がんがんがんぎーんぎーんぎーんがきんがきんがきん。 鈍かったり鋭かったり、はたまた高かったり低かったり、毎回微妙に違う金属音が、ひっきりなしに工房に響いていた。 そんな音をひっきりなしに鳴らしているのは、 「うー、あっちー」 融けそうな顔をしたロジャーと。 「…言うと余計暑くなるから黙っとけよ」 そうは言うものの、やはりだるそうな顔をしたクリフと。 「だって暑いもんは暑いじゃんよ、しょーがねーだろデカブツ」 「そりゃ、小動物は体温高いっていうもんなぁチビガキ」 「なんだとー!」 「…少しは黙って作業できねぇのか阿呆共」 口には出さないものの、やはり暑そうに表情を歪めているアルベル。 彼らは真冬の工房で、黙々と(?)鍛冶をしていた。 意外千万カミングアウト 武器を鍛える為には金属を熱して打たなければならないので、鍛冶という作業をする以上暑さは避けられないのだが。 そうと頭ではわかっていても、どうにかなるものではないのは確かで。 「あーあついあついあーつーいー」 「真冬に鍛冶でもすりゃ少しは暖まると思ったが、暖まりすぎだよなこりゃ」 「そもそも鍛冶は暖を取る為のものじゃねぇだろうが」 ぶつぶつ文句を言いながらも彼らは作業を続けていた。 その時、彼らの背後の扉―――工房の一番奥にあるこの部屋の唯一の出入り口である扉が開いた。 同時に熱のこもった空気が少しだけ循環されて、冷たい空気が足元から部屋に入ってくる。 「調子はどうだい?」 続いて聞こえてきた声は、彼らのよく知る女性。 「あっ、おねいさま!」 真っ先に反応したロジャーが振り向いて、それにつられたようにクリフとアルベルも振り向いた。 視線の向けられたネルの手に冷たそうな水の入ったグラスが三つ載ったトレイがあるのを見て、彼らの顔が程度の差こそあれどぱぁっと輝いた。 「おぉお! もしやそれは暑い中一生懸命鍛冶をしていたオイラ達に持って来てくれたお水ですかおねいさま!」 「あぁ、まぁね。暑い中ご苦労様、キリがついたら少しは休憩するといいよ」 そう言いながらネルが部屋の中央にあるテーブルにトレイを置いた。 「わーい! ありがとうございますおねいさま!」 真っ先にロジャーがグラスを手にとってごくごくと水を飲み始める。 「悪ぃな、わざわざ」 数秒遅れて、クリフもグラスを手に取る。 水を飲んでいる二人にいいよ、と答えて、ネルはまだグラスを取りに来ない捻くれ者を横目で見た。 視線が合ってすぐにぷい、と背けてしまったアルベルにネルが苦笑して、一つだけ残ったグラスを手にとって声をかける。 「ほら、飲みなよ。どうせあんたのことだから水なんて飲んだら余計汗かきやすくなるからイヤだとか思ってるんだろうけど」 「そこまでわかってんなら無理やり飲ませようとすんじゃねぇよ」 「まったく…脱水起こしたら困るだろ、少しは水分取っておきな」 言いながらぐい、とグラスを突きつけられて、アルベルが渋々受け取り、体ごとそっぽを向いてネルに背を向けながら水を口に含んだ。 アルベルの喉がこくこくと水を流し込んでいるのを横から確認して、ネルがようやく安心したように笑う。 親子だなこりゃ、と面白そうに眺めていたクリフと、あのヒネくれ者のアルベルをまるめるなんてさすがおねいさま、とキラキラした視線を送っているロジャーの前を通り抜けて、ネルが口を開いた。 「そろそろ私は戻るよ」 「あぁ、サンキューな」 コレ、と水の入ったグラスを掲げて見せてクリフが言った。 「あぁ、いいよ。飲み終わったらトレイの上に置いといて、また来るから」 「了解です、おねいさま!」 びし、と敬礼の真似をしたロジャーにネルがくすくすと笑う。 「じゃあ、またね」 くるりとネルが振り向いて。 そのまま扉に向かって歩き出そうと―――しなかった。 「………?」 振り向いてすぐに、微動だにせず固まってしまったネルを見て、一番近くにいたロジャーが不思議そうな顔をする。 「おねいさま?」 ロジャーはネルの正面に回りこみ、椅子に載って背伸びをしながら顔を覗き込んだ。 が、やはり返事はない。 「…? おい、どうした?」 クリフも気付いて声をかけ、ネルの目の前で反応を確かめるように手をひらひらと振った。 目の前でひらひら動かされた手に、ネルははっと気付いたように目を瞬き、 「…っいやぁぁぁあぁああああ!」 次の瞬間。 今まで誰も聞いたことの無いような、ネルの甲高い悲鳴が部屋中に響き渡った。 「!?」 度肝を抜かれたようにクリフとロジャーが目を丸くして。 「…!?」 同じく驚いて振り向いたアルベルに、ネルがまるで体当たりするような勢いでしがみついた。 勢いで手にあったグラスに残っていた水がこぼれそうになって、慌ててアルベルが体勢を立て直し、しがみついてかたかた震えているネルを見た。 「何だ? おい、どうした?」 「………っ!」 