「重い…」
「それ動きにくそうだからな。女ってのも大変だな」
「しかも、歩きにくい」
「ま、それ着なきゃ今日ここに入れなかったんだから潔く諦めろ」
「…あんたはいいいよね、歩きやすそうで」



そうぼやきながら、ネルは隣に歩くアルベルを睨み付ける。
ネルが着ているのは、アルベル曰く「隠密にとことん向かない服」な、首周りにふわふわの羽根のようなものがついた振袖。
黒の振袖の色も、腰の紫色の帯もネルによく似合っていたが、彼女自身は動きにくい所為かあまり気に入ってはいないようだった。
確かに、生地が分厚くて重いし、裾が長くて歩きにくい。
もし走ったりなんかしたら着慣れていないことも手伝って確実に転んでしまうだろう。
ネルに比べてものすごく動きやすそうに見えるアルベルの格好は、黒を貴重とした紋付袴。
彼女と同じく袖と裾が長いが、裾のほうは歩いても足を取られないような作りになっているため走ったとしてもまったく支障がないようだ。



「まったく、なんで地球の行事に着る服は動きにくいものばかりなんだい?しかも女だけ」
「昔の地球じゃ女は静かなものって決まってたんだと」
「え?何でそんなこと知ってるのさ」
「さっきこの行事の歴史の紹介とかやってる映像が流れてたからそれちらっと見た」
「ふぅん…シーハーツとは正反対だね」



そんな会話を交わしながら、前を歩く仲間達に置いていかれないよう人の多い道をすり抜けて歩く。
お祭りを楽しんでいる人達を見て、FD世界の住人も祭りは好きなんだな、とネルは少し感心した。
…そんな、楽しそうなお祭りに参加できなかったことが少し残念だな、と思いながら。





New Year's Day pleasantly it is concave!!





今日、彼女達がここジェミティにいるのはいつものようにスフィア社からの帰りにたまたま寄ったからだ。
いつもにぎやかなその町は、前に夏祭りがあった時のように様子がいつもと違って。
何があるのかと思えば、地球のお祭りを再現したイベントをまた開いているらしい。
今回は、「お正月」のイベントのようだった。
「夏祭り」の時もそうだったが、入る前にまた参加の条件だとかで服を貸し出され、出店やその他諸々すべて無料という旨を説明された。
ここまでは、前の夏祭りの時と同じだった。
でも、違うのは今の時間が夕方だったこと。
皆もそれなりに疲れていたし、出店を回る元気もなかったようで。
結局、即宿に直行、ということになった。
出店に行きたいと駄々をこねていた子も、約二名いたが。



ジェミティのホテルにチェックインして、部屋に荷物を置くと、既に夕食の時間になっていた。
皆で食堂に向かうと、見たことのない料理が並べられていた。
ネルがソフィアに聞いたところ、「おせち料理」だそうだ。
他にも、「鏡餅」、「雑煮」、「年越しそば」、「七草粥」など、いろいろあった。
ソフィアは、「もー、なんか大晦日もお正月もごっちゃになってますねぇ」とぼやいていたが、ネルはオオミソカって何だろうねと首を傾げていた。



