珍しい事が起こる時、予告でもあれば驚かずに済むのだろうか。





いつもの何気ない珍事の後





それはアーリグリフへ訪れ宿を取り解散してしばらく経ってからの事。
仕事があると珍しく城へ向かったアルベルを除いた五人は、宿の一室に集まりこれからの事を話し合っていた。
今回の話し合いはウルザの探索を中断するか否かについて。
というか、最近はウルザの探索がはかどらずエアードラゴン経由で行き来が楽なアーリグリフの宿を利用する事が増えており、この宿屋での作戦会議は大体いつも同じような内容になっていたりする。
皆であーでもないこーでもないと話し合うのだが、やはりと言うかなかなか結論が出ない。
「やっぱり毎回堂々巡りだよね…どうしよっか」
困ったようにフェイトが肩をすくめ、皆も苦笑する。
「少し休憩にしましょうか。ずっと話し合ってても埒が明かないものね」
マリアがそう言って、一旦作戦会議が中断した。
ロビーに下りて飲み物でも飲もう、と誰かが提案して、皆で賛成の意を示した時。
ノックもなしに唐突に部屋のドアが開いた。部屋にいる皆の視線がドアに注がれる。
ドアの向こうにいた誰かの姿を見て、フェイト達は一瞬固まった。



「…あ?」
部屋に入ってきた誰かさんは、注がれている視線に気づいて怪訝そうな顔をして表情を顰める。



その誰かさんは、黒と金の髪で紫を基調とした服装をしていた。
ただし、腰より長い長髪はいつもと違って後ろで一つにゆるく結われていた。
さらに、身にまとっているのはウォルターやアーリグリフ王がよく身につけているアーリグリフ正装と思われる衣装。勿論腹も腿も出ていない。



「………」
「何だ」
ぽかんとしたまま凝視して来る部屋の中の面々の様子に、誰かさんはそう問いかけるが。
「…えー!? アルベル!? あっはははははは別人ー!」
「嘘ー! 誰かと思いましたー! すごいすごい、本当に別人ですね!」
「また珍しい恰好してるじゃない、最初本当に誰かわからなかったわ」
「ははは、おっどろいたぜ、やけに似てるヤツがいたと思ったら本人とはなぁ」
返って来た反応は誰かさんにとってしごく不本意であろう感想を交えた爆笑だった。
部屋に入った途端に凝視されさらに一瞬後には爆笑された誰かさん―――アルベルは、当然不機嫌を隠そうともしていない表情で皆を睨みつける。
「あー、ご、ごめんアルベル、わ、笑うつもりなかったんだけどさ、あ、あまりにも意外すぎて、あははは」
「びっくりしました、そうやって見るとマジメでマトモな人に見えますねー!」
「いつもそういうの着てれば露出狂だのヘソ出しだの言われないのに。変わった趣味してるのねぇ」
「おーおー、着るもんが変わるとこうも印象が変わるんだなぁ。いや、マジで一瞬誰かわかんなかったぜ」
だがアルベルのひと睨みくらいで怯むメンツではないので、皆まったく気にせずに遠慮なしで珍しがり、または爆笑し続けている。
そんな中、ぽかんとしたまま無反応だった残りの一人―――ネルに気づいて、ソフィアが声をかけた。
「ネールさんっ、もう驚いちゃいましたよね、アルベルさんの変わり様!」
「えっ? あ、あぁ」
ネルにしては珍しく、一瞬反応が遅れる。
ソフィアが不思議そうな顔をして首をちょん、と横に傾けるが、あ、と何かに気づいたように口元に開いた掌を当てた。
「ネルさんてば、いつものへんてこな恰好してないアルベルさんが恰好よくって見とれちゃいましたー?」
「あら、ネルもそういう事あるのねぇ。まぁ確かに、こういうまともな恰好していればちゃんと恰好良く見えるわよね、アルベル」
「お前らもはっきり言うよなぁ…まぁ、当たってるがな」
「あっはっは、アルベル良かったねー、ネルさん見とれてくれたみたいだよ? わざわざきちんとした恰好で戻ってきた甲斐あったねー」
「誰がだっ! 大体、俺はただ荷物取りにきただけだ阿呆共が!」
「あはは、アルベル照れてるー」
「褒められ慣れてないからムキになってんだなぁ」
「だからお前ら人の話を聞きやがれ」
微妙にすっとんだ話の流れを修正すべくアルベルが口を挟むが、やはりテンションが上がった四人(特に女性陣二名)は聞いてはおらず。
「ネル、あなたも何か言ってあげてよ。あなたが言えばアルベルだって素直に喜ぶでしょうし」
「そうそう、恰好良いとか、似合ってるーとか言ってあげて下さいv」
そう言ってネルに話を振る女性陣二人に、アルベルが何か反論する、前に。
「…うん」
部屋に入ってきたアルベルを見てからぽかんとした表情のままだったネルが、ふにゃりと微笑んだ。
不意打ちの笑顔に、周りの女性陣や少し離れた場所で事の成り行きを見ていた男性陣や当のアルベルも驚いた顔をしていると。
「恰好良いよね」
やはり笑顔のまま、ネルが呟いた。
珍しいネルの発言にソフィアとマリアが目をぱちりと見開いていると、ネルはふいっとアルベルを見て。
僅かに小首を傾げて、嬉しそうに微笑んだまま口を開く。
「似合ってるね、本当にどこぞの貴族みたいだ。驚いたよ、着てる服が違うだけでこんなに印象が変わるんだね。前から女顔で美人だなぁって思ってたけど、そうやって見ると普通に恰好良いよ」



