さまざまな物資が売買される商業の町、ぺターニ。
今日も中央広場には出店やオープンカフェが立ち並び、賑わいを見せていた。
人が行き交う中、少し珍しい組み合わせの人物が二人ほど立っている。
シーハーツのクリムソンブレイドの片割れであるネル・ゼルファーと、アーリグリフ三軍の一つ、漆黒の団長であるアルベル・ノックス。
前者は一つの出店の前に立って品物を眺めていて、後者はその後ろにめんどくさそうに立っていた。





おかいもの





「…えーと、ブルーベリィ十個に、ブラックベリィ五個と…」
ネルは出店に並べられている品物を眺めながら必要なものを選び取っている。
「あと、何が必要だった?」
背中越しにアルベルに問いかける。少々間があって、返事が返ってきた。
「…フレッシュセージ十五個と、料理素材十個」
「ああ、そうだったね」
ネルは少し品定めをしてから必要な物を手に取った。店主にフォルを支払って購入する。
まいど、と陽気な声が返ってきて、品物の入った紙袋を三つ渡された。
「どうも。ほら、あんたも持ちな」
アルベルは一瞬嫌そうな顔をしたが、しょうがないといった風にネルの持っている紙袋を二つ受け取って手にぶら下げた。





二人は今、物資補給のために買い物に来ている。
フェイト達はぺターニに到着したあと、自由行動にする前に買い物を済ませておく事にした。
そこで、アイテム調達班と資金調達のためにアイテムクリエイション班に分けることになり、マリアが即席で作ったくじ引きで班決めをすることになった。
その結果、フェイトとマリア、クリフとロジャーがアイテムクリエイション、アルベルとネルがアイテム調達という役割分担に決定して。
現在に至る。





「えーっと、あとは確か…ラベンダーとバジルだったね。どこに売ってたっけ」
「俺に訊くな。お前のほうがここの町に馴染みがあるんだろ」
「まぁそれはそうだけど。さて、どこで買おうかな…」
ネルは紙袋を一つ右手に持ったまま、並んでいる出店をぐるりと見回した。
これだけ出店があるのだから、できるだけ安い値段で売っている店を選びたいからだ。
今は資金に余裕があるとはいえ、節約するに越したことはない。
さて、どこがいいかな。そう思ってもう一度店を見回すと、
「それなら、そこの右から三番目の出店が一番安いですよ、おねいさま!」



