「皆に質問です。冬と言ったら?」
「雪」
「雪だるま」
「コタツでみかん」
「雪かき」
「温泉」
「霜」
「朝布団から出たくなくなる季節」
「そう。そうだよ。冬と言ったらそんな感じだよね。雪が降って、雪だるま作って、雪合戦して、コタツでみかん食べて。でも、何か物足りないんだよ」
「何が?」
「よく訊いてくれたねソフィア。何かってぇと、今年はなにも冬らしいスポーツをやってないんだよ!」
「は?」
「スポーツだよ、スポーツ!冬って言ったらいろいろあるだろ、スキーとかスノボとかスケートとか!毎年毎年、受験のある年でさえ絶対に一回は行ってたのに!」
「…度胸あるな」
「もう推薦で受かってたからね。んでまぁそれはともかくとして」



あぁ、わかってたじゃないか。
青髪の人外リーダーが言い出すことは、いつだって突飛だから。
あの唐突な質問を投げかけられた時点で、私達はきっと覚悟していなければならなかったんだって。



「ウィンタースポーツしよう」






シエスタ。





「却下」
「えーなんでー」
「子供みたいに拗ねても可愛くないわよ。フェイト、私達はそんな事してる場合じゃないでしょう?創造主を倒すっていう目的の為に旅を続けてるのよ?」
「修行の一環だよ。ほら、スキーやスノボは足腰の筋力の増強でしょー、スケートは戦闘時に必要なバランス感覚を養えるし、寒いところで過ごせばディープフリーズに強くなるカモ。それにスキーの後はジェミティ宿泊時恒例の温泉に入れるから疲れも取れて一石二鳥だよ」
「………」
「…マリアさん、諦めましょう。屁理屈駄々っ子状態になったフェイトは、梃子でも意見を曲げませんから…」
「…諦めようぜ、マリア。俺の数少ないが信憑性は有る経験から言うと、このテのタイプは納得いくまで付き合ってやったほうが早く済む」
「…あなたはスキーの後の温泉が目当てなんでしょ、クリフ」
「う」
「んー、でも久々にスキーやりたいなぁ」
「すきぃ?」
「あ、ロジャーちゃんは知らないか。スキーっていうのは、細長くって薄い板を靴に取り付けたようなモノで、雪山を滑るスポーツだよ」
「へー。なかなか面白そうじゃん!」
「…しょうがないわね。この頃戦闘尽くめで皆疲れも溜まってるだろうし」
「そうそう、息抜きは必要だよネ!じゃあ早速ジェミティ行ってー雪山行ってースキー用具借りてー」



いつだって彼は、いや彼含む彼ら先進惑星の人達は強引だから。
ハイテンション状態になってる彼らを止めるには並大抵の労力では無理。
ああ、私の隣にいる奴もきっと嫌がりつつ結局受けれるに違いない。
めんどくさがりな彼のこと、やっぱり眉間に皺寄せて言った台詞は不満そうな承諾の言葉。



「…強引な奴だ」
「同感…。私達口挟む余地無かったしね」
「ま、どうせ口挟んだところで適当に言いくるめられるのがオチだったろ」
「…妙に悟りきってるねぇ」



拒絶する気はないんだけどね。
でも、何か一悶着二悶着あるだろうことは目に見える。
なぜかってそれはほら、このお祭り好きなメンバーが集まればきっと何か仕出かすだろうから。
ため息つかずにはいられない。
何度も言うけど嫌というわけではないんだよね。
ただ、巻き込まれるなぁと漠然とした疲労感があるだけで。





「山だー!やっほー!しかも貸切!広々滑れるー!」
「ちょっとフェイト、こんなところで大声出してもし雪崩でも起きたらどうするのよ」
「確かに自然な雪山を忠実に再現したってさっきジェミティ案内にあったから、危ねぇかもな」
「雪崩なんて逢ったら息抜きどころか生き埋めになっちゃうじゃない。真っ平御免だわ」
「だいじょーぶだよ、そのときはあたしが精霊さん呼び出して、雪から掘り起こして貰うから」
「それって解決策になってないじゃんよ。それにしてもすげーなーここー雪山のてっぺんじゃん!」
「確かに凄いよね。こんなだだっ広い雪山の頂上に来たのは初めてだよ」
「………寒ぃ」
「さて、初心者…っていうか、エリクール出身の三人はスキーがなんたるかを知らないだろうから、説明するね。スキーっていうのは、この板を専用の靴にはめて、雪山を滑るスポーツのことなんだ」
「じゃあ、滑り方からね。まず、スキー板が平行になるように滑っちゃ駄目よ。スピードが速くなりすぎて止まれなくなっちゃうから。ボーゲンっていって、板の形をカタカナのハの字みたいになるように滑るの。そうすれば速度がゆっくりになるから、そう恐怖も感じないしね」
「じゃあ、ここはフェイトがお手本を」
「…言いだしっぺがやれってこと?ま、仕方ないか。んじゃ実際滑ってみるから見ててねー」



