「ねぇ、思いついた?」
「…いいや」
「早く考えなよ」
「…ねぇっつってんだろ」
「何かあるだろ?」
「つか、それ訊くの何度目だよ」
「さぁ?十回くらいまで数えたけど後はどうだろうね」
「…何度訊いたら気が済むんだよ」
「あんたが答えるまでだね」
「…」



二人きりの部屋の中。
一人はベッドに腰掛け、もう一人はその部屋に一つだけある椅子に座って。
押し問答のような会話が、朝からずっと続いていた。





Today, it is Santa that all is all!! -Albel*Nel-





「だから、ねぇって言ってるだろうが」
「それじゃ私の気がすまないんだってば」
「変な気回すんじゃねぇよ」
「何だい変って。普通だよ」
「これほどまでにしつこく訊いてくる時点で普通を通り越してると思うが」
「それはあんたが答えないからだろう?何でもいいから言ってよ、"欲しいもの"」



ベッドに座っている赤毛の彼女が問いかけ、椅子に逆向きに座り、背もたれに肘を置いている茶色と金色の髪の彼が軽くあしらう。
そして、また彼女が問いかける。
このイタチごっこのような会話の本題は、



「あんたにお返ししたいってさっきから言ってるだろう?だから何か欲しい物、言ってよ」



彼に対する"お返し"についてだった。





「じゃ、お前」
「駄目。それはもう売約済み」
「誰にだ」
「あんたしかいないだろう。わざわざ貰わなくたって手に入るものを改めてプレゼントのお返しなんかにできないじゃないか」
「…じゃあいい」
「何で!」



真面目な彼女は、自分だけが貰ってばかりは不公平だ、とずっと言い続けているし。
それほど物欲がない彼は、別に要らない、とずっと言い続けている。



またしばらく、そんな押し問答が続くかと思いきや。



「…。じゃあ、」
彼が何か思いついたようで、口を開いた。
「何?」
やっと何か思いついたのか、と彼女が聞き返すと、
「抱き枕」
彼はそう一言つぶやいて、
「へ?」
きょとんとした彼女を尻目に椅子から立ち上がり、彼女の座っているベッドへとのそのそ歩く。
座っている彼女を巻き込んで。
「ぅわ!」
ぼふ、と布の上に重い物が落ちたような音を立ててベッドに倒れこみ、二人の体が一瞬反動で跳ねた。
「ちょっ…どうしたんだい?」
「眠ぃ…」
彼はそう一言告げて、倒れたままの体の下からシーツを引っ張って中に潜り込む。
腕の中の彼女諸共。
「ちょ、放しなよ」
「…嫌だ」
「なんで…」
「抱き枕が欲しいっつたろ。それに放したら寒いだろうが」
相変わらず強引な彼に苦笑して。
「寒いなら、施術で部屋温めてあげるからさ。一旦放しなってば」
「いい…」
とろんとまどろみながらゆっくりと喋る彼の口調が、眠いと訴えている。
「…あんた、もしかして寝てないの?」
「…お前が起きる時間に合わせてここに来る為には、俺まで早く起きなきゃならねーだろうが…」
そういえば。彼女は思う。
彼の国から彼女の国まで、疾風のエアードラゴンを使ったとしてもすぐには来られない。
しかも、彼女は自他共に認める早起きだ。
低血圧で一度寝たら起きない彼が、早起きな彼女が起きるよりも早く来るのは、確かに大変なことだったかもしれない。
眠くなっても当たり前、だろう。
そんなことを思いながら彼の顔を見ると、すでに瞼は半分以上閉じられていて。
お休み三秒前。といった感じだった。
「…はぁ」
彼女はため息をついて、口を開く。
「寒い、ねぇ…。まったく、私は別に湯たんぽじゃないんだけど」
眠る寸前の彼から返事は返ってこない。当然だが。
「まったく…ようやく思いついた"欲しいもの"が、こんなんでいいのかね」
手持ち無沙汰に、彼の髪をいじりながら彼女が半分独り言に近いような、言葉を続ける。
と。
「いいんだよ」
眠る寸前、で半分以上夢の世界へ行って入るのはずの彼が、目を閉じたままそう呟いた。



