今の状況を、あえて言葉で説明するならば。



「ほぉら飲め飲めー!きゃはははっ★」
「ちょっとソフィア!お前いつも以上にキャラ変わってるだろ!」
「何をソフィアに失礼なこと言ってるのよフェイト!せっかくソフィアが勧めてるのに飲まないあなたが悪いんでしょ!」
「デカブツー!酒飲み勝負するじゃんよー!」
「おぅ、やってやろうじゃねぇか!」
「ロジャーちゃんがんばれ〜!わーぱちぱちぱち!(拍手)」





ほのかに顔の赤いソフィアがまだ素面のフェイトに絡んでいて。
それをマリアが後押ししていて。
ロジャーがクリフに酒飲み勝負を挑んで。
クリフが受けて立っていて。
スフレが面白がって応援していて。





そう。ここまでなら日常風景なのだ。
例え酔ったソフィアがひ弱な鉄パイプ(エーテルフローズンやその他諸々の合成によりATK9999、攻撃時に光弾・雷弾・火炎弾・氷弾発射※実際は無理です)を片手にフェイトに絡んでいても。
フェイトに説教を始めたマリアの右手の銃からグラビティビュレットが発射寸前でも。
酒飲み勝負がいつの間にか変わってアルコールによる火吹き大会に成り代わっていても。
子供が見たら声を上げて大泣きしだすような光景でも。
犬がいたら力いっぱい吼えられそうな場面でも。
一昔前の地球だったら警官隊か誰かに連行されそうな状況でも。



一応は日常風景なのだ。





それより何より一番いつもと違うのは。





「…? もう飲まないの…?」



とろんとした目付きで上目遣いにこちらを見てくる。
いつものはきはきとした喋りからは想像もつかないほど緩慢に言葉を紡いでいる。
何故か彼の腕の中にすっぽりと納まっている(しかも自分からだぜありえねぇよ)。
赤毛の女。





…今説明した状況を見てもらえばわかると思うが。
有り得ない。
普通に考えて。





「ほら、もっと飲みなよ。あんたいつももっと飲んでるじゃないか…」
「…今日は飲む気になれねぇんだよ」
「なんで?」
「…。いや…」
「いいじゃないかほらほら飲みなよ〜」
「お、おいそれをグラスに注ぐんじゃねぇ!…あー」
「だめ。もう手遅れ」
「…お前ってやつは…」



彼は自分のグラスになみなみと注がれた透明の液体を見て、深くため息をついて天井を仰いだ。





お前ってやつは…。





事の始まりはなんだったか。
彼は目の前にある赤毛を眺めながら考える。



確か、某腹黒野郎が、
「忘年会しよう」
と突然に言い出して。
便乗する先進惑星組と首をかしげる未開惑星組。
すっかり乗り気の腹黒王子の隣で、猫好き女が、
「忘年会っていうのは、年を忘れる会って書くんですけど、その名の通りその一年にあったことを忘れるくらい飲みまくろうっていう会です」
と説明を加える。
苦労人マッチョは何か言いたそうにしていたが、あえなく却下。
「で、地球の暦では今日が一年最後の日なんですよ」
「だからみんなで飲もうよ、ね?」
にこにこにこにこしながら言う腹黒王子に、宴会好き酒好きお祭り騒ぎ好きが多いメンツが大賛成して。(一部違う者もいたが)
ちょっとした(ちょっとした?)宴会が始まった。



宴会が始まってすぐ、赤毛の彼女が、
「はいこれあんたの分だってさ」
と酒瓶を渡してきた。
特に疑問も持たずに受け取り、早速栓を空けて飲もうとしたとき、
「私もちょっともらうね。それ美味しそうだし」
と言って彼が彼用に注いだグラスをひょいと取られてあっという間に飲まれる。



そして気づいたら彼女はいつになく酔っていて。
酒に一服盛られた、と気づいたのはその時だった。





腹黒野郎に問い詰めたところ、
「今日こそアルベルの酔ってるところを見ようと思って」
とさらりと返された。
どうやらとんでもなく強い酒を作ってそれで彼を酔い潰そうとしていたらしい。
それが運悪く赤毛の彼女のほうが先に飲んでしまって。
今の状況に至ったそうだ。





