「誕生日おめでとう」
早朝。
相変わらず遅い目覚めの彼は、目を開けてすぐに言われた台詞に文字通り目を丸くした。





A Surprise Birthday





「…あ?」
寝起きでまだ半分くらいしか起きていない頭をなんとか回転させて、アルベルはとりあえずそれだけ言った。
目の前にいるのは、彼を叩き起こしたと思われる赤毛の女性、ネル。
アルベルはベッドに寝ていて、ネルはそのアルベルを覗き込むような形で彼を見ていた。
「だから、誕生日おめでとう」
「………」
もう一度同じことを言われて。
ベッドから身を起こしながら、相変わらず回らない頭で今日の日付を思い出してみる。
ついでに自分の誕生日と照らし合わせてみれば、ばっちりしっかり合致して。
あぁなるほどな、とか、なんでこいつが知ってんだ、とかいろいろと言いたい事はあったが、とりあえず答える。
「…そりゃどーも」
「感情こもってないね」
「他に何言えっつぅんだよ」
大分覚醒してきたらしい彼に、ネルは呆れたように口を開く。
「普通、ありがとうとか言うもんじゃないかい」
「ありがたくねぇし」
即答したアルベルに、ネルは腕を組んでスカーフに口元を埋めながら言う。
「…誕生日だよ?自分が生まれた日なんだよ?ちょっとくらい喜んでもいいんじゃないかい?」
「別に」
そう言ってアルベルはベッドから降り、欠伸をしながら大きく伸びをした。
「…まったく」
ネルは先行くよ、と一言告げて、部屋を出て行った。



これが、今日最初に言われた「おめでとう」。





しばらく時間が経って、時刻の肩書きが早朝から朝に変わる頃。
「あ、おはようアルベル。それと、誕生日おめでと」
二回目のおめでとうは、毎日交わされる朝の挨拶のついでのように言われた。
「…なんでお前が知ってるんだ」
憮然とした表情で訊くと、二度目におめでとうを言ったフェイトはにやりと笑いながらこう答えてきた。
「甘いねアルベル。僕に隠し事ができると思ってるの?僕にかかればこんな情報すぐに手に入るよ」
いや別に隠してねぇし。つか本当にどこで聞きつけやがったんだお前。
アルベルはそう突っ込もうとしたが、それよりも先に高い声が割って入ってきた。
「ジェミティで管理者ページにアクセスしてデータ見ただけでしょ」
「…言うなよソフィアー」
会話に入ってきたのはソフィアだ。朝食当番だったらしく、エプロンを身に着けている。
「隠し事はよくないよフェイト。あ、アルベルさんおはようございます。それと、おめでとうございます」
三度目のおめでとうは、やっぱりついでのように言われる。
ついでだろうがなんだろうが、アルベルにとっては別にどうでもよいのだが。
会話を続けている二人を通り過ぎて、朝食をとりに食堂へ向かうと、
「あー待ってアルベル。はいこれ」
呼び止められて振り向きざまに何かを渡された。
「アルベルが何欲しがるかわかんなかったから、無難なとこでこれにしたんだ。ちなみに僕とソフィア連名のプレゼントだから」
フェイトが手渡したそれは大きめの瓶で、中には液体が入っている。貼ってあるラベルには戦中八朔と書かれていた。
一応プレゼントらしく大きなリボンがついている。
「確かお酒ではそれが一番好きだってネルさんから聞いたんですけど、合ってました?」
「…あぁ」
「よかったー。じゃあそれ大切に飲んでね」
そう言って二人は食堂へ向かい、アルベルも右手に酒瓶を持って食堂へ向かった。





