「ブレード・リアクター!」
「当たるかよっ! 双破斬!」
事実上の決勝戦、フェイト&ソフィアペア対アルベル&ネルペア戦は、先ほどの二対一+一に近かった準決勝と違い。
「あぁもう、さっきの戦いの疲れが癒えてないのに馬鹿みたいに突っ込んでいくんじゃないよ! ヒーリング!」
「フェイト頑張って! エンゼルフェザー!」
二つのペアが両方とも接近戦の前衛と援護の後衛にきっちり別れ、二対二のチーム戦になっていた。
「悪いねアルベル、さっきのバトルから間髪入れずに戦い始めちゃってさ! 疲れてるんじゃない?」
「は、誰が! そっちこそ、戦闘終わってから時間が経って体が冷えてきてんじゃねぇのか?」
前衛の男二人は剣と刀を打ち合わせながら、闘技場観覧席からの歓声が彼らの一撃一撃にどっと沸いているのは耳に入らないかのように楽しそうに会話を交わす。
「フェイトってば楽しそうだなぁ。さっき二対一だったから鬱憤が溜まってたのかな?」
詠唱の合間にぽそりとソフィアが呟く。少し心配そうに苦笑しながら。
「あーあ、フェイトと再戦したいって切望してたのはわかるけど…」
施術発動の合間に小さくネルが呟く。少し困ったように苦笑しながら。
偶然にも同じようなタイミングで苦笑していた事に女性陣二人は気づかない。
「あ、ネルさんがヒーリング発動した。累積ダメージは消えないけどこれで疲れ取れただろうからフェアな勝負ができるね」
「そういやお前らは今まで適当に大技使って雑魚一掃で終わらせてたんだったな。手ぇ抜いてるといざって時に実力出せねぇぜ」
「ご心配どーも! でも安心してよ、僕は今ちゃんと全力出すから」
「ほぉ、そりゃ楽しみ、だなっ!」
挑戦的に笑いながらアルベルがフェイトの肩口を狙って斬り込んだ。
フェイトが上体を捻って避けようとするが、斬られたという痛みはなかったものの小さな衝撃を受けて表情をむ、と顰める。
「…これがダメージ判定か。斬られた衝撃はあるのに血は流れないって変な感じ」
「同感だ。まぁ、見た目だけじゃ戦闘不能か判断し辛いから累積ダメージっつぅことにしてんじゃねぇのか。回復合戦になったらキリねぇし」
「ふーん、確かにいつもの闘技場のバトルと違ってこんなに参加者がいるなら、そうしないと困るのかもね。それにしても今までずっとノーダメージで通して来たのに。さすがにアルベル相手じゃそうも行かないね」
「当たり前だろうが。甘く見られたもんだな、俺も」
「別にー? でも、僕も負けちゃいられないからねッ!」
強気に笑ってフェイトが一歩踏み込み、すぐに地を蹴った。
「リフレクト・ストライフ!」
「っと、」
側面からの素早い蹴りをアルベルは後ろに一歩下がって避けるが、フェイトはその動きも読んでいたのかにやりと笑う。
「もーいっちょ!」
「ちっ!」
着地してすぐにまた蹴りを入れる。アルベルは刀で受け止めたものの、完全に防ぐ事はできなかったようで今回は数回ヒットした。
「やりやがったな!」
「僕だって負けたくないからね!」
楽しそうに斬り合う二人を見て、後衛の彼女らはまた苦笑する。
「やれやれ…。加勢するって言っても手ぇ出すなって言われそうだねぇ…」
「なんだか、手の出し様がないなぁ…。うーん、でも援護くらいならいいかな? いいよね?」
置いてけぼりを食らう彼女らが思わず苦笑しながら、だけど何もしないわけにもいかないな、とそれぞれ施術の準備または紋章術の詠唱に入る。
「フェイト下がって! ディープフリー…」
先に詠唱が終わって発動させたのはソフィアと思いきや、
「発動させないよ、凍牙!」
「っきゃー!」
