「そっかぁー、今日ってハロウィンなんだよねー」 宇宙船ディプロの個室で。 たまたま目にした、コンピューターの片隅に表示されている日付。 その小さな文字が彼女にとって少し特別な日を指していることに気付いて、スフレはぼんやりとつぶやいた。 何故彼女がここにいるかを説明すると。 今日の朝、マリアが「たまにはディプロのみんなの仕事を手伝いにいきたいんだけど、そうもいかないわよね」と言っているのを聞いたフェイトが、 「じゃあ、今日はディプロで過ごそうか?」 と提案して。 クリフはもちろん快諾し、ネルはミラージュに世話になった礼を言いたいし、と了承し、アルベルはどうでもよさそうにしていて、ロジャーは星の船に乗れるということではしゃいでいた。 そしてスフレも、宇宙船に乗るのは久しぶりだね!と快く頷いて。 みんなでトランスポーターを経由して、久しぶりにディプロに戻ったのだった。 ハロウィン。 いつも芸の練習や公演で忙しいあたし達だけど、この日だけは完全にお休みで、みんななんの予定も入れなかった。 毎年毎年、この日になると絶対に、「ハロウィンパーティ」を開いたから。 仮装して、みんなで歌ったり踊ったりして、お菓子作って、お互いにあげたりもらったりして…。 かぼちゃのランプを作って、そのくり抜いた中身でパンプキンケーキを作ってお腹いっぱいに食べて。 楽しかったなぁ。 スフレはコンピューターの電源を切り、ベッドに寝ころがりながらため息をついた。 毎年毎年、ずぅっとやってきたパーティだけど。 …今年は、そうもいかないみたいで。 ちょっぴり、寂しいかも? Happy×2☆Halloween!! 「…みんなハロウィンなんてお祭り知らないだろうしなぁ」 ソフィアと一緒に使っているその部屋のベッドに仰向けになり、スフレはそうつぶやいた。 スフレの住んでいる星では、ハロウィンというお祭りがあった。 そのお祭りの起源は知らないけど、その日はお菓子をいっぱい食べてもまったく怒られなくて。 みんなにこにこした顔で美味しいお菓子をたくさんくれて、とても楽しいお祭りだった。 だが、そのお祭りを他の星の人間であるフェイト達が知っているかと言うと、 「…やっぱ、知らないだろうなぁ…」 はふぅ、とため息をついてスフレは独り言を言う。 みんなで仮装して、かぼちゃのランプ…確か、ジャック・オ・ランタンだったかな?を作ったりして、お菓子をあげたり貰ったりしたら、きっとすっごく楽しいんだろうけど。 でも、ぜんぜんまったく知らないお祭りをいきなりやりたいなんて言っても、みんな困っちゃうだろうし。 それに…いっつもハロウィンの一週間くらい前から準備してやってたことだし、今日急にやりたいって言ったって無理だろうし。 「…今年は無理っぽいなぁ」 あーあ。と残念そうにつぶやいて、スフレはごろりと寝返りを打った。 毎年毎年、本当に物心つく頃から続いてきたお祭りをできないというのは、なかなかに寂しい。 でも、しょうがないものはしょうがない。 スフレはそう考えて、またため息をついた。 …つまんないなぁ。 そんなことを思ってごろごろとする。 足をぶらぶらとさせたり、シーツをいじってみたり、枕を手の上で投げてみたりしたが、やっぱり暇だった。 そこに、 「スフレ姉ちゃーん」 ドアが開く音がして、続いてすぐに聞きなれた声が聞こえた。 足を上げて下ろし、その反動で勢いをつけてベッドから起き上がると、そこにはロジャーが立っていた。 「ロジャーちゃん?どうしたの」 ロジャーちゃんがあたし(と、ソフィアちゃん)の部屋にくるなんて珍しいなぁ。 スフレはそんなことを考えながらベッドの端に座り、ロジャーに問いかける。 「あのさー、この星の船の中、案内してほしいじゃんよ」 「え?案内?」 スフレはきょとんと首をかしげる。 ロジャーはうんうんと頷いて、今度は少しむくれたような顔つきになりながら言う。 「だって、フェイト兄ちゃんやソフィア姉ちゃんはぷれいるーむ?ってとこでクリエイションしてて忙しそうだったし、デカブツやマリア姉ちゃんはなんか仕事してたみたいだし、ネルおねいさまやプリンはオイラと一緒でこの船のことはちんぷんかんぷんだろ?