「…まぁ、いいんじゃないかい?」
ネルは視線を逸らしながら、そう答えた。
「え?」
そう言われるとは思ってなかったのか、アルベルは意外そうな顔をしてそう言った。
「…あんた自分で変かもしれないって思ってたのかい?」
「…んなこと言われても、あれだけあからさまに態度が違うんなら、そう思うしかねぇじゃねぇか」
アルベルは拗ねたようにそっぽをむいている。
ネルはそんなアルベルを見て、思わず笑う。
「…何笑ってんだよ」
「あ、いや、あんたの仕草が面白くてね」
くすくす笑いながらそう言うと、アルベルはさらに機嫌を悪くしたようで、憮然とした表情になる。
こうやって見てみると、こんなアルベルも面白いかもしれない。ネルは密かにそう思った。
にこやかに笑っていたりしたら逆にすごく怖いが、拗ねたりしているのを見るのは面白かった。
確かに普段と比べると違和感は拭い去れないが。
「いつまで笑ってんだ」
「…だってねぇ」
「…なんだよ」
「あんたも、こんな表情できるんだなー…って、思ってさ」
「あ?」
「だからさぁ、あんたがこうやって拗ねたり、不安げな顔してるの見ると面白くて」
ネルは相変わらず微笑みながらそう言う。
「なにが面白いんだよ」
「いつもと違うあんたを見るのが面白いのさ」
「なんだそれ、褒めてんのか?」
「さぁね」
そう言うと、アルベルは今度は不思議そうな表情でネルを見ていた。
「…まぁ、そんなあんたもさ、たまにはいいんじゃないかい?優しいあんたってのも、確かにちょっと変だけど、嫌いじゃないよ」



ネルは何気なくそう言った。



だが、アルベルはその言葉にかなり驚いたらしく、一瞬眼を見開いた。
どうやら、今まで変な目で見られたり避けられたりしていたのがアルベルなりに面白くなかったようで。
嫌いじゃないと言われて、ネルが思った以上に嬉しかったようだった。
ネルは、何をそんなに驚いたんだ?と意外そうな顔をした。
そんなネルを見て。アルベルは、ふっと表情を和らげた。
ネルの頭に手をやって、ぽんぽんと叩きながら、





「…ありがとな」



少し照れたような、満面の笑顔でそう言った。





「…!」
至近距離で、しかもそんな普段見せないような満開の笑顔でそう言われて。
ネルの顔は見る見るうちに赤くなった。
「…ネル?」
思わずアルベルが驚いて声を出す。
ネルは何も言わないまま、勢いよく立ち上がった。
「…明日も早いし、そろそろ私は寝るよ。じゃあ、また明日ね」
そう一方的に言って、ネルはすたすたと歩いてドアを開け、少し荒々しく閉めて部屋を出て行った。
「…なんだあいつ」
取り残されたアルベルは、怪訝そうな顔をしてそうつぶやいた。





今度こそ自分の部屋を見つけて、勢いよく扉を開けて勢いよく閉める。
そのまま扉に力なくもたれ、ずるずると床にへたり込む。
不覚にも真っ赤になってしまった頬に手をやりながら、つぶやいた。
「…驚いた」
本当に、驚いた。
あんな笑顔もできるなんて、知らなかった。
あいつの笑顔なんて、人を嘲笑うような笑みや、意地の悪そうな笑みしか見たことがなかった。
…あんな顔もできるなんて、知らなかった。
…心臓が、すごくうるさい。
あいつのせいだ。
あいつが、不意打ちであんな顔するから。





今日は途中からさんざんで。
心労が溜まりに溜まった一日だった気がしたけど。



あいつの、あんな顔が見れたから。



まぁ、いいか。
そう思った。





次の日。
アルベルはけろりと元のアルベルに戻っていた。
「…あんた、昨日のこと覚えてるかい?」
朝、廊下で会ったアルベルを呼び止めて聞いてみた。
「あ?何のことだよ」
そう言う口調は相変わらずめんどくさそうで、こちらを見る視線は寝起きのせいか気だるげだった。
やっぱりこっちのほうがしっくりくるな、そう思う。
「覚えてないんならいいよ」
「…変な奴だな」
どうやら、自分が変貌していたことはまったく記憶にないらしい。
まぁ、覚えていたら覚えていたで人生に異常をきたしそうだけど。
「…そういやぁ、昨日の昼頃からの記憶がねぇ気がするんだが…」
「あ、やっぱり?」
「…やっぱりって、お前何か知ってんのか?」
そう問いかけてくる視線は、昨日の柔らかいものとはかけ離れていて鋭い。





本当は、昨日のあんたの言ったこととか、表情とか、仕草とか。
全部言ってやりたいけどさ。



でも、言ってなんかやらないよ。



…特に、あんたのあの満面の笑顔だけはね。



ネルは、昨日物憂げに問われた時と同じように答えた。



「さぁね」





…まぁ、思い出したら多分、原因を作ったフェイトを半殺しにするくらい怒るだろうけどさ。
知りたかったら、自分で考えるんだね。