ギィン、ギィン、ガッ!
とある街のとある家に、とても広い庭がありました。
小さな広場、と呼べるくらいに広々としたその庭には、何か硬いものがぶつかる音がひっきりなしに鳴り響いていました。
そこにいるのは、小さな子供とその父親の青年でした。
小さな子供は普通よりは短めの、でも小さな子供が扱うには大きめの木刀で、青年に打ちかかっていました。
青年はその辺の剣士が特訓に使うような、いたって普通の木刀で、小さな子供の攻撃を受け止め、時には受け流していました。
木刀同士が激しく打ち合う音が、さっきからずっと聞こえています。
「まーだまだだ、なっ!」
打ちかかってきた小さな子供の木刀を、青年が片手の木刀一本で打ち払いました。
「うぁ!」
そんな声が聞こえ、次の瞬間小さな子供の小さな体がふわりと跳ね上がりました。
跳ね飛ばされた小さな子供は、背中から落ちそうになって慌てて受身を取ります。
なんとか頭や背中から落ちるのを免れた小さな子供は、着地した衝撃でじんじんする足でまた立ち上がりました。
立ち上がった小さな子供の額から、汗が一筋流れていきました。
「今日はもうそろそろ終わるぜ?」
「…まだやる」
小さな子供は肩で息をつきながら言いました。
「だ・め。もう今日は終わり。疲れがたまって明日立てなくなったらどうする気だ」
「…。…わかった」
しょうがなく小さな子供は頷き、木刀を近くの壁にたてかけて家の中に戻ろうとしました。
「でも、お前随分強くなったじゃねぇか。驚いたぜ」
小さな子供の背中越しに青年が言った言葉に、小さな子供は目を丸くして振り向きました。
「本当!」
「あぁ。お前はまだまだ強くなれるな」
そう言われた小さな子供は、嬉しそうににかりと笑いました。
「当然だろ、俺はいつかぜーったいに親父を負かしてやるんだからな」
自身有り気に言い切った小さな子供の台詞に、青年はあはははと笑います。
「やーだーねっ。誰が負けてやるか、やれるもんならやってみやがれ」
「あぁ、ぜってー勝ってやるからな、覚悟しろよ!」
「…一体いつになるんだろうな?」
「明日!」
即答した小さな子供に、青年はまた吹き出して笑い始めます。
「まだまだ俺はお前なんかに負けたりしねぇよ」
「神に誓って絶対に勝ってやるからなっ」
「おーおー、"誓う"なんてすっげェ表現どこで覚えてきたのやら」
大げさに肩をすくめて見せる青年に、小さな子供はむくれたようにそっぽを向きました。
そんな小さな子供を見ながら、青年は言いました。
「もしも俺を超えたら、なんでも好きな物やるよ」
「本当に!?約束だからな!」
「あぁ、"誓って"やるよ」
「んじゃ俺クリムゾンヘイト欲しい!」
青年の愛用している刀の名前を出した小さな子供に、青年は少し驚いたように眉を跳ね上げます。
「あぁ、お前が俺を超えたらな」
「絶対だからなっ!」
嬉しそうに言う小さな子供に、青年は力強く頷きました。





それは、まだ"彼"が生きていて。
共に笑い合っていた時の、幸せな記憶。
幸せで―――それ故に残酷な結末の、小さな昔話。





誓い





薄っすらと開けた重い瞼の隙間から、大きな月が窓越しに見えた。
いつもよりも明るい部屋の中、寝慣れないベッドの上で彼は起き上がる。
「…夢か」
小さい呟きが部屋に響いた。
寝起きの所為で重い頭を軽く振って、彼はベッドから降りる。
今日は冬の寒さの所為で多少空気が乾燥していたが、その所為だけではない猛烈な喉の渇きを感じる。
けほ、と乾いた堰をひとつして、ベッドから立ち上がった。
水を飲みに行こうかとも一瞬思ったが、彼は何故かそんな気になれなかった。
だからといってまた寝なおす気にもなれなかった。



