「あれー?ねぇねぇアルベルちゃん、もしかして口紅つけてる?」
スフレが本当に何気なく訊いた質問で、その場の空気はぴしりと固まった。





Ignorance is bliss





「気のせいかな?なんだか、アルベルちゃんの唇が赤いように見えるんだけど」
この場にいる(一部除く)誰もが、指摘したくても怖くて言えなかった事をさらりと言ってのけたスフレは、ただ不思議そうにアルベルを見上げている。
言われたアルベルは無言のまま、手の甲で自分の唇をぐい、と拭ってみる。
普通に生活していく上では男の唇についているはずのない紅い鮮やかな色がアルベルの手についた。
それを見て驚きも焦りもせず、アルベルは変わらぬ表情のままだったが。
「あーやっぱり!」
アルベルの手についた紅を見て、スフレが声を上げる。
幸か不幸かその場に居合わせてしまったフェイトとソフィアは、こそこそと内緒話するように声を潜める。
「さっきまでネルさんと一緒にいたもんね、アルベル」
「もー仲良しさんなんだから、お二人ともー」
「しかしスフレに指摘されるとはね…子どもは無邪気だから」
「さて、アルベルさんなんて言い逃れるかな?」
にやにやもしくはにこにこと笑いながら、二人が傍観していると。
「えー!おいバカチンお前女装の趣味まであったのかよ!」
「確かにアルベルちゃんは女顔だし美人さんだけど、本当にそんなシュミがあったなんて…」
「違ぇよ阿呆」
怒鳴る事もせず静かに呆れ顔のまま返したアルベルに。
「じゃあ何なの?」
スフレが首をちょんと傾げて問いかけた。
それにアルベルが答える前に、
「…あー!お前の口についてた色、ネルおねいさまの口紅とおんなじじゃんよ!」
ロジャーが声を張り上げた。
「さてはお前っ!ネルおねいさまと…!」
ぎろりとアルベルを睨みつけているロジャーを見ながら、また傍観組はこそこそと会話する。
「…あーあ、ロジャー怒るぞーネルさん絡みの事だってわかったら」
「ていうか、キスしてたなんてバレたら怒るどころの話じゃなくなるかもよ?」
わくわくあるいはどきどきしながら二人が傍観を続けていると。



「間接ちゅうしたくて口紅盗んだな!」



アルベルの頭ががくんと音がするほど大げさに垂れて。
ずるっごんどさささ。
文字で表すならこんなような音が傍観組から聞こえた。



「えーアルベルちゃんひどーい!」
「サイテーじゃんよお前!」
ぎゃぁぎゃあ言い出すお子様組と心底呆れた表情をしているアルベルを見ながら。
「…ロジャー、本当はわかっててあえて事実を否定したいがためにああ言ってるのか、それともただ単にお子様ゆえに本気で気づいてない のか…」
「…後者に一票」
傍観組がぽつりとそう漏らした。



その後、アルベルの
「誰が口紅なんか盗むか、んなもんなくたっていつでも本物にできるだろうが!」
発言でまたその場がいろんな意味で騒がしくなるのは、数秒後。