唐突に、聞き覚えのある声が会話に入ってきた。





「え?」
ネルは声がしたほうを見た。アルベルも同じように振り向く。
するとそこには、自信ありげな顔で立っているロジャーがいた。
「あんた、アイテムクリエイションやってたんじゃなかったのかい?」
「そうなんですけどね、レシピ指定してたら調合素材がなくなっちゃって。それをおねいさまに伝えにきたですよ」
「ああ、そうだったのかい。…で、右から三番目の店…あの赤い看板の店だよね、そこが一番安いってのは本当かい?」
ネルの問いに、ロジャーは自信たっぷりの表情で答える。
「前フェイトの兄ちゃんと買い出しに来たときそうだったですから、間違いないですよおねいさま!」
「ふぅん…じゃあそこで買おうか」
ネルはそう言ってロジャーが言った店へ向かった。
その店の品は確かに他の店よりも安い値がついていた。
ネルは感心しながら調合素材と、そしてバジルとラベンダーを買った。
先程のように代金を払って品物を受け取る。
気の良さそうな店主はもとから安い値段をさらに値引きしてくれた。
「へぇ。あんたの言ったとおりだったね、ロジャー」
「もちろんですよおねいさま!オイラだってたまにはおねいさまのお役にたてるですよ!」
「本当にたまにだな」
後ろでアルベルがそうつぶやく。
ロジャーはさっきまでの猫なで声を一変させてアルベルに食って掛かった。
「なんだとこのバカチン!」
「本当のことを言っただけだろうがこのクソガキ」
「へーんだ、少なくともオイラはお前なんかよりはこの辺に詳しいぜ!」
「当たり前だろうが。俺はこの辺りはほとんど来たことねぇんだから」
「だ、か、ら、お前よりはおねいさまの役に立てるじゃんかよ!」
「…別に俺はこの女の役に立つとか、そういったことには興味ねぇんだがな」
「だったらおとなしく黙っとけよバカチン!」
「んだとてめぇ!」
「…あんたら、それくらいにしときなよ」
呆れた声でネルが言った。
この二人が喧嘩するのはもう見飽きてしまっているので、怒る気にもなれない。
「にぎやかでいいじゃないですか、ネル様。…はい、お買い上げの品です。結構重いので気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
ネルはそう言って少し大きめな紙袋を受け取った。ずしりと手に重みがのしかかり、ちょっと買いすぎたかな、と心の中で思う。
それを見ていたロジャーが、張り切った声でネルに言った。
「おねいさま!オイラが荷物持ちますよ!」
「え?…あんたが持つにはこの袋は少々大きいんじゃないかい?」
ネルがロジャーと紙袋を見比べながら言う。
確かに、ネルの持っている紙袋はロジャーの身長の半分以上はある。
しかも調合素材がかなり入っているため、結構重い。
まぁ、たしかに戦闘中軽々と斧を振り回しているんだから、重くて持てないことはないと思うが。
ロジャーはそんなこと気にしていないといった感じで答えた。
「ぜんぜんへっちゃらですよおねいさま!どーんと任せてください!」
「…そうかい?じゃあ、お願いしようか」
ネルはロジャーに大きいほうの紙袋を手渡す。少々不安げな面持ちで。
ロジャーは袋を受け取り、両手で抱えてみる。
その紙袋は手に提げるタイプの物だったが、大きいのでロジャーは抱えるしかなかった。
確かに多少は重かったが、まぁ、持てない程ではなかった。
「持てんのか?」
「うるさいな、ちゃんと持ってんじゃねぇか!…じゃあ、行きましょうかおねいさま!」
怪訝そうに問いかけたアルベルにそう言い、その後すぐに猫なで声でネルにそう言ってロジャーは歩き始めた。
「…ったく、後でどうなっても知らねぇぞ」
「まぁ、とりあえず任せてみようよ」
そんな会話を交わしながら、ネルとアルベルはその少し後ろを並んで歩いている。
ロジャーの足取りはしばらく普通だったが、少し経つと微妙に速度が落ちてきた。
さらに少々よろけている。
「…やっぱりあいつに任せるのは無理だったんじゃねぇか?足取りがふらふらしてやがるぜ」
アルベルがロジャーを後ろから見ながら言った。
アルベルの言ったとおり、ロジャーの歩いている姿はどこぞの酔っ払いほどではないがふらふらしていた。
どうやら紙袋が大きすぎて前がよく見えていないようだ。
さらにしばらく持っていたため手が疲れてだんだん重くなってきたらしい。
「あーあ、まったく…。しょうがないね」
ネルはため息をつきながら、ロジャーの近くに歩み寄った。



「ロジャー、無理しなくていいから紙袋こっちに渡しなよ」
「え!?このくらい平気ですよおねいさま!」
「平気、じゃねぇだろうが。そんだけふらふらしといて。もしも転んで中身落としたらどうする気だ」
「その中には瓶詰めされてる調合素材もあるし、落としたりしたら大変だろう?」
「…うぅ」
もっともなことを(しかもアルベルからも)言われて、ロジャーは口ごもる。
「あんたの気持ちは十分わかったから、今回はやめときな。中身を落としたりしたら、皆も困るだろう」
「…はーい」
ロジャーはとっても嫌そうにネルに紙袋を渡した。
ネルは苦笑しながらそれを受け取る。
「…へぇ、さっきも持ってみたけど、これ意外に重いね。ロジャーも少しの間とはいえ、よく運んだもんだよ」
ネルは紙袋を持ってみて意外そうにそう言った。中身は薬草やハーブばかりなのに結構重い。
やはり買いすぎただろうか、とか、二つの袋に分けてもらえばよかった、とか今更思ってみる。



と、唐突に紙袋を提げていた腕が軽くなった。





「ほらよ」
ひょい。と効果音がつきそうなくらい軽々と、アルベルがネルの持っている紙袋を横から取りあげた。
「…え?」
驚いて、アルベルの顔を見る。
いつもと同じ仏頂面がそこにあった。
が、その顔は慣れないことをしたせいか少し照れているようだった。
「しょうがねぇから持ってやるよ」
アルベルはぶっきらぼうにそう言った。
ネルはそこでようやく、アルベルが自分の持ってた重い方の荷物を持ってくれているということを理解した。