朝の白い空が、だんだん青くなって昼に近づく。
部屋の中、窓越しに雲ひとつない透明な空を見上げながら、何をするでもなくぼんやりと空を眺めていると。
コンコン。
「アルベル?いるかしら?」
小さなノックの音と共に、聞き慣れた声が扉の向こうから聞こえる。
「ん?」
声の主が普段滅多に部屋を訪ねてこないマリアだったので、アルベルは不思議そうにつぶやく。
「いるのね。入るわよ」
返事を待たずにドアが開けられ、青い長い髪の少女が顔を出した。
隣には、なにやらデカイハンマー(よく見るとスミッティハンマーだった)を持ったクリフ。
「何の用だ」
「フェイトに、今日はお前の誕生日だって聞いたから、一応祝いにな」
「一応は仲間だし、プレゼントくらいはあげようと思ってね。はい、これ私からの誕生日プレゼント」
そう言ってマリアが手渡してきたのは、大きなリボンがついた小さな紙袋。
受け取ってみると、何やら小さな小物らしき物がたくさん入っているらしく、意外に重い。
「急なことだったから大したものは用意できなかったけど、でもきっと喜んでくれると思うわ」
にこり、とどこか含んだような笑みを浮かべ、マリアは言った。
「あ、忘れてたけどハッピーバースディ」
「お、そうだったな。ハピバ」
「は?」
「あぁ、ハッピーバースディっていうのは、お誕生日おめでとうって意味よ」
「ハピバはその略だな」
「…あなたがそれ言うと、なんか違和感あるわねぇ」
「うっせぇよ」
4回目と五回目のおめでとうは、違う星の言葉(と、その略語)で言われた。
中見てもいいわよとマリアは促すように言う。
やけに楽しそうなマリア、そして隣で何やら笑いをこらえているように見えるクリフに、アルベルは少し怪訝そうに訊いた。
「…何入ってんだ」
アルベルが紙袋を軽く揺らすと、かちゃかちゃとなにか小さな物がぶつかり合う音が聞こえる。
「えっとね、ATK・DEF・INT・HIT・AGLアップのアクセサリーそれぞれ一個ずつ」
「マジか?」
「ええ。あなたが好きそうなものなんて戦うことくらいしか思いつかなかったから。戦闘の時役立つかと思って」
ほぅ、とアルベルは感心する。確かに戦闘時役立ちそうだ。
アルベルは心の中でそうつぶやき、中身を見てみる。
中に入っていたのは、



ぶさいくなゆびわ(ATK+1)
ダサダサピアス(DEF+1)
いぎょうのフィギュア(INT+1)
へっぽこなうでわ(HIT+1)
センスゼロのかみかざり(AGL+1)



確かに、すべてのステータスが上がるアクセサリー(一部違う物も混じっているが)だった。
「……………」
アルベルはそれを眺めて十秒ほど沈黙してから、据わった目でこう言った。
「…プレゼントとやらの内容は喧嘩か?それならありがたく買わせてもらう」
「ふふふ、冗談よ冗談。本当のプレゼントはこっち」
くすくすと笑ってマリアはもう一つ、今度は大きめの紙袋を取り出す。
憮然とした表情で、これでまたへんなかたまりとか入ってたら斬るぞとか思いながらアルベルが袋を開ける。
中にはバトルブーツが入っていた。しかもご丁寧に二回レシピ指定がしてある。
とりあえずこれは使えそうだった。
「お前が作ったのか?」
「そんなわけないじゃない。チリコに作ってもらってレシピ指定したのよ。かなり時間かかっちゃったわ」
まったくもう、とため息をつくマリアに、
「…痺れを切らして銃突きつけたの誰だよ…」
クリフが命知らずな突っ込みをする。ただしぼそりと小さな声で。
「何か言った?」
「いいやなんにも。あぁ、それと俺からのプレゼントはだな」
クリフはそう言って、アルベルの腰に結わえてあるクリムゾン・ヘイトをひょいと取った。
「は?」
「これを強化してやるよ。まだレシピ指定してなかったよな?」
言うが早いが、クリフはスミッティハンマーを担いだままでクリムゾン・ヘイトを持ち、猛ダッシュで工房まで走っていった。
宿屋の隣に建てられている工房から、ギンギンギンゴンゴンゴンと金属同士がぶつかりあう音がしばらく鳴って。
またスミッティハンマーを担いだままのクリフが、クリムゾン・ヘイトを持って戻ってきた。
「おらよ」
そう言ってぽい、と鞘ごとクリムゾン・ヘイトを放る。
ぱし、とアルベルが受け取って見てみると、確かに攻撃判定が増えていた。
「ふん。…ご苦労」
アルベルは受け取ったクリムゾン・ヘイトを腰に結わえながら、つぶやくように言った。
「…お礼言うならもう少し丁寧にいいなさいよねぇ」
「ま、こいつにそんなん期待しても無駄だろ」
「それもそうね」
「うるせぇよ」
そう言ってアルベルはそっぽを向き、クリフとマリアは苦笑して部屋を出て行った。





