ピーピーピーピー
無機質で高い音が、一定間隔で鳴り響く。
数分前から絶えず鳴り続けているその音に反応して、近くのベッドの布団がもぞもぞと動いた。
布団の下から手が伸びてきて、音を鳴らしている小さな機械を手探りで探り当てる。
カチ、と音がして音がやみ、布団の下から誰かが身を起こした。
青い髪の、線の細い印象を受ける少年。
彼は起き上がって目をこすり、体中の筋肉をほぐすように大きく伸びをして立ち上がった。
今日じゃんけんで同室になったプリン髪の彼はそんな電子音なんぞでは起きるわけもなく、まだ夢の中にいた。
関節をぱきぱき鳴らしながら軽く体をほぐしていた彼は、ふと違和感に気づく。
妙に、部屋の中が暗い。目が慣れるまで自分の手すら見えなかった。
手に持っている小さな機械を見て、時刻を確認する。
いつも通りの時間。もうとっくに陽が昇っているはずの時間だ。
ここ―――アーリグリフは絶えず雪が降っているが、それでもここまで暗いのはおかしい。
彼は訝って、ふいと窓の外を見た。
「………」
窓の外は、…灰色一色で覆われていた。
「は?」
なんだこれ。
思わず自分の目を疑って、何事かと彼は窓を開けようと試みた。
開かない。
外開きのその窓は、ギシギシと嫌な音を立てるだけで、何かに阻まれているかのように開かなかった。
「???」
窓を開けるのを諦めた彼は、窓についた結露がかちこちに凍り付いているのを見つけた。
珍しいこともあるもんだな、そういえば昨日は結構な雪が降ってたような、…あれ?
そこまで考えて、彼はある一つの結論に行き着いた。
この窓を開けるのを阻んでいる白っぽい灰色のものはまさか。
「…雪?これ、雪だってのか!?」
滅多に驚かない彼が、珍しく大声を上げた。





Snow battle!





「つーわけで。今日は必然的にここに滞在することになりました」
窓の外を見ながら、青髪の少年が少々楽しそうに言った。
「すごいねすごいねこの大雪!映像でしか見たことないからびっくりしちゃった」
同じく窓の外を見ながら、茶髪の少女がはしゃぎながら言う。
「まったくよね。大自然の力って計り知れないわ。まさか、窓を開けることもできないくらい積もるなんてね」
感心しているような顔で、青髪の少女が感慨深くつぶやく。
「俺が今まで言ったことのある星の中でも、ここまでの大雪は体験したことねぇぜ」
宿屋の扉の高さ以上に積もり、今従業員がせっせと通路を掘っている(語弊に非ず)入り口を見ながらクリフが呆れながら言った。
「そうですね。極寒の地の雪山に墜落もとい不時着したことはありましたけど」
にっこりと怖い笑みを浮かべながら金髪の女性が言う。
「今年もやっぱり降ったね。大雪」
「…ったく、うざってぇ…毎年毎年、恒例行事よろしく降るなってんだ」
少々うんざりした様子の赤毛の女性とプリン髪の青年がやれやれと肩をすくめる。
「ねぇねぇ、今日は一日ここにいられるんでしょ?せっかくだからトンネル掘るの手伝ってこうよロジャーちゃん!」
「おう!面白そうだからやってこようぜ!」
楽しそうに銀色の少女と茶髪の少年が外に出て行って、
「どうじゃフェイト殿、この大雪でどうせやることも無かろうし、ワシらも雪かきに参加して筋力を上げぬか?」
やたら元気そうな銀髪の男性が豪快に笑いながら提案した。
青髪の彼は、一瞬困ってから答える。
「雪かき…ねぇ。どうせなら、雪かきついでに雪ダルマでも作らないかい?雪を避けることには一応変わりないし」
「あっ、いいねいいね!よーしフェイト、誰が一番大きなの作れるか勝負しよっ!」
「どうせならかまくらも作らねーか?コタツ持ち込んでよー、そん中で飲む酒は格別だぜ!」
「あら、楽しそうじゃない。ディプロのレプリケーターで大抵のものは作れるし、たまにはいいんじゃないかしら」
「でも、羽目を外しすぎないようにするんですよ?」
どんどん進んでいっている話に参加していない二人が、少し離れた場所で小さく会話を交わす。
「…どうする?なんか、今日一日この町で雪遊びすることになってるみたいだけど」
「…ガキ共が…」
「そんな風に言うことないだろ?ここの所戦闘続きでロクな休息も取れなかったし。たまには気晴らしも必要と思うけど?」
「………」
中々に乗り気な赤毛の彼女がそう言って、乗り気で無さそうなプリン髪の彼が押し黙った時。
「ネルさんとアルベルさんも一緒に遊びましょっ!ねっ?」
絶妙なタイミングで茶髪の少女がそう言ってきた。
キラキラと効果音がつきそうな彼女の表情を見て、声をかけられた二人は同時に顔を見合わせる。
一瞬、沈黙が流れた。