そんなこんなで。





「ねぇなんで今日は飲まないんだい?」
「…いや、飲まねぇっつうか…その酒はヤバいだろ」
「…なんで?美味しいよ」
「あっお前それ以上飲むんじゃねぇ!」
「ん〜どうしてさ〜美味しいよ〜」



たったの一杯で、酒にとことん強い彼女をここまでへろへろにした酒だ。
想像もつかないほどに度が強いに違いない。
それを楽しそうな表情でまた喉に流し込む彼女を、彼が慌てて制止したのも当然だろう。



「それ、ヤバイくらい度が強いだろ!だからそれ以上飲むな阿呆!」
「だいじょうぶだよ」
「お前のどこが大丈夫なんだよどこが」
「いつも通りだよ」
「お前のいる場所がいつも通りじゃねぇだろ」



彼女が座っているのは、彼の座っている一人掛けのソファー。
もっと詳しく言うと、ソファーに座っている彼の足の間にちょこんと納まり。
さらに言うと彼の胸に体を預けた状態でゆったりともたれている。
二人きりの部屋で、とかならまだわからないでもない。
だが。普通に近くに仲間が大集合してどんちゃん騒ぎをしているのだ。
照れ屋の彼女が、そんな中こんな場所にいるはずもない。
し か も 自分から。





「いーじゃないかどうせ誰も気にしちゃいないよ」
「…」



言われて、騒いでいる仲間を見やる。
絡んでいる者二名、絡まれているもの一名、火を吹いている者二名、目を輝かせて拍手している者一名。
確かに誰も気にしてはいないが。
そういう問題じゃないだろうと考える彼は正しいだろう。



「お前、酔うとほんっとテンション変わるな」
「そうかい?…意外?」
「まぁな。酔ったとこ見たことなかったからな」
「惚れ直した?」
「…は?」



言われた言葉に、目を見開いて。
思わず、少し顔の位置をずらして彼女の顔を覗き込む。
彼女のいつもよりもだいぶとろけた顔には、にっこりとしたいたずらっぽい笑み。



「どっからそういう発想に繋がるんだよ」
「んー話の流れ?」
「いや意味わかんねぇから」
「そういえばあんた今日よく喋るね」
「急に話題を変えるな」
「だって今日はボウネンカイだから」
「…せめて話くらい繋げろ」



いつになく会話に振り回されている自分と、いつになく饒舌で自分を振り回している彼女両方に呆れながら。
これだけ酔っている彼女を見れたのは得と考えるべきか。
それともいつも以上に振り回されている分損だと考えるべきか。
彼はそんなどうでもいい事に思考を巡らせていた。



「今日のあんたなんか素っ気無いよ?」
「俺はいたっていつも通りだお前と違って」
「まぁ、いつも素っ気無くて失礼で優しさのカケラもないけどさ」
「…優しさ?お前、俺に優しくなってほしいのか」
「うわぁ気色悪いお願いだからやめて」



即答されて、ほんの少し傷つく彼を見て彼女が笑う。
もう今日はこいつの言うことは本気にしないようにしようかと彼が考え始めたとき、





「ねぇ。アルベル」
「あ?」
「好きだよ」



言われた言葉に、一瞬思考が止まった。





「は?」
「だから、好きだよって」
「…」
「あんたといると幸せだから。だから、好き」



本気にしないようにしようと思い始めたときにどうしてこういう台詞を言うのだろうか。しかも三回も。
彼はそんなことを思いながら顔を背ける。
僅かに染まった頬を見られたくなかったから。



「あんたは?」
「あぁ?」
「そういえばあんたから言われた事なかった気がするんだよね、そーゆー言葉」
「お前も言ったことなかっただろうが」
「今言ったじゃないか」
「…」



酔った勢いで言っただけだろうが、と言い返したかったが。
せっかく上機嫌な彼女の機嫌を損ねてしまうと何をやらかすかわからない。
酔った人間、というものほどタチが悪いというのは、自分の母親のおかげで嫌というほど理解している。
まったく、なんで自分がこんなに気を遣わなければならないのか。
彼女をこんなにした、某腹黒野郎を心の中で呪いながら彼はまたため息をついた。