太陽が地平線に向かってゆっくりと落ちていき、空に赤い色が混じり始めた頃。
宿屋の隣の工房から、なにやら奇妙な匂いが漂ってきた。
「…?」
部屋で暇つぶしに本を読んでいたアルベルは、その匂いに気付いて顔をしかめる。
表現するならば、納豆と痛んだ刺身を足して二乗して、さらに魔界のドリアン(ドリアンの匂いはすごいらしいです)を足してまずいシチューをかけたような、そんな匂い。(どないやねん)
とりあえず部屋の窓を閉めてみるが、変わらない。
しょうがなく部屋を出て、どこか工房から遠い場所へ移動しようと廊下を歩いた。
工房からもっとも対極に位置する食堂へ来てみる。
と。
「あ、アルベル!」
同じようなことを考えたらしいフェイトがそこにいた。
見てみると、他の仲間もあの匂いから逃れようとここに来ていたらしく、何人かが集まっていた。
「…お前らもあの匂いから逃げてここに来たのか」
「まぁ、そんなとこ。それより、さ」
フェイトはそう言って、ぽん、とアルベルの肩を叩く。
「頑張れ」
「は?」
言っている意味がわからず、アルベルは眉根を寄せる。
フェイトはそれ以上何も言わず、代わりに隣にいたソフィアがこう言ってきた。
「アルベルさん、もしもの時はレイズデッドかけてあげますからね」
それを皮切りに、他の仲間も次々に声をかけてくる。
「時には、覚悟を決めることも必要よ」
「ま、運が悪かったと思って諦めろ」
マリア、クリフの順にそう言われ、最後にネルが心底申し訳なさそうな表情でこう言った。
「…ごめん。止められなかったよ」
どこか同情の念までこめられたその台詞の意味も、まったくわけがわからずアルベルは怪訝そうな顔をする。
そこに。
「アルベルちゃーん!」
ばたーんと派手な音を響かせ、スフレが食堂の扉を開いて入ってきた。
食堂の扉が開くと同時に、先ほどの妙な匂いがまたたちこめてきた。
アルベルはゆっくりと振り返る。
そこには、エプロン姿のスフレ、そして同じくエプロン姿のロジャー。
ロジャーが抱えている大きな皿と、その上に鎮座している見た目は美味しそうなケーキ。
「…お前ら、なんでそんな格好してんだ」
「今日誕生日だったんだろ?だから、プレゼントにケーキを作ってきたんじゃん!」
「頑張って作ったんだよ!食べて食べて!」
「オイラとスフレ姉ちゃん特製のばーすでぃケーキだぞ!」
そう言って、ロジャーがアルベルにずずいと渡してきたのは、見た目は普通のケーキ。
スポンジがあって、生クリームが塗ってあって、その上には苺が載っている、ごく普通のケーキだった。
だが、あの異臭は何故かこのケーキからしているように思えた。
「…何、入れたんだ」
アルベルが、どこか呆然と訊くと。
「えーとね、アルベルちゃんの好きなもの。ネルちゃんに聞いたから間違いないと思うよ!」
うきうきとそう言うスフレ。
その台詞を聞いた途端、視界の端にいたネルがばっと視線をそらしたのが見えた。
「…内容は?」
「えーと、苺と、さくらんぼと、りんごと…あとなんだったじゃん?」
ここまでは普通のケーキの許容範囲内だろう。問題はここからだった。
「んとねー、マンモスミートのきざんだやつと、生ハムとショートパスタサラダをミキサーにかけたやつと、まるごとブルーチーズを溶かしたやつと、ゴールデンカレーのルーと、うまい棒サラダ味を砕いたやつと、あとおいしそうだったから奮発して魔界のドリアンも入れてみたんだ!あとはー、戦中八朔と、強くなるようにマイトビーズ粉末にしたやつ。これくらいかなぁ?」
「………………」
無言になるアルベルに、スフレはさらに追い討ちをかけるようにこう言ってのけた。
「アルベルちゃんの好きなもの、ぜーんぶいれてみたんだ!ちゃんと全部食べてね♪あ、それとお誕生日おめでと!」
「おめでとう、じゃんよ!」
今日六回目と七回目のおめでとうは、硬直しているアルベルの耳に届いたかどうかわからなかった。