…夢の続きを。
あの、残酷で、記憶から抹消してしまいたいくらいの光景をまた、見てしまいそうだった。
まるで夢から逃げているようで癪だったが、また眠りにつくのは嫌だった。
こういう時、自分は弱い存在だと自覚してしまい嫌になる。



少し考えて。
彼は乱雑に放ってある上着を羽織って、夜風にでもあたろうと窓を開けてバルコニーへ出た。
冬の夜はやはり寒かった。窓の外に出た途端、息が白く凍る。
寒いのは嫌いだが、悲しいかな彼は正直慣れてしまっていた。
このくらいの寒さならどうということはない。
何をするでもなく、彼はぼんやりと夜の街を眺める。
空には大きな丸い月があった。まわりには星が見える。



寒いのに部屋に戻ろうとしない自分を嘲笑っているのか、彼はくく、と嘲笑した。
認めたくはないが、自分はあの夢を避けている。
彼がここにいることが何よりの証拠だった。





「…まだまだ弱いな、俺も」



彼は本当に、何気なくつぶやいた。





「そんなこともないと思うけど」



まさか、返事が返ってくるとも思わずに。





誰もいなかったはずの場所から、聞きなれた声が聞こえた。
彼は視線を夜空から外して横にやる。
隣の部屋のバルコニーに、彼にとって見慣れた人間が立っていた。
月明かりに照らされ、寝巻きの上から上着を羽織った赤毛の女性。
菫色の瞳で彼を見ていた。



「あんたがこの時間に起きてるだなんて珍しいね。何かあったのかい?」
「さぁな」



彼女は深く詮索はせず、わざと遠まわしに訊いてきた。
彼は曖昧に答える。
嫌な夢を見て起きてしまった、とは言わなかった。



「前みたいに、父親が叩き起こしに来る夢でも見たのかい?」



彼女の何気ない台詞に、彼は一瞬硬直する。
それを気取られないように、視線を逸らした。



彼女の不思議そうな視線が向けられる。が、彼は振り向こうとはしなかった。





「…。言いたくないなら、無理に言う必要ないけどさ」
「…昔の」
「え?」
「昔の、夢を見た」



彼女が驚いたように彼を見る。
彼は特に構わず、言葉を続ける。





「まだ俺がガキの頃の夢で、親父と剣の特訓をしていた時のだった」



ふ、と蘇る、真新しい夢。
昔の記憶の欠片を見つけたような、断片的な記憶。



「あの頃の俺はまだガキで、親父に一度も勝てなかった」



強くて大きい父親を、誇りに思っていたのは嘘じゃない。
が、超えられない苛立ちを覚えていたのも、確かだった。



「俺は親父に、絶対に強くなって、いつかお前を越えてやる、と誓っていた。…ガキの頃の話だがな」



嘘でも冗談でもない、本気の言葉。
その言葉に彼の父親は驚いて、そして嬉しそうに笑っていた。





「…結局、その誓いは果たされなかったがな」
「…そう」






ちょっとした昔話を終えて、彼女が小さく呟いた。
それに答えて、彼はさらに口を開く。
彼は自分らしくない、と思いながらも、口から出てくる言葉は止まろうとしなかった。





「俺は親父を越せないまま、親父は死んだ」



彼女は何も言わない。





「なぁ。"強い"ってなんだと思う?」






その台詞で。
俯いていた彼女が、ゆっくりと振り向いた。






「戦闘面で強いことか?精神面で強いことか?それとも両方だと思うか?」
「…」
「お前はさっき言ったよな。弱いと言った俺に、そんなことない、と」
「…あぁ」
「なら聞くが、親父を越せないまま、過去の夢から逃げてここにいる俺を、」