「ねぇねぇ言ってよ?」
「…」
「黙秘権は無効です」
「誰だよお前」
「ネル・ゼルファー」
「んなことわかって…あーもーいい突っ込む気失せた」
「で?言ってよ」



うまく話を逸らそうとして逸らせなかった彼が舌打ちをする。
彼女が首だけ振り返ってこちらを見てくる瞳は、いつになくキラキラと輝いている(ように見えた)。
う、と彼が思わず詰まり、いつもの仏頂面がさらに顰められる。
言いたくないオーラを放っている彼に、聞きたいオーラを二倍ぐらい放っている彼女が言う。



「いつもは信じられないくらいぽんぽんと殺し文句言ってくるくせに」
「そうか?」
「自覚ないから覚えないんだよ」
「俺はんなつもりなかったが」
「嘘言うんじゃないよ確信犯」
「…いや、別に意図したつもりはねぇが」
「何?本気で無意識?」
「…」
「だったら私は無意識に殺されかけてたわけだ」
「殺し文句言われたからって死ぬわけねぇだろ」
「もしそうだったら私はとっくに死んでるよ。それこそ数え切れないくらい」
「そもそも、なんでんなこと急に言い出す」
「えー?そうだな、なんとなく」
「ほぉ…」
「なんとなく聞きたいときってあるだろ?」
「ならなんとなく言いたくないときだってあると思うが?」
「じゃあなんとなく言いたい時だってたまにはあるってことだね?」
「…」



まるで子供の言葉遊びだ。
彼は思って閉口する。
本気で子供のような今の彼女にそれを言っても無駄とわかっているから。
ついでに、言ってしまえば何か報復が待っていると、彼のよく当たる第六感がそう告げていたから。
口には出さない。





「言わないの?」
「…」
「言ってよ」
「…」
「言いなよ」
「…」
「言いな。っていうか言え」
「…だんだんと口調に棘がついてきてるのは気のせいか」
「気のせい」



人間には、人生のうちに大きな覚悟を決めなきゃならない時が十回あるんだぜ?
生前の父親の言葉を思い出す。
その言葉に従うとすれば、十回しかない場面の一回をこんなことで使ってしまっていいのだろうか。
軽く眩暈がするような感覚を覚えながら、彼は腹を決めた。らしい。





十秒ほど沈黙した後、ふーっと、長く多く息を吐いて。
顔を背けたまま、本当に本当に小さな声で。





「…好きだ」





つぶやく声が聞こえた。





返ってきた反応は。
規則正しい寝息。



…寝息?



「…はぁ!?」





思わず叫んで、彼が彼女の顔を見る。
見事に彼女は眠りについていた。
幸せそうに、すぅすぅと寝息を立てている。



「……………………………………………………」



怒りやら情けなさやらなんやらで彼ががくりと肩を落とす。
誰もその場面を見ていなかったのは、せめてもの救いだろう。
もし誰かに見られていたとしたら、間抜けだのヘタレだの甲斐性なしだのぼろくそに言われていただろうから。



「………、お前ってやつは…」





力なく、そうつぶやく。
とりあえず、また今度腹いせに腹黒野郎をボコろう、と心に決めて。
彼は手近にあった毛布を手繰り寄せて自分と彼女にかけ、不貞寝し始めた。
もうどうせ飲む気にもなれない。
場所を移動するのも億劫だ。
だったら不貞寝するに限る。
彼は自分でさっさとそう決めて、さっさと眠りについた。





それから、それから。
周りではまだまだ宴たけなわ大賑わいといった感じで宴会が続けられていた。
笑っている者、怒っている者、そんな中で困っている者。
火吹きからさらに進化して曲芸大会を始める者。
それに便乗して斧三本でお手玉ならぬお手斧を始めるもの。
対抗して近くにあった酒樽を横にして玉乗りならぬ樽乗りを始める者。
そして、すやすやと眠っている者とふて腐れて眠っている者。
そんな賑やかな中、寝息を立てていた一人がゆっくりと目を開けた。
自分の後ろで眠る一人に視線をやって。





「ちゃんと、聞いたからね。…本気にするよ、あんたは酔ってなんかなかったんだから」



つぶやいた。





彼女は微笑み、彼の胸にまた体を預ける。
目を閉じ、満足気に眠りについた。