ふわり、とした甘酸っぱいいい香り。
ジェミティで、ソフィアとマリアの買い物に付き合ってついて来ていたネルは、不意に漂ってきたそのいい香りに思わず足を止めた。
きょろきょろと、香りの出所を捜すように周りを見回してみる。
ブルーベリィのイラストが描かれた、小さくて細長い円柱型で、見た目は口紅のような"何か"が、棚に綺麗に並んでいた。





ブルーベリィ





ネルは、目に留まったその細長い何かを思わず凝視する。
見ると、その何かには「香り・味つきリップ」と可愛らしい字で書かれていた。
カラフルな色で装飾されたそれは他にも種類があるようで、ブルーベリィの他にはストロベリー・レモン・グレープなどのフルーツ系、バニラ・ハチミツ・キャラメルなどのお菓子系などなど、実にさまざまな種類があった。
ネルはそれが妙に気になって、一本手にとってみる。
そこに、癒しネコと守りネコのキーホルダーを両手に持ったソフィアがやってきた。
「ネルさん、これとこれどっちが可愛いと思いますか?」
両手に持った二つのキーホルダーを見比べながら、ソフィアはネルに訊いてくる。
ネルは振り向き、2ツを見比べながら、
「そうだねぇ…じゃあ、こっち」
と癒しネコを指した。
「そうですか、じゃあこっち買おうと思います。…あれ?ネルさんが持ってるそれって…」
ソフィアが、ネルの手の中にある物を見つけて訊いてきた。
「え?ああ、これかい?いい香りだったから、ちょっと気になってね。これは見たところ口紅みたいな形してるけど、唇に塗るものなのかい?」
「そうですよ。冬とかになると、空気が乾燥して唇がカサカサになりますよね?それを防いでくれるんです。リップクリームっていうんですよ」
ソフィアの説明を聞いて、ネルはふぅんと頷く。
「こっちの世界には、便利な物があるんだねぇ」
「ネルさんも買ってみたらどうですか?」
ネルはソフィアにそう言われ、しばらく手の中のリップを凝視する。
ネルの手の上でころりと転がるリップは、見た目も可愛らしくいい香りだ。
自分には正直似合わないかな、とも思ったが、妙に気に入ったのでネルは結局それを買うことにした。
「でもこれ可愛いですね〜。私も買っちゃおうかな?」
ソフィアはそう言って、並べられているリップを見て、これ!と言ってバニラのリップを手に取った。





「あら。ネルがここで買い物するなんて珍しいわね」
会計を済ませて店の外に出たネルに、ウィンドウに並べられている生活雑貨を見ていたマリアが言った。
マリアが言った"ここ"というのは、ジェミティの中にある可愛らしい雑貨屋さん。
可愛いもの大好きなソフィアと、実はファンシーグッズ大好きなマリアがよく買い物をしに来る場所だった。
「ちょっと気に入った物があってね」
ネルはそう言って、手に持った小さな袋(ちなみに、ピンクのチェック柄の可愛らしい模様だ)をマリアに見せた。
「その袋の大きさや形からすると…そうね、リップクリームってとこかしら?」
「よくわかったね、その通りだよ」
「ってことは、もしかしてあっちの棚に並んでた味つきのヤツかしら」
「あぁ。珍しかったから、つい、ね」
「偶然ね。私も丁度それを買ってたのよ」
ほら、と言いながら、手に提げた紐付きの紙袋からマリアはリップクリームを取り出す。
「奇遇だね。何の香りのを買ったんだい?」
「ミントよ。すっきりするから好きなの」
「ふぅん…私はブルーベリィだよ」
そう言いながら、さっそく中身を開けて唇に塗っているネルを見ながら、マリアはふぅんと感心したように頷く。
確かに、見た目にもカラフルで可愛らしい感じのそれは、十分に見た人の気を引くだろう。
それに、フルーツやらなんやらの香りは確かにいい香りだ。
今度は違う香りのも買ってみようかしら、とマリアが考えた時、ソフィアが丁度会計を済ませて二人の近くにやってきた。
「お待たせしましたー」
「あらソフィア、もういいの?」
「はい。次はどこに行きましょうか?」
「そうだね…私は特に欲しいものはないし、どこでもいいよ」
「雑貨屋で買うものはもう買っちゃったし。後は…旅に必要な物の補給もしたほうがいいわよね。フェイト達を捕まえて補給に行きましょうか」
マリアの提案に、ソフィアはそうですねと言って頷き、ネルはそれも必要だしねと言って了承した。