「こんな感じだよ〜!」
「へぇ…」
「ほへ〜…」
「………」
「どう?できそうかなぁ三人とも?」
「う〜ん…。慣れるまで時間がかかりそうだね」
「やってみるまでわかんないじゃんよ」
「そうよね。…まったく、フェイトもフェイトよ。いきなりこんな山頂に連れてくることないのに…」
「ですよね〜!私も前フェイトにスノボ教えてもらった時、すっごい高いところにいきなりつれて来られてすごい怖かったんですよぉ」
「ま、こいつらも運動神経良いし、大丈夫だろ」
「じゃ、特訓開始!だねv」



慣れるまで時間が、だなんて言ってみたはいいけれど。
正直、上手く出来る自信なんて皆無。
言われるがままに、板が平行にならないよう注意してそっと滑り出す。
うぁ、変な感じ。
アーリグリフの地下水路を思い出す。
常にこんな状態なのか、これはなかなか難しい。



「ぅわ、意外に難しいね、これ…、っと、良かった止まれた…」
「わぁ、ネルさん上手です〜!やっぱり運動神経良い人は上達も早いですね〜」
「そんなことないよ、少しの距離しか滑ってないし…」
「初めてにしては上出来よ。じゃ、次アルベルね」
「転ぶなよ〜ネルもちゃんとできたんだからコケたらカッコ悪いぜ」
「うるせぇな」



そう言い捨てて、プリン髪のあいつはためらいもなく滑り始めた。
え、嘘?上手じゃないか?
さっきまで興味なさそうに嫌そうにしていた彼はいったい何処へ。
苦も無く私やフェイトのいるところまで来たあいつは、涼しい顔して口を開く。
余裕すら感じさせて、少し悔しい。



「…これで満足か?」
「…えー!?嘘ー!上手ですー!何でー!?」
「ほんと…嘘みたい。普通に滑ってるじゃない」
「アーリグリフで似たような遊びがあったからな。ガキの頃よくやった」
「えぇ〜?何それー、ってことはアルベルちゃんケイケンシャじゃん!んもーそれ早く言ってよ」
「俺らがやってたのは細長く切って蝋塗った板靴に縛り付けただけだったから、こっちの世界のと同じかどうか確信が持てなかったんだよ。すとっくとかいう棒も使わなかったしな」
「や、そんだけ滑れれば十分だって」
「じゃ、次はロジャーだね」
「おぅ!ぜってープリン頭より上手に滑ってやるじゃんよ!」
「やれるものならやってみやがれクソガキ」
「…前の二人がなかなか上手だったからって、変な意地張らなきゃいいんですけどねぇ…」
「そうね…」
「よっし!やってみるじゃんよ!」



ビュゴ―――――



「のぅわわわぁぁぁぁぁぁぁ―――…!(声フェードアウト)」
「うわー!ロジャーちゃんちょっと待ってー!(同じくフェードアウト)」
「…ねぇ、今物凄い速さで滑り降りて行ったけど…すきぃってあんなスピードも出るのかい?」
「…あれは…斜面に垂直に立った上に板平行にしやがったな、あのチビ」
「あーあー…。ありゃ、何かにぶつかるまで止まらないよ」
「ロジャー、大丈夫かな?スフレちゃんが追いかけていったけど…」
「どうにかできるものでもないわよね…止まるように声かけても、パニックになって聞こえないだろうし」
「…ネル、アルベル…お前らはああならないように気をつけろよ」
「………あぁ…努力するよ」