「へ?」



「お前がいれば」





「…!?」
目を見開き、彼の顔を見る。
彼の目は閉じられていた。
聞こえてくる吐息は規則正しい。



「…。寝た…?」
つぶやくが、返事は返ってこない。
どうやら本当に眠ってしまったらしい。



幸せそうにくーすか眠っている彼を見て、彼女は苦笑した。



「…言うだけ言って寝ちまうなんてねぇ」
独白に近い、つぶやきを漏らす。
「それにしても…お返しどうしようかな」
さっきの様子だと、他に欲しいものは本当になさそうだし。
「…でも私、ってのもなぁ…どう考えても今更だしどうせこいつわざわざあげなくたって勝手に貰ってくんだろうし」
返事が返ってこないのを承知で、彼女は独り言を続ける。
「…あ。そうだ」





それからしばらく経って。
とりあえず寝足りた彼は、自然に目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開け、体を起こす。
大きく欠伸をして、…そして。
「…んぁ?」
隣に寝ていたはずの彼女がいないのに気づいて、怪訝そうに呟く。
そのとき。
がちゃり、とドアが開く音がして、彼はそちらに視線を向けた。
「あ、起きたかい?」
ちょうどよく部屋に入ってきた彼女は、何やら楽しげに彼の傍に来て、ベッドに腰掛ける。
「どこ行ってた?」
まだぼんやりとしている彼が訊いて、彼女はにこりと笑う。
「女王陛下のところさ」
「…?」
彼はそれを聞いて訝る。
任務か何かの報告でもないのに、何故そんなところに行く必要があるのか。
そんなことを考えていると、
「どうして、って訊きたそうな顔してるね?」
そんな表情を読み取った彼女が先に言った。
「あぁ」
まったくその通りだったので、彼は素直に頷く。
彼女は楽しそうに口を開く。
「今日一日の、休暇を貰いにいったのさ」



「…。は?」
「今まで休みなんて貰いに行かなかったから少し驚かれたけどね。比較的暇だったこともあって、すぐに承諾されたよ。急な話なのに承諾してくれた陛下に感謝だね」
「…何のために?」
「だってあんたが、お前がいればいいってさっき言ってたじゃないか」
「…確かに言った気がするが…」
「だから、さ、」



彼女はそこで一旦言葉を止めて、



「"私の時間"があんたへのクリスマスプレゼント。今日一日限定だけど、ね」



微笑んでそう言った。





彼は目を軽く見開き、そしてすぐに気の抜けた表情をしてくく、と笑う。





「相変わらず…お前は阿呆だな」
「不満?」
「いや、」



彼女を引き寄せ、耳元で。



「十分だ」



囁く。





どちらともなく笑い合い、じゃれるようなキスをする。
背中に手を回して、互いの暖かさを感じ合って。





今日くらい、普段しないことをしてみたって、いいのかもしれない。
たまには、こういったイベントに便乗するのも、いいのかもしれない。



今日は。
友人と。家族と。恋人と。大切な人と幸せを分かち合う日だから。
どうせなら便乗して自分も幸せな時間を過ごしてみよう。
クリスマスはまだ、始まったばかりなんだから。





「…あ!」
唐突に、彼女が大声を出した。
「あ?」
彼は少し驚きながら、聞き返す。
彼女はその菫色の瞳を見張りながら、窓の外を見ている。
彼が訝って、彼女の視線を辿る。



「…雪……?」



空から。
白い物が、ふわふわと舞い降りてきていた。





思わず、二人で顔を見合わせて。
彼女は目の前の、信じられない光景を見るために窓の傍へ駆け寄る。
彼もそれに続いて、窓に張り付く彼女の隣に並んで、同じように窓の外を見た。





