かぽーん 「ひゃほー! ふ〜ろっ、ふ〜ろっ、ろってんっぶろ〜じゃんよ♪」 「…おい、うるせぇぞ。無駄に騒ぐんじゃねぇよ」 「あ、アルベル兄ちゃん。髪縛ってるから誰かと思ったじゃん」 「んなことはどうでもいいが、何浮かれてんだよ。脱衣所まで水飛沫の音聞こえたぞ」 「浮かれて当然じゃんよ! サーフェリオには露天風呂なんてなかったし、入るのメラ久しぶりなんだからな!」 「…あぁ、そうかよ」 「あー、いい気分じゃんよ〜! 一番風呂って気持ちいいじゃん!」 「…」 「今日はなんかフェイトの兄ちゃんとデカブツがマリア姉ちゃんやソフィア姉ちゃんに叱られてたからラッキーだったじゃん。いつもはオイラ二番目か三番目だからなぁ」 「…叱られてた?」 「そーそー。どーしたんだろうな」 「………」 天然温泉、天然夜空、天然…?
がらがらがらっ 「おー、なかなか風情あんじゃねぇか」 「あ、デカブツにフェイト兄ちゃん」 「あ、アルベルとロジャー先に入ってたんだ」 「わざわざお前らを待つわけねぇだろうが」 「ま、そりゃそうだな。…にしても、やっぱりな、お前らの声しか聞こえねぇからそうじゃねぇかとは思ったんだが…」 「なんの事じゃん?」 「あぁ、さっき僕ら、というかクリフの所為でソフィア達に叱られてた事に関係してるんだけどさ。ここの露天風呂、仕切りの板に小さな穴が空いてるらしくて」 「………」 「んで、それを俺がフェイトに話してたらうっかりマリアに聞かれちまってな。そんで叱られてたわけなんだが」 「じゃ、じゃあもしこの仕切り板の向こうの女湯におねいさま達が入ってきたら…!」 「そうだけどさ、さっきの一件で女性陣みんなに仕切りに穴があること知れ渡っちゃってるし。僕らと同じ時間帯に入っては来ないだろ、さすがに」 「…お前らその所為で説教食らってたのか?」 「まぁな。まー、聞かれちまったもんはしゃーねぇし、女湯に誰もいねぇのも無理ねぇな」 「あー悔しいじゃんよ! もしデカブツがドジってバレなかったら、おねいさま達のせくしぃばでぃが拝めたかもしれなかったじゃんよー!」 「本当だよ、あーあークリフがあんな聞かれやすい場所でうっかり口を滑らすから…」 「…んなくだらねぇ事で残念がってんじゃねぇよ阿呆共が…」 「まぁそう言うんじゃねぇって。っつうわけで、久々の天然の温泉をゆっくり楽しむとするか」 「どの辺が"っつぅわけで"なのかわかんないじゃんよ」 「まぁ、そうだね。目の保養は諦めて、純粋に温泉を楽しもうか」 「………」 「そういえばさーアルベル、その髪の束ね方女の子みたいだよね」 「は?」 「あぁ、確かにな。もーちょっと上半身が湯に漬かってりゃ、女と見間違うんじゃねぇか?」 「上の方で束ねるだけで、かなり雰囲気変わるよなー。オイラも最初見たとき誰かと思ったじゃん」 「珍しいよね、アルベルが風呂できちんと髪束ねてるなんて」 「そういや前風呂入った時は束ねずにそのまま入ってたよな。あん時は気色悪かったぜ」 「あー、確かにそうじゃんよ! せっかくの温泉の湯に奇妙な色の長ーい髪の毛がゆらゆら浮かんでうねうね揺れてるのは見ていてメラ気持ち悪かったじゃん」 「僕らが何度注意しても縛ろうとしなかったのに。なんでまた急にきちんと束ね始めたのさ?」 「…さぁな」 「いつもながら気になるはぐらかし方しやがって」 「まっ、大体予想はついてるけど? 真相の程はどうなんだいアルベル君?」 「………。あの女に強制的に縛られたんだよ」 「ふーん? 僕らが言っても聞かなかったのに、ネルさんの言うことは素直に聞くんだ?」 「…湯船に髪を浸けるのはマナー違反だとか、さっきお前らも言ってたが、湯に長い髪が揺れてる所や濡れた髪が背中やら肌にくっついてるのが気持ち悪くて他の皆に精神的被害を及ぼすとかぎゃーぎゃーうるさかったんだよ」 「へぇー…でもさ、なんでネルさん、風呂場でお前が髪束ねてないこと知ってるんだよ?」 「………」 「挙句、湯船に髪を浸けてるとか、濡れた髪が背中に張り付くとか、まるで風呂入ってるアルベルを見てたみたいなリアルな文句言ってたみたいだし?」 「おっ、そう言やぁそうだな。まさかネルがお前の入浴シーン覗いたわけでもあるまいしなぁ?」 「!! おねいさまがそんなことするわけないじゃんよ!」 「そうだよね、でも現にネルさんは知ってたみたいだし? 不思議だよねー?」 「…。こないだの野宿ん時」 「は?」 