ある日ジェミティに寄ってみたら。
どこそこの伝統行事らしい祭を再現したイベントをやっていて。
成り行きで参加することになったのだけれども。



「ちょっと、あんた歩くの速すぎだよ!」
「お前がトロイんだろうが」
「あんたねぇ…こんな人混みの中でせかせか歩く必要がどこにあるのさ」
「とっとと人混み抜けてぇから速めに歩いてるだけだ」
「あ、そう。でも急ぎすぎて迷子になるんじゃないよ」
「あぁ?何阿呆なこと抜かしてやがる」
「あんた方向感覚なさそうだから」
「ふん。勝手に言ってろ」



…隣を歩くこの男とは、相変わらず口喧嘩ばかりだし。
たまには休もうとここに来たのに、結局いつも通りだな。と苦笑した。





きらきらぼし





どこへともなくぶらぶらと歩いては、出店を覗いて目に付いた物を買う。
これを繰り返していると、さすがに結構な時間が経ったのかあたりが暗くなってきた。
この街はいつ来ても同じようなぼんやりとした明るさで、星のような光が飛び交っている。
だが、今日は星空や花火等を再現するイベントがあるらしいので、時間の経過とともに空も暗くしているらしい。…どういう仕組みかはさっぱりわからないけど。
隣を歩いているアルベルを見ると、やはり暗くなってきたことに気づいたらしくあたりをぼんやりと眺めながら歩いていた。
本当に迷子になるんじゃないかと心の中で密かに苦笑する。
と、たった今通り過ぎた出店に面白い物を見つけた。
割り箸をさしたバナナにチョコをかけてトッピングした、そんな感じのお菓子。
心なしかどこかで見たことがある気がするが、思い出せない。



「ちょっと、あれ買ってくる」
「あ?早く済ませてこいよ」
「わかってるよ」



なんとなく気になったから、アルベルに一言言って買いに行ってみた。



「それ、二本貰えるかい」
「はーい。ふつーのチョコでいいですかぁ?」



出店の前でそう言うと、エプロンをつけた女の子が笑顔で聞き返してきた。
見ると、普通のチョコのほかにストロベリーチョコやホワイトチョコのものもあるらしい。
少し考えて、やはり普通のを頼んだ。
すでに作ってあったものを手早く渡される。
礼を言って、アルベルが立っているところへと戻った。



「なんだそれ」
「これかい?チョコバナナっていうお菓子らしいよ。エリクールにも似たような食べ物があっただろう?」
「…ああ」
「あれ、そういえばあんたが発明して特許取ったやつじゃないか。確か、"チョコバナナデラックス"だっけ?」
「くだらねぇこと覚えてんじゃねぇよ」
「だってねぇ、あんたみたいなのがあんなに甘そうなお菓子つくるなんて思いもしなかったからね。印象に残ってたんだよ」



ああそうか。
前、アイテムクリエイションを皆でやっていたとき、何故かアルベルが作ったお菓子と似てるんだ。
さっきどこかで見たことがあると思ったら。そういうことだったのか。
一人納得していると、アルベルは機嫌が悪くなったのか憮然とした顔をしている。



「そんなに機嫌悪くすることないだろう。ほら、一本あげるよ」
「…んなもんで機嫌とろうとすんじゃねぇよ、ガキじゃあるまいし」
「別に機嫌とろうとしたわけでもないけど。せっかくあんたの分も買ってきてやったんだ、受け取りなよ」
「しょうがねぇな」



手渡すと、渋々ながらもすぐに食べているアルベルを見て、なんだ、結局食べるんじゃないかと心の中で思う。
まんざらでもなさそうな様子に、意外と甘党なのか?とか考えながら私も手に持ったチョコバナナを食べる。
やっぱり甘くて、結構美味しかった。



「まもなく、バーニィレース場付近で花火と星空のショーを行います。皆様、どうぞ気軽に見にいらしてください。繰り返します…」



しばらく会話もなく食べながら歩いていると、そんなアナウンスが流れてきた。



「花火と星空、だってさ。見に行く?」
「別にどっちでも」
「じゃあ見に行こうか。あらかた見回り終えたしね」



もう出店も大体回ったし、ここらでのんびり花火を眺めるのも悪くないだろう。
そう思って、バーニィレース場のほうへ足を進める。
気づいてみると、もう空は夜空と呼んでいいほどに暗くなっていた。
どっちでもいいとか言ってたアルベルも、まんざらでもなさそうに歩いている。
しばらくすると、ちょっとした人だかりが見えてきた。
どうやら花火の見物客のようだった。このあたりで花火が始まるらしい。
適当にあたりを見回すと、近くにベンチを見つけた。人が立ち去った直後だったのか、この人だかりの中でも座っている人はおらず丁度良い場所にあったので腰を下ろす。
アルベルも隣にどかりと座った。