自分もああなるかもと思うと少し不安だけど。
でも先進惑星組の彼らは、とても楽しそうに滑っているから。
慣れる様練習しなければ、と思った。
どうせならやっぱり楽しみたいし、怪我もしたくないし。
慎重に降りよう、と思いながら滑って、一度二度危ないところがあったけど、なんとか下まで到着。
ふぅ、冷や汗かいた。



「下まで降りてきたけど、ネルったら初心者にしてはなかなか上手じゃない」
「やっぱり運動神経良いんですね〜。羨ましいな」
「ううん、あんた達の指導が上手いからだよ」
「謙遜すんなって。そんだけ滑れりゃ上等だぜ」
「じゃ、これからは各自分かれて自由に滑ろうか。…あぁ言い忘れたけど、ロッジで休むのナシねさっそく板外そうとしてるそこのアルベル君?」
「……ちっ」
「あなたもう戻る気だったの?まったく、そんなに早くやめたらせっかくの入場料が勿体無いじゃない」
「そーだよそーだよ、せっかくなんだから楽しまなきゃ!」
「………」



なんだかんだ言って、…やっぱり付き合いは悪くないんだよね、こいつ。
ぶすくれて、でも反論せずに結局受け入れている彼を見て、気づかれないように笑う。



「じゃ早速滑ろうか!ソフィア、さっき見つけたとこ行こう」
「あ、途中のまだ誰も滑ってないまっさらなところだよね?うん♪行こう行こう!」
「じゃあ私は…どうしようかしらね。そういえばネル、アルベル、この擬似スキー場の設備の使い方はわかった?」
「あぁ、とりあえずはね。あの"とらんすぽーと"で雪山のどこに行くか選べばそこに連れてってもらえるんだよね」
「ええ、そうよ」
「で、疲れたらあの"ろっじ"で休憩できる、と。飲み物食べ物は入場料に入ってるから無料。…こんな感じかい?」
「その通りよ。…大丈夫そうね。後は自由に滑ってくれて構わないから」
「よし、じゃあ俺はさっき見つけた、"難関コース速滑りランキング"とやらに挑戦してくるか」
「…クリフ…あなたって本当競争事には燃えるタイプよねぇ」
「年甲斐ねぇな…」
「うっせぇよアルベル!…んじゃ、ちょっくら登録してくるわ」
「まったくもう。…私も行くわ。羽目を外しすぎて怪我でもされたら困るし」
「あぁ、いってらっしゃい。…まったく、どっちか保護者かわからないねぇ」
「まったくだ。…じゃ、俺も適当に滑ってくる」
「え、あ…、ちょっと待った!…初心者を置いていく気かい?」
「は?お前そこそこ滑れんじゃねぇか」
「…でも…ほら、何かあったとき困るだろ?だから…」
「…。……一緒に滑りたいって素直に言えば考えてやらんでもないが?」
「なっ…」
「あぁ、違ったか?なら俺はもう行くぞ」
「………性悪男…。……一緒に行くのなんてどう?」
「気が向いたらな」
「…一緒に行かないかい?」
「どうしようかね」
「…。…一緒に行きたい…」
「上出来」
「………性格悪…」
「俺らしいだろ」
「そこ胸を張って言うところじゃないと思うんだけど否定できないってのが空しいねぇ」
「あーはいはい」



結局私はこいつに勝てない。
そう思わされるのはこんな時かもしれない。
まぁ、こいつについていかないと、本当に一人でどうにかできるかわからなかったし。
…ん?もしかして、これを想定して先進惑星組はそそくさと自由行動にしたのかな?
そう思うと乗せられたみたいで悔しいけど、満更でもないので何も言わずにおいた。





「わー、きれいー!まっさらー!」
「さて、この何にも跡のついてない雪に思いっきり跡つけて滑るのが面白いんだよね」
「ねv さぁ跡つけちゃおうっと!」





「よっしゃ行くぜ!マリア、ちゃんとタイム計っといてくれよー」
「はいはい。無理しないでよ、年なんだから」
「…最後の一言は余計なんだがな…」
「気にしないのが大人ってものよ。じゃあ始めるわよ、三、二、一、GO!」