彼は一瞬言葉を止めて、ふっと笑う。
先ほど独白していた時に似た、自分を嘲るような。






「強いと思うか?」



自嘲的な笑みを浮かべながら。






「俺はまだ、中途半端に弱いままだ」
「…そんなこと…」
「ない、とお前は言い切れるのか?」



小さく呟いた彼女に、彼はそう答える。
彼女は彼を見たまま、口を開いた。



「あんたは…」
「あ?」
「…いや、なんでもないよ」



何かを言いかけて、そしてすぐに口を噤んだ彼女をが怪訝そうに見やる。
彼女は曖昧な表情で、もう一度なんでもないと答えた。
そんな彼女を見ながら、彼はまた思考に沈んだ。






自分でもどうかしていると思う。
この女にさっきの夢を話して、俺はどうしたいというのだろうか。
溜め込まずに話せば楽になるとでも思っていたのだろうか。
そんなことはまったくの無意味で、楽になることなどないとわかっているのに。
弱い自分は変わらない、と。



わかっているのに。






しばらく、沈黙が流れる。
風の音が妙に大きく聞こえた。









「あのさ…」



先に口を開いたのは彼女だった。
彼が視線で続きを促すと、彼女は微笑んで口を開く。



「私も、ひとつ昔話をしていいかな?」
「…はぁ?」
「だから、昔話。私にも、あんたに聞いてもらいたい話がひとつあるんだ」
「俺は別に昔話をしてたわけじゃねぇぞ」
「まぁ、それは気にしないでよ」



くすくすと彼女が笑う。
言い返しても無駄と思ったのか、彼は呟いた。



「しょうがねぇから聞いてやる」
「偉そうだね」
「うるせぇ。言うならとっとと言いやがれ」
「はいはい。―――むかしむかし…」
「手短に終わらせろよ」
「うるさいね。…むかしむかし、強くなりたいといつも願う、一人の小さな子供がおりました」
「―――……?」






小さな子供はとても、とても泣き虫でした
少し転んだり、少し怪我をしたり、そのくらいの些細なことで、声を上げて泣いていました
そして、小さな子供は、そんな泣き虫で弱い自分が大嫌いでした
強くなりたいな、弱いのはいやだな、といつもいつも思っていました



小さな子供はある日、自分のお父さんにこう訊きました



ねぇ、お父さん。
強くなるにはどうすればいいの?





その子のお父さんは、微笑んでこう答えました



そうだな、まず君の場合、すぐに泣かないようにすればいいんじゃないか?





小さな子供は、そう言われた日から、泣かないようにしなきゃ、泣かないようにしなきゃ、と思いながら生活しました
最初は何かあるとすぐに出ていた涙も、そう思っているうちに自然とこぼれなくなってきました
やがて小さな子供は、滅多なことでは泣かないようになりました



泣き虫ではなくなった小さな子供は、またある日お父さんに言いました



ねぇ!
俺、すぐに泣かなくなったよ!泣き虫じゃなくなったよ!
これで強くなれたよね?弱くなんか、なくなったよね?






「小さな子供のお父さん、そう言われてなんて答えたと思う?」



途中で、彼女が彼に話を振った。
彼は少し考えて、そして答える。



「そうだな。とでも言ったんだろう?」



その答えに、彼女はゆっくりと首を横に振った。



「ううん。違うんだ。その子のお父さんはね―――」






いいや。
強くなれたからといって、弱くなくなったわけではないんだよ。



こう、答えました





どうして?じゃあ俺はまだ弱いままなの?



小さな子供は、心底不思議そうにそう訊きかえしました
お父さんは、そうではないよ、と首を振ってこう言いました



人間はね、弱いから強くなろうとするんだ。
弱い自分が嫌だから、強くなりたくて頑張るんだよ。
…君も、そう思っただろう?



…うん。



だからね。
強くなったとしても、弱い自分はまだ心のどこかにいるんだ。
強くなって、弱い自分をちょっとの間、忘れて…そしてまたいつかその弱い自分に気づいて、そしてまた強くなろうとするんだ。
強さと弱さは反比例するのかもしれないね。
…だから、弱くなくなったわけではないんだよ。弱い自分は、いつまでもなくならないんだ。
でもね。そのおかげで、人はもっと強くなれるんだよ。



小さな子供は、言われた意味がよく理解できずにきょとんとしていました
でも、強くなってもまだまだ弱いところがある、というのはなんとなくわかりました



じゃあ、俺はもっともっと強くなれるの?



