さぁ、勝負を始めよう。 「う…、うさぎ」 「…ギルド」 「ど?どー…ド根性バーニィ」 「イリスの野」 「野太刀」 「ち、調合」 「また"う"かい…えーと、海」 「水」 「ず?すじゃ駄目かい」 「駄目だな」 「…じゃあ、図」 「…おい、それいいのかよ」 「いいだろ?」 そんな会話を続けているのは、黒と金の髪の彼と赤毛の彼女。 珍しい事をしている二人を、周りにいる仲間たちは不思議そうに面白そうに眺めていた。 …バカだろう? 「ず…図形」 「い…苺」 「…めちゃめちゃお前らしいな」 「うるさいよ。ほら次言いな」 「ご―――…合成素材」 「…また、"い"?狙ってるんじゃないだろうね」 「さぁどうだか」 「…い、癒しネコ」 「こ、こ、…」 このちょっとした遊戯の始まりは、フェイトとソフィアからだった。 クリエイション中二人で暇つぶしにと続けていたしりとりに、いつの間にかマリアやクリフが加わって。 ついでとばかりにネルとアルベルも強制参加を言い渡され、クリエイションをしつつしりとりを続けていたのだが。 それが終わってからも、何故かこの二人だけずっとしりとりを続けていた。 周りの皆から言わせてもらえば。 「あぁ。二人とも負けず嫌いだからね」 だそうな。 そんなこんなで。 「こ、吼竜破」 「は、蜂蜜」 「燕」 「メンタルリング」 「グ…グラナ丘陵」 「また"う"じゃないか…絶対狙ってるだろ」 「さぁなぁ」 「…二人とも、口を動かしてるけどちゃんと夕食の準備もしてるところがすごいな」 「ウルザ溶岩洞」 「ウィンドリング」 「グリーテン…王国」 「…今のはありなのかよ」 「王国って付け足したからありだよ」 「…ち、今回だけだぞ。じゃ、孔雀」 「…ねぇネル、露天風呂だから男湯の声も聞こえるとはいえお風呂に来てまで続けなくてもいいんじゃない?」 ほぼ一日中このしりとり勝負は続いていた。 言った単語の数は既に三桁に入っているだろう。 そしてそして。 夜、風呂上りにロビーで飲み物を飲みながら。 まだまだしりとりは続いていた。 「く、栗」 「陸」 「…。薬」 「…。リリスの眷属」 「……。くずきり」 「……。離隔」 「………。鎖」 「………。利息」 「………。くつじょくのかたまり」 「…………。"り"ばっかり続けるんじゃねぇよ!」 突然アルベルが怒鳴る。 「よく言うよ、そっちだって"く"ばっかり続けてたくせに」 ネルも言い返す。 どこか楽しんでいるような、それでいて挑んでいるような目で。 「憎まれ口だけは達者だな」 アルベルもネルと同じような表情をして、また言い返す。 「…なんだって?もう一度言ってみな」 「何度でも言ってやるよ。憎まれ口だけは達者で口の減らねぇ奴ってな」 「何言ってるのさ。それはあんただろう」 「うるせぇよ阿呆」 「うるさいのはあんただよ。…ったく、いつもいつも人を阿呆呼ばわりして…たまには他の呼び方をしてみたらどうなんだい」 「いつもの事だろうが。今更変えろってのか?」 「簡潔に率直に正直に言うとそうだね」 「寝言は寝てから言え」 「え、別に変なこと言ったわけじゃないだろう?ただ呼び方を変えてみればって言っただけじゃないか」 「変えてどうなるってんだよ」 「呼ばれた側の心象はよくなるだろうね」 言いながら。 ネルは思う。 こいつが私の名前を呼ぶことは、何故か少ないような気がする。 他の皆のことは普通に名前で呼んでいるのに。 私には、「阿呆」や「お前」としか言わない。 そういえば。 さっきも呼んではくれなかった。 「う、う、う、…うさみみの聖杯」 「椅子」 「す、スーツアーマー」 「アースグレイブ」 「…そうだな、武神の紋章」 「う、宇宙」 「う、海がめ座…は、エリクールじゃわからないからナシだし…う、ウォーターエレメント!」 「トライエンブレム」 「…む、む、…むー?無敵ユニット」 「トラオム山岳地帯」 「い…いぎょうのフィギュア」 「…細工レベル2のクリフらしいわね。じゃあ、アタックピアス」 「菫!」 「蓮華」 「へぇー、アルベル蓮華なんて知ってたんだ」 「喧嘩売ってんのかお前」 「あんた花の名前とかに疎そうだもんね。知らないって思うのが自然だろう?」 「…うるせぇよ阿呆。おら、次言え」 「えーと、蓮華の、げ?…またムツカシイモノを」 少し前に。 ソフィア、アルベル、フェイト、ネル、クリフ、マリアの順でしりとりをしていた時のこと。(ちなみに順番はじゃんけんで決まった) 「げー?ゲームはダメだし、うー…」 「はいフェイト、残り時間あと10秒ー」 「え、ちょっと待った!」 