かちゃかちゃ。 高い独特の機械音が響く工房の中。 「んで、次はそっちの赤い線と緑の線を繋いどけ」 「…繋いだよ」 「なら次はそっちのドライバー持ってきて螺子で組み合わせる」 「…うん、できた」 真剣な顔の彼女と、軽く受け答えしながら自分の作業をしている彼。 二人の周りにあるのは工具やら金具やら部品やら設計図やら。 「そっからはこの設計図見りゃなんとかなんだろ」 「…ありがとう」 会話が一旦終了して、二人は各自作業に戻る。 また金属音だけがその場に響く。 しばらくして。 やりすぎたしろものができました 「…何でっ!」 特許と報奨金と気晴らしの為、今日は一日クリエイションをやろう、と決まった日。 とある町のとある工房で、赤毛の女性の声が響いた。 設計図 「今日はいつも通りクリエイションをしてもらうんだけど、各自苦手な分野に取り組んでほしいんだ」 そう言って彼が苦手とする錬金をやり始めたフェイトに、隣にいたソフィアが声をかけた。 「なんでまた苦手なものなの?レベルが低いとたいした物は作れないじゃない」 抗議するように言われた台詞に、フェイトは答える。 「少しずつ慣れていけばレベルが上がるかもしれないだろ?(※上がりません)それに、もしかして隠しタレントが開花するかもしれないじゃないか(※セカンドじゃないのでできません)」 苦手意識があるからこそ失敗するのかもしれないし、と付け足すフェイトに、ソフィアは苦笑して納得した。 「そうだね。じゃあ私も鍛冶に慣れなきゃなぁ…」 「なら私は料理かしら…ちょっと気が乗らないけど」 「つーことは俺も料理か」 他の皆が苦笑しながらすることを決めている中、今まで発言のなかったネルがぼそりと呟いた。 「…じゃ、私は機械でもやるとしようか。上手くいくかどうかはわからないけど」 「……」 近くでそれを聞いていたアルベルの顔が、引きつる。 他の皆は知らないが、彼女は極度の機械音痴だ。 偶然それを知っているアルベルは、少しの間固まっていた。 「あんたは?一番苦手な執筆でもするのかい」 そう言われてようやく我に返った彼は、他の奴らに冷やかされるのを承知で呟いた。 「…俺も機械でいい。お前を野放しにして機械をいじらせると工房が大破しかねん」 他にも細工や錬金という道もあったが、そんな経緯があって彼は機械を選ぶことになった。 そして今に至る。 やりすぎたしろものを目の前にして不思議そうな顔をしていると、彼は呆れながら言った。 「阿呆かお前?なんで設計図通りにやってできねぇんだよ」 「…なんでかは知らないけどできないんだよ!」 明らかに馬鹿にした口調の彼に、むっとなって反論する。 「…そう言うあんたは何作ってたんだい」 「お前と同じヤツだよ」 そう言って彼が見せたのはきっちり完成している電磁ボム。 ちゃんと形になっているそれを見て、思わず不満げに口を開いた。 「なんでちゃんとできるのさ。あんた途中から設計図ろくに見てなかったのに」 「それはお前に貸してたからだろうが」 「だから、なんで見ずに出来るのかって聞いてるんだよ」 「適当」 「……なんでこいつはそれでちゃんと完成するかな…」 脱力したように、机に顔を載せながら呟く。 同じエリクール人で、機械に触れた時期も同じだから、その差はそうないと思っていたのに。 いつの間にこんなに差が出たんだろう。 そんな事を思いながら、愚痴るように口を開く。 「料理なら、レシピ見ればきちんとできるのに」 「お前な、比較の対象が間違ってるだろ」 「何かを作るって面では一緒だろ?」 「…まぁな」 納得したのか、それとも会話を続けるのに飽きて適当に答えたのか、彼はそう一言呟く。 「なんで機械だと、設計図通りにやってるのに違う結果になるんだろう」 また何かを作ろうとしているのか工具を手に取る彼を見て、呟く。 「大体、この設計図の用語もまったくわけがわからないし…」 「あのな、わけわかんねぇなら何でそのままやり続けるんだ」 「だってあんたに聞いてもわかんないと思って」 当然そうに答えると、彼が苦笑する。 「お前よりは理解してるつもりだが?」 「なんで」 「前、奴らにこっぴどく教えられた」 「…あぁ、あんたが前ボム作るのに失敗して誤爆させた時か」 彼が設計図の意味もわからず適当に作り、それが彼のいない間に爆発してその後マリアとミラージュに叱られていたのを思い出し、少し笑う。 と、同時に、突っ伏していた顔を上げて頬杖をつく。 彼が"マリアとミラージュに"教わったから多少技術が上達している、と言ったのが、何故か少し悔しかった。 顔に出さないようにそう思うが、彼はその変化に気づいたのか機械をいじっていた手を止める。 