「ラナは弟と妹なら、どっちが欲しい?」 お腹の大きな母親にそう訊かれて、ラナは真っ先に答えた。 「おとうとといもうと、りょうほう!」 即答したラナに、母親が苦笑した。 「…それは、ちょっと難しいかもねぇ…」 「そうなの? でも、どっちかなんてえらべないもん」 そう言ってから、ラナはあ、でも、と言い直す。 「でも、あかちゃんふたりもうむと、おかあさんとってもたいへんだよね。じゃあ、ひとりだけでもいいや。それでもうれしいもん」 一気にそう言って、ラナはにこりと笑って母親である彼女のお腹を見る。 「たのしみだなぁ、どんなこがうまれるんだろうね?」 「そうだね、楽しみだね。…きっと、もうすぐだろうから、生まれてきてくれたら、仲良くしてあげるんだよ?」 「うん! はやく、あいたいな!」 ラナが笑って、彼女もつられるように笑った。 ラナが言った通りに、弟と妹が両方同時に双子として生まれてくるだなんて、この時誰も予想はしなかった。 Someday,Someplace 〜初めてのお留守番〜 はらはらと、量は少ないが断続的に降り続いていた雪が止み、空が久々に晴れ間を見せた冬のある日。 雪が止むのと同じくらい久々に休みの取れた彼が、やはり珍しく家にいる日の昼下がり。 じ――――っ。 「…ラナ。んなに見なくても、別にいなくなったりしねぇぞ」 本当にじーっという効果音が聞こえてきそうなくらいに、ベビーベッドの中の肌着に包まれた小さな双子の寝顔を凝視しているラナに、父親である彼が苦笑した。 ラナは踏み台に乗りながらベビーベッドに手を乗せたまま、首だけ上を向いて彼を見る。 「だって、かわいいんだもん!」 「…生まれてから三ヶ月、いや四ヶ月は経った気がするが。飽きないのか?」 「あきないよ? だってかわいいんだもん」 数十秒前に言ったばかりの台詞をラナがまた繰り返す。 「おとうさんはあきちゃったの? クラとリィ、こーんなにかわいいのに!」 見上げられたままに尋ねられて、彼が少し困ったように苦笑する。 「飽きた…わけではないが」 「でも、ラナにあきないのかってきいたよね?」 そこまで言って、ラナはあぁそうか、と納得したように笑った。 「わかったー!」 「ん?」 「おとうさん、クラとリィよりおかあさんのほうがかわいいっておもってるから、あきちゃったんだね!」 「………」 彼の顔が微妙に引きつった。 「…なんだそりゃ」 「だってリウナおばあちゃんが、ラナのおとうさんはラナのおかあさんのこと、せかいいちかわいいっておもってるのよーって、ゆってたよ?」 「………」 彼の脳裏に、自分が一生敵わないであろう金髪の母親の笑顔が浮かんだ。 「あれ、ちがうの?」 無邪気な瞳で尋ねてくるラナに、どう答えようかとしばし迷ってから、 「…。違わないこともないが」 ぼそりと答えた彼に、聞き取れなかったのかラナが首を少し傾げながら訊き返す。 「え? きこえなかったよ、なんていったの?」 「何でもねぇよ」 「えー? きになるよ、もういっかいだけいってよ」 ベビーベッドに載せていた腕を下ろし、ラナは彼に体を向けて再び尋ねる。 が、彼はふいっと顔を逸らしてしまい答えようとしない。 「ねーねー、おしえてってば」 「………」 ラナは踏み台から降りてぴょんぴょんと跳ねながら彼の顔を覗き込もうとするが、その度に彼も体の向きを変えてしまう。 「いっかいいったことならもういっかいいえるでしょ? いってよいってよーぅ」 「………」 体の向きを変えているが、口は開こうとしない彼にラナがぷーと頬を膨らませて。 