うん。
弱い自分を忘れなければ、どれだけでも。






強くなれるよ。






小さな子供のお父さんは、そう答えました―――








「…とまぁ、こんな話なんだけどね」
「…何故そんな話をした?」
「あんたの話を聞いて、ちょっと思い出したんだ」



彼女はそう言って顔を上げ、彼を見て口を開く。





「私はあんたを、弱くないとは言い切れない。強くないとも言い切れない。…でも―――」



「…なんだよ」






「あんたは、まだまだ強くなれると思う。…弱い自分を見失ったり、目を逸らしたりしてないから。それに…強くなりたいと願っているから」






聞こえてきた彼女の声が、彼には妙に穏やかに聞こえた。



思わず、彼女の顔を見る。
口調と同じように、穏やかに微笑んでいた。






「…父さんを超えるって目標を無くしたって、あんたはまだまだ強くなれると思う。目標なんて、また作ればいいんだよ。それに、今のあんたは私の目から見て、十分に強いと思うよ」
「…どこが、だよ」
「いろいろとね」






彼女の答えに彼は怪訝そうな顔をする。
そして、唐突にふっと笑った。



「…強くなれる、か」



彼がぽつりと呟いた。
彼女は何も言わず、ただ彼を見ていた。





「そういえば」
「ん?」
「さっきの昔話って…」
「え?」
「あれで終わりか?中途半端な終わりだったが」



彼の唐突な問いに、彼女は軽く目を見開いた。
何気なく訊ねた彼はそんな彼女を少し離れた隣のバルコニーから見ている。
彼と彼女の間に、夜風が吹き抜けて彼と彼女の服を揺らしていった。



「…そうだねぇ…」
「何だよ」
「まだ、終わってないと言えば終わってないね」
「はぁ?」



彼女は何かを含んだような笑みを浮かべて彼を見た。
その笑みの意図が掴めず、彼が眉をひそめる。



「"あの時、強くなりたいと願っていた小さな子供は、今ではすっかり大きくなりました。大きくなった小さな子供は、」



彼女は彼を見た。
謎掛けをするような、楽しそうな顔だった。




「同じように強くなりたいと願う一人の男の人に、自分の体験談である昔話をしてあげました"」
「…」





「…やっぱりな。お前だと思ったよ」
「おや、わかってたかい?」
「半信半疑だったがな。一人称が違ったのはわざとか?」
「いいや?私は小さい頃ずっと自分のことを"俺"って言ってたのさ。母さんも父さんもそうだったからね。さすがに、家以外では使わなかったけど」
「…変な女だな」
「うるさいね。三つ編みしてた男に言われたかないよ」
「放っとけ」



彼が言って、彼女がくすりと笑う。



「この続きは、あんたに作らせてあげるよ。"…さて、その昔話を聞いた男の人は、その話を聞いてどう思ったでしょう?"」
「………」
「上手に終わらせなよ。話の流れに合うように」
「急に振っといて勝手なこと言うんじゃねぇよ」
「なんなら、あんたの昔話に似せて、また"誓って"みればいいじゃないか?"俺は例え親父がいなくても強くなる"って」
「………」





すっかり大きくなった小さな女の子のお話を聞いた すっかり大きくなった小さな男の子は 少し考えてこう言いました



…いいや。
んなもん必要ねぇよ。



え、どうしてだい。



不思議そうに訊き返すすっかり大きくなった小さな女の子に すっかり大きくなった小さな男の子はこう答えました





"誓い"なんぞなくたって、俺はまだまだ強くなる。
誰のためでもなく自分自身の為に。





すっかり大きくなった小さな男の子は自信有りげな笑みを浮かべて そう言い切りました
そんなすっかり大きくなった小さな男の子を見ながら すっかり大きくなった小さな女の子は満足げに微笑みました―――