そして。



「ふー…」
ぽふ、と部屋のソファーに腰掛けて、ネルが一息つけたのは夜だった。
やっぱりまだ振袖姿のままだったから、思い切り伸びができなくて少し窮屈そうに身をよじる。
動ける限りでうーんと腕を伸ばし、ふぅ、と体の力を抜く。
慣れない服を着ていた所為か、相当長い時間スフィア社でレベル上げをしていた所為か、少しばかり疲れたようだった。
ネルがソファにもたれてしばらくぼぉっとしていると、壁にかけられている、縄を編んで飾り付けたような物が目に留まった。
「そういえば、今日は部屋の内装もどことなく違う気がするねぇ…」
ネルはぽつりとつぶやいて、ぐるりと部屋を見回す。
よく見れば、前なかった物がところどころにある。
さっきの縄みたいなのもそうだけど、テーブルの真ん中には餅を何個か重ねてみかんを載せたものが置いてあるし。
これもお正月イベントのうちなのかな、とネルが考えていると。
「頑張れフェイトちゃーん!」
「ロジャーも負けないでよ!」
そんな声が、隣から聞こえた。
「?」
変だな。とネルは首を傾げる。
確か隣の部屋はアルベルだったと思うんだけど。
今日の部屋割りは部屋番号の小さい順から、ソフィア、スフレ、マリア、私、アルベル、クリフ、フェイト、ロジャーだったし。
アルベルのまた隣のフェイトの部屋から聞こえてきた、というわけでもなさそうだし。
そんなことを考えながら、ネルは気になったのか様子を見に行ってみる。
すると。
「とりゃー!」
「やるねロジャー!」
「いけいけー!そこだー!」
「あっ危ない!…あぁっはらはらするぅ」
騒いでいたのは、ロジャーとフェイト。と、スフレとソフィア。
そして、
「…いい加減俺の部屋から出てけ阿呆ども!」
今日この部屋の主のはずのアルベル。
アルベルの叫びをことごとく自然に無視しているフェイトと、何かに夢中になって聞いていないロジャー。
と、それを応援しているソフィアとスフレ。
「…何やってるんだい」
「あ、ネルちゃん!」
「今ですね、フェイトとロジャーがコマ回し対決してるんです!きゃー頑張れー!」
「それでね、ロジャーちゃんが負けたらあたしに何か奢ってくれるって言ったんだ!…よぉーし!いけフェイトちゃーん!」
「フェイトも、負けたらジェラードご馳走してくれるって約束取り付け…いえいえ約束してくれたんで、今ロジャーを張り切って応援してるんですよ」
あぁ、なるほどね。とネルはつぶやく。
普通フェイトを応援しているソフィアがロジャーを、逆にいつもロジャーを応援するスフレがフェイトを応援しているのはそういうわけだったのか。
ネルは納得して、熱くなっているフェイトとロジャーを見やる。
二人がやっている「コマ回し」というのは、円錐型の小さな物に芯を指したような妙な形のものを、紐で回してぶつけ合う勝負だ。
…疲れたんじゃなかったのか?と思うがネルは言わないでおく。
「で、なんでここでやってるんだい?アルベルの奴は参加してないみたいだし」
「ああ、それはね、何でか知らないんだけど、アルベルちゃんの部屋にしかコマ回しの台がなくてサー」
「移動するのも面倒だからって、みんなで押しかけてここでやろうってことになったんです。どうせ貸し出し無料ですから、お正月らしいことをやってみようって」
「…なるほどね。あれもお正月、とやらの遊びなのかい?」
「はい、そうです」
「ふぅん…」
言って、ネルは忌々しげにフェイト達を睨んでいるアルベルを見る。
半分諦めているようだった。
「…あっ」
「やったやったー!オイラの勝ちじゃんよ!」
「えぇぇぇ、嘘ぉ〜」
「やった♪フェイト、今度ジェミティの喫茶店でジェラードね♪」
勝負がついたらしく、フェイトのコマは止まっていた。ロジャーのコマはまだ回っている。
なるほど、最後まで回ってたほうが勝ちなのか、とネルが感心していると、アルベルがやれやれといった感じで口を開いた。
「…ようやく終わりやがったか…終わったんならとっとと出て」
「じゃあ次はかるた大会やろうか!」
鬱陶しそうにしているアルベルの台詞を遮り、フェイトがどこから取り出したのかひとつの箱を取り出した。
「あっ、いいねいいね!」
「次もオイラの勝利じゃんよ!」
「ほらほらネルさんもやりましょうよ」
「え、私かい?」
急に言われてネルが少し驚く。
「かるた取りってどういうものなんだい?」
「えーっと、絵札と文字札があって、文字札に書いてある内容と同じ絵札を最初にとった人がその絵札を貰えるんです。最終的に絵札を一番多く持っていた人が勝ちっていうゲームなんですけど」
「そんなこと言われても、札の内容がわからないんだけど…」
正直にそう言うと、フェイトがにっこりと笑って、
「大丈夫です。これ、さっきジェミティのお土産屋で買った、特製かるたエリクールバージョンとかいうやつなんで」
「は?」
「なんか星ごとにあるみたいだったんで、検索かけて買ってきちゃいました。だから大丈夫ですって」
「だったら、アルベルちゃんもやろうよ、ねっ、ねっ!」
スフレが楽しそうに誘うと、アルベルはあからさまに嫌そうに顔を歪めて口を開く。
「はぁ?なんで俺まで」
「いいじゃないか大人数のほうが楽しいし。クリフとマリアも呼んでこようよ!」
何やら大掛かりになってきていて、ネルはこれなら出店に繰り出しても大丈夫だったんじゃないか?と苦笑する。
まぁ、付き合うのもいいか。とネルが思っていると、不意に仏頂面のアルベルと目が合った。
「…」
「…やりたくない、って顔してるね」
「本当にやりたくねぇんだから当然だろ」
「…付き合い悪いねぇ…少しくらいいいじゃないか」
「面倒だ」
即答するアルベルに苦笑して。
「いいじゃないかちょっとくらい。たまには、普段しないことをするのもいいと思うよ」
「普段しないこと、ねぇ。疲れるだけだと思うが」
「まったく…」
そんな会話を交わしながら、二人はクリフとマリアが来るのを待った。