しばらく町を歩いていると、闘技場の前にいるフェイトとクリフ、そしてアルベルを見つける。
三人がちょうど良かったとばかりに近づくと、あちらも気付いたようで手を振ってくる。
「あれ、雑貨屋に行ったんじゃなかったの?やけに早いね」
「今日は買う物が少なめだったんだ。フェイト達は何してたの?」
「ランキングバトルに挑戦してたんだ。結構ランク上がったよ」
な、と言ってフェイトが後ろの二人に話を振ると、クリフはおうよ!とガッツポーズをとり、アルベルは当然だろう、と言って鼻を鳴らした。
「それはご苦労様。ところで、アイテムの補給は必要かしら?」
マリアが訊いて、フェイトは少し何かを考える。
「…そうだな。一応しておいたほうがいいかもね」
「じゃ、行こうか」
ネルが言って、フェイトが頷く。
六人揃って店のほうへ移動する。
フェイトはアイテムの残りどれくらいだったかなぁと考えながら歩いていた。
と、不意にいい香りが鼻を掠めた。アイスクリームのような、そんな甘い香り。
フェイトは何気なく、隣を歩くソフィアを振り返った。
…どうも、この甘い香りの出所は彼女なような気がする。
「なぁソフィア、何か甘い香りがしないか?」
ソフィアはそう言われて、一瞬不思議そうに首を傾げたが、すぐに何か思い当たったようでああ、とつぶやく。
「これだよ。さっき買ったんだ」
そう言って、服のポケットからリップを取り出す。
フェイトはそれを見て納得したように頷いた。
「なるほどね。バニラの香りと味つき…か。どうりでいい香りがすると思ったよ」
「さっきつけたからね。…でも、すぐに気付いてくれて嬉しかったな」
えへへ、と照れたように笑うソフィアに、フェイトはそのくらい気付くだろー、と軽く笑う。
そんなやりとりを後ろで見ていたマリアは、はぁ、とため息をつく。
「いいわねぇ、あの子達は…」
「まったくだぜ。若い奴らはいいねぇ」
同じく後ろで見ていたクリフが相槌を打つ。
「あなたもミラージュに買っていってあげたら?きっと喜ぶわよ」
「はぁ?俺がか?ガラじゃねぇだろ」
「そうかしら。…でも、すぐに変化に気付いてくれる人がいるっていうのは、羨ましいわよねぇ」
どこか遠い目でそう言ったマリアを、クリフはしばらく見ていた。
そして。
「…お前ももしかしてリップクリーム買ったのか?」
「あら、今頃気付いたの?まったく、娘の変化に気付かないようじゃあなたもまだまだねぇ」
「…はは…」
クリフは乾いた笑いで誤魔化す。
「…そういえば、これで気付いてないのはアルベルだけになったわね」
ぼそりと、後ろにいるアルベルを見ながらマリアはつぶやく。
ぼんやりと歩いている彼は、何気にさり気に隣を歩いているネルの小さな変化に気付いた様子もない。
「あいつ鈍感そうだし、一生気付かねぇんじゃねぇか?」
マリアと同じく少々抑えめの声でクリフが答える。
「…有り得るわね。でも、はっきりとそうだとは言ってないけど、あれだけ一緒にいるんなら恋人も同然でしょ?恋人の変化くらい、すぐに気付くと思うけど」
「僕は気付かないと思うけどなー」
急に話に入ってきたのは、前を歩いていた、実は全部会話を聞いてたらしいフェイト。
「聞いてたのか?」
「聞こえたんだよ。な、ソフィア」
「うんうん。…ところで、私はマリアさんの言うとおりだと思うなぁ。あぁ見えても、結構あの二人仲良いし」
「でしょ?やっぱりそう思うわよね」
「はい!」
何やら結託している二人を見ながら、フェイトとクリフは顔を見合わせる。
「…でもなぁ、あいつって彼女が髪型変えてもまったく気付かない鈍感な彼氏、ってタイプじゃないかな」
「お、言えてんなそれ」
反対意見を言う二人に、ソフィアは、
「じゃあ、賭けます?」
楽しそうににこりと微笑んでこう言った。
「いいね」
同じく楽しそうに微笑み、フェイトが同意する。
なんだかんだ言ってこのパーティは賭け事が好きな者が多い。
「じゃ、私とソフィアは気付くほう、ね。何を賭けるのかしら?」
「そうだなぁ…じゃあ、負けたほうは買ったほうに何か奢る、ってことで」
「それぐらいならいいぜ」
「うん、わかった!で、期限とかは?」
「そうねぇ、一日でどうかしら」
「…ちょっと長い気もするけど…まぁいいや、それで構わないよ」
「成立ね。じゃ、明日の今頃に聞いてみましょうか」
そんなことを言い交わしながら、四人はジェミティの街中を歩いていた。
その後ろを歩く当の二人は、
「…また何かよからぬことをやってるみたいだねぇ…」
「とりあえず巻き込まれねぇようにしたいもんだな」
と、なんの話をしているかまったく知らずにそんな会話をしていた。
この時点でアルベルはネルの変化にまったく気付いた様子もなかった。