「あんたは花火やったことあるかい?」
「ガキの頃にならな」
「そう、私も同じようなものだよ。でも、こんなに大掛かりそうな花火を見るのは初めてだね」



そう言った途端、大砲を撃ったような大きな音が聞こえた。少し驚いて音のしたほうを見る。
空に光の粒が鮮やかに湧き上がっていた。
続いてもう一発大砲の音が聞こえる。また夜空に光の花が咲いた。
それからひっきりなしに大砲の音が鳴って、次々に夜空は花火でいっぱいになった。
赤や黄色、緑や青、色とりどりの光の粒が入り混じって破裂する。
光が破裂して飛び散ると同時に、あたりが照らされて一瞬だけ明るくなる。不思議な光景だった。
不思議で、とても綺麗だった。



「…すごいね」
「…ああ」



私は、その光景をあっけにとられて眺めていた。
多分、アルベルも同じように驚いていると思う。
こんな大掛かりで豪快な花火は、エリクールでは見たこともなかったから。



もう何発鳴ったか分からない大砲の音が、突然止んだ。
まわりで見ていた観客も、ざわめきを取り戻してあたりはまた騒がしくなった。
もう終わりなのか?と首をかしげると、ちょうどよくまたアナウンスが鳴った。



「花火はこれにて終了です。次は満開の星空をお楽しみください」



そのアナウンスとともに、夜空がまた輝き始めた。
まるで宝石箱をぶちまけたみたいに、星々が静かに光っている。
これもさっきの花火に負けず劣らず綺麗だった。



「…綺麗だね」
「…まぁな」



つぶやくような会話を交わして、沈黙が流れた。





…今見ている夜空は、とても、とても綺麗だけど。
でも…これも"つくりもの"なんだ。



唐突に、そう思った。





いいや。つくりものだったのはこの夜空だけじゃない。
私達が今まで見てきた夜空も、本物だと思っていた心も、今こうやって夜空が綺麗だと思っているこの感情も。
そして、隣にいる男も、私自身でさえも。
全部。





「…信じられないよね。これも全部"つくりもの"だったなんて。…本物そっくりなのにさ」
「あ?」
「今更だけど。…あの花火や星空を見てたら、なんだかそう思えてきたよ。未だに実感はあまりないけど」



だって。
今、ここに確かにいる自分が、すべてつくりものだなんて。



信じられるだろうか。
…信じられるだろうか?





「相変わらず、お前は阿呆だな」
「…え?」
「つくりものだったから一体なんだってんだよ。今俺らがここにいて生きてる、それは変わらねぇだろうが」



「…え」



「違うか?」





…違わない。



そう、思った。
こいつに言われて、そう、思えた。





「…違わないね」
「だろ?だったらそれでいいじゃねぇか」





そうだね。
たとえ、この感情がFD人の感情を模した作り物だとしても。



…この星空が美しいと思う、この気持ちは変わらない。
なにも、変わりはしない。





「やっぱり、この星空もさっきの花火も綺麗だね」
「…。俺はアーリグリフの夜空のほうが綺麗だと思うがな」
「へぇ?そうなのかい」
「気温が低いところは空気が澄んでるから、星がよく見えるんだとよ」
「ふぅん。それはぜひとも見てみたいものだね」
「…機会があればな」
「ああ、そうだね」





ある日ジェミティに寄ってみたら。
どこそこの伝統行事らしい祭を再現したイベントをやっていて。
成り行きで参加することになったのだけれども。



…隣のこの男とは、相変わらず口喧嘩ばかりだったし。
たまには休もうとここに来たのに、結局いつも通りだったけれど。





でも。
簡単だけど、とても大切なことに気づけたし。



アーリグリフの夜空が綺麗らしいこともわかったし。



なにより、こいつのいつもと違った一面を見れたように思うから。





とても楽しい夜だったな。
…そう、心から思えた。