だから、さ」 それはそうだろうなぁ、とスフレは思う。 確かに、ロジャーが言ったとおりの状況なら、頼れるのはスフレだけだろう。 ま、暇してたし、いっか? スフレはそう思い、にっこりと笑って言った。 「うん!いいよ」 「サンキューなっ!よぉし、星の船の中を探検しつくすじゃんよー!」 ロジャーは俄然張り切ってそう言い、てこてこと廊下へ出て行った。 「あぁっちょっと、待ってよぉ!あたしを置いてってどうすんのよ!」 スフレも慌ててベッドから降り、靴の鈴をリンリンと鳴らしながらロジャーの後を追った。 転送室、会議室、医務室。 二人はディプロの端から、行けるところはすべて探検してまわっていた。 あらかた見終えたところで、スフレが他に行ってないところどこだったっけなぁ、と考える。 「うーん、もう全部見終わっちゃったんじゃない?」 ロジャーの隣に並んで、スフレが訊いた。 ロジャーはうーんと少し唸って、 「あ、肝心な所を忘れてたじゃんよ!操縦する場所!」 楽しそうに言った。 スフレは、ロジャーの言ったことが一瞬よくわからなかったが、あぁ、ブリッジのことか。と納得する。 記憶を頼りにブリッジへ続く廊下を歩くスフレの後ろにロジャーが続く。 途中でマリエッタとスティングに会ったので、こんにちは!と二人揃って挨拶した。 しばらく歩いてブリッジに着いて、ロジャーが感心したような声をあげる。 「ほへーすっげぇなぁ、何度来ても感心するじゃん」 機械が所狭しと並べられている中をきょろきょろと見回しながら、ロジャーはブリッジの奥へ向かう。 てくてくとブリッジを一周して、誰も席についていないことを見てまた驚く。 「なぁ、この船大丈夫なのか?操縦席にだーれもいないじゃん?」 言われて、スフレもやっとそれに気付く。 見てみれば確かに誰もいない。 マリアとクリフはロジャーの言った通りに仕事か何かがあるのだろうが、他の人はどこに行ったんだろう。 「んーと、この宇宙船は同じ場所に待機してるだけだから大丈夫だよ。オートパイロットもあるしね」 「おーと…なんだって?」 「オートパイロット。機械に行き先を入力すると、勝手に操縦して連れてってくれる機能のことだよ」 スフレも宇宙を渡り歩いているロセッティ一座の一員なので、宇宙船に乗ることは少なくなかった。 なので、ちょっとした知識はある。 ロジャーはその"ちょっとした知識"にもいたく感心したようで、相変わらずの不思議そうな顔で言った。 「ふーん、すげーなぁ」 言いながら、ロジャーはブリッジの一番前にある席にちょこんと座る。 「ロジャーちゃん?」 「へへ、一回座ってみたかったんだよなーここ!」 満足げに言うロジャーに、スフレは苦笑いをする。 ロジャーらしい発想だ。 「でも、機械を構っちゃダメだよ?何かまずいことになっちゃったら、あたしだってどうにもならないし」 「わーかってるって」 本当にわかってるのかなぁ、とちょっと心配しているスフレに、ロジャーがこっちこっち、と手招きする。 「なぁに?」 「スフレ姉ちゃんも座ってみればいいじゃんよ。なんかかっこいー機械とかいっぱいあって、しかも宇宙がよく見えて壮観だぜ!」 「あはは、そうだね、座ってみよっかな」 そう言って、スフレもロジャーの隣の椅子に座る。 そこからの眺めは確かに良かった。 大きな椅子から見る景色はいつも見ているブリッジとはちょっと違って。 なんだか自分もディプロの乗組員になったような、そんな気がした。 「へぇ〜、結構いいカンジだね」 スフレは、さっきまでパーティができなくって残念だなぁ、と落ち込んでいた気分がちょっと上向くのを感じた。 「だろ?」 「うん!」 スフレは元気良くそう答えて、自分の前に広がる真っ暗な宇宙をぼんやりと眺めた。 …今ごろ。 ロセッティ一座のみんなは、ムーンベースでハロウィンパーティやってるのかなぁ? 「なぁスフレ姉ちゃん」 唐突にロジャーがつぶやく。 「なに?」 スフレがロジャーのほうを向きながら聞き返す。 