〜」 やはり喜んでいる三人を見て、ネルは笑って答える。 「そう言ってもらえると、作る方としても嬉しいよ。ありがとう」 礼を言って、ネルはよし今日も腕によりをかけて作るか、と小さく意気込んだ。 ソフィア達が戻ったのは、カルサアの宿屋ではなく、町を出て少し歩いた場所にあるカルサア修練場。 マユと契約するためにそこへ出向いたフェイト達ご一行は。 「あーらあら久しぶりだねぇ団長さん!フラっと出て行ったかと思えばまたフラッと返ってくるなんて相変わらず気まぐれだねぇ!おやお仲間さんもご一緒じゃないかい!せっかくだから泊まっていきな!なーにお金なんて取りやしないさ気兼ねするんじゃないよ!」 と、マユに話しかける前にマシンガント−クで厳ついおばさんに一方的に話され。 あれ変だなぁこのおばさんこんなにしゃべる人だっけ、とフェイトが思っているうちにいつのまにか泊まることになっていた、という。 隣にいたマユ曰く、 「お母さん、団長さんが久しぶりに顔見せてくれて舞い上がってるんですよ。なんだかんだ言って、団長さんのことお気に入りみたいですし」 だそうな。 「…もう、お母さんったら。すみませんネルさん、強引に引き止める事になっちゃって」 「いや、いいんだよ。こちらとしてもこの大人数じゃ宿屋で人数分の部屋が取れるか微妙だったし…」 買出しから戻ったネルは、厨房で夕食の準備を手伝っていた。 手馴れているとはいえ、ただでさえ兵士の数が多い上さらに八人分プラスされればいつもよりも時間がかかってしまう。 一日世話になることだし、せめて自分達の分だけは作らせてほしいとのネルの申し出に、マユが笑顔で快諾して。 そして今に至る。 食材、今はじゃがいもを洗いながら、ネルが口を開いた。 「しかも私達だけ別メニューなんて、気を遣わせちゃったかな。材料の関係上、同じメニューでも良かったのに」 「あっ、そんなことないです。ただ、団員さん達のご飯ってスタミナがつくようにってお肉中心のメニューなので、お客様に出すのもどうかなぁって思って。それにネルさん達わざわざ買出しに行ってくださいましたし。気にしないでください」 団員用の肉をフライパンでじゅうじゅう焼きながら、マユがほやんとした笑顔で答えた。 「それに、よく事情は知らないけど、他の国の方達もたくさんいらっしゃるみたいだしね。口に合うようなちゃんとしたご飯を出したほうがいいじゃないか。これは料理作る者の性ってヤツだよ」 少し離れた所で、他の団員達用の料理を巨大な鍋でぐつぐつ煮ながら厳ついおばさんことマユの母が笑って答える。 「ふふ、ありがとう」 ネルが洗い終わったじゃがいもの皮を包丁でむきながら受け答えする。 「だけど、ネルさんが手伝って下さって正直助かります〜。団長さんはともかく皆さんの好みの味付けとか、やっぱり私じゃよくわからないから」 「お世話になるんだし、これくらいは手伝わないとね」 そんな会話をしながら作業を続け、皮むきを終えた野菜達がまな板の傍に積まれて行く。 「そうそう、団長さん、ちゃんとワガママ言わずにご飯食べてますか?」 少し困った風に訊かれて、ネルは目を瞬く。 …自分の記憶の限りでは、彼は好き嫌いをするような人ではなかったような。 むしろ、嫌いな食べ物を挙げろと言われると一つか二つしか思い浮かばない。 何を出されてもそう変わらない表情でぱくぱく食べていた気がする。 「あぁ。別に、好き嫌いなくなんでも食べてるけど…」 「…えっ?」 いつもとろんとしたマユの黒い瞳が、ぱっちりと見開かれた。 少し離れた場所で鍋を見ていたおばさんも、意外そうにこちらを見ている。 