「…困ったな、カルサアの宿屋満員だって」
「ほぉ」
「こいつんとこに泊まる?八人だとちょっと狭いけど」
「あぁそうか、アルベルってカルサア出身だったっけ。実家どこにあるの?」
「カルサアの南だよね。あの大きな家」
「へぇ〜、ネルさんよく知ってますね。…もしかして、そこに通いつめてるとか?」
「いいやんなこたねぇが」
「うん。そっちには行ってないね」
「またまたそんな事言って…ん?"そっちには"?」
「こいつが来てんのはそっちじゃねぇって言ってんだよ」
「もう一つの方ならよく行ってるよ。こいつ用の、黒塗りの館」
「…こいつ用?」
「俺がこの町に来た時用にたまに使ってる所」
「実家はこいつの母さん用だからね」
「へぇ…」
「…ま、八人ならなんとか入らねぇことはねぇが…」
「大丈夫だよ、地下室と屋根裏使えば余裕だろ」
「(…いや、なんでそんなことまでネルさんが知ってるんですか…)」





黒塗りの館とみりんと柚子の入浴剤と立て付けの悪い扉





「ふぅーん、ここがそうなんだ」
「…なんで本当にここに泊まる事になってやがる?」
「いいじゃないか、どうせロクに使ってないんだし」
「突然ですけど夕ご飯にしません?」
「人様の家でお前…」
「まぁいいじゃないか、皆もお腹すかせてるだろうし。じゃ、皆を呼んできてくれるかい、フェイト」
「了解ですー」
「…で、誰が夕飯作るんだよ」
「私達に決まってるだろ。エプロン借りるよ」
「じゃ、行って来ますねー」



「お邪魔しまーす。連れてきまし…」
「アルベルー、みりん切れてるよー」
「あ?…いつもストックしてる場所にねぇのか」
「探したけどないから訊いてるんだよ」
「あー…上の方の棚の右っ側にねぇか?」
「そこももう探した。ついでに隣の棚もあらかた探したよ」
「なら切れてる、完璧に」
「そうかい。なら買いに行ってくるとするか」
「(…みりんのストック場所なんて普通知らないよな…しかも"いつも"って…)」





「いやー食った食った!」
「クリフ、貴方遠慮なさすぎよ」
「いいんだよ、どうせ費用はパーティの財布からだしいつもと同じだろ」
「………」
「じゃ、そろそろお風呂にしようか。沸かしてくるから順番決めといて」
「おい」
「ん?」
「今日は柚子な」
「はいはい」
「え、何ですか?お風呂後にデザートまでつけてくれるんですか?」
「わ、アルベルにしてはサービスいいね」
「違うよ。入浴剤の事」
「あぁ、そうでしたかー」
「(…僕ら全員デザートの事だと思ったのに…ネルさん一発で理解してたよな…)」





「お風呂沸いたよー」
「あ、はーい」
「最初はフェイトかい?」
「はい、じゃんけんで一番風呂勝ち取りましたvそれで、風呂場ってどこですか?」
「あぁ、こっちだよ」
「あ、すみませんわざわざ案内させちゃって」
「いや、案内もあるけどね。ちょっと言っておかなきゃいけないこともあって」
「?」
「まぁいいからついてきて。…実はさ、この頃この屋敷の浴室の扉の立て付けが悪くなっててね」
「え、壊れてるんですか?扉が?」
「あんたたちの世界とは違って、よくあることなんだけどね。で、この扉なんだけど…普通にノブ回して押しても開かないんだ」
「あ、ほんとだ」
「こうやって、ノブ回してから扉の上の方を勢いよく叩けば開くのさ。出るときも一緒」
「ふむふむ、なるほど。わざわざありがとうございましたネルさん」
「いや、お安い御用だよ。後から入る人にも言っておいてくれるかい?」
「はい、わかりました」
「じゃ、頼んだよ」
「(…"脱衣所"じゃなくて、"浴室"の扉の開け方知ってるってことはそれってつまりよくこの屋敷のお風呂に入ってるってことだよな…)」





「そろそろ寝ないといけないわね」
「部屋割どうする?」
「屋根裏一人、地下室二人、客室二つに二人ずつ、だな」
「ちょっと待てよ、一人分足りないじゃないか」
「俺は自室で寝るから除外してあるんだよ」
「あら、そうなの。じゃぁ客室を女性陣が使ってもいいかしら?」
「しょうがないよね。女の子は労わらなきゃ」
「じゃー各自歯磨きとかして寝ましょうか。アルベルさん、洗面所どこですかー」



「あ、ネルさん」
「おや、フェイトじゃないか。あんた確か屋根裏だったよね?」
「はい、そうなんですよ。一度寝てみたかったんですよね、屋根裏」
「ふふ、それは良かったよ。じゃあね、お休み」
「…え?ネルさん、その部屋アルベルの部屋じゃありませんでしたっけ」
「…あ。…しまった、いつもの癖で…」
「ゑ?」
「あ、いや、うん、なんでもないんだ。気にしないで。じゃあお休み」
「(…いつもの癖でアルベルの部屋?)」





「…夫婦だね」





ニヤリと笑って呟かれた台詞は、誰も聞いていなかった。