ネルの施術が炸裂する。ソフィアが横っ飛びで避けるが、一つだけヒットしたようで小さな衝撃があった。
「ネルさん、ソフィアを狙ってたか。こっちに来ると思ってたから警戒してたのに」
前衛組はお互い少し距離を取って向かい合い、相手から視線を外さずに冷静な口調で会話を交わす。
「お前らは紋章術やらのダメージを軽減できる呪文があるからいいだろうが、こっちはそうもいかねぇからな。発動させる前に封じる方が早いだろうが」
「なーるほど。中断される可能性がある大技で一掃せずに、確実な方法を取ってちゃんと律儀に戦ってた二人だから思いつく連携だね」
「…あの場内放送とやらで聞いたのか?」
「そうそう。まぁ僕らは中断されない自信があったから大技連発作戦取ってたけどねー。まぁぶっちゃけいちいち雑魚の相手するのが面倒だったんだけど」
からからと笑うフェイトに、アルベルがけっ、と小さくぼやく。
「大丈夫だよ、今回は真面目にやる。決勝戦だし、アルベルとネルさん相手に大技連発なんて通用しないってわかってるし。なんたって攻撃してもみんな怪我しないしね。仲間に怪我なんか、たとえこういう場でもさせたくなんかなかったから、このシステムは正直ありがたいよ」
「…相変わらず甘い奴だ」
「甘くて結構。でも、今はその甘さも捨てられるって訳だ。負けず嫌いのお前はどーせ再戦を願ってたんだろ? 躊躇なく攻撃してくるだろうから、こっちとしても甘さを捨てられる事はラッキーだよ」
す、と僅かに目を細め、口の端を上げて笑いながらも真剣な表情でそう言ったフェイトに。
「あぁ、そうかよ」
アルベルはセリフだけ聞いたならばどうでもよさそうにしているものの、フェイトにつられるように表情は真剣なものになっていた。
「前から思ってたんだよね。自分がこの旅を通してどれくらい強くなれたのか、何かの形で試してみたいってさ」
「ほぉ…。お前らしくない殊勝な考えじゃねぇか。お前の成長の証明なんざどうでもいいが、俺もお前とはもう一度戦いたいと思ってたからな。いいだろう、相手になってやるよ」
「それはどうも。…じゃあ、遠慮なしで行くからねッ!」
「上等!」
お互いに笑いながら同時に正面へと駆け出す。
直後、再び長剣と刀が激しく切り結ぶ高く重い音が連続で何度も響き渡り、また会場を沸かせた。
「…なんだか、フェイトの雰囲気変わったなぁ」
ネルの施術を警戒しつつも視界に前衛二人を入れて様子を見ていたソフィアは、激しい金属音に思わず視線を移す。
「…おやおや。お互い本気で戦う気になったみたいだね」
打ち合う音、そして太刀筋が鋭くなっているのを視界の端で捕らえ、ネルが楽しそうに微笑した。
「ネルさん!」
そこでソフィアが前衛二人を挟んで距離を置いた場所にいるネルへと声を張り上げる。
「私、ずっと前から思ってたんです。私、最初は本当に足手まといで、何も出来ないお荷物で。…今ではちょっとはマシになってきたと思ってるんですけど、それを確かめて確信できる機会が欲しいなぁって。ずっと思ってたんです!」
「…へぇ、それはいいな心がけじゃないか! あんたはいつも頑張り屋で、その頑張りに見合うだけの実力もつけてきた。もう誰も足手まといだなんて思ってないけど…。それでも確かめたいのかい?」
「はい! きちんとした形で確かめたいんです! ちょっとしか聞こえなかったけど、さっきフェイトが同じような事言ってるの聞いて、私も自分の力を試して、確かめてみたいって! 今はその絶好のチャンスなんだって、そう思ったんです!」
距離はあったが、視力の良いネルにはソフィアが真剣な顔でぎゅっと杖を握っているのが見て取れた。
