「…あ」



と思ったときは、もう時既に遅しというやつで。
手に持っていた針金と和紙で作ってある小さな道具は、紙の部分が見事に破れてしまっていた。
それで捕まえる予定だった小さな赤い魚は、小さな水音と共に下にある桶の中に落ちて何事もなかったかのように泳いでいる。



「…下手だな」
「うるさいねっ!」



傍でしゃがんでこちらを見ていた、"ゆかた"というらしい薄手の服を着たアルベルが言った言葉に、間髪いれずに言い返す。
アルベルは呆れたような表情でこちらを見た。
いつも通りの口調で口を開く。



「下手だから下手と言ったんだろうが、阿呆。現にお前一匹もとれなかっただろう」
「う…」



図星をつかれて思わず口ごもる。
確かに、そうと言われればそうなのだ。



そもそも、なんで私がこの男と共に並んで大きな桶の前で魚と格闘していたか。
話は少し前に遡る。





なつまつり





今日私たちは、スフィア社へ行くためにFD世界に来ていた。
最近スフィア社の100階よりもさらに上がある、ということが判明し、レベルアップや資金稼ぎにもってこいだと言う意見が出たからだ。
昇れるところまで行ってジェミティまで戻ってきたのだが、どうにも街の様子が違った。
なんでも、私達のいる世界エターナルスフィアの中のなんとかという星にある祭を再現したイベントを開いているらしく、ちょうどいいから休養がてら参加しようとフェイトが言い出した。
皆も快諾し、私もたまには休むのもいいだろうと思ったので参加することになった。
その後、なにやら参加条件らしく"ゆかた"という薄手で袖と裾が妙に長く、はっきり言って動きにくい服を貸し出され、ここで開かれている出店はすべて無料ですので気軽に寄っていってくださいそれと星空や花火を再現しているところもあるのでぜひご覧になってくださいそれではごゆっくり、と早口で説明されて言われるがままに入場した。そこで各自解散。
フェイトはソフィアに頼まれたのか、輪投げでぬいぐるみを取るのに苦労していたし、マリアは射的で景品をごっそりと貰っていたし、スフレは砕いた氷にシロップをかけたものやらりんごに甘い蜜をつけて固めたものやら何やら甘そうなものを買っては食べていたし、クリフはスフレと同じように焼きそばやら焼きイカやらフランクフルトやらを食べ漁っていた。
私もしばらく適当に歩いていたのだが、あるところで面白そうな光景を見つける。
出店の前で騒いでいるロジャーと、そのロジャーにひっぱられて嫌そうにしているアルベルだった。



「おいプリン頭!これで男勝負するじゃんよ!」
「はぁ?お前今なんつった」
「だから、この…えーと、"金魚すくい"で勝負しようって言ってんだよ!」
「なんでお前と勝負しなきゃならねぇんだよ」
「決まってるだろ、どっちが真の男かを見極める為じゃんか」
「…馬鹿らしい、誰がやるかそんなもん」
「ほぉー?お前オイラに負けるのが怖いんだろ?」
「あぁ?誰が誰に負けるって?」
「オイラに負けるのが嫌だから逃げようとしてんだろ、そうはいかないからな!」
「…いい度胸じゃねぇか、クソガキ」
「とーぜん!男たるもの度胸がないとな!じゃ、この魚をどっちが多くとれるかで勝負するじゃんよ!」



灰色のゆかたを着ているアルベルと少々裾が地面についている緑色のゆかたを着たロジャーがとある露店の前でそんな会話をしていた。
相変わらず、見てて微笑ましいような呆れるようなことをやっているな、と私は苦笑する。
だが、その勝負とやらを見るのも面白いかもしれない、と、私は少し近づいてその様子を眺めていた。



「…あっ破れたー!」
「ふん、たったの一匹か。口ほどにもねぇ奴だな」
「なんだとバカチン!そういうお前は何匹…げっ!」
「三匹。俺の勝ちだな」



どうやら、水を入れた大きな桶の中に放してある小さな魚(金魚というらしい)を、針金と和紙で作った道具ですくうというものらしい。
…その桶の中にピコピヨボムが入っていたのは気のせいだろうか。
まぁそれはともかく。あの紙は水につけるとすぐに破れてしまうらしく、なかなか難しいようだ。
現に、手先は器用なはずのロジャーも苦戦していた。
なのにどうしてか、一見不器用そうなアルベルは三匹も取っていた。



