パーティの人数が四人+一匹+一頭となって、しばらくたったある日のことです。
その日は、とてもよく晴れた日でした。
雲ひとつない青空と、時々吹き抜ける風がとてもすてきな日です。



「ねぇ、この服どう?」
アスカンタと名のつく城下町へのんびりと向かっていた時。
夕日のようなキレイな色の髪を二つに縛った女の子が、唐突にそう言いました。



ヲトメゴコロと秋の空。



「え、急にどうしたの?」
きょとんとしながら聞き返したのは、黒い髪に黒い瞳の、色だけ見ればどこぞの東洋の島国の人みたいないでたちの男の子です。
女の子は少し気まずそうに、呟きます。
「私今までずっと、やけにひらひらした動きにくい服ばっかり着せられてたの。"名家の令嬢はおしとやかでなければならない"とかってお母さんに言われてね」
「…? でも、その服はそうでもないと思うでガスがね」
外見だけ見たら、ちょっと怖いクマのぬいぐるみのような男の人が言いました。
女の子はうん、と頷いて、続けます。
「だから、この服は自分でお金ためて買ったのよ。…結構大変だったのよ、お母さんに内緒で事を進めるの」
「…あぁ、だからか」
銀髪を後ろで一つに束ねた男の人が納得したように言いました。
「ん?」
「それだけ苦労して買ったものだから、自分に似合ってるかどうか気になる、ってことか」
「………。まぁ、そんなところね」
考えている事をズバリと当てられたからでしょうか、女の子は少し苦笑しました。
改めて皆に向き直り、問いかけます。
「で、この服、どう? …私に似合ってるかなぁ」



最初に反応したのは、女の子の隣にいた黒い髪の男の子でした。
女の子の服を一通り眺めて、んー、とちょっと考えてから呟きます。
「うん、よく似合ってると思うよ」
女の子の表情がぱぁっと明るくなります。
「本当?」
「うん。シンプルだし、可愛いと思うよ? それにさっきゼシカが言ってたみたいに、動きやすそうだし」
「ありがと」
「…? 別にお礼言われるような事僕言ってないよ?」
不思議そうにする黒髪の男の子に、女の子は嬉しそうに微笑みながら言いました。
「いいのいいの。私が言いたいんだから」
まるで今の空のような、晴れやかとした素敵な笑顔で女の子は笑います。



「かー、服の話題一つでいいムードになれるなんて、兄貴もゼシカの姉ちゃんも若いでガスね」
一部始終を見ていた、目つきの悪い男の人がそうやって冷やかしました。
黒髪の男の子が少し気まずそうに口を開きます。
「…ちょっとヤンガス、茶化さないでよ」
「そういえばヤンガスはどう思う? この服」
ご機嫌な女の子は、茶化された事をそれほど気にした風も無くそう問いかけました。



「…そうでガスねぇ、まぁ、似合ってると思うでガスよ?」
目つきの悪い男の人は、女の子の服をちょっと見て、適当とも無難ともとれる反応をしました。
その答えに、ちょっと怒った風に女の子が目つきの悪い男の人を見ました。
「なんだかどうでもよさそうな言い方ね」
「いや、そんなことはないでガスよ。ただアッシは女の服の良し悪しなんてあんま詳しくないでガスから」
「あぁ、そういえば山賊歴長いって言ってたっけ…だったらしょうがないか、まわり皆男ばっかな環境でしょうしね」
女の子はそこまで言って、あれ?と首を傾げました。
「ん、ゲルダさんは?」
ちょっぴりキツ目の美人さんな盗賊を思い出した女の子が名前を出すと、目つきの悪い男の人は少しうなってから口を開きました。
「う〜〜〜ん…。まぁ、アイツは置いといて。そんなわけで、アッシに感想を求められてもロクな返事は返せねぇでガスよ」
「そう…」
ちょっぴり曇った表情で女の子はそう呟きました。



