「どうしようどうしようどうしよう!?」
「どうしたんだいソフィア?そんなに慌てて」
「あっネルさん!どうしよう、フェイトが、フェイトが…」
「フェイトがどうかしたのかい?」
「フェイトが…自殺しようとしてたんです!」





キミと僕と思い違いと勘違い。





「え?嘘、何かの間違いだろう?あのフェイトがそんな人生無駄にするようなことしないよ」
「確かに、崖の前で躊躇してる自殺志願者を笑顔で蹴り落とす勢いのあのフェイトがそんなことしないって、私もずっと思ってました…。でも、昨日から自殺未遂を繰り返してるの、私何度も見たんです!」
「ど、どんな現場を見たんだい」
「例えば、朝部屋に行ったら腰の剣を手首に当ててたんです!あれ絶対リスカですよ!」
「…あぁ、手首切って死ぬやつだろう?でも、そんなまさか…」
「あと、その後部屋にいなくなっちゃったから探してたんですけど、そしたら宿屋の屋上で柵乗り越えて今にも飛び降りようとしてて…!」
「…屋上って二階だろ?そんな高さで投身自殺しようとは思わないんじゃないかな?」
「他にも、夕飯の前に工房に言ったんですけど、ファクトリーを閉め切ってしかもその中に練炭運び込んで煙焚いてたんですよ!」
「…よく、集団自殺で使われる手だよね、確かに」
「極めつけにっ、夜行ったら妙な薬何個も一気に飲もうとしてたんですっ!しかも、それって一気に何錠も飲むと昏睡状態に陥る睡眠薬だったんですよ!?」
「確かに大量に飲んだら過剰摂取で死ぬ恐れもあるね…」
「現場を押さえる度に必死で止めたんですけど…うぇーんネルさん、私どうしたらいいんでしょう…。フェイトが死んじゃうなんてイヤです!」
「落ち着きなソフィア。まだ、そうと決まったわけじゃないよ。とりあえずフェイトに確かめてみて、もしそうだったら止めるように説得すればいいんだ」
「う、うん、そうですね…。なんとかしなくっちゃ!」





「はぁー…」
「ジジくせぇなため息つきやがって」
「うるさいよアルベル」
「なんか弱ってるみたいだが、そんなに木の枝補強するの嫌か?」
「それもあるけどね。はぁ、まったくなんだってこの僕がこんなことしなきゃいけないのさ」
「文句ならウォルターのジジイに言え阿呆。俺だって不本意なんだ、"冬になったら枝が折れてしまうじゃろうから、お主等が縄で折れないようになんとかしてくれればありがたいんだがのう"とか言いやがって、あの公私混合職権乱用ジジイめ」
「クリフとアドレーさんはデカくて重くて不器用だから論外だし、女の子達にまかせるのは僕のポリシーに反するし。まっ、しょうがないんだけどね」
「にしても落ちたらタダじゃすまねぇぞこれ…。梯子踏み外したら終わりじゃねぇか」
「だから、僕がわざわざ落ちたときのために下でヒーリングの準備してあげてるんじゃないか」
「…怪我するのを防ぐんじゃなくて死ぬのを防ぐだけかよ…」
「何かご不満でも?」
「いんや何でも。…よし、こっちはもう終わった。あとは下のほうで結んで終わりだ」
「お疲れ。まったく、ただでさえ体調良くないってのにさ」
「なんだ、珍しいなお前が体調不良ってのは」
「いやね、昨日からなんだかソフィアに殺されそうになって」
「は?なんだそれは」
「こっちが訊きたいよ。なんでかは知らないけどさ…僕何かしたかな?」
「…殺されそう?あの女に?どうやって」
「え、うーん、例えば朝着替えてたら、グローブに付いてる手首んとこのベルトが壊れてさ。一回つけたら取れなくなっちゃってしょうがなく剣でベルト切ってとろうとしたら、急に後ろから飛びつかれて手首切っちゃったし。ほら、もうちょっとで動脈切るとこだったんだよ」
「それって殺されかけたと違うんじゃねぇか?」
「他にも、風にあたろうとして屋上行ったら、ポケットに入ってた五百円玉落として。柵の向こうに転がってっちゃったんだけど、それ取ろうとして柵飛び越えたら、また飛びつかれてあやうく落ちるところだった」
「…一歩間違ったら心中だな」
「あと、秋だからかな、急にサンマが食べたくなって。煙出るし宿屋の厨房じゃ迷惑かなって思ってファクトリーに材料と道具運び込んで火を熾してたらまた飛びつかれて勢いで顔面から練炭に突っ込むところだった。ついでにむせて呼吸困難になってさー」
「…死にはしねぇだろうが…危険と言ったら危険か」
「極めつけに、夜なんとなく眠れなくて度の低い睡眠薬飲もうとしたらやっぱり後ろから急に飛びつかれて喉に一気に三個くらいつまってさらに首に飛びつかれたもんだから首絞められてさ。あの時は、死んだ父さんと昔飼ってた金魚のポチとミドリガメの熊五郎が見えたよ」
「………金魚なのにポチ…つか熊五郎…いや、それは災難だったな」
「ホントだよ。でも本当なんなんだろう。ソフィアが望めば僕はいつだって死んであげるのに」
「………」
「まぁ冗談はさておき、何かしたなら言ってくれればいいのになぁ」
「つか、あいつがお前を殺そうとするわけねぇだろうが」
「でも、もしかしたら僕の知らないところで酷い事しちゃったかもしれないだろ?あのソフィアがそれほど切羽詰まるなんてさ…」
「あいつはそんなタチじゃねぇだろう。何かの間違いじゃねぇの」
「そうだといいんだけどね。…じゃ、あとはこの縄をあの枝に結んで固定するだけだね」
「その枝は…お前の方が近ぇな。ならそれ縛り終わったらハサミ貸せよ、余った縄上で切らなきゃならねぇから」
「了解」





