"私ね、酔わないんじゃない。酔えないんだ"
以前。
酒に酔わないのが意外だと言った俺に、あいつは少し悲しそうにこう言った。
"戦争中、激務で体は疲れてるはずなのに気が高ぶって眠れないときに無理やり寝付くために飲んだり、嫌なこと忘れる為に無理やり飲んでたからかもね…"
くす、と自嘲するように笑うあいつに、俺は無言になる。
戦争を起こしたのはアーリグリフで、それは紛れもない事実で。
"今思うと、戦争前、クレア達とこっそりアドレー様のお酒をくすねたりして隠れて飲んだお酒が、一番美味しかったかもね…"
あいつに酒の美味さを忘れさせたのも俺たちで。
"そんな顔するんじゃないよ。責めてるわけじゃないから"
そうあいつが言って、そこでその話題は終わった。



そんな会話を交わしたのはいつだっただろうか。



俺はあいつが酔ったところを見た事は無かった。
もしかして一生見れないかもしれないとすら思っていた。



…はず、なのだが。





「美味しいねーこのお酒〜」
とかいいつつ満面の笑みで今隣に座っているこいつは。
どう見ても酔っているとしか思えなかった。
こいつがここに着てすぐに、
「アルベルさん、自分のこと酔ってないって言う酔っ払いさんはタチが悪くて素直ですから、気をつけてくださいネ」
「素直で可愛いからって食べちゃダメよ」
とか言い残していった阿呆共の発言からして、マジに酔っているらしい。
今まで何度か酒を酌み交わした事があるが、ここまでとろんとした目のこいつを見るのは初めてだ。
いつにない仕草でごろごろと腕を絡めてくるこいつを見て、俺は意外そうな顔をするしかなかった。





酔いどれ★ほろ酔い★暴露大会その後





「おい。お前何かあったのか?」
「んぅ?」
口調までどこか舌足らずになってやがる。相当だ。
ただただ意外そうにしていると、こいつはにこにこ笑いながら口を開く。
「何もないよ?」
「…そうか?」
「なんで?」
そう言いながら見上げてくる表情が妙にガキっぽかった。
苦笑しながら、俺は答える。
「お前がここまで酔うのを見るのは初めてだからな」
「え?前ボウネンカイでも私結構酔ってたけど」
「…あれは例外だ」
何しろ某腹黒のちょっとした悪ふざけで、とんでもなく強い酒だったのだから。
そういうわけでもないのに、こいつがここまで酔うとは本当に珍しいのだ。
「うーん…まぁたしかに、皆でいろんな話して、久しぶりに騒げたからなぁ…ちょっと浮かれていつもより飲んでるかも」
「いろんな話?」
「自分の星の話とか、家族とか、大切な人とかの話」
「………それを、女共で話してたのか」
「うん」
「道理で騒がしかったわけだ」
女三人寄れば姦しいというが、三人どころか四人も集まれば自然と騒がしくもなる。
…そういえば、騒がしかった事は騒がしかったが、急に静かになったりまた黄色い声があがったり、今日は浮き沈みが激しかったような。
「そういえば、急に静かになったり騒がしくなったりしてたよな」
「うん。なんかね、コイビトの話になったとき、」
言いながら、こいつは俺のほうを見上げて。
「あんたってなんでこんなにかっこいいんだろうねって言ったら、皆何でかしーんとなっちゃって」
…がちゃん。
持ち上げかけたグラスを思わず取り落とした。なんとか割れずに済んで良かった。
「どうしたのさ?」
不思議そうに見上げてくるこいつに、爆弾発言を投下したという自覚は皆無らしい。
…本気でタチ悪ぃ。
「…別に」
「そう?」
「…あー。で、あいつらと色々話して、気が緩んでがばがば飲んだのか」
この話題をこれ以上続けられても困るので、話を逸らす事にした。
「うーん…」
こいつは相変わらず俺にひっついたまま(人前でだぞ珍しすぎる)口を開く。
「だって、…お酒がこんなに美味しい物だなんて今まで思わなかったんだもの」
「…あ?」
「皆で、わいわい騒ぎながら、戦争とかの心配もすることなく、楽しんで飲むお酒が、…こんなに美味しいだなんて思わなかった」
「………」
「はじめて、知ったよ」



「幸せな時に飲むお酒は、あんなにも美味しいんだね…」





「………」



そう言ったこいつの顔が、冗談抜きで本当に幸せそうで。
先ほどまで、確かに楽しそうに嬉しそうに幸せそうに、あいつらと談笑していたこいつの姿が目に浮かぶ。
確かに戦争が終わって、一度元いた国へ戻って、もう会うことはないだろうと思っていたあいつらが、戻ってきて。
久しぶりに会えた仲間達と、急ぎの旅ではあるけれどつかの間の休息を笑いあいながら過ごせるのは、確かに楽しいんだろう。
こいつが幸せそうな顔をするのは悪くない。だが。
そんな顔をさせているのは俺以外の奴だということに少し腹がたった。
「…ほぅ。だったら何故ここにいる?楽しかったのならあいつらのところでまだ話してれば良かったろうに」
酔っているこいつには通用しないだろうが、皮肉気に言ってみる。
こいつはきょとん、と瞬いて。
そして当然そうに口を開いた。
「だってあんたの隣が一番お酒美味しいんだもん」



………



「は?」
「だから、あの子達と話してる時より、あんたの隣の方がお酒が美味しく感じられるんだよ」
「………」



爆弾発言再投下。



それはつまり。
…。





顔が熱くなってきた気がする。
それを悟られぬようにこいつから視線を顔ごと逸らす。
不思議そうな顔のこいつを横目で見遣って、はぁ、とため息をついた。





"―――アルベルさん、自分のこと酔ってないって言う酔っ払いさんはタチが悪くて素直ですから、気をつけてくださいネ"



そんな台詞が頭に浮かぶ。



本当に本気でタチが悪い。
こいつが酔うとここまで無自覚に殺し文句製造機になるとは思わなかった。





「…お前、相当酔ってるだろう」
「え?」
「酔ってなかったらんなこと絶対言わねぇだろうに」



一体どんな飲み方をしたのか。
少々呆れながらそう言うと。



こいつはそれはそれは楽しそうに笑ってみせて。



「うん、酔ってるよ」
「…あ?」
「だからいつも言わないことも平気で言えちゃうのさ」



にこにこ。
笑うこいつの顔は、どこか子悪魔のような笑みを浮かべていた。





激しく前言撤回。
自分のことを酔っていないと言い張る酔っ払いなんかより。





酔っていることを自覚して酔っていると主張する酔っ払いのほうが。
何百倍もタチが悪い。



そして、



「酔ってるから、こーいうこともできるんだよ」



言いながら猫のようにごろごろと擦り寄ってくるこいつのこいつらしからぬ行動に。
「…そうだな、酔っているからな」
便乗してしまおうと開き直る俺も、相当タチが悪いのだろう。
まぁいい、今さらだ。それに俺も酔っていないわけではない。羽目を外して悪い謂れなどない。
自分の中でそう言い訳し、擦り寄ってくる猫のようなこいつの腰に手を回した。