ネルはふっと笑い、そして表情を真剣なものに変える。
「…そうだね。たまには、自分の実力がどれ程のものか、測る機会があってもいいのかもしれない。それは私にだって同じ機会。私にとっても、自分がこの戦いでどれだけ成長できたのか、確かめる事のできる絶好の機会だね!」
「はい! だから、手加減なしの文字通り真剣勝負です! フェイト達だってきっとそう思ってます、だから私にも、フェイトにも、遠慮なんかせずに本気でぶつかってきてください! ちょうど良く、攻撃しても怪我もしないシステムですし!」
「あぁ、そうさせてもらうよ! 連携する力も戦闘力の一つだからね、あんたは勿論フェイトにだって手加減なしで行かせてもらうよ。だからあんたも遠慮なくかかってきなよ!」
「はいっ!」
後衛組は後衛組で、互いに真剣な目のままに微笑し合う。
どちらともなく視線をお互いから外し、斬り合っている前衛組も見える位置で視線を固定し状況判断に回る。
現在前衛組は間合いを取り合っている最中と判断したネルは、
「下がれ! 雷煌破!」
アルベルに聞こえるように声を上げて施術を発動する。
声をかけられたアルベルは迫り来る雷電にすぐに反応して避ける。不規則な動きを警戒するように数歩下がってさらに間合いを広げた。
一方、アルベルに警告が聞こえたという事は対峙していたフェイトにも当然聞こえていたわけで、フェイトもまたすぐに間合いをあけて避ける体勢を取っていた。
だが、こちらは巻き込まれるのを避けたアルベルと違って狙われる立場にある為、一度のバックステップでは避けきれずに何度か別の方向へと飛び退る羽目になる。
そこをネルが見逃すはずもなかった。
「黒鷹旋!」
「うわわっ!」
すかさず放たれた追撃に、フェイトが一瞬焦りを表情に浮かべる。両方同時に避けることはできないと悟って立ち止まり、ブーメランのように襲ってきた小太刀を優先して避ける。ただ、まだ消えていなかった雷電はやはり避けられず多少のダメージを受ける。
「やるね…! 僕らだけじゃなく、ネルさんも本気って事かな!」
「さぁ、それはどうだかな。とにかく、攻撃の手が増えるに越した事はねぇな!」
フェイトが体勢を立て直すのを許さないかのように、アルベルが踏み込んで間合いを一気に縮める。一瞬の間の後、ガキィン、と鈍い金属音が響く。
体勢を立て直すのが遅れたフェイトは、無理な立ち位置で刀を受け止めた為に徐々に力負けし始める。
「さすがだね、戦いの間やタイミングを読む事に関してはアルベル達の方が長けてる、それは認めるよ!」
「なんたら紋章の所為で元一般人とは思えねぇ能力持ってやがるお前らに対抗するにはそれで丁度だろうよ!」
「あはは、そうだね、そうかもね! でも、僕らだって負けてないからね!」
言って、フェイトは急に長剣をスライドさせて力の均衡を崩し、アルベルの刀を横になぎ払って素早く一歩下がる。
拮抗していた状態を解いたフェイトが次にどう動くか判断しようとしたアルベルの目に、
「!」
フェイトの背後にいるソフィアの方向から、小動物のような小さな悪魔達が群れを為すようにわらわらとこちらへ向かってくるのが見える。
「ちぃぃっ!」
アルベルは舌打ちしながら、ある程度の距離を逃げ切るまでどこまでも着いてくる悪魔達から逃れる為に逆方向へ走り出す。
「くっ、なかなかやるね!」
焦りを含んだネルの声が聞こえてアルベルが視線をそちらへやると、ネルもいつの間にか発動していたロックレインから逃れる為に駆け出していた。
「静かだったと思えば、これを準備してやがったのかあいつは!」