「え、あいつ実は好き嫌いすごく激しいとか?」 反応が目に見て取れる様だったので、訝ってネルが訊き返す。 「いえ、好き嫌いはないと思うんですけど…。団長さん、味の好みにうるさくて」 「うるさいなんてもんじゃないよ。私なんてね、団長さんの好みにあった料理作るのに五年はかかったもんだよ」 「うんうん。…でも、何も言わずになんでも普通に食べてる、んですよね…?」 まだ半分信じられないようで、マユがもう一度確認するように問いかけた。 「うん…」 「ふうぅーん、あの団長さんも丸くなったんですねぇ…」 妙に感慨深く言われ、ネルは苦笑した。 「それと…今日の夕ご飯はシチューでしたよね?」 「ん?あぁ」 「今までも、団長さんが仲間にいる時にシチュー作った事ありました?」 「えーと…。うん、あったと思うけど」 「そうですか…」 わざわざ訊いてきたのだから何かあるんだろうと、ネルはマユに問いかけた。 「シチューがどうかしたかい?」 「あ、えっと、実は団長さん、顔には出さないけどシチューが好物みたいで」 「そうなのかい?」 「えぇ。確か団長さんのお母さんの、一番の得意料理だからとかって言ってました」 「ふぅん…」 「だからでしょうかね、シチューの味には本当にうるさいんです。こっちは大人数の分を作ってるから細かいところまで気が回らないのに…」 ふぅ、と困ったようにため息をついているマユに、ネルが苦笑する。 「悪いね、あの自分勝手男が迷惑かけて。後でキツく言っておくから」 「……いや、それどちらかと言うとこっちの台詞だと思うけどねぇ…」 おばさんがぽつりと呟いて、ネルが不思議そうな顔をする。 「え?」 「いや、なんでもないよ」 「まぁ、でも今までの話聞いてると団長さんも丸くなったみたいですし。シチューにもうるさく言わなくなったらしいですし。今日の夕ご飯の時ちょっと観察してみようかなぁ?あの団長さんがまったりとシチュー食べてるとこ」 「団長さんの観察かい、面白そうだねぇ。後で私にも聞かせとくれよ」 「うん。よぉーし、じゃあ手早く終わらせちゃいましょう!」 「あぁ」 ネルは皮をむき終わった玉ねぎを、包丁でみじん切りに切っていく。 トントントン、とリズミカルな音が一定感覚で響いて、あっという間に玉ねぎは細かく切り刻まれた。 そうやって三個目の玉ねぎを切り終えたところで、視線を感じてネルはマユの方を向いた。 見ると、マユが感心したような表情で口を開く。 「ネルさん、すごく手際いいですね!料理に手慣れてる感じがします〜料理上手なんですね〜」 「そうかな?」 褒められて悪い気はしないが、少し照れくさくてネルは微笑する。 「そうですよ〜。玉ねぎ切る手つきも手馴れてる感じですし、実際すごく速い上にちゃんと細かいみじん切りになってますし。なるほど、これ程料理上手な人がいらっしゃるんなら、団長さんも料理にケチつけないのもわかる気がします〜」 うんうんと納得したように言われ、私よりソフィアのほうが料理は上手いと思うけどな、とか思いながら。 ネルは五個目の玉ねぎを切り終えた。 「ん、まーいv」 「美味しーいっv やっぱりルーから手作りのシチューは違いますねーv」 「相変わらず絶品ねぇ。機械で作られたモノとはワケが違うわ」 「あぁ、マジで美味ぇよなこりゃ」 「んんん、幸せv シチューって、ルーさえあれば誰でも美味しく作れるとかって言うけど、このオイシさを出すのはそうそうできるもんじゃないよね〜」 「あぁぁ〜おねいさまの手料理…いつもいつもとろけるような美味しさじゃんよ…!」 出された料理に口をつけた皆が、次々に口を開く。 