「9、8、7、6、5」 「げー…ゲットアイテム!」 「あーぁ、惜しい」 「これで脱落したら一番発想力乏しいってことになるからね。それは避けないと」 「次は、む?ムーンベース」 「す…寿司!」 「塩」 「じゃ、次はえーと、お月見」 「…味噌」 「そ、そ?」 フェイトは一瞬何かを考え、そしてにまりと笑って言った。 「…ソフィア」 ネルの隣にいるソフィアは一瞬驚き、そして照れたように笑いながら口を開く。 「…。なんか嬉しいなぁ」 「だろう?」 ちょっといい感じの二人を見ながら、残りの四人は口々にコメントをつけていた。 「…若い奴らはいいねぇ」 「まったくだわ」 「微笑ましいもんだねぇ」 「…」 ノーコメントも約一名いたが。 またしりとりが再開されて、 「…アイレの丘」 「か…カルサア」 「…じゃあ…朝」 「さ…」 ソフィアは何かを一瞬考えて。 「…サンライズ・カベルネ」 にこりと笑ってこう言った。 そして、順番が回ってきたアルベルをじぃぃぃっと見つめる。 "ね"か…と考えていたアルベルは、その視線に気づいて眉をひそめる。 「…なんだよ」 「え?アルベルさん何言うのかナーって思いまして」 「そうね、何言うのか興味あるわよね」 便乗したマリアがうんうんと頷く。 フェイトとクリフはソフィアとマリアの意図したことを理解したようであぁなるほどな、と面白そうに見ている。 「…何言ってんだ?」 「だって、次は"ね"ですから」 にこにことしたまま、ソフィアがネルを見やった。 「え?」 ネルは不思議そうな顔で首をかしげる。 「ねー、"ネル"さん?」 うふふーと笑いながらソフィアが言って。 ようやくネルはソフィアの言っている事を理解する。 アルベルがネルの名前を言うんじゃないかと期待している、と。 彼女らしい発想だな、と思いながら、ちらりとアルベルを見る。 アルベルはやれやれとため息をついて。 「…。猫」 「…えー、なんでネルさんって言わないんですかぁ」 残念そうに唇をとがらせてソフィアが文句を言った。 「俺の勝手だろうが」 どうでもよさそうにアルベルが答える。 「…意地っ張りだなぁ。じゃ、コルク」 フェイトも残念そうにそう言って、またしりとりは再開された。 ネルは再開されたしりとりを続けながら、少し不満そうにしていた。 そんなに私の名前を呼ぶのが嫌かい。と。 …普段、そんなに呼んでくれないのだから。 こんな時くらい呼んでくれてもいいんじゃないかと思うのは。 私の我侭、なのかな? …というか、完璧な我侭なんだろうけどさ。 ネルは回想を終えながらそんなことを思う。 それにしても、名前を呼んでほしい、と思うなんて。 我ながら子供っぽいな、とネルは苦笑しながらため息をついた。 ネルが当のアルベルをちらりと見ると。 「眠ぃ…」 とか言いながらあくびをしていたりした。 またネルはため息をついて。 …これはなかなか手強いな。 と苦笑する。 「…いつもあんた眠い眠いって言ってるよね。一日何時間寝るつもりだい」 「一日?…さぁな、数えたこともねぇよ」 「夜だから眠いっていうのはわかるけど、その前に私の言ったことに答えな」 「…何か言ったか?」 「考えてもわからないっていうのなら、あんた確実にボケたね」 その言葉を聞いて、アルベルは何かを一瞬考えて。 にやりと笑って言った。 「…。ねだってやがるのか?お前」 「え?何のことだい」 「いつになく名前のことについてぐだぐだ言ってやがるからな」 「…何を言い出すかと思えば…。…別に、そんなことはないけどね?」 何か含んだような表情でネルが言うと。 アルベルはネルを半眼で見て、そして呆れたように言った。 「ねだってやがるな、完璧に。…お前も意外に女々しいな」 「…何のことだい?」 笑いながらネルが答える。 アルベルはまた呆れたようにネルを見て、そしておもむろに立ち上がった。 どうやら自分の部屋に戻ろうとしているようで。 ネルが振り向くと、アルベルはうんざりしたように言った。 「いい加減お前との言い合いにも飽きてきたんだよ」 「…よく言うよ。どうせ眠くなっただけだろう?」 「うるせぇ。いつまでここにいるつもりだ、時間考えろ時間」 「…あ」 「………」 アルベルは一瞬しまった、と表情を変える。 反対にネルはにやりと笑う。 「私の勝ち、だね」 「………」 アルベルは悔しそうに視線を逸らす。 ネルはそれを面白そうに眺め、アルベルの横に並ぶように立ち上がる。 長い長い"しりとり"は。 ようやく幕を閉じた。 「これで一勝一敗、だね」 「…?