「さっきから、なんか元気ないじゃんよ?どうかしたのか?」 少し心配そうに言われて、スフレは困惑する。 …顔に出てたみたい。出してるつもりはなかったんだけどな…。 そんなことを思いながら、ちょっと困ったようにスフレは答えた。 「うーん、バレちゃったか。…実はね」 ロジャーから視線を外し、外に広がる真っ暗な宇宙をぼんやりと眺めながらスフレは口を開く。 「今日は、あたし達の住んでた所でハロウィンってお祭りをする日なんだ」 それを聞いて、ロジャーは複雑そうな顔をして眉根を寄せる。 「…えーと。はろうぃん?なんだそりゃ」 首を傾げるロジャーに、スフレはまるで生徒に教える先生のように説明し始める。 「ハロウィンっていうのは、子供が主役のお祭りでね。お化けとか妖精とか、魔女とかの格好したりするんだ。で、みんなの部屋に行って"Trick or Treat!"って言うと、その日だけはなにもしなくてもお菓子を貰えるっていう、とっても楽しいイベントなんだよ」 「とりっく…なんだって?」 「トリックオアトリート。お菓子ちょうだい、くれないんならイタズラしちゃうよ!っていう意味なの。これを言うと、たいていみんな、お菓子…キャンディとか、クッキーとか、マシュマロとかくれるんだよ」 ロジャーはスフレの説明を聞いて、ふーん、と頷く。 「あとは、ジャック・オ・ランタンっていう、かぼちゃのランプを作ったり、パンプキンケーキを作ったり。とにかくすっごく楽しいお祭りなんだ」 「じゃあ、なーんで元気なかったんだよ」 楽しそうに説明を続けるスフレを見ながら、ロジャーは不思議そうな顔で何気なく訊いた。 スフレは、さっきまで楽しそうだった雰囲気を一変させて、俯く。 ロジャーがオイラなんか悪いこと訊いたか、とちょっと焦る。 「…えーとね。あたしも去年まで、ママ達と一緒にハロウィンパーティを開いて、みんなで楽しんでたんだ。…でもね、今年は世界がこんなことになっちゃってるし、ママ達とも離れ離れになっちゃってるし。パーティなんてしてる状況じゃないでしょ?…だから、ちょっと残念だなぁって思って」 俯いたまま、元気のない口調のスフレに、ロジャーは何かを言おうとする。 それを遮るように、スフレが顔をぱっとあげて口を開く。 「あっ!でもでも、みんなと一緒に来たのを後悔してるわけじゃないからね!みんなといるのもすっごく楽しいし、これはあたしが決めたことなんだから」 ロジャーはそんなスフレを見て小さなため息をつき、ぼそりとつぶやいた。 「…素直じゃねーな」 その小さな声はスフレの耳に届いたようで、スフレはむっとなって言い返す。 「むー!そんなことないよ!」 「パーティしたいんだろ?だったらそうやってフェイトの兄ちゃん達に言えばいいんじゃんか」 「だって、急に言ってどうにかなるようなイベントじゃないんだもん!準備とかいるしさ」 「そんなん、形だけとかにすればなんとかなりそうじゃんかよ。エンリョするなんてスフレ姉ちゃんらしくねぇなー」 「遠慮なんかしてないもん!これは配慮でーす」 「お菓子くらいならすぐ用意できるじゃんか!欲しいときに欲しいって言わねーと男らしくねーぞ!」 「それどういう意味よー!てゆーかあたしオンナノコなんだけど!」 ぎゃあぎゃあと口喧嘩をしていると、ブリッジのドアが開く音がした。 言い合いをしていた二人はぎくりとして振り返る。 「あら?」 そこに立っていたのは、金髪を後ろで三つ編みにした女性、ミラージュ。 「ロジャーさんにスフレさん。こんなところでどうしたんです?」 そう言いながらこちらに歩み寄ってくる彼女を見ながら、二人はとりあえず怒られなくてよかったと安堵する。 「あ、えっと、ちょっと探検してて…勝手に入っちゃってごめんなさいっ」 慌てて椅子から降りて、ぺこりと頭を下げてスフレは謝る。ロジャーも慌ててそれに倣った。 それを見ながら、ミラージュはくすりと優雅に笑って口を開く。 「いいですよ、探検するくらいなら」 笑って許してくれたことに安心しながら、スフレは本当にごめんなさい、ともう一度言った。 