彼女は答えることが出来ず、ただアルベルにしがみついてふるふると顔を横に何度も振った。 アルベルの視線が、ぽかんとしているクリフとロジャーに向けられる。 「…おい、なんだ一体」 「や、俺もよくわからねぇんだが。急にネルが硬直したと思ったら、悲鳴上げてお前に飛びついていって」 こっちも驚いてんだ、とクリフが肩をすくめて。 「あぁっお前、おねいさまに抱きつかれるなんて贅沢者じゃんよ!」 驚きから回復したらしいロジャーが羨ましそうにアルベルを睨んだ。 とりあえずロジャーは無視して、アルベルはネルを落ち着かせるように背中を撫でながら再び問うた。 「何があった? 言わなきゃわからねぇだろうが」 「……っ、」 ネルは答えず、代わりにふるふると震えながら右手の人差し指を床に向けた。 「何…、…あ?」 アルベルがネルの指先を見て、何かに気付いたように目を見張る。 クリフとロジャーもそちらを見て、あ、とかお、とか声を上げた。 そこには、黒く平らで素早い家庭内害虫の名を欲しいままにしている、 「あー、ゴキブ」 「いやぁああ!」 クリフが何気なく呟いた台詞を遮って、ネルがまた甲高い悲鳴を上げる。 「…お前、あれ苦手だったのか」 アルベルが尋ねて、ネルが小さな声で答えた。 「なんでもいいからお願いあれ早くどうにかしてどっかやって…!」 服の胸元に顔を押し付けられたままに言われて聞き取りづらかったが、なんとか理解したアルベルは。 とりあえず腰の刀を抜いて床目掛けて投げつけた。 ざす、と見事に家庭内害虫を仕留めた刀は、そのまま床に突き刺さる。 ロジャーが思わず視線をそちらにやって、動かなくなった家庭内害虫を見て一言漏らす。 「…あ、死んだみたいじゃんよ」 それを聞いてネルがふは、と息をついた。 恐る恐る、刀が飛んでいった方向を見て、ぴくりとも動かない元家庭内害虫を見てまたばっと顔を背け。 そしてゆるゆるとした動きで、アルベルを見上げて。 「…ありがと。助かった」 ぽつりと呟いた。 「別に」 アルベルが呟いて、そしてすぐににやりと意地悪く笑う。 「…お前にも苦手な物があったんだな」 「う…。しょ、しょうがないだろ? どうしても生理的に受け付けないんだから」 「隠密がそんなことでいいのか? 潜入中に出たらどうしてたんだよ」 「任務中は、我慢できるんだけど…。普段、あまり気を張ってないときに出ると、どうも、ね…」 悔しそうに呟いたネルを、やはりアルベルは面白そうに眺める。 「にしても、お前にも女みたいな一面があんだな」 「…何それ」 「お前があんな甲高い悲鳴あげるとはな…。面白いもん見せてもらった」 「も、もうその話はいいだろう!?」 「こんな珍しいこと滅多にねぇからなぁ。お前の高い声なんざ事の最中にしか聞けながはッ」 台詞の語尾が呻き声に変わる。 「何言い出すんだいこの馬鹿!」 顔を赤くさせた彼女の拳が彼の腹部にめり込んでいた。 「っにしやがるんだよお前…!」 「あんたが急に馬鹿なこと言い出すからだろう!」 「ったく、さっきはかたかた震えながらしがみついて来たくせに…」 「そ、その話はもういいだろって言ってるじゃないか!」 「…なぁデカブツ」 「…なんだよクソガキ」 「…オイラ達、完全に忘れられてるじゃん?」 目の前でぎゃあぎゃあと繰り広げられている言い合いを眺めながら、ロジャーが呟いた。 「…そうみてぇだな」 クリフも同意して、同じように目の前の痴話喧嘩を眺める。 「…忘れられてると言やぁ…」 「ん?」 「さっき、ネルがアルベルにしがみついた時…。アルベルより俺らの方がよっぽどネルの近くにいたよな」 「…確かにそうじゃんよ」 「俺、盾にすら認識されてなかったのか?」 「それを言うなら、オイラなんておねえさまの目の前まさに抱きつくならここしかないっていうベストプレイスにいたじゃんよ」 二人は先ほどの状況を思い出してみる。 彼ら二人の方が断然近くにいたはずなのに、一目散にアルベルの方へ飛びついていたネル。 「………」 「………」 しばし、二人の間に沈黙が流れて。 「…悔しいというかシャクなのはオイラだけじゃん?」 「…よせ、考えるのはやめとけ。空しくなるぞ」 普段意見が合わない二人の心情が、まさに一致した瞬間であった。 「…ところで、さっきのおねいさまメラ可愛かったじゃんよ…v」 「あーまぁ、確かにな。ネルがあんな悲鳴あげるとは思わなかったしな」 「そうそう、オイラも聞いたことなかったじゃん。でも、バカチンプリンは聞いたことあるっぽかったよな、あームカつく」 「………」 「そういえば、おねいさまが甲高い声だすなんて、バカチンプリン一体どんな場面を見てたじゃん?」 「………あー、さぁな」 「コトノサイチュウって言ってたよな。なんのことだ?」 「…それも、深く考えるのはやめとけ」 「?」 「わからねぇほうがいいってこともあんだよ。…特にお前は」 「???」 |