「では、参ります!」
文字札を手に持ったソフィアが言った。
他の皆は、輪になってばらばらに並べられたかるたを囲んで座っている。
全員振袖または紋付袴を着用しているため、それだけ見ればなかなかに華やかな光景だった。
やっていることは別として。
「ぱるみらの せんぼんばなに ねがいごと」
「ぱ!?」
「そんなんあるのかよ!」
「ぱー…あーこれははだし…ぱー…」
「ぱ、ぱ、ぱ…あーあった!はい!」
ばし、と床を叩くいい音がして、スフレが一枚取った。
「…濁音とかもありなのか…」
「みたいね。道理で札が多いと思ったわ…どう見ても50枚以上あったものね」
「…ほぅ、なるほどな。とりあえず言われた文章に合う札をとりゃいいんだな」
「…さっきそう説明されたじゃないか」
「じゃー次行きます!あーりぐりふ ゆきがまいちる しろいまち」
「はい」
その札の一番近くにいたマリアが素早く取る。
「おっ、やるじゃねぇかマリア」
「いくらなんでも最下位は嫌だもの」
「よし、僕も負けてられないな」
そう言ったフェイトの目がキラリと光る。が、誰も気づかない。
「じゃ、次ね。もーぜるの こだいいせきは かいぎしつ?」
「お!貰った!」
そう言ってクリフが札を取ろうと手を伸ばすと、
「甘いんだよっ!」
どん!がすっ!
横からフェイトがクリフにチャージをかまして札を素早く取る。
「…ふぅ、こんなものかな。あっ、ごめんねクリフ、ちょっと体が滑って」
「………」
不意打ちをかまされてクリフが吹っ飛び、床にぶっ倒れている。
「あれー、打ち所が悪かったのかなぁ。まぁいいやリタイアってことで」
無情にもフェイトはそのままにしてほっぽっている。
鬼だ。
「…なんでもあり、か」
アルベルがぼそりとつぶやく。
「はい、進めますねー」
ソフィアがさらりと言って、また勝負は再開された。
ネルは密かに、
「(かるた取りって壮絶なゲームなんだな…)」
などと思っていたが、当然だが誰も突っ込まなかった。



「さーふぇりお すいぼつしてて みずびたし」
「…」
「あー!何も言わずに取るのはルール違反じゃんよ!」
「細かい事気にすんなチビタヌキ」
「なんだとー!」
「こらあんた達喧嘩するんじゃないよ!」



「みっつのつき ぜんぶみえたり するのかな?」
「はい」
「うわぁネルちゃん速ーい!」
「反射神経はいいほうだからね、職業柄」
「それなら、私もガンナーとして負けてられないわね」
「あたしだって負けないよ〜!」



「せいでんかなん ひろすぎでかすぎ もーめんどい」
「えっ、どこどこ!」
「見つからないわよ?」
「あ、あった!はい!」
「もらったー!」
ばしん!
「…いってぇー!ひどいじゃんかよぅフェイト兄ちゃん!」
「あははははごめんごめん」



「くろせるは からだでかいし たいどもでかい」
「今度こそ!」
「遅ぇんだよ」
「あー!また横取りしやがって!」
「お前が遅いんじゃねぇのか?」
「むぐぐぐ…今度こそ〜…」



「ばにらちゃん うさみみふかふか めろめろきゅ〜」
「…なんだいそれは…はい」
「…」
ばしっ!
「…痛いじゃないかこの馬鹿!」
「今のは不可抗力だろうが!」
「あーおねいさまの白く美しい手が真っ赤にっっ!!このバカチンよくもー!」
「あら、案外リアクション普通なのね、二人とも」
「そうだよねー手が重なったら普通照れたりするよねー」
「まぁ、あのお二人ですしね〜」



「ふらうぞく ようせいみたいで かわいいな」
「ほいっ!」
「させないよっ!」
「貰った!」
ばっしーん!
「…痛い…なんかオイラ叩かれてばっかじゃんよ…」
「まぁまぁ、取れた人が一番ってことだからいいじゃない」