「悔しいじゃんよ…!」
「勝手に悔しがっておけ、阿呆」
「…ちくしょー、いつか絶対に見返してやるからな!」



ロジャーは相当に悔しそうな顔をして、人ごみの中へ走っていった。
あの分ではまだ諦めていないようだ。
私はもう一度苦笑すると、透明な袋に入れられた金魚を渋々ながら受け取っているアルベルに声をかけた。



「あんた、見かけによらず器用なんだね。意外だったよ」
「…あ?お前、いつからそこにいやがったんだ」
「ついさっきだよ。適当に回ってたらあんた達が男勝負とやらをやってたからね、面白そうだったから見てたのさ」
「暇人だな」
「悪かったね。お祭りとやらは始めてだから、いろいろと見て回る途中だったんだよ。珍しいものがあって結構楽しいね。今の"金魚すくい"とやらも面白そうだったし」
「…なら、お前もやるか?」
「え?」



聞き返した私に、アルベルは自分の足元にある水と金魚の入った桶を親指で指した。
金魚すくいをやってみろ、ということらしい。



「暇ならやってみりゃいいじゃねぇか」
「…そうだね、まぁ特にやることもないし…やってみるとしようか」



私は特に深く考えず、そう言って桶の前にしゃがみこんだ。
隣の男も興味があるのか、私の隣にしゃがみこむ。
針金と和紙でできた道具をひとつもらい、さっそく目についた小さな金魚をすくってみる。





そして、冒頭に至る。





「まぁまぁ兄ちゃん、誰にだって得意不得意はあるさ。どうせ無料なんだし、そんなに言うことないだろう?兄ちゃんがさっき取った分を彼女さんにあげりゃいいじゃないか」
「「誰が彼女だ!!」」



私と隣の男がまったく同じタイミングで文句を言う。
こういうときだけ息がぴったりなのもどうかと思うが。



「ま、そういうことにしとくよ。…はい、お姉さん残念賞で一匹やるよ。好きなの持ってきな」



出店の店番をしている男は笑いながら私に小さな網を手渡してきた。失敗しても一匹は貰えるらしい。
紙で作られている網ではないので、これなら破ける心配もない。
私は網を受け取り、桶の中で悠々と泳いでいる金魚達を見やった。



「そうだね、どれにしようか」
「どれだって同じじゃねぇか」
「相変わらずつまらない男だね。あんたは三匹もとれたんだからいろんな種類のがあるだろうけど、私は一匹だけなんだから迷うのも当たり前だろう?」
「…色なんて、なんでもいいだろうが」
「はいはい。…でも、そういう割にはあんた、赤い金魚ばかりとってるじゃないか」



アルベルが持っている袋を見ると、中に入っているのは赤い金魚ばかりだった。
桶の中には、赤だけではなく黒や白、さらに何色かが混じった金魚もたくさんいる。
狙っていなければ、赤ばかりを集めるというのも難しいだろう。
何故かアルベルは一瞬言葉につまったようだが、すぐに口を開いた。



「…偶然だ」
「…そうなのかい?まぁ、いいけど」



私はそれ以上訊かず、自分の分の金魚をどれにするか考えた。
大きさはどれも同じくらいだから、選ぶ基準はやはり色だろう。
桶の中の金魚をゆっくりと見回していると、面白い色が目に付いた。





金色と、黒。



その二つの色が交じり合った、珍しい色の金魚が目に留まった。



その色が、私の隣にいる男の髪の色にそっくりで。



思わず、笑みがこぼれた。





「何笑ってんだ」
「え?…別に」



隣にいるアルベルが、怪訝そうにこちらを見ている。
そんな様子を気にせず、私は手に持っていた網でその目をつけた金魚をすくった。
もがいている金魚を水が入った小さな器に素早く入れて、出店の男に渡す。



「お、決まったかい?ずいぶん迷ってたみたいだが」
「ああ、それでいいよ」
「あいよ。ちょっと待っててくれな」



出店の男はそう言って私から器を受け取り、慣れた手つきで透明な袋に水と金魚をいれた。
はいよ、と一声かけながら私に手渡す。
私は礼を言って受け取った。
金魚の入った袋を指にぶらさげて立ち上がると、アルベルも立ち上がり、こちらに問いかけてきた。



「…妙な色を選んだな」
「妙?そんなことないだろう?あんたにすごく馴染みのある色じゃないか」
「あぁ?」
「ほら、あんたの髪の色にそっくりだろう」



そう言って、アルベルの二つに束ねた後ろ髪を軽く引っ張る。
アルベルは少し驚き、そしてすぐ憮然とした表情になってこちらを睨んだ。
その顔がまるで拗ねた子供のようで、また笑いがこみ上げてくる。