「…何だ」 目を伏せて半眼になり、微妙に機嫌の悪そうな顔の彼女を見て、彼が訊いた。 「別に」 そう答えてそっぽを向く私を見て、彼は暫し考える。 何かに思い当たったようで、あぁ、と納得したように呟いた。 「なるほどな。俺があいつらに指導されたのが腑に落ちない、と」 「なっ…」 「妬いたのか?」 「何でそうなるのさ!」 思わずむきになると、彼はくく、と喉で笑う。 「図星か」 「違う!」 「顔、赤いぞ」 「………!」 言われて、思わず焦ったように顔を手で押さえると、彼はまた笑った。 「嘘だよ。だがそんな反応するっつぅことはやっぱり図星だな」 勝ち誇ったように言う彼に、無言のまま視線を逸らした。 口喧嘩じゃほとんど負けないのに。 どうして、こういう時はいつも言い返せないんだろう。 機械の設計図と一緒。 いつだって思惑通りに事は運んでくれない。 バレないように"設計"しても結局は隠したってすぐにバレてしまうし。 結果はいつだって思い通りになってくれはしない。 …いっそ料理のレシピのようにわかりやすければ、いいのに。 「…悔しいな」 「あ?」 目の前に置いてある失敗作を指でつつきながら、ぼやくように呟く。 「んー、設計図通りにいかないことが」 「なんだそんな事かよ」 彼はこちらを一瞥して、また自分の作業を進める。 工具と部品のたてる金属音がまた鳴り響く。 「お前の機械レベルじゃ無理だな」 …今言ってるのは、機械の事じゃないんだけどね。 ま、紛らわしい言い方してるのはわざとだし。 そう思って、両腕を机の上に乗せて口元を隠すように顔の前で組む。 「だって悔しいじゃないか」 「…大した知識や経験もねぇんだからしょうがないんじゃねぇのか」 「…ふぅん、そうなのかな」 工具をいじりながら、でも相槌はきちんと返してくれている彼を見て、また続ける。 「料理みたいに単純だったらいいのにな」 「…料理?」 聞いて、彼の顔で憮然としたものに変わる。 「そっちのほうがよっぽど理解不能だ」 「そんなことないよ。…料理だったらまだ得意なのに」 いつになく煮えきらない態度を不思議に思ったのか、彼は手を止めて視線をこちらに向けてきた。 「なんだ?今日は妙にその話題につっかかるな」 「え?あ、うん。まぁね」 少し興味を示したのか、それとも作業途中でいろいろ言われて煩かったのか、手を止めた彼を見て思わず言いよどむ。 「…たまには、設計図通りに結果が出て欲しいなぁって。そう思っただけさ」 ぽつりと言う言葉に、彼は作業を開始しながら何食わぬ顔で答える。 「だったら結果が出るまでやり直せばいいだろうが」 彼の口からそんな台詞が出るとは思わなくて、少し驚いて呟く。 「…結果が出るまで、ね」 「下手な鉄砲数打ちゃ当たるってヤツだ」 「何それ」 「…地球、とやらにある諺だとよ。下手でも何度もやれば少しは出来るだのどうたらこうたら」 「何で知ってるんだい?」 「機械を強制的に習わされた時マリアが何食わぬ顔で言い逃げやがったんだよ」 あいつら人事だと思って…とぶつぶつ続ける彼を見て、苦笑する。 「それか、設計図変えてみればいいじゃねぇか。もう少し簡単な物の設計図に」 「え?」 「…大したレベルもねぇお前が高レベルの物作ろうったって無理だろ。だったら他の物作ればいいだろうが」 …結果が出るまでやり直す。設計図を変えてみる。か。 なるほどね。それもまたいいかもしれない。 だったら。 とりあえず、やられたらやり返してみよう。 私が動揺した分くらいの元は取りたい。 「…大してレベルなくて悪かったね」 「別に悪いとは言ってねぇだろ。お前がただ経験不足なだけで」 「ふぅん…。じゃあ、私も誰か機械レベルの高い人に習ってこようかな」 ぴたり。 彼の手が止まって、視線がゆっくりこちらに向く。 にやりと笑って私は続ける。 「フェイトとクリフあたりが、機械いじり詳しかったよね。少し教わってこようかな」 「…ほぅ」 「あんたのレベルに追いつくくらい、いや追い抜くくらいしっかり教わらないとね。あんたに負けてるのも悔しいし」 「………」 彼が押し黙る。 私は楽しそうにそれを見た。 「どうかした?」 押し黙った彼を見ながら、問いかける。 彼は瞳を動かして視線を向け、呟くように言った。 「…お前、さっきのまだ根に持ってるのか」 …バレてたのか。まぁ当然と言えば当然だけど。 内心舌打ちしながら、でも表情はそのままにして答える。 「ん、なんのこと?」 彼はその答えに満足していないのか、さらに続ける。 「妬かせたいのか」 「………う」 痛い所を突かれて視線が泳いだ。 彼は笑って、相変わらず作業を止めないまま言った。 「また図星だな」 …。 やっぱりまたバレたか。 