無意識的愛情表現 何でもない会話の最中にソフィアがふふふ、と脈絡なく声付きで微笑んだので、フェイトは思わずあれ僕何か変なこと言ったっけと数秒前に口に出した事を頭の中で反芻した。 クリエイションを終えて宿屋に戻る最中の取りとめもない雑談。この星に来る前に応募していたらしい限定アクセサリーの抽選がやっぱり外れちゃったかなぁ、と残念がっていたソフィアに、なんだよお前まだ気にしてたのか?と特に何も考えず軽く返しただけだ。そこでソフィアが頬を膨らませる可能性はあれど、笑う要素などなかった。はず。 「あ、ごめんごめん。別にフェイトがおかしかったわけじゃなくて」 ただの思い出し笑いだよ、そう付け足された説明にフェイトは一応納得したが、その後もソフィアがやけにご機嫌な顔でにこにこしているものだから、さすがに気になって疑問を口にした。 「やけに嬉しそうだけど、何思い出したんだよ」 「え? うーん、まぁ、そんな大したことでもないんだけどね」 大したことないと言いながらもご機嫌そうな顔はそのままにソフィアがフェイトにぴ、と人差し指を突き付けた。 「今さ、フェイト私の事"お前"って言ったよね」 「へ? ああ、言ったけど…。なんだよ、いつもの事だろ?」 「うん、いつもの事だよね。でもフェイトってさ、私以外の女の子に"お前"って言わないよね」 指摘されてフェイトはきょとんと眼を見張る。少しだけ考える素振りを見せた後、言われて見ればそうかも、と肯定したフェイトに、ソフィアはでしょ、と得意そうに言った。 「まぁ、私は付き合い長いし。特にそんな事気にしてなかったんだけどね。昨日ネルさんにそれが羨ましい、って言われたんだ」 「え?」 予想外の名前が話題に上ってまたもフェイトが驚きの声をあげ、ソフィアもその時は私も驚いたよ、と同意を返す。 思わずフェイトの視線が名前の出た彼女を探すように左右へ移動した。右を向いた時に視界に入った赤毛の彼女は、フェイトとソフィアの後ろでマリアと何かを話していた。 「あ、直接羨ましいって言われたわけじゃなくて、なんとなく、話しぶりから察するに羨ましがられてるんだなって思っただけなんだけどね」 でも、"あいつは男女も何も関係なく同じように扱うから"って残念そうに苦笑してたから、声には出してなかったけど"羨ましい"と思っていたんじゃないかな。 穏やかに微笑みながらそう言ったソフィアに、フェイトはへぇ、とだけ相槌を打ってから。 「ネルさんもそういうの、気にする事あるんだな」 「何よーフェイト、ネルさんだって女の人なんだよ?」 「いや、それはわかってるんだけどさ。なんていうかいつも凛としてるからなんとなく意外だなって」 「もう、ネルさんはああ見えてすごーく可愛らしいひとなんだよ?」 数歩後ろにいる本人には聞こえないように声量に配慮しながらの小さなやりとりは、でもね、ソフィアが呟いた事で話題の風向きが変わる。 「ネルさんとアルベルさんって、ネルさんが残念に思う必要ないくらい仲良しだと思うんだよね」 「確かにねー。さっき誰でも同じように扱うって言われてたアルベルも、それにネルさんもなかなか表面には出ないみたいだけど」 「そんなことないよ? あのお二人も、実はさりげなく態度に出てるもん」 「へぇ?」 意外性と驚き、そして興味が混じった声を返したフェイトに、ソフィアはまた得意そうな表情になって、続ける。 「たとえばねー…。あ、フェイト、今からアルベルさんの事見ててね」 は?とフェイトが了解の意を返す前にすっとぼけた声を出すと同時に、ソフィアは歩きながらくるりと振り返って。 「ネルさーん!」 今まさに話題の中心にいた人物の片割れの名前を呼んだ。慌ててフェイトがソフィアの指示通りに話題の中心にいたもうひとりに目を遣る。 フェイトが視線を遣ってすぐに、何故か彼も急に視線を上げた。視界の隅にいた、ソフィアに名を呼ばれて同じく視線をこちらへ向けた彼女とまったく同じタイミングで。 え、と思ってフェイトが気づかれないように観察すると、顔を上げた彼の視線は今しがた彼女を呼んだソフィアに向いていて。 ソフィアが彼女に今日の食事当番についての簡単な確認をしているのを見てすぐにまた視線が逸らされた。 「………」 これはもしや、とフェイトが彼から視線を戻して前を向くと、はい、じゃあそれでよろしくお願いしますー、と何某かの確認を終えたらしいソフィアが再びフェイトの方を向いてにこりと笑う。 「見た?」 「見た」 何の事を、と指定されずとも察したのか頷いたフェイトに、ソフィアがね、と得意顔になって口を開く。 「ネルさんが誰かに呼ばれると、アルベルさんも振り向くんだよ」 自分の名前呼ばれたわけじゃないのに、ね。そう言ったソフィアの口調には、変だとか不思議だとかそういうからかいは一切含まれておらず、ただ純粋に嬉しいとか微笑ましいとかそういったあたたかい感情が溢れていて、聞いていたフェイトは思わず釣られて微笑を浮かべた。 「気になるんだろうな、ネルさんの事。何で呼ばれたかとか何話してるかとかが気になるんじゃなくて、なんていうかさ、何となくなんだろうけど」 「うん、フェイトが言いたいことよくわかるよ。多分アルベルさん、無意識なんだろうし」 うまくまとまらなかった考えをきちんと理解してくれたソフィアに、フェイトはだよな、と笑いながら答えた。