「あぁ、やっぱり油断ならないね、術は防御できないから発動されたら逃げるしかないからね!」
走りながら、二人は互いに警戒を促すように一言ずつ会話を交わした。
防戦に回りだした二人を見て、フェイトがこの機会を逃すまいとアルベルを追いかける。
「逃げたって無駄だよ、足は僕のほうが速いんだから!」
小さな子悪魔とフェイトの両方から追いかけられる羽目になったアルベルは。
「…ウルザ溶岩洞の奥の、あの忌々しい戦いを髣髴とさせるぜ…」
デジャヴと呼ぶには余りにも生々しく残っている記憶をぼんやりと思い出していた。



「さぁ、このイベントの事実上の決勝戦も佳境に近づいて参りました! 両者共に互角の戦いを繰り広げ、着実に相手の累積ダメージを蓄積させています!」
「さすがランキングバトルで同じチームを組んでいる者同士ってところかな。相手の行動パターンをよく理解しているよ。ここまで互角の戦いをチーム戦で見たのは久々だね」
「現在、両者チームの選手とも累積ダメージはイエローゾーンです! 恐らく、誰かが誰かに数回攻撃を加える事ができれば決着が着くでしょう。さて、ここから両チームがどう動くのか!」
ディルナの軽快なテンポのアナウンスに、会場はまたまた沸き、反対にフェイトはつまらなさそうにちぇ、と舌打ちする。
「残念、そろそろ累積ダメージがお互い限界近くまで溜まってるみたいだね。相打ちになって終わるとかの最悪の事態だけは避けたいなぁ」
「安心しろ、そんな阿呆な真似はしねぇよ。お前らが負けて決着、それで終わりだ」
「そうはいきませんよ! ここまで拮抗させたんです、私達だって勝つつもりでいるんですから!」
「それはこちらも同じだよ。ここまできて負けるのはさすがに悔しいからね!」
四人共、一歩も譲らないと言わんばかりににらみ合いを続けている。
「うーん、四人共タイミングを十分に計ってるわね。ソロン、この決着をどう見る?」
「今までの経過からすると、一時的にでも二対一の局面を作ってしまえば勝機に繋がるだろうね。恐らく誰かに一撃か二撃ダメージを与えればそれで決着になるし、それは選手達もわかってるはずだよ」
「なるほど、二対一の局面ね。でもそれってさっきのデーモンロードペアとの準決勝試合と同じように、逆にやられる可能性もあるってことじゃない?」
「そう、そこなんだよ。先に動いた方がやられる可能性が高いからね。睨み合いが続いているのはそれを警戒してるんじゃないかな。あと一撃か二撃で終わる状況だからこそね」
解説と実況が交互に繰り返す議論を聞きながら、四人はやはり睨み合いを続けている。
「…って言ってるけど? そっちの作戦はどうなってるかな、もしかして今の解説どんぴしゃ?」
「んなの言うわけねぇだろうが、阿呆」
「えー、でも私達は考えてた作戦どんぴしゃですよ? でも、実行に移すかどうかは別ですけどね♪」
「おや、陽動作戦かい? 最後の最後でやるじゃないか」
決着間近だというのに、いや、だからこそかもしれないが、のんびりとした会話が交わされた。
その場には、先ほどまで互角の戦いを繰り広げていた四人の雰囲気はまるでなかったが。
数秒後、何がきっかけかは本人達も恐らくはわからないだろうが、四人の間に流れる空気は硬質化する。
「…じゃあ。行くよっ!」
最初に動いたのはフェイトだった。同時にソフィアも詠唱を唱え始める。
「ストレイヤー…、」
「そうきやがったか!」
フェイトに一番近い距離にいたアルベルが素早く飛びのいて距離を取り、そのまま駆け出す。
アルベルが赤い渦の範囲内から抜け出したのを見てフェイトは小さく舌打ちしたが、そのまま技を続行させ、