「おとうさん、だんまりさんになっちゃたー」 「なんだそりゃ」 「なんにもいわないひとはだんまりさんなの。ダメなんだよだんまりさんは!」 「…あまり騒ぐと、こいつらが起きるぞ?」 さりげに話題を逸らしながら注意した彼に、ラナははっとして口を手でふさぐ。 が。 「ふ…」 一足遅かったのか、ベビーベッドから小さな声が聞こえた。 「あっ」 ラナが慌てたように振り向くと、目が覚めたらしいリコリスが紅い瞳をおぼろげに開けていて。 次の瞬間、リコリスの顔がくしゃりと歪んで。 「ふ…うぇええ―――ん!」 甲高い泣き声が部屋中に響き渡った。 「わ、わわわっ、ごめんねごめんね、もううるさくしないからなかないでっ」 慌ててラナがそう声をかけるが、だがその言葉が生まれて四ヶ月の赤子にわかるはずもなく。 「ふぇえぇっ、うぇ、うえっ」 泣き止む様子も見せないリコリスに、ラナはあわあわと意味もなくきょろきょろ周りを見回す。 それを見ていた彼は苦笑しながらベビーベッドに手を伸ばし、隣に寝ているクラスターを起こさないようにそっとリコリスを抱き上げた。 大きな手に抱き上げられたリコリスは、ふ、と声を漏らして泣き止んで。 「泣くな。…ラナが困ってるぞ」 そう声をかけながら彼があやすと、リコリスの涙はぴたりと止まって、きょときょとと目を瞬かせた。 そして覗き込んでいる彼の顔を大きな瞳で見上げて。 数秒もたたないうちにきゃっきゃっと笑い出す。 一部始終をぽかんとしながら見ていたラナは、彼を尊敬の眼差しで、すこしだけ羨ましそうに見上げた。 「おとうさん、すごいっ。リィすぐになきやんじゃった!」 菫色の瞳をきらきらと輝かせて言うラナに、彼はリコリスをあやし続けたまま答える。 「…急に視界が変わったから、驚いて泣き止んだんだろ」 「そうかなぁ…。でも、ラナはリィがないてるのに、なにもできなかったもん。だから、すごいよ」 しゅんとなるラナを見て彼はまた苦笑して、泣き疲れたのかまたうとうとしはじめたリコリスを撫でながら口を開く。 「んなに落ち込むな。お前が無理してこいつらの世話する必要ねぇよ」 「でも! ラナはもうおねえちゃんなんだよ、だったらなにかしたいんだもんっ」 うー、と唸るラナを見やり、意地っ張りは母親譲りだな、と内心思いながら、彼は寝入ったリコリスをまたベビーベッドに寝かせる。 「…おかあさんもね、リィや、クラがないたとき、だきあげてよしよしってやってあげてるの。そうするとクラもリィも、すぐになきやんじゃうの」 ぽつりとラナが言って、リコリスに掛け布団をかけた彼がラナを見る。 「ラナもおねえちゃんなのに…。なにかしてあげたいのに…。なにもできないなんて、くやしいな…」 しょんぼりとしてしまったラナを見て、彼がかがんでラナの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「その気持ちだけで十分だろ」 「そうかなぁ…」 俯き加減につぶやいて、ラナが彼を見る。 「でも、ラナにもなにかないかなぁ? クラとリィに、なにかしてあげられることとか、ないかなぁ?」 問われた彼が少し考えて。 「…とりあえず、今はこいつらを起こさないように少し離れた所に行くか、それか声を小さくするかだな」 「あっ」 慌ててラナがもう一度口を押さえる。 そんなラナを見て彼が笑って、ラナの両脇に手を伸ばして抱え上げる。 「おら、弟妹観察もいいがまた起こしたら困るだろ、移動するぞ」 「え? でも、おかあさんにラナとおとうさんのふたりでこもりしててねっていわれたでしょ?」 