「ほらフェイト!もっと力込めて転がして〜」
「お前も手伝えよ!」
「私はもう頭の部分作ったもん〜」
「…体の部分のほうが重いし大きいってのに…ぶつぶつ」
宿屋の従業員の慣れた作業のお陰でなんとか外に出れた彼らは、1m近く積もっている雪を掻き分けながら城門を出て、だだっ広い雪原で雪にまみれて遊んでいた。
「ロジャーちゃん、こっちの雪はぼてぼてしてて作りやすいよ」
「おっ、ほんとじゃんよ!こっちの雪はサラサラしてて雪ダルマがぜんぜん大きくならないし」
「あたしそれ知ってる、パウダースノーっていうんだよ」
「ふーん…同じ雪なのに違いがあんのか〜」
大きな雪ダルマ作り勝負!をおっぱじめた四人は、ペアになってさっきから雪相手に奮闘している。
「アドレー!もっとこっちに雪足してくれ」
「おう任せておけクリフ殿!」
「かまくらン中で一杯やるためだ、気合入れるぜ!」
「言わずもがなじゃ、がっはははは!」
パーティの一番の年長者コンビは、全員が入れてさらにコタツも置けるようなかまくら作りに励んでいる。
「マリア、こっちに水を持ってきてください」
「はいはい。それにしてもかまくらに水なんかかけてどうするのよ?」
「こうするとじきに硬くなって丈夫になるんですよ。…あの豪快な方々が手を抜いて作って、皆さんが入った時全員生き埋めなんてことになったら困りますからね」
「ふふ、まったくね。でもディプロで放水機が作れて助かったわ、これがなかったらバケツリレー状態で運んでるうちに凍っちゃうもの」
かまくら作りの補助をしている青髪の少女と金髪の女性が、なんだかんだ言って楽しそうに作業している。



「………」
「…元気だねぇ」
その様子を、少し離れた所で見ている二人の男女がいた。
二人はいつもの寒々しい格好ではなく、雪遊びを楽しんでいる彼らがディプロから調達してきたダッフルコートやらマフラーやらふわふわの帽子やらを借りて身に着けている。
「なんだかんだ言って、皆楽しんでるみたいで良かったよ」
「………」
「最初はここで足止め食らっちゃってどうししょうかと思ったけど」
「………」
「結果的には良かったかもね。…ちょっとあんた、聞いてる?」
「……聞いてる」
先ほどから、外に出てからずっと黙りっぱなしの彼に彼女が問いかける。
返ってきた声は小さく、微かに震えているようにも聞こえた。
「……ちょっと?大丈夫かい」
「…寒ぃ」
あぁそうか、こいつ寒がりだったっけ。と彼女は妙に納得する。
今日はいつもに比べて格段に気温が低い。
寒がりの彼には酷だったかもしれないな、と彼女は苦笑した。
「…別に無理して来る事なかったのに。寒いなら宿屋で待ってれば良かっただろう?」
「………」
無言のままの彼に、彼女はやれやれと肩をすくめた。
「意地っ張り。どうせ寒さに負けたみたいで癪だ、とでも思ってるんだろう」
「別にそんなんじゃねェよ…」
「じゃあ、何さ?」
「………」
ただ黙ったのではなく、言葉に詰まって黙り込んだ彼がそっぽを向いた。
「おーい!アルベルー、ネルー!んなとこで何ぼーっと突っ立ってんだよ、お前らも手伝えよー!」
少し離れた場所で、かまくら作りに励んでいた金髪の彼が大きく手を振りながら声をかけてきた。
「どうする?体を動かせば少しは暖まるし、雪を触れば手も温かくなるし、…行かないかい?」
伺うように、寒そうにしている彼に彼女が言った。
彼は手をダッフルコートのポケットに深く突っ込み、ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めてやはり寒そうに立っていたが、小さく白いため息をついてかまくらの方へ歩き出した。
比較的締まった雪が、彼が足を踏み出す度にざくざくと音を立てる。
「あ、待ちなよ」
少し先にいる彼を追いかけて、彼女が慎重に足を踏み出した。
転ばないよう滑らないよう気を遣いながら歩いて、彼の隣に並ぶ。
彼女が彼の顔を伺い見ると、寒そうに不機嫌な顔をしている割にこの状況は悪く思っていないようで。
「(なんだかんだ言って、…付き合いは悪くないんだよね、こいつ)」
本人の前で口に出したら全力で否定されそうな事をぽつりと思いながら、彼女は雪を踏みしめた。