うまくまとまらなかったと言うより、多分はっきりと言語化して説明することが難しい"何となく"という答えが一番しっくりくる気がする。人間の感情や心情って難しいな、そんな話題から少し外れた事を考えていたフェイトの隣のソフィアは、今にもスキップしそうにご機嫌だった。 「嬉しそうだな」 思わず思ったことをそのまま声に出したフェイトに、ソフィアはうん、と即答して。 「だってなんだか、あのお二人が仲良しだと嬉しいんだもん」 他人の幸せをまるで自分の事のように喜べるのはソフィアの長所だな、そんな事をフェイトは思った。そう思うフェイト自身も、嬉しそうなソフィアを見て嬉しいと思っている事はまだ気付いていない。 気付かないままに、無意識の嬉しさをどこかに向けてみたくなったのかフェイトは唐突にくるりと振り向いて。 「アールベルっ」 弾んだ声でそう呼ぶと、怪訝そうな顔で彼の視線がこちらへと向いた。 目が合った彼にフェイトはにぃ、と笑って見せて。 「お前意外に惚れた相手には一途だよな!」 振り向くのと同じく唐突に言い放ったフェイトの台詞に、帰って来た反応は二つあった。 「はぁ!?」 「ちょっと、何言ってるんだいフェイト!」 名前を呼ばれて唐突な台詞を投げかけられた張本人である彼が怪訝そうな顔で反応を返すのは当然として、同じくらいの反応速度で返ってきたもうひとりの声にフェイトは堪え切れずに小さく噴き出した。 確かに台詞の中に彼女を指す内容が含まれてはいたけれど。 「えー、いや、アルベルを見てたらそう思わざるを得なくて」 「な…あんた、一体何したのさ!」 「は? 何もしてねぇよ!」 じゃあなんでフェイトがあんな事言ったんだい、知らねぇよ急に言い出したんだ、といつもの事だが小さな口論が始まって、だが発端であるフェイトはその口論すら楽しそうに眺めながら笑う。隣にいるソフィアも同じように笑っているのが見えて、無意識に嬉しくなりながらフェイトは口を開いた。 「やっぱりなんとなく、だけどさ」 「え?」 「確かにアルベルの"惚れた相手"がネルさんだっていうのは僕らの中で周知の事実だけど」 「? うん」 突然話を切り出したフェイトに、ソフィアは不思議そうな顔をしながらもおとなしく聞きながら相槌を打つ。 「でもさー、ネルさんがアルベルの"惚れた相手"が自分だって真っ先に認識して、しかもアルベルもそれを当然の事みたいに受け答えしてるのって、なんかいいよな」 なんとなく、だのなんか、だの抽象的な表現ばかりの感嘆の言葉を、ソフィアは先ほどと同じくきちんと汲み取ったらしく。 「うん。なんか、いいよねそういうの」 「な」 背後で未だ続いている、よく聞くと微妙に論点がすり替わっている口論をBGMに、二人は顔を見合せて秘密を共有する子供のように笑い合った。 「ね、そういえばさ、気づいた? さっきフェイトがアルベルさんを呼んだ時のこと」 「へ?」 「あーやっぱり気づいてない。フェイトがアルベルさんの事呼んだら、ネルさんも一緒にフェイトの方見てたよ」 「わ、マジ? なんだよ、似た者夫婦だなー」 「だよねー。でも似てるけど二人とも性格出てるね、アルベルさんは割と普通に顔ごと向けるけど、ネルさんはちらって視線送るだけだったよ」 「へぇ、無意識って言っても違いはあるもんなんだな」 「そうだね。でもやっぱりそういう無意識の愛情とか、いいなぁ」 フェイトが思わず真顔になってじっとソフィアを見つめる。向けられた視線に気づいたソフィアは、数拍置いてからあっと声をあげた。 「べ、別に、羨ましいなぁって意味のいいなーじゃなくてね。嬉しいなって意味のいいなー、だよ」 「いや、僕別に何も言ってないけど」 「う、い、意地悪」 「なんでそうなるんだよ」 フェイトが軽口を叩くとソフィアの頬がむう、と小さく膨らんだ。それを見て笑ったフェイトにソフィアは軽く非難の視線を向けるが、やがてふう、と小さくため息をついて。 「でも、羨ましいも何もないよね。フェイトは一応、他の女の子には言わない口調で私と話してくれてるわけだからある意味特別扱いしてくれてるんだし」 「一応、とかある意味、とかって何だよ」 言葉のアヤだよ、そう答えるソフィアの表情は、どこか寂しげな苦笑。 「でも私はフェイトに何もしてないもんね。それなのに羨ましい、なんて思うなんて欲張りすぎるよ」 寂しげに見えたのはそんな事を考えていたからだったのか、フェイトはしゅんとなってしまったソフィアを見ながらそんな事を思う。 「別にソフィアは落ち込む必要ないと思うけど」 フェイトの手がぽん、と軽くソフィアの頭に乗せられて、さらさらの茶髪を上から撫でた。 「落ち込むよぉ」 口調に暗さが混じり始めたソフィアに気づかれないように、フェイトは苦笑を洩らした。 (僕を呼ぶ時だけ声が1オクターブ上がってるの、気づいてないのかなこいつ) できれば僕だけの秘密というか特権にしたかったのになぁ、だって言ったら照れて意識して呼ばなくなるかもしれないし。 心にしまっていた、そしてこれからもしまい続ける予定だった特権だが、どうやら本格的に落ち込んでしまったらしいソフィアを見るとそうもいかないようで。 勿体ないなぁと思いつつ、どんな反応するかな、とフェイトは残念に思いつつもどこかわくわくしながら特権をしまっていた引き出しの鍵を開けた。 「そういえばソフィア、お前気づいてた?」 |