どうやら、そう簡単に設計図通りに事は運ばないようだ。 「…。そうだよ。悪いかい?」 半分やけになって言い返す。 「いや、お前にしては…」 「…お前にしては、なんだい」 彼は暫し思案して、口を噤む。 「…別に」 「何だいそれ」 少しむくれながら、机に頭を乗せる。 彼はその様子を見て、呆れながら作業を続けていた。 「拗ねんなよ。ガキかお前は」 …言われた言葉は確かに今の私にぴったりな形容で。 認めるのも悔しかったけど。 でもその通りだったから、半ばどうでもよく呟いた。 「いいよ別に」 「あ?」 「ガキでいいよ。あんたの前でなら」 本当に何気なく、何の意図も無く呟いた、その台詞に。 ―――かしゃんっ 何故か、彼の手にあった工具が、音を立てて床に落ちた。 「え?」 その音で工具が落ちた事に気づき、視線を上げる。 机の向かい側で作業をしていた彼は、呆気に取られた様にこちらを見ていた。 が、私の視線に気づいたのか、気まずげに床に落ちた工具を取った。 急に工具を取り落としたのが不思議で、彼をじっと見ていると。 「…何で………」 「え?」 彼が何故かため息をつきながら、視線を泳がせていた。 「お前、それがすっげぇ殺し文句だって気づいてねぇだろ…」 やけに疲れたように彼が言うものだから。 言われた意味を理解する前に、訊き返してしまう。 「…はい?」 「…あー、なんでもねぇ」 彼はそう言って強引に会話を終わらせて、作業に戻った。 その様子が照れ隠しに見えてしまったのは、気のせいだろうか。 …もしかして。 動揺、してくれた? 「…いや、別にそんなつもりじゃなかったんだけど」 「だったらどんなつもりだったんだ」 「え、別に、普通の会話のつもりで」 「……だから余計にタチ悪ぃんじゃねぇか…」 やっぱり思いがけず動揺してくれたらしい彼を見て、くすりと微笑む。 でもこれって設計図通りに事が運んでくれたんだろうか。 最初に仕組んだ会話は見事にバレたし。 でも意図せずに計画?が成功したんだから、喜んでいいのだろうか。 「…やっぱり、設計図通りにするのは難しいな…」 「…何の話だ?」 「さぁね」 …でも。 設計図通りに行かなくても、残る結果はあるのかもしれない。 そんなことをひとつ学べた機械に対して、少し苦手意識が薄れた気がした。 「…よし。やっぱりもう一度やってみよう」 そう言って気合を入れて、工具を手に取る。 相変わらずよくわからない設計図を片手に、部品を探してかき集めて作業を開始した。 向かいに座る彼も作業を開始したようで、負けてられないな、と思いながら。 「…あっ!」 「…何だよ」 「成功した、みたい…」 「ほぅ珍しいじゃねぇか、どれ見せてみろ」 「…一言余計だよ。ほらこれ」 「…これ、電磁ボムか?」 「そうみたい。うわ、初めて成功した…」 「そのくらいで感動してんなよ」 「いいだろ、どうせ私はガキなんだから」 「…根に持ってやがる」 「うるさいよ。あんたはどうだった?何かできた?」 「………」 「…ん?………これ、かんちがいのさんぶつ?」 「……黙れ阿呆」 「…珍しいじゃないか、あんたが失敗するって」 「…お前が急に妙な事言うからだろうが」 「…ふぅん?」 珍しく失敗したらしい彼が、微妙に拗ねたようにそんなことを言うものだから。 設計図通りには行かなかったけど。 とりあえず。 今日は私の成功、かな? 「…次は成功させる」 「ふーん。まぁ、がんばってよ」 「やる気ねぇ返事だな」 「別に。…私も、負けてられないからね」 思惑通りにいかないのは少し悔しいけど。 違う結果が出るかもしれないんなら、予想に反していてもなかなか楽しい。 そんな予測不可能な所もまた、いいんじゃないかな。 そんなことを思ってみたりした。 「なーアルベルーお前さっきのクリエイションの時ネルさんと機械やってただろ」 「だから何だ?」 「いくらネルさんが大好きだからって、苦手なのやれって言っただろ。執筆か細工やればよかったのに」 「…俺の勝手だろう」 「…はいはい。でも、一緒にやるんならせめて丁寧に教えてあげなよ。設計図渡しただけじゃネルさん大変そうだったじゃないか」 「………」 「え?何か言った?」 「…その方が都合いい」 「……。…お前、ネルさんに教えるのが楽しいからってわざと適当に教えたな?」 「さぁ、どうだかな」 「…道理で、結構長い時間やってた割にネルさんのレベルが上がらないと思った…(※実際は何度やろうと上がりません)」 「ふん」 フェイトとアルベルが、そんな会話をしているのを偶然聞いてしまい。 …結局、私もあいつの"設計図"通りに動いてたってことかい…。 彼女は脱力しながらそんなことを思った。 |