「気にしないでいいんですよ。…そうそう、ロジャーさん」 「ん?」 急に名前を呼ばれて、ロジャーは驚いたようにミラージュを見上げる。 ミラージュはにっこりと笑って、 「クリフからの伝言です。"ディプロの中を探検するのもいいが、そろそろ戻ってこいよ"…だそうですよ」 ロジャーはそれを聞いて、一瞬不思議そうな顔をした。が、 「…りょーかいっ!」 すぐに楽しそうに返事する。 スフレはそれを見て、あれ?と思う。 いつも喧嘩ばかりしてるクリフちゃんの伝言で、ロジャーちゃんが喜ぶってどういうことだろう? それに、探検してるのをわざわざクリフちゃんが注意するなんて珍しいなぁ。 まぁたしかに、探検始めてから結構な時間たってるしね。 スフレはそう思うが、深くは考えないことにした。 「じゃ、そろそろ戻るじゃんよ!ミラージュ姉ちゃん、ありがとなっ!」 ロジャーは楽しそうにそう言って、スフレより先にブリッジの出口へと駆けていった。 「あぁっちょっと!また先に行っちゃうなんてずるいよぉ!」 スフレもロジャーの後を追いかける。 スフレはブリッジの出口のところで立ち止って振り返り、じゃあねミラージュちゃん!と言ってまた走っていった。 ミラージュはその後姿を、にっこりと笑いながら見ていた。 「ちょっとロジャーちゃん!…ロジャーちゃん?」 先に走っていったロジャーを追いかけていたスフレだが、何故かロジャーを見失ってしまった。 変だなぁ。そんなに距離は離れてなかったはずなのに。 そんなことを考えながら、もう一度ロジャーを呼んでみる。 「ロジャーちゃーん」 返答はない。 「…むぅ、なんなのよもう」 スフレはむくれて頬を膨らませる。 案内してくれって言ったのはロジャーちゃんのクセに。 しょうがないので、自分の部屋へ戻ることにした。 しばらく歩いて、階段を降り、個室のある下部デッキへ戻る。 今日はいろいろなところは探検して疲れたけど、楽しかったなぁ。 そんなことを思いながら、自分とソフィアに割り当てられた部屋の前まで来る。 ドアの前に立つと、自動でドアは開いた。 が。 「…あれぇ?」 開いたドアの先は、真っ暗だった。 ヘンだなぁ、寝るとき以外は自動で電気がついてるはずなのに。 もしかして、ソフィアちゃんがお昼寝してるのかな? そう思って、部屋に一歩足を踏み入れる。 と。 パッ、と急に電気がついた。 「わぁっ!何なに!?」 急に視界がまぶしくなって、スフレは思わず手で目を覆う。 恐る恐る目を開けると、視界に入ってきたのは…。 紙でできた鎖や、天井から糸で吊り下げられた星やカボチャの飾りで豪華に飾り付けられた部屋と、テーブルの上に所狭しと並べられたお菓子やケーキの山。 「えぇっ!?」 スフレは驚いて声をあげる。 「ふふ。驚いた?」 後ろからそう声をかけられて、スフレは振り向いた。 そして、声をかけた人物、ソフィアの格好に―――また驚いた。 「ソフィアちゃん!?どうしたの、その格好!」 「え?これ?えへへ、似合うかなぁ?」 照れたように笑ったソフィアが着ているのは、紫色のとんがり帽子に、同じく紫色の丈の長いドレス。手にはほうきを持っていた。 「びっくりしただろ?」 また声をかけられて、スフレはまたそちらを振り向き、また驚いた。 そこにいたのは、獣の付け耳(多分狼だろう)を両耳の辺りにつけて焦げ茶色のマントを羽織り、ついでに腰の辺りにふさふさの茶色の尻尾をつけたフェイト。 飾り付けられた部屋。用意されているお菓子。そして、ソフィアとフェイトの格好。 「え、これって…」 目をぱちくりさせているスフレが呆然と言うと、フェイトはにこりと笑ってこう言った。 「そう。スフレがしたがってた、ハロウィンパーティだよ」 「え…、えぇ?」 まだ状況がよく飲み込めていないスフレがなんとかそれだけ言うと、フェイトは笑いながら説明を始める。 「実はね。こないだスフレのお母さん…パンナコッタさんから、ディプロにメールが届いたらしいんだ」 「え、ママから!?」 フェイトはそうだよ、と言って頷く。 