例えば、こんな状況で。



「じゃーん!これどうかな?」
「わー!スフレちゃん可愛いv」
「本当、似合ってるわよ」
「えへへ、ありがと!」
「あ、じゃあ次私試着室使って良いかな?可愛いの見つけちゃって」
「その次私でいいかしら?試してみたい服があるの」
「うん、いいよっ!」



女性陣だけで買い物に行くと必ずと言っていいほどの頻度で立ち寄る、服やらアクセサリーやら靴やら小物やらの店。
嬉々として見て回るソフィアとスフレ、二人ほどではないけれどそれでも楽しそうに服を選んでいるマリア。
そんな三人から少し距離を置いて、ただぼんやり戦闘用アクセサリーを眺めているだけの彼女。



「この服レースがうまく組み合わせてあって可愛い〜!」
「あ、ほんとだ。ねぇねぇ、このスカートと組み合わせるともっといいんじゃないかな?」
「あら、上手にコーディネートするわね」
「うんうん、ソフィアちゃんってセンスいいよね!」
「そうかな?結構感覚で選んでるんだけど…」
「それがセンス良いっていうのよ。羨ましいわ」



三人とも、服のデザインや可愛らしさとか組み合わせとか。
そういった事を話題にしながら楽しそうに選んでいるのに。



「ネルさん、さっきからずっとアクセサリーの方見てましたよね?何か良いモノとかありました?」
「え?あ、うん。これとかどうかなって」
「わ、シンプルでいいですね、この十字架のネックレス」
「あー…。うん、そうだよね」
「?」
「いや…。それ、戦闘時にも効果あるみたいだからさ」
「あ、ほんとだ。さすがネルさん、そういう機能性も考慮にいれてるんですね」
「はは、まぁね」



私はいつだって、戦闘で使えるかどうか。
それだけを基準にものを選んでいる。
色とかデザインとか、持っている服と合うかどうかということはいつだって二の次三の次。
そんなことを気にして装備を選んでいたら隠密なんてやっていけない。性能の悪いものを身に付けて死に装束にしてしまうわけにはいかないのだから。
彼女はそんなことを思いながら苦笑して。
…女らしくないなぁ、と彼女が否応無しに感じてしまうのは、まさにこんな時。





かわいいひと







買い物が終わって宿屋へ帰ってきてから、彼女はふと考える。
そういえば服だの小物だのを気にしていたのなんていつの話だろう。
…少なくとも、唐突に質問されたとしたら即答できないくらいの昔のことだ。
隠密になる前。それこそ年端も行かない少女の頃は、まだそのようなことに興味もあったような覚えがある。
でも、今は。



そんな女らしい話題に興味すら湧いてこない。



一応自分は生物学的に女というイキモノなはずなのだが。
気づけば女らしさとかそういった類のモノがカケラもない自分に気づいてしまって。



「はぁ」



そんな憂鬱な気分が彼女の口から吐息となって重く吐かれた。
…吐かれたところで憂鬱が解消されるわけではないけれど。





「…何盛大にため息ついてる」
「別に…」
「お前いつも人の顔見てため息吐くなとか言う癖に」
「あー…。うん、そうだねごめん。…はぁ」
「…お前人の話聞いてたか。むしろ自分の言った事を理解してたか」
「してるよ失礼な。はぁ」
「………」



彼女を見ながら呆れたような顔をして。
今度は彼の口からもため息が漏れた。



「なんなんだよ今日のお前は」
「…ん、ちょっとね」
「ちょっとねじゃねぇ。何があった。言え」
「あんたに命令されてまで言うような大層な事じゃないよ」
「大層なことじゃないんだったら、」
「でも口にするのは億劫な内容なのさ」
「………」



大層なことじゃないんだったら言えよ。
そう切り返されることは予想済みだったから彼女は先手を打って言い返す。
案の定彼は彼女が用意していた台詞で黙らせられる内容のことを言ってくれて。
施術を使わないサイレンス見事成功。効果は数秒だけれども。



「ならせめてため息連発を止めろ」
「いいじゃないか別に」
「よくねぇ。気になるだろうが」
「…あんたも人のこと気にすることがあるんだね」
「失礼なのはどっちだ」
「だってあんたいつだって自分本位で他人なんか気にもしないじゃないか」