「魔物倒した後の休憩時間に、体に返り血浴びたまま放置して昼寝してたら、あいつが血早く洗い流さないとまた魔物が寄ってくるっつってその辺の泉に突き落としやがったんだよ」 「………」 「んで、しょうがなく上半身の装備だけ脱ぎ捨てて返り血落として、さらに髪まで血に染まってやがったから髪留め解いて洗った。そん時に言われたんだ」 「…。ふぅーん」 「…。ほぉーぅ」 「なーんだ、やっぱりな。おねいさまがノゾキなんてするわけないじゃん」 「………」 それからしばらく会話が途切れて、皆がはー、とかあー、とか言いながら温泉気分に浸り始める頃。 「…上手く誤魔化すもんだねぇ」 仕切り板にもたれて湯に漬かっているアルベルの傍に寄ってきたフェイトが、感心したような声音で呟いた。 「…何のことだ?」 白々しい返事をするアルベルに、フェイトが苦笑しながら口を開く。 「さっきの。野宿の時に水浴びした、云々。…あれも嘘じゃないんだろうけど、どーせ何度も何度もネルさんと一緒に風呂入ってるくせに」 「………」 「じゃなきゃ、"湯船"とか"湯に"とかって台詞が出てくるわけないしねぇ?」 にやにや笑いは相変わらずに、フェイトが頭の後ろで手を組みながら言う。 アルベルは否定も肯定もせずに、ふん、と鼻を鳴らした。 「はい、五秒待っても否定の台詞が出なかった。これ即ち肯定ー」 「なんだそりゃ」 「ネルさんに聞いた。アルベルって否定しないイコール肯定なんだってね」 「………」 「まーロジャー以外にはバレッバレだけどさぁ。あーあ、つまんない。キレたロジャーとお前が子供のケンカするの見るの楽しみにしてたのになー」 「阿呆が」 「あの後ロジャーが、お前おねいさまと何羨ましいことしてんだよー! とかってお前に食ってかかったりしてケンカに発展したり、その後ネルさんにアルベルが、なにやってんだい馬鹿って怒られたりするの期待してたのに、上手く誤魔化して終わっちゃうんだもんなー」 「…あぁそうかよ」 投げやりに、だがフェイトやクリフを誤魔化しきれるとは彼も思っていなかったらしく、さほど表情を変えずにアルベルが答える。 フェイトは表情の変化に乏しいアルベルをつまらなそうに見ていたが、ふと何か思いついたらしく口を開く。 「あれ、でもなんでわざわざ誤魔化したんだよ? お前、いつもロジャーに当てつけ…っていうか牽制球投げてたじゃないか。ぶっちゃけそーいう展開になるかと思ったからあぁいう質問や突っ込みしてたのに」 「あー?」 「いつもならこれ見よがしに、"風呂一緒に入ってたから知ってんだよ阿呆"とかって言うじゃないか。珍しくないか? 当てつけもせずにさらっと誤魔化すなんて」 「………」 アルベルはしばらく視線をフェイトから外していたが、やがてふぅ、とため息をひとつついて。 「別に、さっきそのままバラしても良かったが…」 「じゃあなんで?」 再度尋ねたフェイトを、アルベルは一瞬だけ見て。 そして何故かにやりと悪戯めいた笑みを浮かべて、口を開いた。 「そのまま言ったら、隣で盗み聞きしてるどっかの誰かに殴られそうだったからな」 「…は?」 フェイトがぽかんと口を開けて。 アルベルは無言のまま、背後にある仕切り板をドアをノックするようにこんこん、と手の甲で叩く。 フェイトの視線が思わず仕切り板に向いた、時。 「…やっぱり気付かれてたか…」 ぱしゃん、という小さな水音と共に、彼らにとって聞き慣れた女性の声が返ってきた。 「!? ネ、ネルさん!?」 思わず体ごと振り向いた勢いでばしゃりと水音がたつほど驚きながらフェイトが声を上げて、 「はぁ!? ネル!?」 「へ!? おねいさま!?」 フェイトとアルベルから離れた所にいたクリフとロジャーも、同じように派手な水音を立てながら驚いた。 「最初っからバレバレだ、阿呆」 ただ一人、驚いていないアルベルがさらりと答える。 「へ、は!? 最初っから、って、アルベル兄ちゃんが入ったの、オイラのすぐ後だったじゃんか! オイラが最初に入った時、何にも音とか声とか聞こえなかったじゃんよ!」 混乱気味のままロジャーが言って、アルベルがやはりさらりと答える。 「お前は鈍いから気付かなかっただろうが、俺らが露天風呂の扉開けた瞬間、女湯で急に人の気配が消えやがったんだよ。そんな事が出来るのも、そんな事をする必要があるのもこいつだけだ。その後は完璧に気配消してたから後から入ってきたこいつらにも気付かれなかったんだろ」 「…うん、全然気付かなかった…」 「水音や息遣いも聞こえなかったしな…さすが隠密だな、身じろぎ一つしてなかったつぅことか」 ぽかんとしたままにフェイトとクリフが呟いて。 