「女の服の良し悪しがわからんとは、お主も可哀想なヤツじゃな」
そう言ったのは、馬車の御者台に乗って手綱を持っている緑色のモンスター…もとい、王様です。
「なんだとぅ! じゃーアンタはわかるのかよ!」
「あぁそりゃもう、ミーティアの為にセンスを磨いておるからのぅ!」
そう言って胸を張る(突き出す)王様に、女の子は試しに問いかけました。
「へぇ…だったら、私の服が似合ってるかどうかも、わかるかな?」
今度はいい評価を貰えるかな、とちょっと期待して女の子が訊きました。



「あぁ、任せておけ。んー…そうじゃな、お主の服はちょっと色が落ち着いておらんかのう」
王様は女の子の服を一通り眺めてそう呟きました。
「え、そ、そう?」
女の子が自分の服を見下ろします。
王様はさらに続けました。
「あと、肩と首元を冷やしそうでちょっと心配じゃな」
「うーん、そうかも…。動きやすさ重視にして考えたのと、私自身首元を締め付ける服が嫌いだったからこれにしたんだけど…」
なかなかに直球に言ってくる王様に、女の子は違うの選んだ方が良かったかな、と少し思い始めました。
「まぁミーティアにはあまり勧められん服じゃな」
「…ん?」
「ミーティアにはこう、清楚で可憐といった言葉が似合うような、そんな服でなくてはならんからのう」
「………」
「どちらかと言うとそう、お主の普段着のような落ち着いたデザインの方がミーティアにふさわしいじゃろう。やはり清楚な色の代表と言ったら白じゃな、ミーティアの性格や気品まで着る物に表れるようなそんな服でないといかん。そういえばミーティアが十五の時に買った純白のドレスは…」
「…あなた私の服が私に似合うかじゃなくて、お姫様の服にふさわしいか品定めしてたわね…」
「…ん? あぁいやすまぬすまぬ、つい。まぁとどのつまり、その服はお主に合っていると思うぞ」
「どこがどうとどのつまりなんだかわかんないんだけど。…わかってるわよ、どうせ私はお姫様みたいにおしとやかじゃないし、派手な色が好みだし、清楚なんて言葉からかけ離れたセンスしてるわよ」
「あぁいやいや、そんな事はないと思うがのう」
「いいわよ、フォローなんてしなくても…本当の事なんだし。…はぁ」
曇り空から一変して雨が降ってきたかのように、女の子はしゅんとしてしまいました。



「あーあー、トロデ王ももう少し言い方を考えりゃいいのにな」
肩をすくめて、銀髪の男の人が言いました。
「別に…。本当の事だし。直球に言ってくれた方が改善し易いし」
やっぱりちょっと落ち込んでしまったようで。女の子はため息混じりにそう呟きます。
「俺だったらもう少し違った感想言うがな」
「へぇ? だったら一応聞いとこうかな…」
それほど期待はせずに女の子がそう言いました。