確かに憂鬱で不機嫌で、彼にもいつもよりつっけんどんな可愛げのない反応を返しているという自覚はあった。
だからこの台詞を吐いた後、さすがに悪かったなと思い始めて。
悪かったよと彼女が言おうとしたら。



「…可愛げねぇ女」



今の彼女にとっては爆弾の導火線に火をつけるような彼の発言に。



「…悪かったね!」



謝ろうとしていた台詞も気も消え失せた。



「は?何お前過剰反応、」
「悪かったねどうせ私は可愛げないし女らしくないよ」
「…急に何を、」
「それに男勝りだし可愛らしいとかそんな形容からかけ離れてるし」
「…おい、」
「例えば服とかを選ぶにしたってデザインとか二の次で機能性ばっかり気にしてるし」
「………」
「自分でもわかってるよ自覚あるよそんなこと。どうせ女らしさも可愛げもないさ私は!」



まくしたてるように言い放って。
しまったこれじゃ自分から不機嫌な理由をバラしてしまったようなものじゃないかと彼女が気づく。
どこか呆気にとられたような彼の視線が彼女を見ていて、何故か気まずくなって彼女が何か言おうとしたら。



「何だお前そんな下らないこと気にしてたのか」
「なっ…!下らないだって!?」



いつになく噛み付いてくる彼女を見ながら、彼は心の中で首を傾げていた。
どうしてこいつはこんなに可愛げ云々気にしているのだろうか。
正直な話彼女は可愛いというよりも綺麗と形容できる容姿をしているから一般的に可愛いとは言えないかも知れないけれど。
それにしたって比較論の問題であって決して彼女が可愛くないという訳ではないし。
彼にとっては笑顔も今のような怒った顔も滅多に見せない泣き顔も情事の最中だけに見せる色のある顔もすべて可愛いと思えるような彼女なのに。



「下らないだろう」
「あんたにとってはそうかもしれないけど、私にとっては下らなくないんだよ!」



そんなこと気づきもしない(彼が言っていないのだから当然だが)彼女は自分は可愛げがないのだと思い込んで気にしていて。
だから彼は正直に答えた。



「お前それ以上可愛くなってどうするんだ?」





「………」



彼の台詞に彼女が絶句して真っ赤になったのは彼女の所為ではないだろう。
そんな彼女を気にすることもなく、彼はさらに口を開いた。



「まぁ、俺の理性吹き飛ばしたいのなら話は別だが」
「…な、にを」
「お前そんなに襲われたいのか?なら歓迎するが」
「そ、っそうじゃなくて!そ、それ以上可愛いって、何言って…」
「なんだよ事実だろう」



さらり、と。
効果音をつけるのならばそんな感じで彼が言って。
相変わらず真っ赤な彼女が一瞬口ごもってからまた口を開く。



「べ、べつにそんな冗談言わなくたって」
「はぁ?冗談?」
「そ、んな、私が可愛いわけなんてないじゃないか」
「何決め付けてるんだよ」
「だ、だって私の事可愛いだなんて思う人なんかどこにも、」
「目の前にいんだろが」
「は………」



またも絶句する彼女に。



「いいかよく聞け」



彼はふー、とため息に近い長い息を吐いてから、言った。



「確かにお前は男勝りで女っ気なくて可愛げなくて素直じゃねぇがな」
「な、なんだいやっぱりそう思ってるんじゃ…」
「んなとこも全部ひっくるめて可愛いっつかむしろ愛しいって思ってる奴もここにいんだよよく憶えとけ」
「〜〜………、」





今度こそ彼女は完璧に絶句して。
そんな彼女を見て彼が照れくさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いて。
しばらくしてからようやく我に返った彼女が、まだ赤いままの顔を彼に向けて、笑う。





「あんたって奴は、本っ当に…」
「…あ?」
「…ばか」





別段おかしなことを言ったわけではない(と彼は思っている)というのにあんまりな台詞に、彼は不機嫌そうな顔をして何某かを言い返そうとしたのだが。
言った台詞とは裏腹に、彼女は本当に本当に"可愛い"顔をしていたものだから。
彼が言おうとしていた文句やら何やらは霧散して。



「…馬鹿で結構」



代わりにぽつりと呟かれた台詞に、また彼女が笑った。