「いがみのあるべる じぐざぐはしるよ きゃーこわーい」
「…!! なんなんだよその札は!」
「はい」
「…!」
「おっ、ネルちゃんが取るなんてねー。アイかな?」
「なっ…そんなんじゃなくて、たまたま近くにあって…」
「じゃあ、そう言うことにしておくわ」



「しょくにんぎるど そうもとじめは うぇるちじょう」
「今度こそ!」
「させないわよっエイミングデバイス!…あ」
「うわぁぁっ!」
「マリアさん、ちょっとやりすぎですよ…」
「ご、ごめんなさいねフェイト、つい銃に手が伸びちゃって…」
フェイトリタイア。



そして、妙に白熱したかるた大会は続いた。



「じゃあ、残り二枚ですね」
のんびりとソフィアが言って、他の残っている五人の視線が鋭くなる。
不慮の事故(マリア談)でリタイアしたフェイトとクリフ以外の皆の手持ち札の枚数は、ほとんど同じだった。
誰が優勝してもおかしくないだろう。
「じゃあいきます。できないよ とろっこもんすたー ややこしすぎ」
ばしっ!!
誰の声も聞こえず、床を叩く音だけが響く。
「…ってぇ…」
一番手が下にあるのはアルベル。
「ちぇっ!惜しかったな〜」
「…うぅ…下から二番目って一番ツライ位置じゃんよ」
「では決勝戦に入りますけど、その前に手札の枚数を確認しますね」
ソフィアがそう言うと、各自枚数を数え始める。
「十二、十三、…あたしは十四枚!」
「へっへーん、オイラは十五枚だもんね!」
「十四枚、ね。あーあ、負けちゃったわね」
マリアが自分の手札を数えながら言った。
「…十七枚、だね」
ネルが言って、ロジャーが少しつまらなそうに口を尖らせる。
「うー…」
「じゃあ、この時点でネルさんの優勝でしょうかね?」
「いや、俺も十七枚だが?」
アルベルが言って、皆が驚く。
「えー!」
「あなたそんなに取ってたかしら?」
「なんだい、乗り気じゃなかったくせに」
「うるせぇな、俺は負けるのが嫌いなんだよ」
「みんなそうだと思うけどなぁ〜」
「じゃあ、アルベルさんとネルさんで決定戦ですね!」
うきうきとソフィアが言って、最後の一枚を二人の間に並べる。
「あんただけには何故か負けたくないんだよね」
「奇遇だな、俺もまったく同意見だ」
二人は睨み合って火花を散らせていた。
それを見ながら相変わらず仲良いな〜いいな〜とソフィアがにこにこしている。
「…じゃあ、いきますね。どーあのとびら ねるがいなけりゃ ぼったく…」
ばしぃっ!
ソフィアが言い終わるか終わらないかのところで、床を叩く鋭い音が響いた。
見ると、二人の手が同時に札を抑えていた。
「私のほうが速かった!」
「何言ってやがる絶対俺のほうが速かった!それに手が乗ってる面積は俺のほうが多いじゃねぇか!」
「そんなの関係ないだろう!」
睨み合いながら言い合う二人に、ソフィアがおずおずと声をかける。
「…あの、お二人ともお手つきだったんですけど…」
「「え」」
「あらら」
「あーあ、二人ともせっかちさんなんだから〜」
マリアとスフレが言って、
「じゃあ、引き分けということでv」
ソフィアが続けるように言う。
まるで流れるような会話だった。
「「はぁ!?」」
二人が揃って言う。
「ちょっと待ってよ、もう一回やり直しとかないのかい?」
「うーん、どうでしたっけ」
「私の知ってるルールじゃ、お手つきは引き分けだったと思うんだけど」
「だったら引き分け、だねっ!」
「「………………………………」」
押し黙る二人に、
「じゃあ今日はこの辺でお開きにしましょうか。また皆で遊びましょうねv」
「ばいば〜い、またねっ!」
「んじゃな!楽しかったぜ」
ぞろぞろと皆は部屋へ戻っていく。
部屋に転がっていた約二名は、マリアとソフィアの手によって部屋まで引きずられていった。
取り残された二人は、ぽかんとしながらその背中を見送っていた。



