それはなんてことない、戦闘中。
「うわ!ちょっとどきなアルベル!」
ひらりと舞い上がって空中にいる敵に跳び蹴りをかましたネルが。
偶然、着地地点である真下にいたアルベルの上に。
「は?…うぉわ!」
…どさぁっ!
物の見事に落っこちた。(いどだど風に)





「…痛ぇなこの阿呆!」
起き上がりながらネルが恨みがましげに言った。
「…確かに私も悪かったけど、あんなところでうろうろしてるあんたも悪いだろう!」
打ってしまった背中をさすりながら、アルベルが答えた。
「「…ん?」」
二人は顔を見合わせて、同時に言った。
ネルの目の前にいるのは、紅い髪の女性。
アルベルの前にいるのは、黒と金の髪の男性。
自分の、顔。



「「…はぁ―――――――――!?」」



二人はまた同時に叫んだ。





Change! Change! Change!





「…まさか、体が入れ替わったとでも言うのかい?」
とりあえず落ち着いたアルベル(中身はネル)が、口元に指をあてながら言う。
「…信じられねぇけど、実際にそうなってんだからそうなんだろうな」
ネル(中身はアルベル)もとりあえず落ち着き、普段の"彼女"だったら絶対に言わないであろう口調で答えた。
「…おい、お前ら何言ってんだよ?」
断罪者をフラッシュチャリオットでハメ殺ししたクリフが訊いた。
「あ、クリフ。ちょっとね、困ったことになっちゃって…」
「…はぁ!?」
状況を説明しようと口を開いたアルベル(中身はネル)のセリフを遮って、クリフは声をあげる。
二人がきょとんとする中、クリフは心なしか青褪めた顔で口を開く。
「…アルベル、頭でも打ったのか?」
「は?」
「お前がんな口調で喋るなんて、なんかあったとしか思えねぇよ!」
「あー。それなんだけど」
ネル(体はアルベル)は気まずそうに、かつ言いにくそうに言った。
「体が、入れ替わっちゃったみたいで…」
「…はぁ?」
クリフが素っ頓狂な声をあげる。
それもそうだろう。急に態度や口調が変わって何かと思ってみれば、体が入れ替わっただなんて。
「何かの冗談か?」
「阿呆、んなわけねぇだろ。マジだ」
アルベル(見た目はネル)が剣呑な目つきでそんなことを言うあたり、クリフはああこれは本当だなと納得せざるを得なかった。





その後。他の仲間にも状況を説明したが、やはり解決策を知る者はいなかった。
「…というか、こんな漫画みたいなことが実際に起こるんですねぇ」
ソフィアが呆然とつぶやいた。
「珍しい物が見れたなぁ」
少し楽しそうに見ているフェイト。
「笑い事じゃねぇだろ」
苦笑しながらフェイトに突っ込んだのはクリフだ。
「でも、解決策が見つからないんじゃどうしようもないわね」
困ったように言うマリア。
「…まさか一生このままってことはないよね…」
かなり嫌そうにしているネル。
「…冗談じゃねぇ」
深いため息をつきながら言うアルベル。
そこに。
「! 敵よ!」
天使のようないでたちの敵・代弁者が二体現れた。
「みんな気をつけろ!」
フェイトが剣を抜き敵に向かって走り出す。クリフも続き、ソフィアは呪文を詠唱し始めた。マリアは銃を構えて援護射撃をする。
「…ちょっと待ちなよ、私刀なんて使い慣れてないんだけど」
「俺だってダガーの扱いは慣れてなんかねぇよ。おい。刀よこせ」
アルベルはネルに向かってそう言いながら手を伸ばした。
「あ、あぁ。そっちこそダガー貸しな」
「おらよ」
互いに武器を交換して、二人は構える。
そして同時に、敵に向かって走り出した。
ある程度間合いをとって、ネルが立ち止まる。そして、
「凍牙…あーこの体じゃ使えないんだった」
と言って舌打ちした。
仕方なく近づいて直接斬る事にする。
「ちょっと、あんたの体とんでもなく使いにくいよ!」
さきに敵に近づいて斬りまくっているアルベルの隣に並び、同じく斬りまくりながらネルが言った。
「俺に言うな阿呆!」
「足は遅いし左手は使えないし体は重く感じるし施術は使えないし!」
「お前こそ力ねぇじゃねぇか!おまけに視点が低くて視界も狭くなるし!」
「…そればっかりはしょうがないじゃないか!女なんだから」
ぎゃーぎゃー言い合いながら代弁者をフクロにしている二人。
しかも言い合っている内容が喧嘩腰なので自然と力がこもっているように見える。
二人の仲間達はもう一体の代弁者をかたした後、恐々と、あるいは面白げにその光景を眺めていた。
ついでだが、アルベルがネルの体であのジグザグ走行をしたり、ネルがアルベルの体で旋風脚をかました時はそりゃもう仲間達に大うけだったらしい。
…あまり想像したくはないが。