…なんだ、こいつもたまにはいいとこあるんじゃないか。
ネルはそう思いながら、アルベルにお礼を言おうとする。
が、ネルが何か言う前に、アルベルは大きな紙袋を右手に持ちながら不思議そうな顔でこう言った。
「なんだ?大して重くねぇじゃねぇか」
「え」
「クリムゾンブレイドって言ってもやっぱり女だな」
「…今まで私をなんだと思ってたんだい、あんたは」
「口うるさくて女らしくない凶暴女」
「悪かったね!」
思わずネルはそう言った。
こいつもたまにはいいとこあるな、と思った矢先にこの言い草。なんなんだこいつ。
ネルはそんなことを思いながらアルベルを睨む。
アルベルはさっきの大きな紙袋と、少し前に買った品物が入っている小さな紙袋二つを軽々と持っている。
なんだか癪に障ったので、アルベルの抱えている小さな紙袋を一つ取り上げた。
怪訝そうな顔でアルベルがネルを見る。
「…持ってもらってばかりなのは癪だから、私も持つよ」
「別にいいってのに」
「あんたに持たせてばかりじゃ、私が嫌なんだよ。それに、ひ弱だとか思われたくはないしね」
「…ふん、好きにしろ」
「ああ、好きにさせてもらうよ。…それと」
「あ?」
ネルは少し言いにくそうに、だがはっきりと言った。



「一応言っとくよ。…ありがとう」





アルベルは一瞬目を見開き、そしてぶっきらぼうにこう言う。
「…別に、礼を言われるほどのことでもねぇだろ」
「あぁそうかい。でも相手があんたとはいえ一応言っておきたかったんだよ」
「………ふん」
アルベルは素っ気なくそう答えたが、心なしか照れているようだった。
ネルはそんなアルベルを見て少し微笑む。





「…おねいさま!」
前方からいきなり大声を出されて、ちょっといい感じだった二人は少し驚きながら揃って前を見た。
そこには、なにやらえらい勢いでこちらを見上げているロジャー。



…あ、忘れてた。



奇しくも二人は同時に思う。





…ロジャーとしては、愛しのおねいさまとムカつくバカチンが、なにやら親しげに会話しているのを見てかなりイライラしていた。
しかもアルベルは結構男らしくネルの荷物を持ってやっていたり、ネルも言いにくそうだけどお礼を言ってたり。
さらに自分は完全に蚊帳の外ですっかり忘れ去られてたり。
そんな光景を見ながらロジャーは心の中である決意を固めていた。



…こいつにだけは絶対に負けたくないじゃんよ!
オイラだってネルおねいさまの役に立ってやる!





ロジャーはアルベルを見上げ、大きな声でこう言った。
「オイラもその紙袋持つ!」
そう言ってアルベルの抱えている小さな紙袋を指差した。
「は?」
「お前が持ってる荷物、オイラも持つじゃんよ!」
「あぁ?別にいい」
「いいからぁ、オイラもおねいさまの役に立ちたいんだよ!」
「てめぇはさっき荷物持ち断念したんじゃなかったのかよ」
「オイラだって役立たずは嫌じゃんかよ!」
「いいって言ってんだろうが!しつこいんだよ!」



「………たかが荷物で、何をそんなにムキになってんだか」





争っている理由の中に自分が入っていることなど露知らず、ネルは呆れながらつぶやいた。








おまけ。



「…あーあ。遅いからなにやってるかと思えば、また喧嘩してるよ、あいつら」
「まったく、もう止める気にもならないわね」
「でも調合素材がないとこっちとしても困るし、そろそろやめてもらいたいんだけどな」
「それもそうね。…あら、ネルが間に入ったわ」
「うわ、二人ともおとなしくなったね。さすがネルさん」
「さすがね。…ねぇ。さっきから思ってたんだけど、なんだかあの三人って…」
「ん?」
「あーやって買い物してる姿を見ると、何かに似てない?」
「ああ、言われてみれば、」
「そうよね、なんだか、」



「「親子みたいね(だね)」」