「やっぱり、蹴ってでも起こしたほうがいいか」
ネルはそうつぶやいた。さすがに、アルベルだけを除け者にして夕食を食べるのはまずいだろう。
だが、この寝起き最悪な彼を起こすのも一苦労しそうだ。
さっきああは言ったが、蹴って起きたとしても報復を受けそうだし。
ネルはふとアルベルの顔を見た。普段意地が悪くて憎たらしい彼も、今はあどけない顔をしている。
彼の寝顔を見るのは初めてではなかったが、何度見ても普段と差がありすぎて面白い。
「それにしても、こうして見てみると普段のあの毒舌野郎とは思えないね。いつもこうだと可愛げもあるのに」
アルベルの寝顔を眺めながらネルは独り言を言った。
だが、その可愛げのカケラもない奴に惚れているのは他ならぬ自分で。
なんでこんな自信過剰で毒舌で性格の悪い奴に惹かれているのだろう、と思い返しても答えるものはいない。
ネルはそのまましばらくアルベルの寝顔を眺めていた。
よく見ると伏せられた睫は思いのほか長く、腕に突っ伏して眠っているため顔の下半分が見えないため、彼はいつもよりも幼く見えた。
端整な顔立ちだがどこか冷たい印象を受ける彼も、今は幼い少年のようだった。
「まるで御伽噺の眠り姫だね」
ネルは笑いながらテーブルに手を着いて、アルベルの顔を正面から覗き込みながらつぶやく。
…それはいいとして、アルベルを呼びに来てから、呼びに行くだけにしては少し時間が経っている。
皆も待ちくたびれているだろう。
そろそろ本気で起こさないと。
そう思ってネルはまた両肩を掴んでアルベルを揺さぶった。
「起きなったら!」
「………」
今度は反応すらない。本気で熟睡しているのだろうか。
「まったく…本気で蹴ってやろうか」
殴るか蹴るかすれば起きるだろうか。ネルは少し思案して、やっぱり止めた。
手がつけられないくらい機嫌が悪くなったら夕食どころではなくなってしまう。
「…こういうとき、眠り姫だったらキス一回で手っ取り早く起きてくれるのにね」
昔読んだ絵本を思い出しながら、冗談交じりにつぶやいてみる。



と、



急に、胸倉をつかまれた。
そのままぐい、と前に引き寄せられる。
「なっ…!」
驚いて出した声は、途中で遮られた。
突然のことで反応できないネルの唇に、アルベルの唇が重なっていた。
ネルの見開いた瞳には、目をうっすらと開けたアルベルの顔が映った。
「んっ…」
抵抗しようとアルベルの胸を叩くが、びくともしない。
こういうとき、ネルは自分達女が男に力負けしてしまうのはとても不便だと感じる。
ネルはしばらく抵抗していたが、やがて諦めたのか体の力を抜いて目を閉じた。
その後しばらくして、アルベルはようやくネルを放した。
ネルは酸欠気味で赤い顔のままアルベルを睨みつける。
「急に何するのさ!」
「お前がしたいって言ったからしてやったんだろうが」
「そんなこと言ってないだろう!?だいたい、いつから起きてたんだい!」
「ついさっきだ、お前の声がうるせぇから起きた」
淡々と答えるアルベルに、ネルは文句を言う気も無くして押し黙った。
「ったく…。あれだけ起こしても起きなかったってのに」
呆れながらぼやくと、すぐさま返事が返ってくる。
「起きてやったんだからいいと思え、この阿呆」
「起こしてやった人に向かってその言い草はないんじゃないかい?」
ネルは目を細めて言い返す。
「もう少しマシな起こし方ならすぐに起きただろうがな。蹴ったりしたら斬るぞ」
「…聞いてたのかい」
「聞こえたんだよ」
「でもねぇ、私も一応普通に起こしたんだけど?あんた、まったく起きる素振り見せなかったじゃないか」
「眠りは深いほうなんだよ」
「へぇ…。じゃあ、今度からこれで起こしてあげるよ」
ネルはそう言うが否や、アルベルの肩を掴んで強引に引き寄せる。
そしてそのまま唇を重ねた。
「!?」
今度はアルベルが目を見開く番だった。
それを見たネルはにやりと笑んで、すぐに唇を離した。
「これなら、すぐに起きられるんだろう?眠り姫さん」
腕組みをして勝気な微笑みを浮かべたネルに、アルベルも口の端を吊り上げて挑戦的な笑みを浮かべる。
「…ああ」





二人がかなり待ちくたびれたフェイト達に、揃って「遅い!」と怒鳴られるのはもう少し後。