「ありがとう。そう言ってくれると作った甲斐があるよ」 なんだかんだ言って、褒められるのはやっぱり無条件に嬉しい。 嬉しそうにネルが言って、自分もシチューを口に運ぶ。 かつかつと食べる仲間達を見ながら、ふと先ほど厨房で話題に上ったアルベルを見やる。 いつも通りの表情で、いつも通りのペースで、いつも通りの所作でシチューを食べている。 ―――団長さん、味の好みにうるさくて…。 ―――好みに合った料理作るのに、五年は…。 …別に、好みにうるさいわけじゃ、ないと思うけどなぁ…。 特に不満も文句も言わず、黙々と食べているアルベルを見る。 と、アルベルもタイミングよくこちらを向いた。 ネルは視線に気づいたのかと思ったが、アルベルは何も言わないままにいつのまにか空になったシチュー皿を彼女に手渡してきた。 「え?」 「ん」 そう言われてずい、と空の皿を押し付けられ。 思いがけず目が合って動揺した所為で反応が遅れるが、あぁおかわりか、とネルは理解する。 「自分でやったらどうだい?」 「お前が一番シチューの鍋に近いだろうが。第一めんどい」 「…まったく」 言いながら皿を受け取り、最初と同じくらいの量を盛り付けてやる。 暖かい湯気といい匂いが立ち込める皿を受け取って、アルベルはまたかつかつと食べだした。 その様子を見ながらネルは考える。 …好みにうるさいようには、見えないんだけどな。 やっぱりこの旅を通じて性格が丸くなったのだろうか。 とりあえずそういうことにして、ネルはシチューと一緒に作ったサラダを一口食べた。 「あぁあ、美味しかった…」 「ふふ、それはどうも」 「結構食べたわねぇ。男共はまだ食べたりないみたいだったけど」 「ほんと、男の子って信じられないくらい食べるよね。いったいどこに入ってくのかなぁ?」 食べ終えた皿を流し台のほうへ運びながら、女性陣がそんなことを話していた。 「でも、気持ちはわかるな。だってネルさんのシチュー、うらやましいくらい美味しいんだもん」 「そうよねー。どうして同じ材料使って同じやり方で作ってるのに、こうも味に差が出るのかしら?」 「ほんとほんと!ネルちゃん密かに隠し味入れてるんじゃないかって思うくらいだよ〜」 なぜかまずいシチューしか作れない二人がため息をつきながら呟く。 「やっぱり経験の差だよ。何度も繰り返せばいつかは美味しいものが作れるようになるさ」 ネルがフォローを入れて、二人はそうかしらもしくはそうかなぁと首を傾ぐ。 「でも、びっくりしちゃったな」 「何がだい?」 「皆さんの食べっぷりですよ。私が前シチュー作った時は、美味しいとは言ってくれましたけどあんなには食べてなかったですもん」 少し悔しそうに言うソフィアに、何か言葉をかけようとして。 ふと、疑問が浮かぶ。 「そういえば、ちょっと聞きたいんだけど…アルベルって、食べ物の好みにうるさい方だと思うかい?」 シチューが、とはあえて特定せずに、ネルが問いかけた。 「えっ?」 「いや、さっきマユと話してたら、そんなような事を言われたからさ。どうかなって思って」 訊かれて、ソフィアは少し考えた風に無言になる。 「…そうですねぇ…。好みにうるさいって言えば、うるさいかもしれませんね」 「え?」 思いもよらない返事が返ってきて、思わずネルは聞き返した。 ソフィアはにこにこ笑いながら、口を開く。 「気づいてました?アルベルさん、私が食事当番の時とネルさんが食事当番の時と、同じメニューでも食べる量が違うんですよ」 「はぃ?」 「あ、それはなんとなく私も感じてたわ。前、パーティにネルがいなかった時アルベルの食欲が落ちてたように見えたもの」 「あ、そういえばそうだよね!