その日の夜。
「あ!ネルさん、リップつけてます?」
夕食前、食堂に行こうとしたネルに、ソフィアがそう訊いた。
ここはジェミティにあるホテル。
今日はここに泊まって明日またスフィア社を昇ることにしたフェイト達は、それぞれ思い思いにゆっくりとくつろいでいた。
「え?あぁ、今はつけてないけど」
「だったらつけたほうがいいわよ。この時期、すぐ荒れちゃうんだから」
マリアも言う。
そこに、
「止めておいたほうがいいですよ、ネルさん。食事の前につけても、どうせ何か食べたら落ちちゃいますし」
とフェイトも会話に入ってくる。
「そうそう、それにそんなに頻繁につけなくてもそんなには荒れねぇよ」
クリフもこう言ってきた。
「ちょっとフェイト、余計なこと言わないでよ」
「先に余計なこと言ったのはソフィア達だろ」
「余計なことじゃないわよ、私達はネルの為を思って…」
「それも余計な世話じゃねぇか」
「そんなことないですよ!」
何やら口論を始めた四人を見ながら、ネルはきょとんとする。
「…一体何を騒いでやがる」
食堂への廊下のど真ん中で騒いでいる四人を見て、食堂へ行こうとしていたらしいアルベルが言った。
「さぁ…なんか急に口論し始めて」
「騒がしいヤツらだ」
アルベルはそう言って、四人の脇をすりぬけて食堂へ向かう。
彼はまだ、ネルの変化に気づいていないようだった。
それを見て、約二名はうーん、と唸り、約二名はよっしゃ!と拳を握り締めていた。





次の日。
スフィア社に向かって移動している時、アルベルがネルのところへ来て。
「…なぁ」
「なんだい?」
「いや、なんでもねぇ」
短く会話を交わして、何事もなかったかのようにまたすたすたと歩いていった。
それを見て、
「やっぱり気付いてますって!」
とソフィアが言って、それに反論するように、
「いや、まだ本当に気付いてはいないみたいだよ」
とフェイトが言った。