ヒュゴ―――



「よし、じゃあ私は通常コース通ってクリフより先に下に着かなきゃ…あ、タイマーのボタン押し間違えてたわ。適当に数十秒上乗せしときましょ」





とらんすぽーと、で適当に場所を選んで。
行き着いた先は、山の中腹あたり。
そこから見下ろすと、思いっきり雪に跡をつけながら滑っているフェイトとソフィア、ゆっくりと降りているマリア、そして…これは遠目に見たから定かではないけど、林の間を爆走しているクリフ。
皆の姿が見えた。…ロジャーとスフレは、とらんすぽーとに行ってる頃かな?
それぞれに楽しんでるみたいだね。
フェイトが発案した"息抜き"、みんな満喫してるじゃないか。
うん、ここに来てよかった。
そう思って少し笑った。



「…さて、さっきと違うところに出たね」
「要は下を目指しゃいんだろ?とっとと行くぞ」
「はいはい…。まったく、あんたは景色をゆっくり眺める感性もないのかい?」
「別に。…雪山なんて見て何が楽しい」
「本当、風情とか感性とか、そういう言葉からかけ離れてるね、あんた」
「悪いか。…おら、行くぞ」
「あ、ちょっと待ちなよ」



先に行ってしまった彼を慌てて追いかける。
慌ててと言っても、まだ全然慣れていないからゆっくりゆっくり追いかけるしかないんだけど。
ああ、彼が先にどんどん行ってしまったらどうしようか。
私に何かあってもどうにもならないじゃないか。
すきぃ、は重力に従って下へ行くには早いけど、上に行くのは大変だし。
ちょこちょこと板をはいたままカニのように横歩きしなきゃならないらしい。
そしてそれはとても面倒な作業だから、きっと彼は億劫だといってやるのを拒むに違いない。
…もし何かあったら…考えるのはよそう。
こんなだから心配性って言われるんだ。もう少しおおらかにおおらかに…。



「あ」



防寒着であるすきーうぇあという服から帽子から靴から板から全部黒づくめな、ついさっきまで傍にいた色彩が見えて。
ずいぶん先へ滑ってしまっていたと思っていた彼が、途中で止まって待っていてくれた。
しかもご丁寧に、ひらひらと手を振って自分の場所を主張しながら。
…少し感動。



「…遅ぇよ」
「しょうがないだろう?初心者なんだから」
「だから待っててやったんだろうが、感謝しろ」
「…まったく」



相変わらずの物言いに少し呆れる。
待っててくれてありがとう、と言おうとしたのだけど止めとこう。



「んじゃ、行くぞ」
「あ、うん」



今度の彼は、さっきより心持ちゆっくりと滑り出した。
何度も何度もカーブを描いて、時折こちらをちらと振り向きながら。
…さっきに比べては配慮してくれているようで。
やっぱり後でお礼を言おう、と思った。
こいつにはこいつなりの、気遣い方がある。
それに気づけただけでよしとしよう。
私がついていける程度のスピードで、一定間隔を保ちながら前を滑っていく彼の背中を見ながらそう思った。



そう、思っていたとき。
少し強めの風が吹いた。
雪は降っていなかったから視界が阻まれることはなかったけど。
頭にかぶっていた帽子の感覚がふっとなくなった。



「…あっ!」
「あ?」



まずい。その風とスキーで滑る風圧で、後ろに飛ばされてしまったんだろう。
思わず短く叫んで、後ろを見やる。
振り返った先には、さっきまでかぶっていた黒に近い紺色のふわふわ帽子が、白い雪の中ぽつりと落ちているのが見える。
止まらなきゃ、と思って減速しようとした時。



「おい!前向け、こっち迫ってくんなぶつかんぞ!」
「え…?わっ!」



前を向いた私の目に映ったのは、さっきまで一定間隔を保っていたはずの、黒ずくめの彼。
ちょっと待って、なんで私の予想進路のど真ん中で止まってるのさ?
慌てて方向転換しようとしたものの、時既に遅し。
重力に従って、私はそのまま滑り降りて―――





どん!どさどさっ!