あたしたま〜に食後の洗い物の手伝いしてるけど、ネルちゃんが当番の時だとアルベルちゃんゼーッタイに最後までお皿持ってこないもん!」 「それにですね、今日のメニューのシチューで例えると、私がこの間作ったときはアルベルさん二回しかおかわりしてなかったのに、さっき見たらもうおかわり三回目のシチューを食べ終わってましたよ?ネルさんの料理が好きなんですよ」 口々に言われ、ネルは記憶を手繰り寄せる。 そうだっただろうか? 言われた事に思い当たるフシはあるが、いつも偶々だと思っていた。 「きっと、ネルの料理が好みに合ってるのよ」 「うわ〜らぶらぶだね〜うふふふ」 「食べる量が著しく変わるなんて、ある意味すごく好みにうるさいってことになると思いますよ?」 にこにことした笑顔で立て続けに言われ。 少々困惑したネルが、困ったように答える。 「…そうかな?」 「そうですよゼッタイ!」 えらく力のこもった口調で力説されて。 納得できたようなできてないような気分だったが、ネルは苦笑してそうかもしれないね、と返した。 夕食後、割り当てられた個室に戻りながらネルは考えていた。 ―――好みに合ってる? …多分偶然だろう。 同じ星出身とはいえ、国も違うし育った環境も違う。 そんな境遇で、そんな偶然はないだろうとも思うが。 まぁ、偶然でなければ、少しは嬉しいけど。 でもやっぱり違う気がする。 だって全然態度に出さないし。 あいつの感情は読み取りにくいとはいえ、そんな素振りは見せた事がない、と思う。 それにさっき彼女達が言っていた事だって、偶然が重なっただけという可能性だってまだ捨て切れない。 ―――ネルがいなかった時、アルベルの食欲が落ちてたように見えたもの。 ―――ネルちゃんが当番の時だとアルベルちゃんゼーッタイに最後までお皿持ってこないもん! 「…」 そりゃまぁ…。 心当たりは、まったくないわけじゃないけど。 ―――食べる量が著しく変わるなんて、ある意味すごく好みにうるさいってことになると思いますよ? そうだったら、嬉しいけど。 でも変に期待して、それが間違いだったら寂しいし。 やっぱり期待はしないことにしよう。 そんな事を思って、個室に向かう。 途中、漆黒の団員と思われる人間とすれ違い、挨拶をされた。 こちらも軽く挨拶を返して、そして気づく。 今の漆黒の団員は、両手で大きなトレイを持ち、その上にやっぱり大きな皿を三枚ほど重ねていた。 向かった先は、多分洗い物を置きに行ったのだろうから、厨房。 …。 洗い物も膨大な量だろうし、手伝ったほうがいいだろう。 世話になりっぱなしは心苦しいし。 ネルはそんな事を思って、くるりと回れ右をして厨房へ戻った。 カルサア修練場三階の中央辺り、大きな部屋。 厨房の位置を確認して、扉に近づく。 木製の大きな両開きの扉は、片方の扉だけ少し開いていた。 近寄ると、誰かの話し声が聞こえる。 マユと、その母であるおばさんがまだ洗い物をしているのだろうか。 そうならやはり手伝わないと、と思い、少し早足になった。 「…ですよ〜!できるなら毎日お手伝いに来てほしいくらいです」 マユの声が聞こえて。 語尾だけ敬語だったように聞こえた。 団員か誰かと一緒なのかな?そんな事を思って扉の前まで歩いた。 「無理な事言うんじゃねぇ、阿呆」 聞き覚えのある声が聞こえて、足がぴたりと止まった。 この、声は。 「相変わらずですねぇ、団長さん。ちょっとは性格丸くなったのかなって思いましたけど、その口癖は変わってないです〜」 「まぁ、この子が急に丁寧語になって帰ってきたら気色悪いことこの上ないしねぇ」 「………チッ」 舌打ちしながらも言い返さないアルベルの様子が、姿の見えない状態でも容易に想像できて。 