「メールの内容は、簡単に言うと"スフレがやりたがってるだろうから、ささやかでもいいからハロウィンパーティをやってあげてくれないかい?"って感じだったんだ」 「だから、昨日からスフレちゃんだけに内緒で、みんなでこっそり準備してたんだ」 「じゃ、じゃあ、マリアちゃんがディプロに行きたいって言ってたのって…」 「エリクールじゃ十分に必要な物が揃えられないし、宿屋とかを勝手に飾り付けるわけにもいかなかったからね。だからハロウィン当日に合わせてディプロに戻ってくるようにしたんだよ」 「みんなハロウィン知ってたの!?」 「知ってるよ。ハロウィンはもともと、地球にあったお祭りだもん」 「それが、多分放浪してるベルベイズ人に伝わったんじゃないかな」 ぽかんとしているスフレに、また後ろから声がかけられる。 「どーだ?驚いただろ?」 振り向くと、かぼちゃの形の帽子をかぶって、背中に悪魔の羽根のついている服を着て、ほうきを手に持っているロジャーがいた。 ついさっきまでは普通の格好だったのに、とスフレは驚く。 だがよく見ると、ロジャーはぜぇぜぇと荒い息をついている。 どうやら急いで走って着替えてきたようだった。 …ん?と、いうことは。 「じゃあ、もしかしてロジャーちゃんがあたしに案内してって頼んできたのは…」 「時間を稼いでもらってたの。スフレちゃんの部屋の飾りつけするためにね」 「…じゃあ、ロジャーちゃんもグルだったのぉ!?え、ってことはさっき伝言してたクリフちゃんやミラージュちゃんも!?」 ロジャーは意地悪そうににやりと笑う。フェイトやソフィアもにこにこと笑っている。 「もー!最初に言ってくれれば良かったのに!」 言葉とは裏腹に、すごく嬉しそうな顔をしてスフレが言った。 「でもさ」 ロジャーはにやりと笑ったまま、スフレを見ながらこう言った。 「…最初っから、パーティやろうって言われて普通にお菓子をもらうのと、こうやってイタズラされてびっくりするの、どっちが良かったと思う?」 ―――Trick or Treat? スフレは一瞬きょとんとする。 そして、顔に満面の笑みを浮かべてこう答えた。 答えはもちろん、 「イタズラ!」 「ふふ、そう言ってもらえると準備した甲斐があるよ。じゃあ、はいこれ」 ソフィアが少し大きめのカゴをスフレに差し出した。 スフレが受け取ってみると、その中には小さなキャンディとマシュマロが入っている。 「それは、私とフェイトから。他の人にもちゃんと言ってあるから、この船の中にいる人なら誰でもお菓子くれるよ」 「だから、また探検してきなよ。きっと、そのカゴに入りきらないくらいのお菓子が貰えると思うよ?」 「探検し終わったらこの部屋に戻ってきてね。パンプキンケーキとかいーっぱい作ったから、みんなで食べようよ」 スフレは貰ったカゴの持ち手を嬉しそうにぎゅっと握り締めた。 「それと、はい、スフレちゃんの服」 そう言ってソフィアが手渡してくれたのは、いつもスフレがハロウィンの時に来ていた、馴染みのある服。 「これって…!」 「パンナコッタさんが、こっちのレプリケーターでも作れるようにデータを送ってくれたんだよ」 服を受け取りながら、スフレは胸がいっぱいになるのを感じる。 「ママ…」 「さ、着替えてきなよ」 フェイトはそう言って、スフレの肩をぽんと叩く。 「…うん!」 スフレは元気良く答えて、部屋の中に入っていった。 しばらくしてスフレが部屋から出てくる。 紫色の、先っぽにカボチャの飾りがついた帽子。 星の形をモチーフとしたデザインになっている紺色の服。 そして、そんな服に丁度良く似合っている、かぼちゃの形の飾りがついたケープ。 「わー、似合うよスフレちゃん!」 ぱちぱちと拍手をしながらソフィアが言う。 その言葉通り、その服はスフレにとてもよく似合っていた。 「…えへへ」 スフレはそう言って照れくさそうに少し俯き、そして顔を上げて、フェイトとソフィアを見上げる。 「フェイトちゃん、ソフィアちゃん!本当にありがとう!」 「おいおい、オイラには言わねぇのかよ?」 むくれた表情でロジャーが言う。 「ロジャーちゃんもありがとう!」 