「部屋を離れるんじゃなくて部屋の中で移動するんだよ」 「あ、そっか」 ラナはていまいってなんだろう、と思いながらも彼の言葉に返事をする。 しばらくしてから、母親である彼女がご飯だよと呼ぶ声が聞こえて。 彼は双子がすやすや寝入っているのを確認して、ラナを連れて部屋を出る。 「クラとリィ、だいじょうぶかな? ふたりぼっちで」 「大丈夫だろ。そんなヤワな奴らじゃねぇし、すぐ近くの部屋にいるんだしな」 そんな会話をしながら、二人はダイニングへと向かった。 「あぁ、子守りお疲れ様。ご飯できてるよ」 ラナの母親である赤毛の彼女が、戻ってきた二人に声をかけた。 「うん。でも、うるさくしてリィおこしちゃった」 しゅん、として報告したラナに、彼女は苦笑する。 「あぁ、そういえば泣き声が聞こえたっけ…。クラは起きなかったのかい?」 「うん。リィがえーんえーんってないてるのに、クラはすやすやねてたよ」 「…周りに影響されずに寝るのは、あんたにそっくりだねぇ」 くす、と彼女が笑って、彼を見る。 「うるせ」 彼がそっけなく返して、彼女がまた笑う。 そしてラナに向き直って、優しく諭すように口を開いた。 「赤ちゃんはすぐに声に反応するから、あまりうるさくしたらダメだよ?」 「はぁい。これからきをつけるね」 素直にラナが謝って、彼女は笑って椅子に座るよう促した。 出来立ての料理の前に座って、ラナがいただきますと言って手を合わせる。 「そうそう。お母さんとお父さん、ご飯が終わったら買い物に行くんだけど、ラナはお留守番できるかい?」 「おるすばん? うん! できるよ!」 「…すぐ帰ってくるから大丈夫とは思うが、あいつらが起きたらどうすんだ?」 彼が彼女に訊いて、彼女が少し考える。 「大丈夫だと思うよ。あの子達、この時間は静かにしておけばずっと寝てるし。私達も十分くらいですぐ帰ってくるしね」 「そんなにはやくおかいものできるの?」 「うん。すぐそこの家具屋さんに、新しいベビーベッドを買いに行くだけだから」 「あ、そっか。クラもリィも、どんどんおっきくなってるし、ふたりだとせまいもんね」 「買う物は大体決まってるし、すぐ帰ってくるから。お留守番、お願いね」 先ほどから、双子の弟妹のために何かをしたいと考えていたラナにとっては、願ったり叶ったりで。 「うん、まかせて! ちゃんとクラとリィもみてるし、おるすばんもきちんとするよ」 「無理はしなくていいからな」 「だいじょうぶ!」 彼の言葉にも、ラナは自信有りげに答える。 それを見て彼女は微笑ましそうに、彼は先ほどの事もあり少し不安そうに、ラナを見た。 「じゃあ、行ってくるね。すぐ帰るから」 「何かあったらすぐにこれ使えよ?」 以前フェイト達と冒険している時に彼と彼女が貰った通信機を見せながら、彼がやや心配そうに言う。 ラナはスカートのポケットからもう一つの通信機を取り出して、答える。 「うん、わかったよ。あかいのをおすとおとうさんとはなせるんだよね?」 「あぁ」 「それじゃ、留守番よろしくね」 「うん! いってらっしゃーい」 手を振って彼らを見送って、彼らが門を出て姿が見えなくなるとラナは扉とカギをきちんと閉め、家の中に入る。 自分と眠っている双子しかいない屋敷の中は静かで、自分の足音すら大きく聞こえてラナは無意識に足を忍ばせる。 「あぶないあぶない、しずかにしてなくちゃ」 小声で独り言を言って、ラナはそっと廊下を歩き双子の寝ているベビーベッドのある部屋へと入る。 もしも双子のどちらかが起きてしまった場合はなんとかしなきゃ、とラナは意気込んで、音を立てないように歩いてベビーベッドの前に来た。 