「…嵐のようだったな」
「同感…」
部屋へ戻るタイミングを逃したネルが、ソファーに座って伸びをした。
アルベルはフェイトが出してそのままにしているコマの台を、邪魔そうに元の場所に足で押し戻していた。
「でも、まぁ」
ネルがアルベルに向かって声をかける。
アルベルは首だけ振り向く。
「あんただって、なんだかんだ言って楽しそうに参加してたじゃないか」
「…どこをどう見ればそうなるんだよ」
「だって、私の目から見てあんた楽しそうだったよ」
「…」
アルベルは言い返せずに押し黙る。
確かに彼は途中から半分本気になっていたように見えた。現に決勝戦にまで勝ち残ったのがその証拠だろう。
「沈黙は肯定なり、だね」
「うるせぇよ」
「はいはい」
相変わらずの返事に、ネルが楽しそうに笑う。



「ところでさ」
「あ?」
「明日、自由行動になるんだってね。一日」
「は?そうなのか?」
「うん、さっきチェックインするときにフェイトから聞いた。"せっかくイベントがあるんだから、遊ばなきゃ損!"だってさ」
フェイトの口調を真似て言うネルに、アルベルが僅かに苦笑する。
「…で?」
ネルの座っているソファーの向かいにある一人掛けのソファーにどかりと座って、アルベルが続きを促す。
「一緒に回ろうよ」
「は?」
思わず目を見開くアルベルに、ネルは同じことをもう一度繰り返して言う。
「夏祭りのときみたいに一緒に回ろう?って言ってるんだよ」
「…なんで俺なんだよ」
「嫌かい?」
ネルが笑いながら言う。
「…嫌じゃねぇが…俺でいいのかよ」
つまらねぇぞ?と付け足すアルベルに、ネルは一瞬驚く。
「…あんたがそんなこと言うなんてね」
「…」
不機嫌そうに眉をひそめるアルベルに、ネルはまた笑って、



「あんた"で"いいんじゃなくて、あんた"が"いいんだよ」



僅かに頬を染めて言った。



「…了解」
アルベルがぽつりとつぶやいて。
またネルが微笑む。



「じゃ、色々な場所を回るために早起きしないとね」
「…は?」
「だってジェミティってとんでもなく広いじゃないか。早く起きなきゃ全部回れないだろう?」
「全部回る気かよ!」
「当たり前だろ、やりたいことがまだあるんだから。羽根突きとやらもやりたいし、お参りにも行きたいし、おみくじってやつもひいてみたいし…あとはなんだっけ」
さきほど見せてもらったジェミティのパンフレットの内容を思い返しながら、ネルがぺらぺらと喋る。
呆れた顔をしているアルベルに、
「いいじゃないか。たまには、普段しないことをするってのもいいもんだよ」
ネルはそう言ってまた微笑んだ。



「…普段しないこと、ねぇ」
「あぁ。こんなイベント滅多にないんだろう?だったら便乗して楽しまなきゃ損じゃないか。お正月とやらを、さ」
うきうきとしながら言うネルに、アルベルは後ろ頭を掻きながらつぶやく。
「お前、フェイトやソフィアに似てきてねぇか」
「え、…そうかい」
「まーいいけど」
半分どうでもよさそうにアルベルがつぶやく。
そして…にやりと何かを企むように、笑う。
「なぁ」
「ん?」
「正月らしいこと、をしてみたいって言ったよな?」
問うてくるアルベルに、ネルは頷きながら答えた。
「うん。何かあるのかい?」
アルベルは相変わらず企むような笑みで答える。
「姫始めって知ってるか?」
「ヒメハジメ…?」
ネルは知らないよ、と首を横に振る。
「お正月に関係したことなのかい?」
「…あー、まぁ、そうなるんだろうな」
「ふぅん…じゃあやってみたいかもね。で、それって何?」
アルベルは立ち上がり、ネルの隣に来る。
そして、
「よっ、と」
「うわ!」
ネルを両手で抱えあげた。
「な、何するのさ」
「何って、"姫始め"」
「だからそれって一体何…」
「教えてやろうか?」
言っている間にアルベルはつかつかと部屋を横切り、ネルをベッドにどさりと放る。
ネルの耳元に口を近づけて、ぼそりと低くつぶやく。
「…年が明けて初めてヤること、だそうだ」
「…はぁっ!?」
「つーわけで遠慮なく」
「ちょ、な、待っ…」
「お、これ脱がしやすい」
「うわやめなこの馬鹿ぁ!」
「やってみたい、って言ったよな?」
「っ…!!騙された…!!」
「細かい事気にすんなっての」



―――"普段しないこと"をしてみるとか言っておきながら。



「結局正月だろうがやってることは一緒じゃないか―――!」





ちなみに。
"姫始め"の情報源はフェイトとクリフだったそうだ。



彼らが次の日、ネルに黒鷹旋で追い掛け回されたのは言うまでもない。