その日、つまりネル達がリップクリームを買った次の日。
夕方になってスフィア社から帰ってきた六人は、また同じホテルに行こうか、と話し合いながらジェミティを歩いていた。
「…そろそろじゃないか?」
そんな中、フェイトが唐突に言う。
ネル、そしてアルベルは何のことだかわからずに首を傾げる。
「…確かに、一日経ったけど…」
少し悔しそうに、ソフィアが言う。
「…何の話だい?」
ネルが訊く。
ソフィアはその質問に曖昧に笑い、マリアは時間が来ちゃったものはしょうがないわね、と観念して、
「ねぇアルベル?昨日から、ネルがどこか違うと思うんだけど、あなた気づかない?」
率直にそう聞いた。
「…え?」
ネルは首を傾げ、
「…あ?」
アルベルはやはり気付いていないようで、怪訝そうな顔をする。
それを見て、
「やった、僕らの勝ちだね」
「やっぱりコイツは気付かねぇと思ったぜ」
勝ち誇ったように笑う二人と、
「あーあ、やっぱり気付かなかったかぁ…」
「絶対に気付くと思ったのに、まったくもぅ…」
残念そうに呟く二人がいた。
「…何の話だい?」
「…おい。話が読めないんだが」
話から置いてけぼりを食らっている二人が問いかける。
ソフィアははぁ、とため息をついて、
「…えーとですね。アルベルさん、本当に気付いてませんか?」
念を押すように訊いた。
「? 特に何も」
「…あーっもう!恋人の変化くらいすぐ見抜きなさいよ!」
それを聞いて憤慨したように言うマリア。
「マ、マリアさん、お二人は恋人って決まったワケじゃ…」
「今はいいのよ、この際」
おずおずと言ったソフィアに、マリアは簡潔に答える。
「…やっぱりアルベルはアルベルだからね」
「疎そうだもんな、コイツ」
フェイトとクリフが呆れたように言い、アルベルは機嫌悪そうに聞き返す。
「…おい、それはどういう意味だ」
「だーかーらッ!恋人ならネルが新しいリップつけてることくらい気付きなさいっての!」





たっぷりと、十秒ほど沈黙して。
「…あ?」
ようやくアルベルは口を開いた。
「…あぁ、なんだそんなこと?確かにつけてるけど、別にこいつが気付いても気付かなくてもいいんじゃ…」
「いいえ!気付くか気付かないかは重要ですよ!」
ソフィアが力説していると、ネルが呆れた表情で聞いてくる。
「…それだけ必死ってことは、何か賭けでもしてたんだね?あんた達」
それを聞いて、ぎくり、と肩を震わせる四人。
ネルはやっぱりね、と呟く。
「…リップ?」
そしてまだ状況が飲み込めていないらしいアルベルが、相変わらず怪訝そうな顔で言った。
それを見て、ため息をつく者二人、知らないんならしょうがないかもしれませんね、と諦めの着いたような顔をする者一人、ちょっと怒ったような顔で説明を始める者が一人。
「リップっていうのは、唇が荒れるのを防ぐためにつける物で、そしてネルは昨日からそれをつけてたのよ。理解したかしら?」
「…まさかお前ら、そんな小さな変化を気付くか気付かねぇかで騒いでんのか」
「小さな変化じゃないですよ!ばっちりいい香りがしますし、味も付いてますし!」
「味?」
「そうよ、つまりネルは昨日から、ブルーベリィの香りと味つきのリップをつけてたってワケ。近くにいるだけでいい香りもするし、気づいても良さそうなことだと思うんだけど?」
皮肉気にマリアが言って、アルベルは何事かを考える。
何かを思いついたようにあぁ、とつぶやき、何気なくこう言った。



「…なるほどな。道理で昨日から妙に甘いと思った」



「「「「え?」」」」





その直後、何馬鹿な事言ってんだい!とネルがアルベルを殴り始めて。
本当のことだろうが!だからって皆の前で臆面もなく言うんじゃないよ恥ずかしいね!そーいうとこだけ本当女々しいよなお前、普段女らしくなくて悪かったねどかばきびゅんすぱーん、とか聞こえてきて。



「…それって」
どういう意味ですか?
とは、誰も訊けなかった。








「…リップクリーム、ねぇ」
ジェミティのホテルの一室。
赤毛の彼女の部屋のソファに当然のように座り、テーブルに置いてあったブルーベリィのリップを手の上で弄びながら、プリン頭の彼がつぶやく。
「確かに冬になると、唇が乾燥して困るから丁度良かったよ」
立っていた彼女は座っている彼の手からリップを取り、蓋を開けて唇に塗る。
「いい香りだし、口に入っても甘くて美味しいし。買ってよかった、かな」
「…ほぅ。どれ」
彼はそう言って彼女の肩を引き寄せ。
彼女がえ?と思う間もなく、簡単に。