十分の間だけのお留守番とは言え双子をきちんと見ていようと、ラナはまた踏み台に乗って二人を覗き込む格好でベビーベッドの柵に頬杖をついた。 見るとクラの掛け布団がずれていて、ラナは双子を起こさないようにそっと直してやる。 「これくらいなら、かんたんなのになぁ…」 ため息をつきながら、ラナが小さく呟いた。 四歳になったばかりのラナが乳児を抱き上げては危険だからと、ラナは親や他の大人に手を貸してもらうときを除いて双子を抱っこすることを止められていて。 ラナ自身もそれは納得しているが、泣いている弟または妹を見ているだけしか出来ないというのも、なんだか寂しくて。 何かしたいのにできない歯がゆさを感じながら、ラナはぼんやりと双子を眺めた。 時折もぞもぞと動くが、気持ち良さそうにすやすやと眠っている双子をぼぉっと見つめて。 「やっぱり、かわいいなぁ…」 小さな声でぽつりとつぶやいて、ラナはふにゃりと笑う。 その時。 ―――どさどさどさっ ベビーベッドのすぐ傍の窓の外から、重いものが落ちたような大きな音がした。 「!?」 ラナは思わず声を上げそうになって、でもなんとかこらえて窓の外を見る。 どうやら屋根に積もった雪が久々の陽射しで溶けてずり落ちた音のようだった。 ラナが少しほっとして、ベビーベッドを見る。 「…あ」 今の大きな音に驚いたのか、眠っていたはずのクラスターの瞳が薄く開き、涙を浮かべている。 「う、うわぁぁ―――ん!」 「わわわ、クラ、なかないでっ!」 慌てて声をかけても、泣き止むはずもなく。 「どどど、どうしようっ」 慌てるラナの脳裏に、何かあったら使えと言われていた通信機が思い浮かぶ。 思わずスカートのポケットに手が伸びそうになるが、このくらいで呼んでしまっては彼と彼女が困ってしまうかもしれない、とその手を押し止める。 ラナはきょろきょろと周りを見て、とりあえず近くにあった音の鳴るおもちゃを持ってきて、クラスターに見せてみる。 「クラ、おもしろいおとがなるおもちゃだよー」 「うぐっ、えっ、えぅっ、うぇえええんっ」 「あぅ、だめかぁ…」 おろおろしながら、ラナはまた周りを見回して、次は目に付いた絵本を持ってきた。 「ほら、わんことにゃんこのほんだよ、かわいいよー」 「ぅえぇ、ぇうっ、えぅぅうっ」 「ああああどうしよう…」 あわあわとラナが慌てていると、さらに悪いことにクラスターの泣き声でリコリスまで目が覚めてしまい。 「うぇ」 思わずラナが呻いた数秒後、二人分の泣き声が部屋に響いた。 「ふぇええ、こまったよー…」 ラナまで泣きそうになりながら、泣いている双子をおろおろと見る。 ふとその時、以前ラナの母親が言っていた事を思い出す。 "赤ちゃんはね、たくさんの物に興味を持ってるんだ。だから、普段見ることの無い面白いものを見せたりすると、喜んでくれるよ" 「―――そうだっ!」 名案を思いついて、ラナが声を上げる。 ラナは目を閉じ、小さく何かを唱えた後、 「それっ!」 目を開けて手のひらを自分の目の前で開く。 その声と共に、ラナの手のひらの上に小さな光の球が浮かび上がって、七色に輝き始める。 ラナは急いでその光の球を泣いている双子に見せるように移動させる。 頭上に現れた、鮮やかに色を変える光の球を見て、双子の泣き声がぴたりと止んだ。 それに安心して、ラナが二人に笑顔を向ける。 「ぴかぴかひかるひかりのせじゅつだよ、きれいでしょ!」 双子は目を丸くしてその光を見ていたが、やがてきゃっきゃっと楽しそうに笑い出した。 