数時間経って。
「でーきたーぜー!!!」
「完成じゃー!!!」
周りの雪に音をあらかた吸収されても変わらず大きい声が響く。
雪ダルマ勝負をしていた四人が視線をやると、これは実は家なのかと問いたくなるほどの大きなかまくらの上に先ほどの声の主達が大きく万歳しながら立っていた。
なるほどさすがに時間と手間をかけた分、パーティで最年長兼重量級の彼ら二人が乗ってもビクともしていない。恐ろしい硬度だ。
かまくらの横には一仕事終えて満足そうに微笑む金髪の女性と青髪の少女、かまくらの出入り口付近には転送してもらったでかいコタツを中に運び込んでいる赤毛の女性とプリン髪の青年。
「わ、すごいねコレ」
「大きーい!皆さんすごいですね!」
「わーいわーい、かまくらだー!中入ろうロジャーちゃん!」
「すげー、こんなん見た事ないじゃんよ!」
雪ダルマ勝負をしていた四人もはしゃぎながら近くに駆け寄る。
しばらくしてコタツが無事設置され、さすがに寒かったのか全員がどやどやと中に入った。



どこから持ってきたのか、大量のみかんを食べたり温かいココアや酒を飲んだりしながら、全員がかまくらに納まってまったりのんびり雑談した。
「でも、こんなにはしゃいだの久々だな」
「だね。この頃息抜きできる時間なんてなかったもんね」
「時間に追われる身なんだからしょうがないって事はわかってるんだけどね」
「まぁいいじゃねぇか!今こーやってのんびりできてるんだからよ」
「確かに気を張ってばかりではいつか精神に限界が来てしまいますからね」
「良い事を言うのうお主」
「うんうん、たまには遊ぶのもいいよねっ!よーしロジャーちゃん、今度は雪合戦しよっ!」
「おっ!楽しそうじゃん、よっしゃ行こうぜ!」
さっきまで落ち着いてのんびりココアを飲んでいた銀髪の少女と、みかんを頬張っていた茶髪の少年がまだまだ遊び足りないと言った風に外に出て行く。
「ほらほら、兄ちゃん達もやろうぜ!」
外から手を降る茶髪の少年につられて、青髪の少年が立ち上がる。
「僕らもやろうか?」
「うん!」
一緒に茶髪の少女が立ち上がって、二人で外へ出て行く。
それを皮切りに、すでに少々酔いが回っている金髪の男性、それを放って置いたらどうなるかわからないと呟く金髪の女性、腕の見せ所だと便乗した銀髪の男性、たまにはいいわね、とつぶやく青髪の少女もばらばらにかまくらを出て行った。



残ったのは、相変わらず寒そうな彼と、なんとなく出て行くタイミングを逃した彼女。
「…あんたは行かないの?」
「…ここがいい」
余程コタツが気に入ったのか、奥まで入り込んであったけー、と幸せそうに呟く彼に、かまくらを出るという選択肢はカケラもないらしく。
その溶けたような表情を見て珍しそうな顔をしながら、彼女は自分のグラスに買ってきたワインを注いだ。
「お前は」
「え?」
先ほどから、寒さの所為か自分から口を開かなかった彼が珍しく問いかけてきて、彼女は思わず面食らう。
「お前は行かねぇのか」
「…行ってほしいのかい?」
「いや、別に」
短い言葉で会話を交わす。
かまくらの外からは、雪合戦をおっぱじめている仲間達の楽しそうな声が聞こえてきた。
「…楽しそうだね」
「? だったらお前も行けばいいだろうが」
心底不思議そうに彼が訊く。
外が楽しそうと思うなら、何故彼女は行かないのか。どうしてここにとどまろうとするのか。
そんな彼の表情を読み取り、彼女はグラスの中のワインを一口飲んで、口を開いた。