「ヴォイドッ!」
「っと!」
一瞬でネルの目の前に現れて一撃を見舞う。ネルは予想していたのか、その攻撃を短刀でしっかりと受け止めた。
がきんとまた金属音が響く。
「さすがですね、僕がこっちに来るって読んでましたか!」
「まぁね。二対一の局面を作る作戦で来るだろうって事は大体わかってた。ソフィアの台詞でちょっと考えさせられたけど、七割方こう来ると思ってたよ。…このまま防戦一方でいたら、ソフィアの紋章術でやられるだろうって事もね」
「あれ、じゃあこんなにのんびり会話してていいんですか?」
長剣と短刀を切り結ばせた膠着状態のまま、ネルが笑った。
「言っただろ、こう来ると思ってたって。そう思っていたのは、私だけじゃないんだよ」
フェイトが不思議そうな顔をした直後。
「空破斬っ!」
「なっ!」
フェイトの真横に衝撃波が襲ってきた。慌ててフェイトは後ろに跳び退る。
同時に走りこんできたアルベルがフェイトとネルの間に滑り込むように立ちはだかる。フェイトがむぅ、と口元を歪ませた。
「予定じゃ、ストレイヤーヴォイドで距離を一瞬で詰めたから、アルベルが応援に駆けつける頃には決着できたはずだったんだけどね。なるほど、アルベルにとっても予想の範囲内だったって事か」
「そういうことだ」
にやりと笑うアルベルの背後で、いつの間にか詠唱を完了させていたネルが術を発動させた。
「ファイアボルト!」
その術が詠唱中のソフィアを狙ったものであると気づき、フェイトが声を上げる。
「ソフィア、右側の壁に走れ!」
「! うんっ!」
詠唱を中断させたソフィアが慌てて走り出し、ファイアボルトが届く前に壁に張り付く。襲ってきた炎の球は壁にぶつかって霧散した。
「ふぅ」
「安心してる場合か?」
フェイトの注意がソフィアに向いているうちに、アルベルが間合いを詰めていた。
「っ!」
「双破斬!」
「うぁ!」
フェイトは一撃目を剣で受け止め、二撃目は受け止められないと踏んで後ろに飛びのいて避けた。
「やったな!」
「こっちも防戦一方でいるわけにはいかないんでな!」
アルベルのその声が引き金となったのか、また刀と長剣の剣戟が響き合う。
そのうちに、ネルはまた詠唱を始めたソフィアに紋章術を発動させまいと駆け出していた。
二人の脇をすり抜け走り出すネルに気づいたフェイトが止めようとするが、目の前のアルベルの相手に手一杯でその場からほとんど動けない。
ソフィアも発動を中断されることを警戒してか、先ほどよりも素早く詠唱が終わる呪文をつむいでいる。
ここから走っていては間に合わないと判断して、ネルは一旦立ち止まり素早く詠唱をして、
「アイスニードル!」
「きゃうっ!」
ソフィアの立ち位置から、ファイアボルトでは意味がないと判断し別の術を唱える。ソフィアはまた詠唱を完了させることができず、うぅ、と小さく唸った。
詠唱が中断させられたことを確認すると、ネルはまた間合いを詰める為に駆け出す。
「…ネル!」
そこに、背後からアルベルの少々焦りが含まれた声がかけられた。
ネルが驚いて思わず立ち止まると、
「させませんよ!」
なんとかアルベルの攻撃から逃れて強引にストレイヤーヴォイドを発動させたフェイトがネルの真正面に現れ、長剣を振りかざす。
立ち止まっていたお陰でなんとかその一撃を避け、ネルはフェイトから間合いを取った。
「まったく、厄介な技を持ってるねぇ。瞬間移動なんてどういうカラクリなんだい?」
「えー、それはなんというか、紋章の恩恵ってことで。まぁこんな物騒な改造されたんですし、ちょっとくらいいい目見てもバチは当たりませんからv」