所変わって、ここは近くの町のとある宿屋。
今日は変貌している二人もいることだし外に出るといろいろと面倒だから、と宿屋でゆっくり過ごそうということになって。
ネルは個室でのんびりと本を読んでいた。
が、今日の夕食当番は自分だったことを思い出し、立ち上がって部屋を出る。
とりあえず工房へ行き、いつものように食事の支度を始める。
しばらくして、工房にいい匂いが立ち込めてきた頃。
「ネルさーん、食事の支度はどうですか?お手伝いに来たんですけど…」
「あぁ、ソフィアかい?今材料を切ってるところだよ」
すぐに、アルベルの声で返事が返ってくる。
ソフィアは苦笑しながら、やっぱりまだ慣れないなぁ、と思う。
「そうですか、じゃあ私は何をすればいいですか…、………!!」
ファクトリーの厨房に入ったソフィアは驚きのあまり絶句した。
そこには。



「? どうかしたのかい?」



と言いながら首を傾げている、



フリフリピンクエプロンを着ていて、



さらにピンクの三角巾をしている、



アルベルの姿をしたネルがいた。(想像してみてください。もれなく爆笑がついてきます)





「い、いえいえいえいいえなんでもないです!わ、私ちょっと用事思い出したので失礼します!」
ソフィアはなんとかそれだけ言って、くるりと背を向けてダッシュする。
「え、ちょ、ソフィア!?」
後ろからネルの声が聞こえたが、ソフィアは止まらずそのまま走ってファクトリーの外へ出ていってしまう。
「…なんなんだい、いったい?」
ネルは首を傾げながら、カレーに入れるタマネギをかなりの速さで切り刻んだ。
…多分、アルベル本人だったら考えられないくらいのスピードで。
もしもその光景を仲間達が見たら、格好の奇天烈さも相まってまた大爆笑されるだろう。



ソフィアは走ってファクトリーの外へ出て、そして肩を震わせて口を押さえた。
爆笑しそうになるのを必死でこらえている。
いや、確かにネルはいつもあのエプロンと三角巾をつけて調理していた。
あれは前自分が買って彼女にプレゼントした物だから、つけてくれるのは嬉しいし構わないんだけど。
…彼の姿になってまで着てくれなくてもなぁ、とソフィアは笑いを抑えながら思う。
その後、フェイト達がネル(やっぱり見た目はアルベル)の姿を見て、文字通り大爆笑したらしい。





またさらにその後。
宿屋の一室で、とてつもない騒ぎが起こっていた。
「だーかーら、絶対にこっちに入ったらヤバイって!」
「でもだからといってこっちに入れたら私達がイヤだよ!」
ただ今言い争っているのは、フェイトとソフィア。
他の面々は、マリアがソフィアにそうよそうよ!と声援を送っていて、クリフが言いたいことがいろいろとありそうだがなんとなく話題に入っていけなさそうにただ座っていて。
そしてアルベルとネルは気まずげに視線を逸らしたりそっぽを向いていたりした。
何をそんなに言い争っているかというと。
「アルベルは今ネルさんじゃないか!男風呂に入れたらネルさんのプライバシー侵害だろ!」
「だからって、女風呂に入れたら私達のプライバシー侵害だもん!」
そう。
今や女性のアルベルと、逆に男性のネルを、果たしてどっちの風呂に入れればいいのか。
という議論だった。
「…。あのさ、私ちょっと思ったんだけど」
「…なんだよ」
話題の中心にいる割にはあまり会話に入れないので所在無さげにしていたネルが、同じく見ているだけだったアルベルに対してつぶやいた。
「別に、三人が全員一緒に入らなくてもいいと思うんだけど」
「奇遇だな、俺も同じ意見だ。あいつらが出た後から入ればそれでいいと思うが」
「というか、この宿に泊まってるの私達だけだし、時間をずらせばなんの問題もないよね」
「その通りだな」
そんな小さな声でつぶやかれた意見が、他の仲間達(特に激しく言い合っているフェイトとソフィア)に届くはずもなく。
結局、かなりの時間が経ってから、フェイトとソフィアは時間をずらせばいい、との結論に自力で到達して、なんとか丸く収まった。