「でも、おねいさまどーしてそこまでして隠れてたんじゃん?」 ロジャーの素朴な疑問に答えたのは、ネルではなくアルベルだった。 「どーせ、俺らが入ってきたときに反射的に思わず気配消しちまって、その後出るタイミングを掴めずにいたら後から入ってきた二人の会話で仕切り板の穴の事知って、出るに出れなかったんだろ」 「………。…悔しいけどその通りだよ」 仕切り板の向こうから、悔しげにネルの声が返ってくる。 「あ、そういえば僕らがマリア達に説教されてたとき、ネルさんだけもう風呂入ってていなかったっけ…」 「なら仕切りの穴の事知らずに俺らと同じタイミングで露天風呂入っちまってても、無理ねぇか」 「アルベル兄ちゃんだけ気付いてたなんて、悔しいじゃんよ〜…」 おのおのの感想やら意見やら述べている男共は軽く無視して、アルベルはまた仕切り板の向こうに声をかける。 「どうでもいいが、お前俺らが入る前からいたっつうことは、かなりの間湯に入ってんだろ。のぼせてぶっ倒れねぇうちにとっとと出て水でも飲んで来い阿呆」 乱暴な言い様だったが、ネルを一応気遣っている台詞に。 「…。見ないよね?」 ネルはおずおずと尋ねて。 「見ねぇし見せねぇよ。いいから早く出やがれ」 「…う、うん」 意を決したらしく、隣からばしゃりという水音が聞こえる。 「うぉっ! 今がチャンスじゃん!」 「穴! 穴どこだよ穴…」 息巻く二名の視界に、据わった目で手のひらに吼竜破を準備しているアルベルが映る。 「「………」」 「それ以上動くとこの場で土左衛門にすんぞ」 「……ちぇっ」 「…へーへー」 大人しくなった二人を見て、アルベルがようやく上げていた左手を下ろす。 それと同時に、女湯の方から露天風呂の扉が開いて閉まる音が響いた。 「ちぇー! おねいさまのせくしぃばでぃ、見たかったじゃんよー」 「黙れクソガキが。これ以上あいつあの場に留めてみろ、本気でのぼせてぶっ倒れるだろうが」 「ふぅん…? でもアルベル、ネルさんがいつから入ってたかなんて知らないだろ? もしかしてお前らが入る直前に湯に漬かり始めたかもしれないし、それだったらそこまでのぼせはしないだろ。なんでのぼせてるって分かるんだよ」 「…声に覇気がなかったからな。あーいうときのあいつは肌真っ赤にさせてのぼせかけてんだよ」 「ほー」 アルベルには見えない位置で、クリフがまたにやにやと笑いながら相槌を打った。 「へー。そうなんだ」 クリフと同じように、フェイトもにやりと笑ってアルベルを見る。 ロジャーだけは何も気付かずほへー、と純粋に納得したように頷いていた。 「そっかー、だからアルベル、早く上がって水飲めー、って言ってたんだ」 「あぁ。…風呂上がったらあいつ見てみろ、茹でダコみたいになってやがるから。肌の色素薄いからすぐ紅潮すんだよ、湯から出て十分はあのままだぞ、あいつ」 くくく、と面白そうに笑うアルベルに、にやにや笑ったままのフェイトが何気なく尋ねる。 「へぇ? でもどうして、泉で水浴びしてたの見られただけ、のはずのアルベルが、湯にのぼせたネルさんのこと、知ってるわけ?」 「………」 アルベルの表情が、一瞬固まった。 同時に、ロジャーがはっとしたように目を見開いて。 「あー! 確かにそうじゃんよ! 何で知ってんだよお前!」 「おー、そういやそうだなぁ、水浴びの時一緒にいただけなら、んなこと知ってるわけねぇもんなぁ」 「湯から出て十分はあのまま、ってことは、湯から出て少なくとも十分くらいはずーっと一緒にいた、ってことだよね?」 そこんところどうなの? とにっこり笑って聞いてくるフェイトに。 「…てめぇ…まだケンカ観戦とやら諦めてなかったのかよ…」 アルベルが苦々しげに呟く。 「もっちろん。こーんな面白いこと諦めるわけないだろ?」 にんまり笑うフェイトの台詞の直後に、 「おいバカチン、ちゃんと説明しろよ! なんでおねいさまがのぼせた時のことにそんなに詳しいじゃんよ!」 ロジャーがアルベルを見上げて言及してくる。 「………」 知らぬ存ぜぬを通すつもりか無言になるアルベルに。 「おいこら無視すんなー! どうなんじゃんよ!」 ロジャーがさらに言い募って。 「あははははは、やっぱり面白いなぁあいつらからかうのって」 目論見が成功したことに喜ぶフェイトと。 「…お前本ッ当にいい性格してるよな…」 「なんだよクリフ、お前だって楽しんでたじゃないか」 「まぁ、否定はしねぇがなぁ」 「だろ?」 自分に被害が及ばない範囲で悪乗りする術を段々身に付けて来たクリフだった。 |