にっこり笑うフェイトに、ネルは苦笑を返す。
「さて。ちょっとした形成逆転ですね。アルベルの遠距離攻撃はあまり使い勝手が良くないですから、ほぼ完全に二対一局面のできあがりですよ」
「…こうはなりたくなかったんだけどね」
「さて、今回はアルベルが間に合う前に決着着けたいのでちゃっちゃと行きますね! ショットガン・ボルト!」
「おっと、」
発動の早い炸裂弾を危なげなく避けたネルだが、間髪入れずに追撃が来る。
「リフレクト・ストライフ!」
「ちっ!」
フェイトが地を蹴ってから蹴りが炸裂するまでの一瞬のタイムラグを利用して、ネルはまた避けるが。
「イフリートソードッ!」
「うわぁっ!」
着地地点を狙って、待ち構えていたかのようにソフィアが紋章術を発動させた。
さすがのネルもこれは避けられず吹き飛ばされる。一撃だけヒットしたが、どうやら累積ダメージは一定値を越えはしなかったようだ。
だが、もう限界値まで残りわずかだという事実は変わらず、ネルは吹き飛ばされて地面に叩きつけられる前に体勢を立て直す。
そこにアルベルが走り込んで来たので、これ以上追撃を食らう事はなかった。
「ちっ…、おい、ダメージ食らったか?」
アルベルは視線は正面を向いたままに背後のネルに声をかける。
「一撃食らったね…。でもまだなんとか限界値は越えてないみたい」
「…なら平気か。消える前にフェイトに一撃食らわせたから、向こうも同じようなもんだろうしな」
「さーて、それはどうだろうね?」
「うーん、それはどうでしょうね?」
フェイトとソフィアはにやりまたはにこりと笑うが、その表情には余裕も焦りも両方とも感じられなかった。
タチの悪い笑顔だな、とアルベルが密かに毒づく。
「さて。そろそろ本当に決着を着けなきゃね」
「…結果的に壁際に追い詰められたから、決着を早めにつけたがってんな」
「さぁ? どうでしょうかねー?」
「どちらにしろ、お互い後がないみたいだね」
皆、正面にいる相手を見据えて不敵に、もしくは挑戦的に笑った。
その場に流れる空気がまた緊張感を帯びたものに変化する。
数秒、あるいは十数秒の間が空いて。
「…!」
最初に動いたのは先ほどと同じくフェイトだった。
「リフレクト・ストライフ!」
素早い蹴り技を放ってきたフェイトを、アルベルは難なく避ける。
が、これは後に来る大技のカムフラージュ兼繋ぎであるとその場にいる誰もが理解していた。
なのでアルベルは避けてすぐに、発動の早い技をかけてその繋ぎを絶とうとする。
「剛魔掌!」
「おっと!」
フェイトにとってもアルベルが反撃に出てくる事は想定内だったようで、難なく避けた。
その間にネルは術の詠唱を進めていた。フェイトの後ろにいるソフィアも同じく詠唱を続けている。
「ライトニングブラスト!」
「アイスニードル!」
お互い、詠唱を中断させることが目的であった為、威力は低くとも詠唱の短い呪文を発動し合う。
ほぼ同じタイミングだったため打ち消し合ったが、二人ともすぐに次の行動へ移った。
「黒鷹旋!」
「…!! ひゃあっ!」
真っ直ぐに襲い掛かってくる黒い小太刀をソフィアがしゃがんで間一髪で避ける。
が、ネルの本当の狙いはソフィアではなかった。
「フェイト! 後ろ!」
黒い小太刀は真っ直ぐに戻らず、今もアルベルと剣戟を続けているフェイトの真後ろに襲い掛かった。
「!?」
フェイトはぎょっと目を見開いて、後ろから飛んでくる小太刀と目の前のアルベルの攻撃どちらを避けようか逡巡し、
「くっ!」