「あぁあ〜〜〜いい湯だったぁ」
「本当に、いい湯だったわね」
約一時間後、気持ち良さそうな顔をしながらソフィアとマリアが女風呂から出てきた。
宿屋で貸し出されているタオルを首に巻いて、パジャマ姿で出てきた二人は、イチゴミルクやカルピスを買いながら楽しそうに部屋に戻ってくる。
個室のある二階へと続く階段の前で壁にもたれているアルベルに会った。
「あっ、ネルさ…じゃなかった、アルベルさん」
「こんなところでどうしたの?」
二人が訊くと、アルベルはネルの顔で二人を睨んだ。
「…たかが風呂にどんだけかかってんだよ」
待ちくたびれた、と言わんばかりの顔でアルベルが言った。
その言葉にマリア達はむっとなり、負けじと反論する。
「何言ってるのよ!お風呂っていうのはゆっくり入って疲れを癒すための場所でしょ!」
「そうですよ!男の人が速すぎなんですよ!」
怒った女性陣二人に逆に睨まれ、アルベルはめんどくさそうに首を振りながらもたれていた壁から体を起こした。
「ったく、お前らが出ねぇと、俺が入れねぇんだよ」
「あぁ、そういえばそうね。あなたは今回女風呂に入らなきゃいけないのよね」
マリアのセリフに、アルベルは嫌そうな顔をしながら歩き出した。
その背を見送りながら、ソフィアがぼそりと言う。
「…そういえば、ネルさんの服って構造が複雑ですよね」
「え?ええ、そうよね。そういえば、前お風呂に入ったとき、脱ぎ方間違えると隠し持ってる暗殺道具が飛び出たりして危険、とか言ってた気もするし」
「アルベルさん、脱ぎ方わかるんでしょうか…」
「………」
「………」
「…でも、私達が手伝うわけにもいかないし」
「その通りですよね」
「それに、アルベルならネルの服の脱がせ方くらい知ってるんじゃないの?」
「そうですね!アルベルさんですもんね!」
「… お 前 ら 黙 れ !」
冗談で言い合っていたセリフは、ちゃっかりアルベルの耳に届いていたらしい。
もう結構遠くにいたのに聞こえてしまうなんて、もしかして彼は地獄耳なのかもしれない。
「あら、聞こえてたみたいね」
「あはは、ごめんなさい。ところで、本当に一人で大丈夫ですか?なんなら、ネルさんに手伝ってもらったほうがいいんじゃないですか?」
「そうよね、呼んできましょうか?私達は手伝わないけど、それくらいならお安い御用よ」
さらに二人にからかわれ、アルベルはまたムキになって反論する。…かと思われたが。
「…あー、いい。この服の脱ぎ方っつぅか脱がせ方なら熟知してる」
さらりとアルベルはそう返し、背を向けて風呂場へと向かっていった。





「「……………」」
取り残されたソフィアとマリアは、たっぷり三十秒は沈黙した。
「「…えぇぇぇぇぇっ!?」」
「ってことは、ってことは!?」
「やっぱりアルベルったらネルの服脱がすの手馴れてるってことよね!?」
「きゃーきゃーきゃー爆弾発言聞いちゃった!」
そして叫んだ。





