むかしむかし、あるところに。
無愛想なお姫様と、意地っ張りの王子様がいました。
二人はお互いがお互いを同じくらい大切に思っていましたが、素直じゃないのでいつもいつもケンカばかりしていました。
毎日毎日飽きずにケンカしていたので、周りの人たちもすっかり慣れてしまっていました。
これから話すお話は、そんな二人のお話。





Someday,Someplace 〜御伽噺の続きをいつまでも〜





ある日の事です。
ちょっとした事故があって、お姫様は頭を強く打って気を失ってしまいました。
周りの人は大慌て。王子様も驚いて、とりあえずみんなでお姫様をベッドに寝かせて目が覚めるのを待ちました。
みんなの心配の甲斐もあってか、やがてお姫様は目を覚ましました。
ところが、目覚めたお姫様は頭を打ってしまった所為か、記憶を無くしてしまったのです。
周りのみんなの事も、王子様の事も、そして自分の事すら、すっかりさっぱり忘れてしまっていました。
みんなはお姫様が気を失ってしまった時よりももっと驚いて、なんとかお姫様の記憶を元に戻そうとあれこれ考えました。
ですがお姫様の記憶は元に戻りません。
周りのみんなも、王子様も困ってしまいました。
いつもはちょっぴり毒舌で少々態度の大きなお姫様も、自分に起きた非日常的な事の所為ですっかり大人しく静かになってしまいました。
それを見て、周りのみんなは冗談で、このままでもいいかもしれないね、と囁きました。
ですがやはりそれは冗談で、本当はみんなもこのままでいいわけない、早く元に戻してあげなくちゃ、と、あちこちへ散らばって治すための方法を探しに出かけていきました。
残ったのは静かになったお姫様と、困り顔の王子様。
王子様はとりあえず、お姫様に今までのことを教えてあげました。
お姫様の名前、生まれた場所、どうしてこうなってしまったのか、そしてここはどこなのか。順々に話して聞かせました。
でもお姫様はやはり、記憶を取り戻す事ができません。
王子様の名前すら思い出す事のできないお姫様が、少ししょんぼりとしていると。
王子様は笑って、お姫様が今までの事を忘れても、自分は絶対に忘れないから、と励ますように言いました。
その時の王子様の顔が、愛しむような穏やかな顔だったので、お姫様は少し驚きながら、王子様が覚えている自分は一体どんなひとだったのかと、訊きました。
王子様はこう答えました。



"短気で、素直じゃなくて、意地っ張りで、偉そうで、負けず嫌いで"



"気まぐれで、天然確信犯で、寝起き最悪で、無鉄砲で"



"誰よりも、…強くて脆くて、優しい"





そこまで言った後。
王子様はお姫様にそっとキスをしました。
驚いているお姫様に、王子様は微笑んで続けます。





"そんなお姫様のことが、私は大好きです"





王子様がそう言った瞬間。
まるで呪いが解けたかのように、お姫様の記憶が元に戻りました。





「すごーい!魔法のキスだったんだね!」
「ふふふ、そうかもしれないね」
「ねえお母さん、王子様とお姫様のお話、もうそれで終わり?続きとかないの?」
「まだ聞きたいかい?」
「「聞きたーい!」」
「そうだな…じゃあ、次はね―――」





またある日の事です。
毎日ケンカばかりですがでも本当はとっても仲の良い王子様とお姫様は、やっぱりその日もケンカしていました。
いつもそのケンカはすぐに収まるのですが、その日は滅多にないほどの大ゲンカで、なかなか終わりませんでした。
周りのみんなも恐々と眺めていたのですが、そんな時、



"お姫様の声なんてもう聞きたくありません!"



と、ケンカ中の王子様が叫びました。
お姫様も周りのみんなも驚いて、そのままケンカは終わってしまいます。
ですがその後、どういうわけかはわかりませんが、なんとお姫様の声が出なくなってしまいました。
周りのみんなはやっぱり大慌て。王子様も少し驚きましたが、でもケンカ中なので心配する素振りを見せる事をしませんでした。
当のお姫様は声が出なくなったことをそれほど気にする様子もなく、何か言いたい事があるときは紙に書いて伝えるようになりました。
ですが、やはり紙に文字を書いて伝えるだけでは、お姫様が何を思っているのか、本当のことが全部伝わるわけではありません。
最初はあまり気にしていなかったお姫様も、自分の本心が伝わらないことを歯がゆく悔しく悲しく思うようになってきてしまいます。
お姫様がそんな風になってしまったのは、もしかして声なんか聞きたくないと言ってしまった事が原因なのかもしれない、と王子様は思い当たりました。
気づいてしまった王子様は、ケンカ中であることも構わずお姫様に謝りました。
最初のケンカで、酷い事を言ってしまったこと。声なんて聞きたくない、と言ってしまったことを。
何度も何度も謝りました。
お姫様は、いつも素直じゃないはずの王子様がそんな風に何度も何度も謝ってくることが歯がゆくて、何かを言おうとします。
ですが、やっぱり声は出ないのです。
そのとき初めてお姫様は、自分の声が出ないこの状況が嫌で嫌でたまらなくなりました。
そんなとき、王子様がぽつりと言いました。



"あなたの声が聞きたいです"



王子様のその言葉を聞いて。
お姫様は、心から声が出ることを望みました。
何でもいいから、王子様に声を聞かせたいと、そう思いました。
そう、思った瞬間。お姫様に声が戻りました。
声を取り戻したお姫様は、喜ぶ王子様に、こう言いました。



"私も王子様の声が聞きたい"



王子様は照れたように笑って。
お姫様も笑いました。





それから二人はやっぱりケンカばかりの毎日ですが、大好きなお互いの声を聞きながら、楽しそうにケンカするようになりました。
めでたし、めでたし。





「…メデタシメデタシなの?」
「うん、そうだよ?」
「えー、でもさ、普通御伽噺の最後って、王子様とお姫様は仲良く幸せに暮らしましたー、めでたしめでたし、じゃないの?」
「ああ、そうかもしれないね」
「毎日ケンカばかりでもめでたしめでたしなの?」
「ふふ。その二人にとってはね、めでたしめでたしなんだよ」
「「???」」
「ケンカばかりでも、仲が悪いわけじゃないから。その二人にとってはそれも幸せのかたちなのさ」
「…あっ、そっかー!お母さんとお父さんも毎日ケンカばっかだけど、幸せそうにしてるもんね!」
「だったら、きっとその王子様とお姫様も、幸せだったんだな!だよな、お母さん!」
「………」
「お母さん?」
「…そうだね。少なくとも、王子様は幸せだったと思うよ?」
「じゃあ、お姫様は?」
「そうだねぇ…多分、幸せなんじゃないかな?」
「えー?どうして王子様が幸せだってわかるのに、お姫様はたぶんなの?」
「…秘密、だよ」
「「…???」」
「また、今度…このお話の続きをしてあげるから、その時にはわかるかもね?」
「あっ、このお話、これでおしまいじゃないんだね」
「うん。…まだ、続いてるよ。ずっと、ずっとね」
「ふーん…。じゃあ、今度また、お話の続き聞かせてね、お母さん!」
「うん。さ、そろそろ眠る時間だよ。寝物語はこのくらいにして、もう寝ようね」
「うん!おやすみなさい、お母さん」
「おやすみなさーい」
「おやすみ、二人とも」