雪が降っていた。
数え切れないほどの白い粒が、途切れることなく空から舞い落ちる。
まだ降り始めてから間もないようで、外に積もってはいなかった。





「このシーハーツに、雪が降るなんて信じられない。まず、有り得ないことなのに…」
外を見たまま、彼女が呆然と呟いた。
「今までに雪が降ったことは?」
隣に立つ彼が訊いた。
「確か、数十年前に一度だけ。異常気象で冷害が続いた年だった、って父さんから聞いてる」
彼女は目を見開いたまま、まだ信じられないというような顔をして答えた。
「じゃあ、有り得ないことじゃねぇだろうが」
「でも、今年は至って穏やかな気候だったし…そんな、特別寒い年だったわけでもないのに…」
彼女はまだ呆然としたまま、外を凝視していた。
窓の外には、彼女と同じように驚いた顔で空を見上げている人々が大勢いた。



「サンタとやらの贈り物、じゃねぇか?」
彼が笑って言った。
「―――……」
彼女は一瞬無言になり、そして、



「そうだね。そういうことにしようか」



舞い降りてくる雪を見ながら答えた。





「…綺麗だね」
「…まぁな」
「すごく、綺麗」
「…」
「今日降ったのは、偶然なのかな?必然なのかな?」
「…」
「どっちにしても…嬉しいな。なんだか」



そう言った彼女の目は、子供のように輝いていて。
珍しいものを見たな、と彼は感心した。



「…アーリグリフ以外で、雪を見れるなんて思ってなかったよ」
「それはそうだろうな」
「シランドの雪景色を見ることができたなんて、多分最初で最後だろうね。そんな珍しいものが見れただけで嬉しいよ。…たとえ、偶然でもね」
「そうか」
「…あんたと一緒に見れたのも、すごく嬉しいよ」
「あ?」
「なんでもない」



彼女が言って、聞きとれなかった彼が訝る。
彼女はなんでもないよと、もう一度言った。
そして空を見上げる。
白い華はまだふわふわと舞い落ちてきていた。





彼女と同じように、彼は空を見上げた。
そして、



「…なかなかやってくれるじゃねぇか、あいつら」



隣の彼女に聞こえない程度の声で、空を見たまま、呟いた。





その頃。



「ネーベル君のぉ、ちょっとイイトコ見ってみったい!」
「…うるさい」
「フレー、フレー、ネ・ー・ベ・ル!」
「…騒がしい」
「ファイトファイトネーベル、頑張れ頑張れネーベル、わ――――!」
「…気が散る」
「負けないで〜、も〜ぉ〜少し〜、さ〜い〜ごまで〜…」
「…うるさい騒がしい気が散るやかましい騒々しい い っ か い 黙れっっっ!!」



ぶんっ!ごっ!



「…ふぅ、やっと静かになった…まったく、施術は繊細なものなんだから気が散るって言ってるのに」
「…非道い……それにそんなに動くとせっかく綺麗にまとめた髪が崩れ…」
「精神集中が途切れたら効果が鈍るだろ。邪魔しないでくれるかい?」
「…はーい」
「わかればよろしい」
「…うー…。発案したの俺なのに…」
「実行してるのは俺だろ」
「…はぁーい。…それにしても、この雪モドキ地上にたどり着くころには消えてないかなー…」
「大丈夫だと思うよ。レナスちゃんにも頼んでおいたし」
「は!?いつの間に?」
「ついこの間。彼女、よくわからないけど女神なんだろう?だったらなんとかしてくれると思う」
「…用意周到なことで」



お空の上で、こんな会話が交わされていたとか、いないとか。





プリン色の髪を持つサンタが贈ったのは、六枚の写真と一つの花束。
赤毛のサンタが贈ったのは、今日一日の彼女の時間。



そして、



コーヒー色の髪をしたサンタと、赤毛をお団子頭にしたサンタが贈ったのは、辺り一面に舞い散る雪。





今日はクリスマス。
白い雪がふわふわと舞い降りてくる、真っ白な季節の真ん中にある、素敵な行事。



いつも、こういう行事が嫌いな人も、たまには便乗してはしゃいでみよう。
たまには便乗して…大切な人や、大好きな人へ、贈り物をしてみよう。



だって、





今日はみんながみんなのサンタ!なんだから。