「くだらねぇこと言うんじゃねぇよ、阿呆」
「本当のことを言っただけだろう?」
「…勝手に言っとけ」
「はいはい。…さて、いつまでも出店の前にいたら邪魔だろう。ほら、行くよ」



ぐい、とアルベルのゆかたの袖を引っ張って、その場から離れる。
そのまま歩き出すと、アルベルが不思議そうな顔で問いかけてきた。



「…おい、なんで俺がお前についていかなきゃならねぇんだよ」
「いいじゃないか。一人で見回ってもつまらないだろう?どうせあんたも暇なんだろうし」



そう言うとアルベルは一瞬意外そうな顔をする。



「珍しいな」
「あんただって、例えば…酒を飲むときとか一人じゃつまらないだろう?それと同じさ」
「…何か違う気もするが…まぁ、しょうがねぇからつきあってやるよ」
「そう。それはどうも」



そんな会話をしながら並んで歩く。
すると、唐突にアルベルが私に金魚の入った袋を差し出してきた。
不思議に思ってアルベルの顔を見ると、私の視線に答えるように口を開く。



「やる」
「は?どうしてだい、これはあんたがとったものだろう?」
「俺には必要ねぇよ。邪魔になるだけだ」
「持って帰ればいいじゃないか。せっかくとったのに」
「持って帰ったとしても育てるのが面倒だ。だから、やる」



そう言って差し出された金魚を見る。
真っ赤な金魚が三匹、水の中でゆったりと泳いでいた。
それを見ると、さっき感じた疑問がまた湧き上がってきた。



「そういえば…さっきも聞いたけど、なんで赤い金魚ばかりなんだい?」
「おい、話そらすんじゃねぇよ」
「別にそらしたわけでもないけど…。納得いく答えが聞けたら、金魚を貰ってやらないでもないよ」



歩いたままそう言って、アルベルの答えを待つ。
アルベルはどこかバツの悪そうな顔をしていたが、少ししてから嫌そうに口を開いた。





「…お前の髪の色に似てたからだよ」





「…は………?」



アルベルが言った台詞に、思わず目を丸くする。
意味が汲めずに眉をひそめると、アルベルは半ばヤケになったような口調で、こう付け足した。



「どれにしようか見てたら、お前の髪の色にそっくりなヤツが目に付いたからこれでいいかと思ってとった」
「…え」
「それだけだ。別に深い意味はねぇ」



私はアルベルの台詞にしばらく目を丸くしていたが、やがて笑いがこみ上げてきた。
アルベルはそんな私をぎろりと睨み、ぼそぼそと「だから言いたくなかったんだよ」とかつぶやいていた。



そんな様子が、まるで拗ねた子供みたいで。
また笑いがこみ上げてくる。


「ふぅん。…だったら、なおさら貰えないよ」
「あ?お前理由言ったら貰ってやるって言ったじゃねぇか」
「"納得のいく"理由だったらって言ったろう?」
「…納得いかなかったのか?」
「納得はしたよ。…でも、やっぱり貰わない」
「だからなんで―――」



機嫌悪そうにしているアルベルの目の前に、私のとった金魚の入った袋をつい、とかかげた。
黒と金の入り混じった金魚が、文字通りアルベルの目の前で泳いでいる。



「私も、あんたの髪の色と同じ金魚を持ってる」



言いながら、アルベルが差し出した金魚の袋をゆっくりと押し戻す。



「だから、これでおあいこだろう?」



そう言って、軽く微笑む。
アルベルは一瞬驚いた顔をして、そしてすぐに呆れたような表情を作った。





「…そうだな。しょうがないから持っておいてやるよ」



口調は偉そうだったが、表情は緩んでいた。





「それにしても、結局あんたも私と同じようなこと考えてたんじゃないか。そうならそうとすぐ言えばいいのに」
「お前と同じような考え方だとは思われたくなかったんでな」
「なんだって?それはどういう意味だい?」
「そのままの意味だ、阿呆」
「あんたねぇ、人を馬鹿にするのもいい加減にしときなよ」
「うるせぇな」
「うるさいのはあんただろう!」






ジェミティの町を、一組の男女が口喧嘩をしながら歩いていた。
口喧嘩しながらもどこか楽しそうな二人が手に持っている袋には、相手の髪と同じ色の金魚がゆったりと泳いでいた。