私のコイビトは。
私とキスをし終えたとき、いつも私の瞳を見つめています。
と、いうことは、いつも、目を開けるのは私のほうが遅いのです。
…なんだか、悔しい。
些細な、ほんとにちょっとしたことだったけど、私は無意識にそう思いました。



君が見ている僕に映る君



そう思ったので、今回はキスのときいつもよりも速めに、唇を離す前に目を開けてみました。
でも、視界に入ってくる彼は、やっぱりいつも通りこちらを見据えています。
私はやっぱりちょっと悔しかったので、唇を離した後少しの間、拗ねていました。
そんな私を、彼は訝しげに見ていました。もしかして怒ってる? 僕、何かした?と訊ねてきます。
私はやっぱり悔しかったので、なんでもない、とだけ返しました。
彼はそう?とだけつぶやきました。ににことした、でも意地悪い笑みを浮かべ、また私にキスしてきます。
私はとっさのことで反応できず、目を見開いたまま固まっていました。
その間、彼は私の瞳をずっと見据えています。
私は突然のことで赤くなりながらも、その時あることに気が付きました。
彼は、もしかしていつもキスする時目を開けていたんじゃないか、って。



ねぇ、もしかして私とキスしてるとき、目、つぶってなかったの?
私は心の中に生まれた疑問をそのまま口に出しました。
彼は、うん、そうだよ?と、さもなんでもなさそうに答えてきました。
私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべます。
―――普通、一般的にはキスするときって目を閉じているものなんじゃないの?
それとも、私が普通じゃないのかしら?
現に私は彼とキスするときいつも終始目を閉じたままでした。
でも、彼はずっと目を開けたままだったというのです。
…どうして?
私は不思議そうに尋ねました。だってほんとに不思議だったから。
彼は薄く微笑んで、こう答えました。
どうしてだと思う?
私の頭の上にはますますクエスチョンマークが浮かんできました。
自分で考えてわからないから聞いてるんだけど…と、言いたかったけど止めておきます。
言われたとおりに自分でしばらく考えてみても、やっぱり答えはでてきませんでした。
結局降参して、もう一度彼に同じ事を聞いてみました。



ねぇ、考えたけどわかんないわよ。どうして?



すると、彼はくすりと笑って、こう言いました。



目、つぶってたら、君の顔が見れないだろう? そんなのつまらない。



うわ。
私は無意識に俯きました。
顔が火照っているのが、自分でもわかります。
…だって、真顔でこんな口説き文句言われたら、赤くなるしかないでしょ。



笑顔でものすごい口説き文句を言ってのけた私のコイビトはというと。
やっぱりいつもどおりのにこにことした顔で、こちらを見ていました。



私はこんなに真っ赤になってるっていうのに、なんでそんなに余裕なのよ!
そう心の中で叫びましたが、当然答えなんか返ってきません。



照れ隠しに、私の顔なんか見ても別に面白くないでしょ、と言ってみました。
すると、彼はやっぱり笑顔で、



そんなことないよ。だって、キスしてるときの君、とても幸せそうに微笑んでるんだよ?



そんな君の顔、見逃したらもったいないだろう?



そう言いました。



私の顔はいま、トマトみたいに赤くなってるんだろうな。
そんなことを思いながら、私は一旦ひいていたはずの顔の赤みをとるのに必死でした。
…殺し文句再び。
彼は自覚があるのかないのか、天然なのかはわからないけど。
不意に、とんでもない殺し文句をさらりと言ってきたりするのでタチが悪いのです。
何度赤面したことか。



そうだ! 次から、君も目を開けてなよ。
真っ赤になっている私に、彼はそんなことを言ってきました。
…なんで?私は問いかけます。
だって、あなたは目を閉じてるときの私の顔が好きなんでしょ? 目開けてたらつまんないんじゃないの?
あなたの幸せそうな顔が見れるんなら、そうするけど。
率直にそう言うと、彼はなんだそんなこと?と言って、
じゃあ、僕も目、閉じればいいの? 僕自身じゃわからないけど、多分君が望むような顔はしてないよ?
そう言いました。
私は、じゃあ私が目開けてても意味ないじゃない、と答えます。
そうでもないよ、と彼は言いました。
? どういうこと?と私は尋ねました。
すると、彼はじゃあずっと目開けてなよ?と念を押しながら、また唇を重ねてきました。
もう二度目なのに私はやっぱり驚いたけど、彼が言ったとおり瞳を閉じずに彼の目を覗き込んでみました。



思わず、はっとなりました。



彼の瞳には、私が写っていました。
彼の瞳の中に写っている私の瞳にも、彼が映っていました。



それだけの。
本当に、それだけのことで。
彼が、私のとても近くにいてくれている、私を見てくれている、それだけで。
嬉しくなってきたのは。
どうやら、気のせいではなさそうです。






しばらくして、私達は離れました。
彼は面白そうに笑んで、こう言ってきました。



たまには、こういうのも悪くないと思わない?



私も微笑んで、こう答えました。



そうだね。





でも、あなたの幸せそうな顔も見たいなぁ?



うー…ん…。僕は元からあんまり表情が変わらないから、無理かも…。



でも、キスしてるときの顔なんて自分じゃわからないでしょ?
もしかして、誰も見たことない顔してるかもしれないじゃない。



あれ、さっき君僕の顔見てたんじゃないの?



…咄嗟の事だったから照れくさくてそれどころじゃなかったわよ。



あはは、ごめんごめん。でも見ててくれてても、やっぱり表情変わんないと思うけど。



物は試し、って言うでしょ? 今度は私が目開けてるから、あなたが目つぶっててよ。



…えー…嫌。



…なんで。



君の顔が見れないからだって言ったろ?



ちょっとくらいいいでしょ? 私もあなたの幸せそうな顔見てみたいもの。



…わかったよ、そのうちね。



うん! 絶対だからね!





いつも通りの日常でも、少しだけ視点を変えてみよう。
きっと、新しい発見があるから。