アルベルの刀を強引に受け流し、後ろから迫る小太刀を避ける。が、体勢を崩したフェイトを見逃すアルベルではなかった。
「後ろに気をとられてる場合か?」
寸でのところでフェイトが避けた小太刀を難なく見送り、アルベルがフェイトに向かって踏み込む。
体勢を崩しているフェイトに一撃見舞おうとアルベルが刀を振りかぶった瞬間、
「アイスニードルっ!」
「!」
ソフィアの紋章術が発動した。
アルベルは次に踏み出そうとしていた一歩を踏みとどまり、避けようとするが。
「…、」
背後に、ブーメランのように回転して戻ってくる小太刀を受け止め数秒無防備な状態でいるネルがいる事に気づき、避けるのを止めた。
「…ちぃっ!」
飛んでくる氷塊を義手と刀で強引に叩き落す。
いくつかは被弾対象になったかもしれないが、実際に当たっていたならばかすり傷程度のダメージであったので累積ダメージは限界地を越えなかった。
が、
「もらった!」
「!」
その間に体勢を立て直していたフェイトが、アルベルに向かって一歩を踏み出して、
「ヴァーティカル・エアレイドっ!」
発動した技は見事に決まった。



「フェイト選手の技が見事命中! アルベル選手、ダメージ一定値越えにより失格です! よってフェイト選手・ソフィア選手のペアがこの熾烈な戦いを制しました!」
「やったーぁ!」
「っしゃ!」
ソフィアがぴょんと跳ね、フェイトが小さくガッツポーズを取った。
ネルは苦笑し、小さく肩をすくめる。
「ふぅ…あんた達もなかなかやるじゃないか。強くなったよ、本当に」
「えへへ、でもネルさん達も本当に手強かったですよ。何度やられるって思ったかわかりませんもん」
「そうそう。何度ヒヤっとさせられた事か…」
戦いの緊張が解けたのか、皆ほっとした表情で談笑し始めたが。
「………」
いつも通りの無表情のまま、いつものように黙りこくっているアルベルがひとり。
「ほら、あんたも拗ねてないで。これから表彰式とやらがあるそうだから、そろそろ移動するよ」
「拗ねてねぇよ」
「そう? その割には、バツの悪そうな顔してるじゃないか」
くすくすと笑うネルに、アルベルはふいっと視線を逸らしてすたすたと歩き始める。
ネルがその後ろを追って、その後にフェイトとソフィアが賞品楽しみだねーと笑い合いながら続いた。



やはり無言のままに歩いて行くアルベルの隣に並びながら、ネルがぽつりと告げる。
「…さっきの、あんたがソフィアの紋章術を避けなかった時のことだけど、さ」
「…何だよ」
アルベルはネルの方を見ないままに相槌を返す。
「私のこと庇っただろう」
「…気のせいだろ」
「あいにくと、あんたの背後にいたお陰でみんなの動きがよく見えてたからね。気のせいではないと思うよ」
「………」
無言になるアルベル。ネルは困ったように苦笑して。
「…まったく。あの時、紋章術を避けてフェイトに一撃食らわせてたら勝てたかもしれないのに。普段何度言っても敵に突っ込んで行くのをやめないあんたが、あえて防御に回るなんてどういう風の吹き回しだろうねぇ」
「…。お前が紋章術受けてたら俺も道連れで失格になってただろうが。だからしょうがなく護ってやったんだ」
ぶっきらぼうに言い放つアルベルに、ネルはくす、と笑いながら言い返す。
「私だって小太刀を回収した直後とはいえ、避けるなりあんたみたいに叩き落して防御するなりしてダメージを回避することくらいできたさ。それにあんたと違って反撃される心配もなかったし。失格を免れる事もできたと思うけど?」
「………」
再度アルベルが押し黙る。
ネルはしばらくアルベルの答えを待っていたが、答える気がなさそうだと判断して口を開く。