まったく、外まで会話が丸聞こえだね。 そういえば彼女らには頭が上がらないのかな?ウォルター老と一緒で。 そんな事を思ってネルがくす、と笑う。 扉の前に立って、声をかけようとして、 「そういえば、団長さんが丸くなって好みにうるさくなくなったのってネルさんのおかげでしょ?」 自分の名前が出て、ネルは一瞬止まった。 立ち聞きする気はなかったが、何故か中に入る気になれなかった。 「は?」 「ネルさんのお料理が美味しいから丸くなったんですよ絶対。美味しい料理は人格をも変えちゃうのです!」 「お前は相変わらず突飛な事言い出しやがるな…」 「まったくだよ。まぁ、もう私は慣れちまったけどねぇ」 やっぱり会話がはっきりと聞こえてきて。 また褒めてもらって、ネルは少し嬉しくなる。 さて、そろそろ中に入るか、と、扉の取っ手に手を伸ばす。 「人格云々は置いておいたとしても、ネルさんの料理は美味しいですよ?今日のシチューだって、ちょっと貰って食べたんですけどすっごく美味しかったですし。団長さんもそう思うでしょ?」 「…まぁな」 伸ばした手が、再び止まった。 「あいつの料理一度食ったら、他の奴等が作ったもん食う気なくなる」 「えー!それってつまり、ネルさんが作った料理以外食べたくないってコトですよね?うわー!団長さんが惚気た!惚気た〜!」 珍しいですーすごいですーときゃあきゃあ騒いでいるマユと。 「あんたも言うようになったもんだねぇ、まったく。ちょっと前まで浮いた話の一つも出てきやしなかったってのに」 そう言いながらも嬉しそうな口ぶりのおばさんと。 「事実そうなんだから仕方ねぇだろうが?」 さらりと言ってのけるアルベルと。 そして。 「…不意打ちだ………」 その場で固まったまま、俯き口元に手を当てて赤くなっているネルと。 悔しい。 ただ、一言言われただけなのに。 他の皆にも言われた言葉をちょっと言い換えたような、普通の台詞なのに。 悔しいくらい。 めちゃくちゃ嬉しかった。 そして数日後。 再び、ネルに食事当番が回ってきた日。 「ネルさん、今日の夕飯は何ですか?」 買出しの最中。 買い物袋を抱え込んだまま、ソフィアがネルに尋ねた。 「また、材料で推理してみるかい?まだ買い残したものがあるけど」 ネルが笑って、精算前の買い物かごの中身を見せた。 中に入っているのは、 「にんじん、玉ねぎ、牛肉、じゃがいも…。これだけだと、選択肢はかなり多いですよね…第二ヒント下さい!」 うむむむ、と唸るソフィアに苦笑して。 「秘密、だよ」 言って。 買い物かごのなかに、牛乳を何本か入れた。 「あ、牛乳……」 はっとしたようにソフィアが言って。 「わかったかい?」 くすくすとネルが笑う。 ソフィアは表情をぱぁぁっと明るくさせて。 「はい。わかりました♪」 嬉しそうに呟く。 「でも、どうしてですか?ちょっと前もシチューでしたし、ネルさんが同じメニューを続けて作ることって珍しくないですか?」 もっともな事を言われて、ネルが一瞬困ったように微笑む。 「―――やっぱり、自分の作ったものを美味しいって言ってもらえるのは、嬉しいからね」 例え。 どんな形であったとしても。 どんな言い回しであったとしても。 「そうですね。作って良かったなぁって、思えますもんね」 「うん。…本当に」 ソフィアが屈託なく笑って、ネルも笑った。 とある街のとある工房に。 ふわりとしたいい匂いが立ち込めるのは、その日の夕暮れの事。 |