間抜けな擬音がぴったりくるような音を立てて、ぶつかった。
慌てて起き上がると、目の前には雪の上に座り込んでいる彼。
そんな彼の目の前に同じく座り込んだ私。
二人して雪まみれ。



「ってぇ…」
「ご…ごめん」
「お前な…何初心者が滑る途中で後ろなんぞ向いてんだよ」
「帽子が飛んじゃって…。あんたこそ、何であんな中途半端なところで止まってるのさ」
「お前が"あっ"とか叫ぶから何かあったかと思って一旦止まってやったんじゃねぇか!」
「…あ、そう」



どうやら。
私は帽子が気になって振り向いて。
彼は私の声が気になって立ち止まって。
彼が立ち止まって私の方を振り返った時、私は後ろを向きながら危なっかしげに滑っていて。
その進路が偶然彼の止まった場所で。
彼が立ち止まって振り向いたときにはもう私がすぐそばに迫っていて。
なすすべも無く、どーん。
…と、つまり不幸な偶然が重なってこうなってしまった、ようだ。





「あは、あんた雪まみれだね」
「お前もだろうが」
「雪まみれになって、雪の上に座り込むなんて子供のとき以来かな?あんたは?」
「んなの俺も同じだ」
「あ、そう?あんたの事だから、道を歩いてて民家の屋根から雪が落ちてきてたり、ぼーっと歩いてて雪だるまにぶつかったりで雪まみれになってるかと思った」
「…お前俺を何だと思ってやがる」
「さぁね?」



いまだ雪をかぶったまま、むっとした子供のような表情を彼が浮かべるものだから。
おかしくなって思わず笑うと、笑うなとでも言いたげな視線で睨まれた。
その彼の表情が子供みたいで、また私は笑った。
ああ、こんなに笑ったのは久しぶり。



「なんか、大笑いしたら何か気が抜けてきたな」
「おい、何投げやりなこと言ってやがる?」
「肩の力が抜けたってことだよ。…たまにはこういうのもいいもんだねぇ…」
「…そうかもな」



意外にも、否定するとばかり思っていた彼はどこかぼぅっとしながら同意してきた。
雪の上に座り込んだまま、そんな彼の顔を見る。
先程までの、眉間に皺のよった不機嫌そうな表情は、そこにはなくて。
文字通り肩の力が抜けたような、気の抜けた顔。
お互いに、こういう気の抜けた顔を見るのは本当に久しぶりかもしれない。
思い返してみれば、この頃ほんとうに戦闘ずくめだったから。
…ここに来てよかったと、改めて思った。



空は青くて。
雪山の白い色とのコントラストがとても綺麗で。
そんな景色を目に焼き付けるように、雲ひとつ無い大空を見上げた。





視界に。
白いものがちらついた。



「…え?」



そしてその白いものは、ふわふわと空から舞い落ちてくる。
雪?
まさか。
今日の天気は晴天快晴、雲ひとつ無い文字通り真っ青な空。
雪を運んでくるはずの雲がひとつもないのに、何で雪が降るのか。
誰にとも無く心の中で問いかけてみるも、答えるものは当然ながらいない。



「風花、だな」
「かざばな…?っえ、これ、何かの花なのかい?」
「違ぇよ。雪だ、雪」



彼の口から紡がれた聴きなれない単語に、思わず彼を見る。
彼は空からひらひらふわふわと舞い落ちてくる白いものを見ながら、続ける。



「今いる地点より高い場所、山の頂上とかから風に乗って舞い落ちる雪のことだ」
「へぇ…。ってことは、いま降ってる雪は頂上に積もっていた雪が風に飛ばされてきたのかい?」
「そういうことになるな」
「ふぅん…」



見たことも無かった、珍しい現象に驚きながら、私は空を見上げる。
粉雪のような、小さな細かい雪が舞い落ちてくる。
でも、相変わらず空は青くて太陽は眩しくて。
不思議な気分だった。





「綺麗だね」
「あ?」
「風花。綺麗だと思わないかい?」
「…そうかもな」





舞い散る風花が、綺麗で。
空が青くて、太陽が眩しくて。
照りつけるような雪の山の日差しも、この寒さの中だと心地よい。
日差しが雪に反射して、キラキラと光っている。
あ、雪の中に小さな花発見。
山鳥かなにかの、さえずる声が高く響く。



…きっとこれらも人工的に作られたものなのだろうけど。
何故か、安心した。
…あぁ、のどかな気分って台詞はこういう時に使うんだろうか。



「…なんかさ」
「んぁ?」
「のどかだねぇ……」



ぽつり、呟く。



「この頃、レベルアップやらなんやらで、戦闘ばかりで、一休みする時間って、あんまりなかっただろ?」
「…そうかもな」
「…なんか今日妙に素直だね?」
「なんだ、否定してほしかったのかお前は」
「別にそういうわけじゃないけど…」
「なんだよ」
「…そんな状況だから、最初は、ここに来ることに少し不満があったんだ。私達は、こんなことしてる場合じゃないんじゃないかって…。やるべき事は他に、いくらでもあるって…」
「その通りだと思うが」
「…でも。でもね、」