「ま、似合ってると思うぜ。俺の好みの服ではあるな」
女の子の服を端から端までじぃぃぃっくりと眺めながら、銀髪の男の人が言いました。
「………そう」
その視線にちょっと表情を歪めながら、女の子が棒読みでそう答えました。
「欲を言うならもーちょっと露出度が高けりゃなぁ」
「………」
「肩とか首とかが見えるのもいいがな、酒場のバニーちゃんみたくミニスカならもっと良かったな」
「…………」
「しかもロングスカートの下にニーソックスかタイツかなんか履いてるから太ももどころか脛も見えねぇし」
「……………」
「まぁでも胸は強調されてるからな。うん。ま、似合ってるって」
そんな事を真剣な顔をして言っている銀髪の男の人は、はたと気づきました。
目の前にいる女の子の両手に、魔力がどんどん溜まっていっている事に。
「え、ちょっと、ゼシカさん?」
混乱したのか何故かさん付けした銀髪の男の人に、女の子はにっこりと笑いました。
「なぁに? ククール」
「そ、その体勢はどう見ても魔法の準備してるとしか思えないのですが」
「あら、その通りよ? ねぇティリス」
「うん、そうだね」
銀髪の男の人は、背後から聞こえたその声にびくりと肩を震わせました。
ぎぎぎ、と油の切れたロボットのような動きで、銀髪の男の人はゆっくりと振り向きます。
そこには、女の子と同じような表情で、同じような体勢で、同じような魔力を手に溜めている黒髪の男の子が立っていました。
前方と後方から、同じだけの殺気が漂ってきます。
前門の虎後門の狼という言葉はこういう状況の為に用意されたのでしょう。
「あ、の、ティリスさん?」
「何かなククール。遺言なら聞いてあげるよ」
「い、いやいやいや、つかなんでティリスまで魔法の準備してるんだよ」
「セクハラ撲滅運動の一環かな」
「や、ちょっ、待った二人とも、目が本気なんですけど」
「当然じゃない、本気だもの」
「…ま、まぁ落ち着け」
「やだなぁククール、僕はこれ以上無く落ち着いてるよ?」
「て、ていうか二人とも、俺の気のせいじゃなかったら今詠唱してる魔法、どう考えても今のレベルじゃ覚えてねぇだろ」
「細かい事気にしてると大きい人間になれないわよ」



ちょっとした、押し問答の後。



「…まぁ、」
これ以上ないくらいの笑顔で、黒髪の男の子が言いました。
「"大きい人間"になる前に、この世から抹消される可能性もあるけどね」
「そうね」
女の子もにっこりと笑います。
ですがその雰囲気は、青空というよりも暴風雨寸前の大嵐でした。



二人は同時に、にっこりと笑って。
そしてやっぱり同時に口を開きました。



「「ベギラゴ――――――ンッ!!!」」



「うぎゃぁあああああああ!」





「これくらいで勘弁したげるわ」
「…アリガトウゴザイマス」
「これに懲りたら、もうセクハラ発言しないでよ」
「…ショウチイタシマシタ」



その後。
絵の具の原色のように真っ黒に焦げた誰かさんにそう言い捨てて。
女の子はイライラしながら道を歩いていました。
目つきの悪い男の人、モンスターのような王様は、そんな女の子をがくがくぶるぶる震えながら遠巻きに見ていました。



「ゼシカ」
誰もが声をかける事をためらう様な、そんな雰囲気の女の子を。
黒髪の男の子が呼びました。
「…なぁに」
素っ気無くそう答える女の子に、黒髪の男の子は微笑みながら言います。
「さっきも言ったからしつこいかもしれないけど、僕はゼシカの服、すごく似合ってると思うよ?」
「…」
「ゼシカが気に入ったから、買ったんだろ? だったらそれでいいじゃないか」
「…」
「ゼシカらしくて、いいと思うよ」
「………」
「…ゼシカ?」



「…うん」
「ん?」
「そうだよね」



そう言って。
女の子は嬉しそうに照れくさそうに微笑みます。
まるでからっと晴れた青空のような、そんな笑顔でした。



ヲトメゴコロはとても複雑です。
少し前は青空でも、あっという間に曇り空にも雨空にも暴風雨にもなれるのです。
でも―――



「私は、私だよね」



でも。
曇り空でも雨空でも暴風雨でも。
すぐに、青空になることもできるのです。



その日は、とてもよく晴れた日でした。
雲ひとつない青空と、時々吹き抜ける風がとてもすてきな日です。



「…ありがとね、ティリス」
「? …いや、やっぱりお礼言われるような事した覚えないんだけど」
「いーの」
アスカンタと名のつく城下町へのんびりと向かっていた時。
夕日のようなキレイな色の髪を二つに縛った女の子が、真っ青な青空に輝く太陽のように笑って、そう言いました。