太陽が完全に姿を隠し、入れ替わるように空に月が浮かぶ頃。
「………」
「…生きてるかい」
「………」
宿屋でアルベルに割り当てられた部屋に、ネルの気遣わしげな、そして少し呆れ気味の声が聞こえた。
ネルはベッドの脇に腰掛けて、仰向けになって寝ているアルベルを見下ろしていた。
横になっているアルベルは、あまりよろしくない顔色のまま目元を手で覆っている。
「大丈夫?」
「…大丈夫じゃねぇよ……」
蚊の鳴くような弱々しい声で返事が返ってきて、ネルは思わず苦笑した。
「…まさか、あれを全部まるごと、きっかりワンホール食べるなんてねぇ」
「…うるせぇ黙れ」
「ふふ。…あの子達をがっかりさせたくなかったんだろう?あんなものでも、本当に真剣になって頑張って作ってたしね」
「…」
「見直したよ」
「…あぁそうかよ」
相変わらず青い顔のアルベルは吐き捨てるようにつぶやく。
ネルはまた苦笑して、そして、少し言いにくそうにつぶやいた。
「…実は、さ。私もあんた用にケーキを作ってたんだけど」
「…」
返事は返ってこない。慣れているネルは構わず続ける。
「でも、あんたこんな状態で夕食もロクに食べられなかったんだし。こんなことなら、他の物を用意するべきだったかもね」
残念そうにネルが言う。
アルベルは目を覆った手をずらし、ネルを見やる。
ゆっくりとベッドから起き上がった。
「…って、ちょっと!」
起き上がったアルベルを見て、ネルは慌てた声を出す。
「まだ寝てなきゃダメだろう!」
「…しょうがねぇから食ってやるよ、ケーキとやらを」
「何考えてるんだい!あんたまだ吐きそうなくらい気持ち悪いんだろう!今何か食べるなんて…」
「俺が食いたいんだよ」
はっきりとそう言われ、ネルは思わずきょとんとなる。
「え」
なんかさらりと恥ずかしいこと言ってのけなかったかこの男。
ネルがそんなことを思っていると、アルベルはネルを見たままにこう言ってきた。
「だから寄越せ」
だが、やはりまだ顔色が優れないアルベルに何かを食べさせるのは気が引けたので、ネルはアルベルの肩を掴んでベッドに押し戻しながら言った。
「…あんた、これ以上食べたら吐くよ。気持ちは嬉しいけどやっぱりやめておきな」
「…ま、確かに吐いたりしたら勿体無ぇか」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でもやっぱりやめときな。あんたの体調の方がもたないだろう」
「…わかったよ…やめとく」
ようやく諦めたのかまたベッドに横になるアルベルに、少しほっとしながらネルは言った。
「ま、食べたいって言ってくれたことには、素直に感謝するよ」
「あぁそうかよ」
「それと…プレゼントは結局あげられなかったけど、一応これだけは言っておくよ。…誕生日おめでとう」
朝も言われた台詞に、アルベルは不思議そうにネルを見る。
「…お前、朝俺を叩き起こしたときも同じこと言ってなかったか」
「あの時は半分寝ぼけてたみたいだったからね。憶えてないかと思って」
「…だからって何度も言わなくてもいいだろうが」
ネルはその台詞に少しむっとなり、半眼になってアルベルを見下ろす。
「あのさぁ…朝も同じようなこと言ったけど、おめでとうって言われて嬉しくないのかい?」
アルベルは何を思うでもなく、淡々と答える。
「別に嬉しかねぇよ」
「なんで」
「は?誕生日だからって何が変わるわけでもねぇし。歳が増えて死に一歩近づくだけだろうが」
「…うわ、寂しい考え方するねあんた」
「放っとけ」
興味なさそうに言うアルベルに、ネルはふぅ、とため息をついて。
やんわりと微笑みながら口を開く。
「誕生日は、さ。年が一つ増えるだけの日じゃないんだよ」
口調が穏やかになったのを感じて、アルベルがネルに視線を向ける。
「祝って、そして感謝する日なんだ」
「何に?つか何を何の為に」
「まぁ、最後まで聞きなよ」
楽しそうに言うネルに、アルベルは視線で続きを促す。
ネルは微笑んだまま、口を開いた。



「あんたに生きる場所を与えてくれる世界と、あんたを生んでくれた存在と、…それと―――」



ネルは微笑み、



「あんたが生まれてきてくれたことに、さ」



嬉しそうにつぶやいた。





「…」
無言のままのアルベルを見ながら、ネルは言葉を続ける。



「私は、あんたが生まれてきてくれたことに感謝してる。…だから、この日を祝いたいのさ。あんたが生まれた、この日をね」



だから。
おめでとうって言いたいんだよ。





そう言ったネルは、とても幸せそうに微笑んでいて。
こいつのこんな表情が見れるなら、誕生日も悪くない。
アルベルはそんなことを思った。





「口で言って祝うだけか?」
「え?」
「本当に祝いたいんなら、それ相応のことをしてもらいたいもんだ」



にやりと笑いながら言われた台詞に、ネルはくすりと笑い。
寝ているアルベルの唇に、自分の唇を落とす。





唇が離れて、お互い目を開いて。
照れたように、ネルが口を開く。



「誕生日、おめでとう」





今日最後に言われた、その祝福の言葉は。
今日一日何回も、いろいろな形で言われた言葉とまったく同じ物だったけど。



言われて、彼が今日一日の中で一番嬉しそうにしていたのは。
多分気のせいではないだろう。