あっという間に唇を塞ぐ。



「…まぁ、不味くはねぇな」
そして何事もなかったかのようにさらりと言った彼に、彼女は顔を赤く染めながら文句を言う。
「あんたってヤツは…」
「なんだ」
「…はぁ。なんでもない」
首を軽く振りながら彼女は彼の隣に座る。



「つか、もっと甘くねぇヤツねぇのか」
「なんであんたに注文されなきゃいけないのさ」
「甘酸っぱいのも悪くねぇが、ブルーベリィは酸味が強すぎだ」
「てか人の話聞きなよ」
「次は苺買ってこい苺」
「本当に無視かい」
「それかさくらんぼだな」
「あんたがさくらんぼとか言うのって似合わないねぇ」
「林檎でもいいぞ」
「…。もう突っ込む気も起きないよ」
「ラズベリーでも許す」
「見事に赤い果物ばかりだね」
「お前が赤い物は悪くねぇって言ったんじゃねぇか」
「…!」
「忘れたのか」
「忘れてないよ…。はぁ、あんたって本当に確信犯だね」
「何がだ」
「…もういいよ。わかった、次はその四つのうちのどれか買ってくるよ…」
「それでいい」
「偉そうに。そんなに言うならあんたが買ってくればいいじゃないか」
「味見はお前で十分だ」
「………」





二週間後。



「あ、そろそろなくなるね」
とある宿屋で、手の中にあるリップを見ながらネルが言った。
ソフィアが不思議そうに聞き返す。
「何がですか?」
「リップクリーム。結構活用してたからね、なくなるのも当たり前か」
「あ、なくなっちゃったんですか?丁度良かった、ネルさんに使って欲しい香りがあったので、買っておいたんです。良ければこれ使ってください!」
ソフィアは嬉々とした表情で、自分の荷物の中から小さな紙袋を取り出した。
ネルが貰って開けてみると、そこに入っていたのは自分が使っていたのと同じ種類のリップクリーム。
二つ入っていて、香りはそれぞれ違うようだった。
「これって…」
「そうです、ジェミティで買ったのと同じものですよ。ネルさんのお陰で、スーパーデラックスチョコパフェを二つもおごってもらえましたし、そのお礼も兼ねてv」
「…ということは、賭けとやらにはあんたが勝ったのかい」
「えぇ!」
ソフィアがうふふーと笑いながら言う。
「そうそう。最後のアルベルの台詞で大逆転だったわよね」
いつの間にそこにいたのか、マリアも話に入ってきた。
「…?」
「あぁ、ネルは気にしないでいいのよ。ところで、私もお礼がしたいの。はい」
そう言ってマリアは荷物から見覚えのある紙袋を取り出す。
「それって…」
「ええ。ネル、あのリップクリーム気に入ってたみたいだし、何個あっても困らない消耗品にしようと思って」
マリアがくれたそれは、やっぱりというか、あのリップクリーム。
当然のように二本入っていた。ソフィアがくれたものとは違うようだ。
「…とりあえず、ありがとう」
ネルは一応二人に礼を言う。賭けの中身が非常に気になったが。
「いえいえv」
「大切に使ってね?」
にっこり、とどこか含んだような笑顔でそう言って去っていく二人を不思議そうに見ながら、ネルは貰ったリップを出してみた。
ソフィアがくれたのは、林檎とさくらんぼ。
マリアがくれたのは、ラズベリーと苺。
「…………………………」
ネルはたっぷり、三十秒ほど押し黙った。





そして何かに気付いて顔を真っ赤にして。
「あんたら…!」
「きゃーネルさんが気付いちゃったー!」
「早く逃げましょ!」



にこにこと笑いながら逃げ出す二人を追いかけたのだった。