それを見てラナが嬉しそうに笑って、もっと沢山色が変わるように光を調整する。 またそれを見て双子が笑って、ラナもつられたように笑った。 「ただいまー」 しばらくそうやって色を何種類にも変えて遊んでいると、玄関から母親の声が聞こえてきて。 「あっ、おかあさんだ!」 踏み台からぴょんと降りて、施術で作り出した光はそのままにしてラナが玄関へと向かった。 鍵を開けて扉を開けると、彼女と、大きな箱を抱えた彼が立っている。 「おかえりなさい!」 「ただいま。ちゃんと留守番できたかい?」 「うん! あのね、ラナもクラとリィのこと、なきやませられたんだよ!」 はしゃぎながらラナが彼女の手を握る。 「へぇ、すごいじゃないか。どうやったんだい?」 「えへへ、みてみて!」 ラナがぐいぐいと彼女の手を引っ張り、彼女は苦笑して返事する。 「はいはい」 彼女はラナに引っ張られるままに、双子のいる部屋に移動して。 「あのね、ゆきがどばーってやねからおちてきておっきなおとがして、クラがなきだしちゃったの。そしたらリィもないちゃって…」 「それは大変だったね…」 「でもね、ラナきちんとなきやませたんだよ!」 彼女は感心しながら、部屋の扉を開けて。 部屋に入った瞬間、目を丸くした。 「すごいでしょ! クラとリィちゃんとなきやんでくれたんだよ!」 「………」 驚いている彼女の瞳に、ふわふわと浮かぶ施術で作り出された光の球が映る。 初歩の、施術を学ぶものなら誰でも使える光の術。 だが、彼女がラナに施術を教えた覚えはなく。 「…あれ、ラナがやったのかい? 施術で?」 「うん!」 得意げに笑うラナを見て、彼女はぽかんとしたまま呟く。 「どうして…? ラナは施紋も刻んでないし、施術が使えるわけが…」 「…おかあさん?」 ラナが不思議そうに首を傾ぐ。 「おい、早いとここいつ組み立てなきゃならねぇんだろ?」 彼の声がして、彼女が振り向く。 大きな箱を抱えたままの彼が部屋に入ろうとすると、ラナがまた得意そうに口を開く。 「あっ、おとうさんもみてみて! ほら、あのぴかぴかひかるせじゅつで、クラとリィなきやんでくれたんだよ! ラナがなきやませたの!」 「…あ?」 彼も驚いて、まだ消えずに浮かんでいる光の球を見る。 「………」 そして彼女と同じようにぽかんとなって、光の球を凝視した。 「…おとうさん?」 またラナが不思議そうに呟いた。 「…こいつも受け継いでたか…」 ぽつりと呟いた彼に、彼女が反応する。 「えっ」 「俺の母親、先祖返りだとかで施紋ナシで施術使えるって前話しただろ」 「あ…」 彼女がはっとして、彼がさらに続ける。 「ラナもそれ受け継いだみたいだな」 「…そうなんだ…でも、施紋の事はいいとして、どうして呪文まで知ってたんだろう…」 やはり不思議そうに彼女が呟いて。 頭上で交わされる会話を聞いていたラナが、心配そうに尋ねる。 「ねぇ、もしかしてラナなにかわるいことしちゃったの?」 「あ、そうじゃないよ」 彼女が慌ててラナに目線を合わせて答えた。 「でも、おかあさんもおとうさんも、ふしぎそうなかおしてた」 「あぁ、ちょっと驚いただけだよ。ラナがどうして呪文…施術を使うための言葉を知ってたのかって」 「リーゼルおばあちゃんにおしえてもらったの。おおきくなってせじゅつがつかえるようになったら、つかってみなさいって」 「母さんが…」 彼女が驚いたように小さく呟く。 「でもね、おおきくなるまでまちきれなくって、こっそりれんしゅうしたの。そしたら、つかえるようになったの」 「そうだったんだ…」 「…おおきくなるまで、つかっちゃいけなかったのかな?」 