彼が彼女の部屋に来るようになって。 彼女はひとつ、気づいた事があった。 彼の癖、と言えるのかどうかわからないけど、この部屋に来ると必ずしている事。 しあわせふわふわ 「…ねぇ」 「あ?」 「そんなにぎゅーぎゅー抱えなくても、誰も取りやしないよ?」 「ん?…ああ、別に誰かに取られるからこうしてるわけじゃねぇぞ」 「…ふぅん、じゃあ、癖みたいなものかい?この部屋に来ると必ずそうしてるよね」 「そうか?」 「無意識って事はやっぱり癖か。…ふふ、あんたにしては中々に可愛らしい癖持ってるじゃないか」 「…どこが可愛らしいんだ」 「ん、だって子供みたいで可愛いじゃないか。―――大きめのクッションを、ずっと抱えてるなんて、ね」 彼女の言ったとおり、彼はこの部屋に置いてあった大きめのふわふわなクッションを寄りかかるように抱えていた。 あぐらをかいた足の上にクッションを乗せ、そのクッションに両腕を乗せるようにして抱えているその様子は、確かに可愛らしいと言えなくもない。 だが、彼はそれがお気に召さなかったようで、ふん、と鼻を鳴らした。 「…ほっとけ」 「別にけなしたわけじゃないけど?あんたの癖なのかなぁって、そう思っただけ」 「お前がそう言うなら、そうなのかもな。…こうしてると何か落ち着くんだよ」 「へぇ…」 彼女の部屋に彼が来るようになって。 彼はひとつ、気づいた事があった。 彼女の癖、と言えるのかどうかわからないけど、この部屋に来ると必ずしている事。 「…なぁ」 「ん?」 「そんなにぐるぐる包まるほど、寒いのか?」 「え?…ああ、別に寒いからこうしてるわけじゃないよ」 「…ほぅ、なら、癖みたいなもんか?この部屋に来ると必ずそうしてるよな」 「そうかい?」 「無意識って事は案の定癖か。…お前にしては中々にガキっぽい癖だな」 「…ガキっぽい?」 「ガキっぽいじゃねぇか。―――大きめのブランケットに、ずっと包まってるなんて、な」 彼の言ったとおり、彼女はこの部屋に置いてあった大きめのふわふわなブランケットを羽織るようにくるまっていた。 肩をすっぽりと包むようにブランケットを羽織り、布団に包まるようにしてくるまっているその様子は、確かに子供のようだと言えなくもない。 だが、彼女はそれがお気に召さなかったようで、つん、とそっぽを向いた。 「…悪かったね」 「別にけなしたわけではないが?お前の癖なのかって、そう思っただけだ」 「あんたがそう言うなら、そうなのかもね。…こうしてると何か落ち着くんだよ」 「ほぉ…」 そんな会話をしたのが、数日前。 またある日、彼はまた彼女の部屋に来ていて、彼女もまたその部屋にいた。 お茶をいれてくる、と彼女が部屋を出て、彼は適当な場所に座って―――いつものように、ふわふわなクッションを手繰り寄せようとした。 が。 「…?」 いつもはソファの上に置いてあるそれが、部屋を見回しても見当たらない。 それどころか、いつもソファの上にかけてある彼女のブランケットも見当たらない。 彼が不思議そうな顔をしていると、彼女が紅茶のカップとポットを載せたお盆片手に部屋に戻ってきて、 「あぁ、今日は天気が良いからね。クッションやらブランケットやらは外に干してるよ」 不思議そうな顔をしている彼にそう言った。 彼はそうか、と一言呟いて、ソファに座る。 どこか手持ち無沙汰気にしている彼を見て、彼女が苦笑する。 「やっぱり、ないと落ち着かない?あのクッション」 「…、あぁ」 「そう、私もなんだ。あのブランケットがないとどうも落ち着かなくてね」 そう言って、持ってきた紅茶をテーブルにコトリと置いた彼女を、彼がぼんやり見ていた。 「…なぁ」 「ん?」 「お前は何か包まるものが欲しいんだよな」 「…? まぁ、そうだけど」 「んで、俺は何か抱えられるものが欲しい、と」 「そうだろうけど…それがどうしたんだい?悪いけど他のクッションも干しちゃったから、この部屋にはもう代わりになるようなものはないよ」 「…あるじゃねぇか」 「へ?」 言うが早いが。彼の手が彼女に伸びた。 「ぁ、わ!」 絡めとられるように引き寄せられて、ふと気づけば彼女はすでに彼の腕の中にいた。 「急に何するのさ」 「これでお互いの利害が一致しただろ」 得意そうに言う彼は、彼女の後ろからぎゅうぅ、と彼女を抱えるように抱きしめる。 彼女は一瞬目をぱちくりと瞬いて、それから彼の言った事を理解して、苦笑した。 「…そりゃそうだけど…。妙にごつくて骨ばったブランケットだね」 「…お前こそクッション並みにふわふわしてんのは一部じゃねぇか、ちゃんと食べてんのか」 「…隠密が太るわけにいかないだろ。…っていうか結局私、クッションの代わりなのかい」 「阿呆。お前がクッションの代わりじゃなくて、クッションがお前の代わりだったんだよ」 「………〜〜っ」 「あぁ、だから落ち着いたのか。なるほど、今ようやく俺の癖の意味が理解できた」 「…よく言うよ」 「お前は違うのか?」 「………」 彼の言ったことを認めるのは癪だったけど。 今のこの状態が、自分でも悔しくなるくらい、落ち着けて。 「…違わない…って、…事にしといてあげるよ」 つぶやいた彼女の台詞は、彼の耳に届いたかどうかはわからなかった。 それから。 彼が彼女の部屋に来た時限定で、その部屋のクッションとブランケットが、天気が良かろうが悪かろうがまったく使用されなくなった理由は推して知るべし。 |