「…まぁ、あの状況じゃどちらにせよ負けてたかもしれないけど―――」
「…しょうがねぇだろ」
「ん?」
「しょうがねぇだろ。体が勝手に動いたんだ」
「え?」
ネルの 菫色の瞳がぱちりと見開かれる。
「俺が避けてもお前が失格にならない可能性もある事や、このまま避けて攻撃した方が勝てる可能性がある事も頭ではわかってたんだがな。それでも体が勝手に踏みとどまったんだ、しょうがねぇだろ」
「…何でさ。たとえダメージを食らったとしても、そりゃ失格にはなるけど私が怪我するわけじゃないのに」
「それでもだ」
「………」
今度はネルが黙る番だった。
アルベルももう何も言おうとしなかったので、しばし二人の間に沈黙が流れる。
やがてネルがふ、と苦笑して。
「…それが原因で負ける事になったっていうのにねぇ…。負けず嫌いでプライド高いあんたからそんな台詞が出るとは思わなかったよ」
「…ふん」
アルベルは不機嫌そうに鼻を鳴らすが、ネルはくすくすと笑ったまま。



「…あ、そうそう。さっき、…ええと、フェイトがソフィアを護る為に瞬間移動してきた時、だったかな?」
「ん?」
「私の名前呼んでくれたよね?」
「、………」
アルベルが大げさなくらいにびくりと反応した。
またネルはくすくすと笑って。
「…普段は呼びかける時も、おい、とかばかりでまったく名前で呼んでくれないってのにさ。今日は珍しいことばかりだねぇ」
「…チーム戦じゃ、名前で区別しなきゃ誰を呼んでるのかわからねぇだろ。ややこしいから手っ取り早い方法を取っただけだ」
「普段の戦闘はどうなるのさ」
「…」
言い返せずにまたアルベルが押し黙る。
ネルはそんなアルベルを眺めながら楽しそうに笑った。
「…ま、負けず嫌いのあんたが、勝つ為には手段を選ばなかった、って事にしておいてあげるよ」
「うるせ…」
「ふふ」
相変わらずそっぽを向くアルベルを見ながら、ネルはずっと上機嫌そうに微笑んでいた。



「まぁ、うん。…負けちゃったけど、なんだか悪くない試合だった、かな」
ぽつりと呟き、どことなく嬉しそうに笑うネルを見て、アルベルはやはりそっぽを向いたままに口を開く。
「…次はこうはいかねぇぞ」
「当たり前だよ。次に同じような機会があったら、負けるわけにはいかないさ」
「当然だ」
いつも、どちらかというと口喧嘩ばかりしている二人の間に、珍しく穏やかな空気が流れていた。





「………」
「………」
そして、後ろでそのやりとりを見ていた試合の勝者達は。
「…なーんかさぁ…」
「うん…」
それはそれは複雑そうな表情をしながら、ため息混じりに口を開く。
「試合に勝って勝負に負けたような気分なんだけど…」
「偶然だねフェイト、私も同じような気分だよ…」
ものすごく微妙な表情のままに、そんな会話を交わす。
「アルベル、珍しくあからさまにネルさんの事庇ってるし。しかも滅多に呼ばないらしいネルさんの名前も呼んでたし」
「ネルさんも、私達への攻撃って言うより、アルベルさんの援護に回る事が多かったし」
前を歩いている二人はいつになく穏やかな雰囲気を醸し出しながら、第三者が聞けばイチャついているようにしか聞こえない会話を続けている。
と、ふいにネルがひょいと振り向き、口を開く。



「あ、二人とも。次は私達も負けないからね?」
反射的に二人は答えた。
「「それこっちの台詞です!!」」





優勝したにも関わらず新たな決意を抱きぐっと拳を握る者二名と、不思議そうな顔している者二名をよそに、生き残り争奪カーニバルの幕は下りていった。