「…これで満足か?」
「…うん、まぁいいんじゃないかい?執筆レベル4のあんたにしては」
「黙れ」
「本当のことじゃないか。それにしても…あんたも結構殊勝な考えを持ってるんじゃないか」
「何がだ」
「まだまだ強くなる、だなんてさ」
「うるせぇよ」





「…なら、私もあんたと肩を並べて戦えるくらいに強くならないとね。…他の誰の為でもなく、自分自身の為に」





「あー?なんか言ったか?」
「なんでもないよ」
「なんでもないんなら言うなよ阿呆」
「うるさいね。あんたに負けないように私も強くならなきゃって言ったんだよ」
「上等じゃねぇか、赤毛のクリムゾンブレイド」
「当然だろう?歪のアルベル」



互いの、一目置かれる通り名を言い合いながら。
どちらともなく笑った。





「これからも、さぁ…」
「ん?」
「いや、ちょっとね」
「…?」



奥歯に何が詰まったような物言いをする彼女に、彼が不思議そうな表情をする。
彼女は言おうか言うまいか迷っているようだった。



「…この昔話が幸せなまま続いていってくれたらいいなって、そう思うよ」
「そりゃそうだな。…俺の昔話の結末は悲惨だったからな」
「そんなこと言うんじゃないよ。あんたの昔話だって、まだ終わっちゃいないだろう?あれを結末と考えなければいいのさ」
「楽天的な考えだな」
「前向きって言って欲しいね」





「…幸せな結末にしてやろうか?」
「え?」
「なんでもねぇよ」



しっかりと聞こえてしまった彼女が、面白げに聞き返す。



「プロポーズ?」
「はァ!?」
「冗談だよ」
「冗談かよ」
「冗談じゃなかったのかい?」
「冗談じゃなかったのかもしれねぇなぁ」



いつものように言葉遊びのような会話をテンポ良く交わす。



「ま、さっきのが冗談であってもなくても―――」





彼女が小さく呟き、微笑む。
風にかき消され、台詞が半分遮られた。



「最後何て言った?」
「さぁね」
「…おい」
「ちょっとした、誓いをね」
「気になるだろうが何つったんだよ」
「さぁね?」



含んだように微笑んで彼女が答える。
言うつもりのなさそうな彼女を見て、彼がやれやれと肩をすくめた。





「…冷えてきたね」
「そりゃ、ずっと外にいればそうなるだろうな」
「そろそろ中に入ろうか。寒いし」
「…そうだな」



言って。
彼は自分の部屋に続く窓を閉めた。
それを見て、彼女が首を傾ぐ。



「?  どうして閉めるんだい」
「おい、下がれ」



その問いに答えず、彼が言う。
彼女はとりあえず言われるままに数歩下がった。
彼はそれを見て、自分の部屋のバルコニーの手すりに、足を掛ける。



「なっ!危な―――」



ふわり。
彼の着ていた黒の上着が翻り、一瞬のうちに隣のバルコニーにいた彼が彼女の目の前に来ていた。





「…こっちで寝る気かい?」
「じゃなきゃこっちに来ねぇだろうが」
「…まったく、あんたは本当にやる事為す事唐突なんだから」
「さっき聞き損ねた台詞も聞きだしてねぇしなぁ?」
「おや、まだ気にしてたのかい?」
「当たり前だろうが。…早く部屋の中入るぞ寒ぃんだから」
「はいはい。寒いからね」



隣のバルコニーから彼女のいるバルコニーに飛び移ってきた彼は、事も無げに言った。
彼女も言われるままに中に入って、窓を閉めた。





「…んで。さっきは何つったんだ?」
「さぁね。聞きたいのかい?」
「あぁ」
「仕方ないねぇ…一回しか言わないよ―――」





さっきのが冗談であってもなくても…、





あんたの骨は私がきちんと拾ってやるよ。安心しな。





すっかり大きくなった小さな女の子は、すっかり大きくなった小さな男の子に、そう言いました。