お前が一勝じゃねぇのか」 「ううん、これでいいのさ」 ネルがしていた勝負は、もうひとつあったから。 その勝負内容を言うのは照れくさいから、ネルは言う気もないし言ってはやらないけど。 "名前を呼んでくれたら私の勝ち。呼んでくれなかったら負け" だなんて。 言えるはずないだろう? 結局、呼んでくれなかったんだし。 ネルはそんなことを考えながら。 「考えるの結構大変だったけど、なかなか楽しかったよ。じゃあ、お休み」 不思議そうにしているアルベルにそう言って、部屋へと向かおうとした。 「おい」 が、後ろから声をかけられる。 何かと思ってネルが振り返ると、アルベルが意地の悪そうな笑みを浮かべながらネルを見ていた。 「…バカだろう?お前」 「は?」 …人を呼び止めておいて何を言い出すのだ、こいつは。 ネルはそう思って、半眼で睨む。 「急に何だい?…しかもあんたが馬鹿っていうなんて珍しいね」 「"阿呆"じゃ不満そうだったから変えてやったんだろうが」 「そう変わってないじゃないか」 「んな細かいこと気にすんじゃねぇよ。馬鹿だから馬鹿って言ったんだろうが」 「だから何が」 「…」 ネルがそう訊くと、アルベルは何か含んだように笑んでネルを見た。 その表情が、妙に腹立たしくてネルは苛々する。 「わけわからないことで呼び止めるんじゃないよ。私はもう行くよ」 そう言ってまたネルが振り返ると。 「待てよ」 背中越しに声をかけられ。 苛々しながらネルが振り返ろうとすると。 急にアルベルの腕が絡みつくように伸びてきて。 ネルは後ろから抱きすくめられた。 「…え?」 何かと思ってネルがつぶやくと。 「…ネル」 ネルの耳元で、アルベルの声がした。 「…!?」 一瞬でネルの顔に血が上る。 アルベルはくくくと喉で笑い、 「これが聞きたかったんだろう?」 さらりと言ってのけた。 「…やっぱり気付いてたんだね」 「あれだけ言われりゃ気付くに決まってるだろうが」 「…。今まで全然言わなかったくせに…」 ネルが少し悔しそうにそう言うと、 「…なんだ?お前、そんなに名前で呼ばれたかったのか?」 アルベルの意地の悪い台詞が帰ってきた。 「…あんたこそバカだろう?」 「あぁ?」 「そんなこと訊くなんてさ。愚問だと思わないかい?」 「…どういう意味で"愚問"なんだ?」 「………」 「…呼ばれたいに決まってるじゃないか…」 「…。たまになら呼んでやるよ」 「……ま、それも悪くない、かな」 「大体、そう何度も呼んでたら今みたいに有り難りはしなかっただろう」 「え?」 「…何でもねぇよ。それより、これでお前の二勝一敗だな。不本意だが」 「え?」 「…相手が自分の名前を言えば勝ち、じゃなかったのか?」 「…そうだけど」 まさかそこまでバレるとは思っていなかったようで、ネルが少し悔しそうにアルベルを見る。 こういう時だけ鋭いアルベルが、少し憎らしい。 「…勝ち越すともう勝負してもらえなさそうだね」 「は?」 「あんた負けず嫌いで意地っ張りだから」 「…うるせぇよ」 「だから、さ」 言いながら、ネルは腰に回っているアルベルの腕をやんわりと外す。 ネルはゆっくりとアルベルから離れ、そして振り向いて顔を覗き込む。 「しょうがないから、一勝一敗一引き分けにしてあげるよ」 「…どうやって?」 「簡単だろう?」 ネルは少し背伸びをして。 アルベルの耳元に口を寄せて、つぶやく。 「―――アルベル」 アルベルはネルの台詞に相当に驚いたようで。 目を見開いて意外そうにネルを見た。 紅い瞳と、菫色の瞳が見つめ合う。 「…」 「これで、引き分け。だろ?」 「…そうだが、それに何の意味がある」 「だから、これで勝負は決着がつかなかっただろ?だから、またやろうよ。しりとり」 「はぁ?」 「楽しかった、って言っただろ?」 だからまたやりたいのさ。 ネルがそう言って笑うと、アルベルはわずかに苦笑した。 「だって、あんたとこんなに話す機会なんて滅多になかっただろう?」 「まぁ、そうだが」 「暇な時にでもまたやろうよ」 「…気が向いたらな」 「…しりとりなんかしなくても、会話したけりゃどれだけだってしてやるよ」 「え?」 「なんでもねぇ」 「…そう」 実はばっちり聞こえてしまっていたネルだが、それを口にする事は無かった。 くすりと微笑んで、思う。 だって言ったらまたあんたはふて腐れてそっぽを向いてしまうだろうから、ね。 最初は負けるのが癪で、なんとなく続けてたけど。 あんたと話すのも、なかなかに楽しいことだってわかったから。 だから、またやろうね? しりとり。 …また、決着がつかなくなるだろうけど、さ。 |