「…でも、もし仮にフェイトに自殺願望があったとするとして。あんたはあの子が自殺するような覚えがあるのかい?」
「ないです、ないんですけど…もしかして、私達の知らないところですごく悩んでたのかもしれないって思って…」
「フェイトはそんなタチじゃないよ。多分、何かの間違い」
「そうだといいんですけど…」
「絶対そうだよ。…あ、アルベルだ」
「あ、ほんとだネルさん目いいですねー。アルベルさん、木なんかに登って何やってるんでしょう?」
「さぁ…。あれ、フェイトもいるよ」
「え、どこどこ…!?」





外に出たソフィアが目にしたものは。
どことなく青い、生気の感じられない顔をしたフェイトが。(ソフィアに嫌われたかと思ってしょげているだけ)
木の枝に縄をくくりつけて。(木を固定するためだって)
まさに今から首吊りしますと言わんばかりの光景だった。(人間、何か不安に思ってると何もかもが悪く見えちゃうよネ)





「っああ―――――っ!!」
「えっ、ちょっとどうしたんだいソフィア!?」
弾けるように彼女は駆け出した。
「フェイト、早まっちゃダメ―――!」
彼女は全力疾走して彼の後ろからめっちゃ勢いよく飛びついた。





この時、彼女は彼の自殺(?)を止めようと無我夢中だっただけだった。
本当に、本気でそれ以外何も考えていなかった。
だがタイミングの悪いことに、縄は今彼の顔の正面に、まるでブランコのような形で垂れ下がっていた。
彼の背後に飛びつけば、彼の顔は縄でできたブランコに飛び込む形になるワケで。
少しばかり身長差のある彼の首にダイブに近い速度で飛びつけば、当然彼女は彼の首に後ろからぶらさがる体勢になる。
結果。彼の首は無情にも彼女の全体重がかかった状態で絞められた。





「……!…!」
「ちょ、ちょっとソフィア!フェイトから離れな!」
「やだよ死んじゃやだよフェイト!死ぬまで生きなきゃ!神様に貰った命を粗末にしちゃダメだよ!」
「き、聞いてない…。アルベル!その縄切りな今すぐ!」
「今刀装備してねぇから無理だ阿呆!」
「千切れ!私も今タイミング悪く短剣装備してないんだよ!」
「この体勢でかよオイ!つか、そいつ剥がせ今すぐ!」
「ソフィア、一旦離れな早く!」
「うわーんフェイトぉー!」
「うぁ、フェイトの顔が青ザメてるよヤバイんじゃないかい!?」
「つか、口から魂出てるぞオイ!」





…ソフィア。僕、何かした?





薄れ行く意識の中で、彼はそんなことを考えていた。







その後、彼は生と死の境を一週間ほど彷徨い、三途の川を渡りかけて
フェイトー、こっちに来ちゃ駄目だー
戻って戻ってー
まだこっちにくるのは早いカメー
という声を聞いたそうな。