思った事をそのまま言葉にしているのだろう、すらすらと笑顔のままでそう言ってのけたネルに、恐らく素直に感想を言った以外の他意はなかったのだろう。本当に。ひとかけらも。
もしかしたら結構な惚気を言ったという自覚すらないかもしれないネルは、やはりにこにこと微笑んだまま、
「ねぇ、あんたいつも軍服着るようにすれば? その正装は戦闘の時動きにくそうだけど、きちんとした軍服だってあるんだろう? それ着てれば服の趣味まで歪んでるとか言われないようになるんじゃないかい? 私もあんたが軍服着てるの見てみたいしね、きっとその正装みたいに恰好良いだろうから」
目を丸くしている周りの面々と、目を見開いて固まっているアルベルに気づいているのかいないのか、さらに爆弾発言を投下し続ける。
まさか自覚ゼロ?と周りの誰かが気づき始める頃、ネルは笑顔のままに近くにいたソフィアに話を振った。
「ソフィアもそう思わないかい? 正装が似合うんだから、こいつ軍服も似合いそうだよね」
「…あ、はい! ええ、そうだと思いますよ、うん!」
何故かソフィアの方が赤くなりながら、こくこくと頷いて同意を示す。
「…珍しいわね、あなたがそんな風に言うなんて」
しかも、臆面もなく、と続けられる所だったがそれは言わずに置いて、マリアが小さく問いかけた。
問われたネルはマリアの方を向いて一瞬ぱちくりと瞬いて、また笑う。
「だって、本当に恰好良かったから」
「そ、そう…」
ソフィアと同じく、マリアも何故か赤くなりながらそう答えた。



「アルベル。…お前幸せモノだな。ネルさんマジで素だよあれ。爆弾発言投下に気づいてすらいない」
「ネルもたまにふっとすんごい発言するよな。…お前もなんつーか、大変だよな。幸せモノには変わりねーが」
「………」
ぽむぽむ、と肩を軽く叩かれているアルベルは、声をかけられてもしばらく無言のまま固まっていたが。
「で、お前どうすんの。軍服とやら着るわけ?ネルさんのお望みどおり」
やがて照れよりからかいたい願望が上回ったらしいフェイトのにまにま笑顔での問いかけに、アルベルはふいっと顔を背けながら返答する。
「…着ねぇよ」
「ほー、なんでだ?」
フェイトと同じくにやにや笑顔のクリフにそうつっこまれても、アルベルは何も答えようとはしなかった。
何も答えないアルベルに再度追い討ちで突っ込むことはせず、フェイトとクリフは肩を竦めて顔を見合わせるが。



「…心臓に悪すぎる」



そう聞こえた気がして振り向いた先のアルベルの耳が、桃色に染まっていたように見えたのは恐らく二人の気のせいではなかったようだ。





恐らく唐突であろうとなかろうと、予告があろうとなかろうと。驚く物は驚くのだと言う結論に達した、ある日の出来事。