「…ここに来て、良かったなって思う」





「そうか」
「うん」
「…俺は未だに、こんなことしてていいのかって思うがな」
「………」





創造主を倒すという目的があって。
それは決して容易いことではなくて。
準備すること、用意する物、しなければならないこと、それぞれに山ほどあって。
浪費できる時間は多くないから。
彼の言い分も、それを言った心境も理由も、すごくよくわかる。
…けど、





「たまには、さ。息抜きも必要だよ」





本当に、心から、そう思う。
気を張ってばかりじゃ。
いつか、きっと、何もかもが嫌になる。
ちょっとした壁にぶつかって、それを打ち破る方法もわからなくて、嫌になってしまう。





「…そうかもな……」
「だろう?」
「そういうことにしておいてやるよ」
「何それ」



微妙にかみ合っていない、軽口を叩き合って。
二人、顔を見合わせて、笑った。





「あ、そういえば帽子飛んでいっちゃったんだっけ…」
「っち、そうだったな…っやく、面倒なことしやがって」



滑ってきた後ろを振り向けば、白い雪の中にぽつりと佇むひとつの帽子。
しょうがない、面倒だけど取りに行くか、と立ち上がると。



がちん。がちん。



隣の彼がすきぃ板の金具を外していて。
なるほど、こういう時の為にすとっくとやらがあるのか、なんてつぶやいていた。
え?
不思議そうな目で見ていると、



「板外して歩いていったほうが早いんだよ、こういう時は」



識者の意見を述べられた。
…なるほど。板外せばいいんだ。
不覚にも物凄く納得してしまった。
声に出さなくて良かった。からかわれただろうから。



「あ、待って、私も行く」



さすがに自分の帽子のために彼だけを取りに行かせるのは申し訳ない。
そう思って、慌てて板を外して彼を追った。
なるほど、この靴は少し歩きにくいけど、板をつけていた時に比べて格段に歩きやすい。



「おらよ」
「あ、ありがと」



ようやく追いついた頃には、彼は帽子を拾い上げていた。
受け取って、かぶり直す。
ずっと雪の上に落ちていた帽子は冷たかったけど。
それほど苦にはならなかった。てんぷこんとろーら様々だ。



「さて、戻るか―――」



隣の彼がそう言った直後。





「お前ら危ねぇぞ―――どけどけ―――轢いちまうぞ―――!!」



後ろから、物凄い大声が聞こえて。
はっとなって振り向くと、クリフが物凄いスピードで滑り降りてきた。
…あー、ここさっきのランキングとやらのコースだったんだ。
なんて冷静に分析してる場合じゃない、避けなきゃ。
隣の彼と思わず飛びのく。
クリフはさっきまで私達がいたところを思いっきり爆走(?)して行った。



ザバ―――――…



…盛大な、雪のしぶきをあげながら。





ぼたぼたっ、ぼたっ。



隣にいた私達の頭上に、固まった雪が一気に降ってきた。





「…てめぇ、何しやがる雪かぶったじゃねぇか!」



隣の彼が、今滑り降りて行ったクリフに向かって叫んだ。
当のクリフは、もう既に物凄いスピードで雪山を滑り降りていた。
…さっきの、転倒した時以上に雪まみれな私達を残して。



「あの野郎…」



不機嫌そうにぶつぶつ言っている彼を見る。
さっき以上に雪まみれ。
もちろん、私も。
彼も視線に気づいたのか、こちらを見て。
二人、顔を見合わせた。



雪まみれな彼に、また笑いがこみ上げてきて。
肩を震わせながら笑っていると、何故か彼も笑い出して。



「あははは、あんたまた雪まみれだね、あははは!」
「お前もだろうが、っ、くくくっ」





二人、何がそんなに面白いのかはわからなかったけど。
声を上げて、笑った。








肩の力を抜いて。
笑っていれば、きっと嫌なことも吹き飛んでしまうと知った、冬の昼下がり。