「寒いよね、ここ」
「は?」
コタツに入って帽子手袋コート完備で、寒い?
そう言おうとした彼だったが、彼女の表情が妙に穏やかで。
まだ何かを語ろうとしているような感じだったので、口を閉ざす。
「こんなに大雪が降って。気温も下がって。風も冷たくて。小さいころは、この雪が大好きでさ。雪合戦とか、雪だるまやかまくらや雪うさぎ作りとか、ソリで滑ったりとか、雪遊びに憧れたものだったけど」
彼女の表情はひたすら穏やかで。
外からは、コントロールを誤ったらしい雪玉がかまくらに当たる音がする。
「私もね、それなりに寒がりなんだ。温暖なシランド育ちだし。任務の時は動きやすい格好で行かなきゃいけないししょうがなかったからあの格好でも我慢できたけど」
彼はただ黙って、彼女の言葉を聞いている。
コタツの向かい側から紅い瞳が二つ、彼女を見ていた。
「任務でもなんでもない今日、別に部屋で、暖かい所でいたって誰も文句は言わない。宿屋で暖炉にあたってのんびりしてても何も悪くない」
彼女がグラスを置いた。
まだ中に入っていた紅い透明な液体が、小さく音を立てて揺れる。
「でもね。寒いし足は痛いけど。でも、私は外に出て、寒いところに出て、皆と一緒に遊びたいなって、思ったよ」



「あ?」



「皆と、…そしてあんたと。一緒にバカやって遊びたいって、思ったよ」





彼女が微笑む。
その表情を見て彼が、また問うた。



「なら。なんで今外行って遊んでこねぇんだよ?」
そうだ元はこの話をしていたんだった、そんな事を思いながら彼が訊く。
彼女はまるでその問いに対しての答えが最初から決まっていたかのように、当然そうに答えた。



「あんたがここにいるからさ」





「………」
「あ、だ、だから。あんた寒がりだし、もし放置して凍死でもされたら困るし。誰か一人くらいはここにいないと、あんた飲みすぎて酒全部空かしそうだし」
慌てて無理やりに理由を作っている彼女を見ながら、彼はコタツに突っ伏して小さく笑い出す。
「ほぉ…」
「…それに…あんたがいないと、つまらないから」
小さく呟いたのだろうがしっかりと聞こえてしまった彼女の声に、こらえ切れずに彼は声を出して笑った。
「っくくくく…」
「あ、ちょっと、何で笑うのさ」
「いや…お前、面白いな」
「何それ、馬鹿にしてるだろ」
さっきまでの慌てた様子はどこへ行ったのか、不機嫌そうに言い返す彼女を見遣り。
彼はコタツからずぼりと出て、立ち上がる。
「え?」
さっきまで動きたくもないといった素振りを見せていたのに。
不思議そうに彼を見ている彼女の視線に気づいたのか、彼が口を開く。
「行くぞ」
「は?どこに」
「外」
「…何で?」
「雪遊びしてぇんだろ?」
けけけ、と意地悪く笑う彼の台詞にぽかんとなって。
そんな彼女の手を、彼が握って引っ張る。
強引に立たせた彼女を、さらに引っ張って彼はかまくらの出口に向かった。
「え、あんたも?」
「じゃなきゃ外に向かわねぇだろうが」
「寒いんじゃ、なかったの?」
「酒飲んで多少温まった」
「面倒なんじゃ…なかったの?」
「気が変わった」
「…どうして?」



急に意見を変えた彼に驚いたのか、自然に彼女の口から滑り出た台詞に。
彼はにやりとお馴染みの顔で笑い、当然そうに答えた。





「お前が遊びたいって言ったから」





「…え」
「あのな。俺が寒いわ疲れるわガキっぽいわ、んなこと自分から進んでしたがると思うか?どこぞの誰かがいなきゃ俺は今ここにいねぇんだからな」
「………」
「…大体、お前がいねぇとつまらねぇだろ」



不思議そうな顔をしていた彼女の口元が緩む。
繋いだままの手をそのままにして、二人でかまくらを出た。





「あっ!二人とも早くおいでよ!雪合戦しよう」



出てすぐに、青髪の少年に声をかけられる。
雪まみれで笑っている楽しそうな少年の後頭部に、音を立てて雪が当たった。



「ってぇ、やったなクリフ!」
「ぼーっと突っ立ってんのが悪ぃんだろー」
「よぉしフェイト、集中攻撃しちゃおう!」



絶えず笑い声が聞こえる、そのとても寒くてでも暖かい空間に立って。



「あー、お二人さん手繋いじゃってー!」
「じゃあアルベルちゃんとネルちゃんペアで決定ね!元々男女二人ペアだったしちょうどいいね」
「ほらほら二人とも、早く準備しなきゃすぐに当てられちゃうわよ」



びしょ濡れになりながら、白い息を吐きながら、頬を寒さに染めながら笑っている皆を見て。






「…じゃぁ…やるからには、容赦しないよ?」
「はん、シランド育ちが何言ってやがる」
「よく言うよ、普段雪を構うこと無さそうな顔しといて」
「言いやがったな」





二人、雪を握り締めて剣呑に笑った。





皆が、そして君がいないと世界がつまらない。
だから…。





飽きるくらい、一緒にいよう。