またさらに数十分後。
「ふー…」
「…ん?お前も今上がったのか」
「え?あぁ。あんたもかい?偶然だね」
奇遇にも、ネルとアルベルの二人は同時に風呂から出てきて鉢合わせした。
ソフィアやマリアが着ていたパジャマではないが、二人とも軽めのゆったりとした服装をしている。
頭にバスタオルを被せてがしがしと髪を拭いているアルベルに、ネルは苦笑する。
「まったく。相変わらず大雑把だね」
「悪いか」
「悪いよ。風邪でもひいたらどうするんだい?」
あ、なんとかは風邪ひかないんだったね。ネルはそう付け足して、アルベルはそんなネルをじろりと睨む。
「…ふふ」
そんなアルベルに、ネルは薄く笑った。
微笑む、というよりも面白がる、といった感じの笑み。
「…何笑ってんだ」
不快そうにアルベルはネルを見上げる。
「いや…あんたを見下ろすのも、またとない機会だなと思って」
くすくす笑いながら言われた台詞に、アルベルはそっぽを向いて鼻を鳴らす。
「拗ねるんじゃないよ、ガキじゃないんだから。ほら、さっき買った飲み物でも飲むかい?」
ネルはそう言って、紙でできたパックに入った飲み物を見せる。
「…しょうがねぇから貰っておいてやる」
なんだかんだ言って食べ物(今は飲み物だが)でなだめられているということに彼は気づかない。
「…まったく、偉そうに。じゃコーヒー牛乳とイチゴミルク、どっちがいい?」
ネルはそう訊きつつ、甘いのそんなに好きじゃないアルベルは多分コーヒー牛乳を選ぶんだろうなと思っていた。
が。
「んじゃ、イチゴミルク」
「…えぇっ!?」
「訊いといてなに驚いてんだよ」
「え。いや、だって。あんた甘い物そんなに好きじゃないと言ってなかったっけ」
自分の知る限り、こいつは甘い物を食べる時にそんなに良い顔をしていなかったように思う。
ネルはそう考えて訊き返す。
アルベルは少し何かを考えて、そして口を開いた。
「…今俺はお前の体だろうが。だったら、お前の舌に合わせて食えば美味く感じるかと思っただけだ」
実際、今日の夕食はいつも感じる味とは微妙に違っていたような気がしていた。
いつもはそんなに美味しいとは思わないデザート(今日はデコレーションケーキだった)も、いつもよりも美味しかった気がするし。
そう思って何気なく言ったセリフに、ネルは目を丸くする。
「…そういうもんなのかい?私は特に味の違いとかなかったと思うんだけど」
「そうか?」
「というか、よく私がイチゴミルク好きだってわかったね」
態度に出てたかい?と可愛らしく小首を傾げるネルに、俺の顔でそういう仕草すんじゃねぇ気色悪い、と内心思いながらアルベルは答える。
「お前根っからの甘党だしな。それに風呂上り、いつもそれ飲んでただろ」
「…あんたいつも見てたのかい」
「いや?味がした」
ネルは一瞬黙り、そして少し経って意味を理解して顔を赤くする。
「…あぁそう」
「だからそれ寄越せ」
「はいはい」
ネルは苦笑してイチゴの絵が描いてある紙パックを放った。アルベルがぱしりと片手で受け取る。
アルベルは一口飲んで、そして少し不思議そうな顔をする。
「…。やっぱ味は変わんねぇか」
「でも、そんなにまずいものでもないと思うけど」
「まぁ、まずくはねぇな」





前まで甘い物嫌いだったけどな、と呟くアルベルは気付いていない。
甘党のネルに付き合って食べていたうちに、舌が甘い物慣れしてきたことに。
ついでに、それ故料理クリエイションで無意識に甘い物ばかり作るようになってしまうことに。
さらに言うと、今日のデザートが美味しく感じられたのは、ネルがアルベルの嗜好をすっかり把握してしまい彼の舌に合った味にしてくれていたということに。
彼は気づくよしもない。





「やっぱり私もイチゴミルク飲みたくなってきたかも」
「しょうがねぇな…一口だけだぞ」
「相変わらず心が狭いねぇ。買ってきたのは私だってのに」
「…」
そんな会話を交わしながら、ひょいと飲み物を交換してまた飲む。
体が入れ替わっても、やっぱり嗜好は変わらないなぁとか思いながら。





そんな二人を、物陰からマリアとソフィアがきゃー間接ちゅーですよーとか今すっごい自然だったわよねとか言いながら眺めていたが。
やっぱり、彼らは気づくよしもなかった。








次の日。
二人は何事もなかったかのように元に戻っていた。
「結局、なんだったんだろうね?」
「さぁ」
相変わらず早起きのネルと、相変わらず寝起き最悪なアルベルは揃って不思議そうな顔をした。








後日談。
「ねぇフェイト」
「なに?ソフィア」
「実はあの二人が入れ替わった後、セフィラ越しにブレアさんから連絡があったんだ」
「え!?で、ブレアさんはなんて?」
「なんかね、何かの手違いでキャラクターのデータにバグが発生しちゃったらしいって」
「…それって」
「そうなの。あの二人の事件は…えーと、ベル…なんとかって人のミスで起こっちゃったんだってさ」
「へぇ…確かに、そう考えると辻褄あうよな。セカンドでも、闘技場でディアスが"は〜いカット!ここまで〜"ってチサトさんの台詞言ったりしてたし」
「うんうん。ファンシティの媚薬PAでノエルさんのセリフの表示がオペラさんになってたりね」
「ああ、そんなこともあったよな。でも今回の一件はもう直ったみたいだな」
「…でも、あのままだったらいろんな意味で面白かったのになぁ」
「言われてみればそうだね。今度、マリアに頼んでスフィア社のデータにハッキングしてもらおうか?」
「いいねそれ、楽しそう!」





「…あんた達、なんの話をしてるんだい?」



「「さぁ?」」





…何だかものすっごく嫌な予感が。
満面の笑顔で二人にそう言われたネルと、それを近くで見ていたアルベルは、奇しくも同時にそう思った。





その後。
また二人の体が入れ替わるという現象が頻繁に起こったりしたが。
原因はすべて某オカマちゃんになすりつけられたそうな。
その後、怒りの矛先を向けられた彼はスフィア社181階でそれはもう酷い目に遭ったらしい。