スフレはくるりと振り向いて、ロジャーにもお礼を言う。 「どういたしまして。さ、みんなの部屋に行ってみなよ。きっとお菓子をくれるよ」 「うん!じゃあ行こっかロジャーちゃん!」 スフレはロジャーの手を引っ張って、他のみんなの個室に向かって元気よく歩いていった。 「ぉわ!ちょっと待てよスフレ姉ちゃん!」 今度は逆に引っ張られる形になって、ロジャーがスフレに着いていく。 そんな二人を、フェイトとソフィアは微笑ましそうに見送った。 顔に縫った様な後を書いている、つぎはぎだらけの服を着たフランケンシュタインの格好のクリフ。 黒猫の耳と尻尾をつけているミラージュ。 人魚のヒレのようなものを耳と手につけているマリアに、それぞれチョコレート、クッキー、マドレーヌをカゴに入れてもらって。 次の部屋で、魔女の格好をしたネルと、吸血鬼の格好をしたアルベルに、それぞれ小さなパイとプチケーキを貰って。 ディプロの中にいるマリエッタやスティング、リーベル、ランカーなどからも、小さなキャンディをたくさん貰って。 スフレの持っている小さなカゴは、あっという間に満杯になった。 そしてそして。 「わぁ!おっきなジャック・オ・ランタン!」 「結構いい出来だろ?これは、僕とマリア、それにクリフとアルベル作」 「…まったく、パンプキンケーキのほうにソフィアが行ってる上、ロジャーはスフレと探検させて時間稼ぎに行ってもらってたから、細工のレベルが高い人が足りなくて大変だったわ」 「…悪かったな、細工レベル低くてよ」 「まったくだ。レベル2ってどんだけ不器用なんだよお前は」 「もーちょっと繊細になったほうがいいんじゃねぇかバカチン」 「うるせー!」 「あはは、気にしない気にしない。…それに、すっごく美味しそうなパンプキンケーキだぁ!」 「美味しそうでしょ?私とネルさんが腕によりをかけて作ったんだから!」 「慣れない物だったから少し大変だったけど、自分なりに美味しいものが出来たと思うよ。ちなみに、これはあのかぼちゃのランプをくり抜いた中身で作った物なんだ」 「じゃ、さっそく食べようか?」 「他にもお菓子いっぱいあるから、遠慮せずに食べてね!」 「今日は特別に、お酒もたっぷり用意してあるわよ」 「よっしゃあ!んじゃ遠慮なくいただくぜ!」 「ちょっとクリフ!今日の主役はあくまでスフレとロジャーなのよ!」 「たくさんあるから平気だよ」 「わぁーい!じゃ、いっただっきまーす!」 「あーっ!その一番おっきいのはオイラが食べようと思ってたのにー!」 「へへー、早い者勝ちだよー!」 いつも静かな宇宙船ディプロ。 今日は、お菓子の甘い香りと、そこらじゅうに並べてあるかぼちゃの形のランプと、みんなの楽しそうな笑い声に包まれて。 ずっとずーっと、朝まで賑わっていたそうな。 あれだけあったお菓子も全部なくなり、パンプキンケーキもすべて平らげられ、いつの間にか酒の入ったみんながぐーすかと寝静まる頃。 「…まったく、お祭り騒ぎしたあとはいっつもこうなんだから…」 「…世話の焼ける奴らだぜ…っと」 苦笑しながら片付けるネルと、ぐちぐちと文句を言いながら眠りこけている奴らを部屋まで引きずって…もとい、連れて行ってやっているアルベルがいた。 酒に強いとこういうときに困る。 「…ん?ちょっとあんた、なんでこんなとこに刀が置いてあるのさ」 「あ?あのかぼちゃの…確かジャックオランウータンだったか?あれを作る時使った」 「…はぁ!?ま、まさかあんた、刀使ってくり抜いたんじゃないだろうね!」 「そのまさかだが?」 「何考えてんのさ!戦闘で使用した、魔物やらスライムやらを斬りまくってる剣でやったのかい!?あれをくり抜いた中身はパンプキンケーキに使ったんだよ!?」 「気にすんな。死にやしねぇよ」 「…。こンの馬鹿ぁぁぁぁっ!」 ちなみに。 辛うじて、集団食中毒にはならずにすんだようだ。 みんなの胃が丈夫なことに、心底安心したネルだった。 …一応突っ込んでおくが。 ジャックオランウータンじゃなくて、ジャック・オ・ランタンだよ、アルベル。 |