困ったようにラナが言って、彼女が笑顔を見せる。 「ううん、そんなことないよ。すごいじゃないか、四歳で施術が使えるなんて」 彼女がラナの頭を撫でて、ラナが嬉しそうに笑う。 「大したもんだ。…将来大物になるかもな」 今まであまり口を開かなかった彼も、そう呟いて。 「えへへっ」 ラナが嬉しそうに、笑う。 「まさか、この歳で施術を使うなんて…驚いたよ」 はしゃいだまま、また光を操作して双子に見せているラナを見て、彼女が感慨深げに呟く。 「…そうだな」 「まだ初歩の施術とはいえ、実際大したものだよ。将来が楽しみだね」 「あぁ」 微笑んでいた彼女が、ふ、と苦笑して。 「…あの子が」 「ん?」 「あの子が大きくなって、施術を学んで、多くの術を使えるようになったとして…」 彼女が、光の施術で双子をあやしているラナを見ながら、続ける。 「ああやって、誰かを楽しませたり、喜ばせたり、…そういう、素敵な事の為に、使って欲しいな」 「………」 彼が無言になって、彼女が苦笑したままに続ける。 「大きな力は、良い事にも悪い事にも使えるから。使用者次第で、どんなことにでも使えるから」 「…そうだな」 「…あの子が…施術を、平和な、誰かを喜ばせるような、素敵な目的で使ってくれることを願うよ」 「………」 彼が一瞬黙って。 「…俺らが、そういう平和な国にしていくんだろ?」 呟かれた台詞に、彼女が頷く。 「…うん。絶対に」 短い一言だったけれど、たくさんの思いを詰められて発せられた声に。 「あぁ」 その、彼女の言葉の意味をきちんと全て汲み取って、彼が頷いた。 「クラもリィもうれしい? よーし、じゃあこんどはほのおのせじゅつだよ! みててねー…」 楽しそうに双子に話しかけながら、ラナはまた呪文を唱えようとして、 「…って、ラナちょっと待ちなーっ! 部屋の中で火なんて出したら危ないだろう!」 慌てたように彼女がラナの元に飛んでいって、詠唱を中断させる。 「ふぇ?」 「ラナはまだ練習中なんだから、部屋の中で火の施術なんて使ったら危ないだろう? 外でやるんだよ」 「あ、はぁい! じゃあおかあさんもみにきてよ、ぜったいせいこうさせるから!」 「はいはい」 彼女が苦笑して、ラナの手を繋いで部屋の外へと出て行く。 その後姿を見ながら彼が苦笑した。 笑い疲れたのか、いつの間にかすやすやと眠る双子を見やって。 彼は抱えてきた大きな箱を部屋の中に移動させ、双子を起こさないように静かに開けて中身を出す。 「みててね!」 「あぁ、ちゃんと見てるよ。頑張ってね」 「うん!」 窓の外から、庭に出たらしいラナと彼女の声が聞こえてくる。 箱から出したベビーベッドの部品を組み立てながら、彼がふと考える。 ラナが生まれる頃やそれ以前は、自分が休日に呑気に大工仕事をしているなんて考えられなかった。 その、考えられないはずの事が今まさに実現していて。 「…平和だな」 本当に。 かなりの感情が込められたその一言は、誰にも気付かれず小さく部屋に響いた。 「じゃあいくよ!せーの…」 「えっ!? ラナ、 まだ詠唱が一分節終わってないよ?」 「へっ?」 窓の外から、そんな会話が聞こえてきて。 ぼかーん。 一瞬遅れて間抜けな爆発音が聞こえた。 「………」 彼は数十秒前の台詞を撤回すべきか、と思わず思案して。 「げほげほっ、うー」 「…あーあ、途中までは良かったのにね…ラナ、真っ黒だよ」 「むー…。もういっかい!」 「はいはい。今度は間違えないようにね」 「…十分平和だな」 やはり撤回するのはよそう、と考えて、彼はまた苦笑した。 |