「と、いうわけで。今日は全員自由行動とします」
「は?」



なんの変哲もないある日。
リーダーであるフェイトがさらりと言った言葉に、残りの男性陣は文字通り目を丸くした。





The return which you return.





朝食の少し前のこと。
まだ寝ている者や起こしに行った者、食事当番の者を除いて、食堂にいたのはフェイトとソフィアとマリアとクリフ。
コトの始まりは、そんな中の、ソフィアのこの一言からだった。
「ねぇねぇ、そういえばホワイトデーってもう少しだったよね?」
………。
その一言で、フリーズする者二人、あぁそうだったわねという顔をした者一人。
「…そういえばクリフ、今日は朝からクリエイションの日だったよね」
「そうだったな。さて、工房行くとすっか」
何とか再起動した約二名はとんずらしようとした。
「待・ち・な・よv」
「待ちなさいよ」
…が、ソフィアとマリアに肩をつかまれる。
「お返しは三倍返しっていうでしょ?期待してるからv」
「例え感謝の気持ちを込めた義理チョコでも、お返しってするものよね?」
静かな殺気が後ろから嫌と言うほど感じられて、二人は冷や汗を流しながら振り向く。
「はいはい、わかってるよ。ちゃんとお返しはするから」
「貰ったものはまぁ、返さねぇとな」
少し怯えた表情で二人は答えた。
「そうそう、クリフは六倍ね」
「へ?なんでフェイトは三倍で俺は六倍なんだよ」
「私、ちゃんと昨年あげたのにお返しくれなかったでしょ?だから、合わせて六倍」
「…あら、じゃあちゃんと返さなきゃダメですね。ご愁傷様ですー」
「で、でもよ、昨年チロルチョコ一個だったじゃねぇか!」
クリフが記憶を探って反論する。
…というか、クラウストロにもチロルチョコってあるのでしょうか。
「あげたものはあげたでしょ。だから今年は六倍ね」
「悪徳金融会社のまわし者かお前は?」
「えー、じゃあ悪徳っぽく二倍どころか二乗で九倍になりますよ?まぁ、私はそれでも構いませんけど」
さらりと笑顔で言ってのけたソフィアに、クリフは乾いた笑いを漏らす。
「…六倍で勘弁してくれな」
「あら、それならいいのよ。じゃあその六倍の分、今日一日買い物に付き合って頂戴ね」
「へーへー。結局荷物持つだけだろうがよ」
「ちょっと待ってよ。今日はみんなでクリエイションしようって話だったじゃないか」
口を挟んだのはフェイト。
「たまにはいいじゃない。ね、フェイト?」
「ほら、それにアドレーだって娘さんに何かしてあげたいでしょうし、今日くらい自由でもいいじゃない」
ね?と小首を傾げながらそう言ってくる二人を見ながら、フェイトは肩を落とした。





「…と、いうわけでさ」
「…フェイトちゃん弱ーい」
説明をし終えてすぐにそう言われて、フェイトはさりげにへこんだ。
「まぁ、いいじゃんかよ。たまにはそんな日も必要じゃん」
「そうだね!じゃあロジャーちゃん、バレンタインの時のお返しに何か買って買って買ってー!」
そう言って、まだホワイトデーがなんたるかをよく理解していないロジャーをひきずって、スフレが元気よく駆けていった。
「じゃ、行くとすっか?」
「ええ。ほら、ミラージュも行きましょうよ」
「あら、よろしいんですか?」
「嫌なわけないじゃない。今日はどれだけ買っても平気よ、クリフがいるもの」
「………(明日は筋肉痛必至かもな)」
クリフ、マリア、ミラージュもその場を離れる。
「ほわいとでー?」
「あぁ、ホワイトデーっていうのは、男性が女性にバレンタインデーのお返しをする日なんですよ」
「…なら、クレアに何か買ってやるとするかのう」
そう言って立ち上がったのはアドレー。
「え、クレアさんは私達の星の行事、ご存知ないんじゃありませんか?」
「はっはっは、そんなことはどうでもいい。気持ちじゃよ、気持ち」
夕方までには帰るからのー、と言ってアドレーが宿屋を出て行った。
残ったのはフェイトとソフィア、そしてアルベルとネル。
「アルベル、ちょっとちょっと」
にこにことフェイトが手招きをした。
訝りながらアルベルが立ち上がる。
フェイトは傍に来たアルベルの肩をがっしと掴んだ。
「あのさ。もうわかってると思うけど、お前ちゃんとネルさんにお返ししなよ?」
「…あ?」
「そうですよぉ。バレンタインの時、ネルさんアルベルさんの為にすっっっごぉぉぉく、頑張ってたんですから!」
「…ちょっ、ソフィア!」
「まぁそんなわけだから。ファイトッ★」
グッ!と親指を立ててフェイトが部屋を出て行く。
「がんばってくださいねッv」
失礼します、とソフィアがフェイトに続いて出て行った。
残ったのは当然、アルベルとネルのふたり。
「………」
「………」
二人はお互い顔を見合わせる。
「…どうする?」
「…何が?」
「今日、これからどうする?…どっか行くか?」
急に言われて何も思いつかないのは、普段丸一日自由行動の日がないからだろう。
ネルは少し逡巡して、答えた。
「…まぁ、特にすることもないしねぇ…。あ、そういえば武器を見に行きたいんだけど、武器屋寄ってくれる?」
「あぁ」
「じゃ行こうか」
そんな、いつも通りだが少しぎこちない会話を交わして、二人が宿を出た。
「まーさーかホワイトデーに武器プレゼントするつもりじゃないだろうなあいつ!」
「なんでそんな物騒なとこ行くんですかお二人さーん!」
実は影で様子を見ていた誰かさん達が無声音で叫んでいたが、宿を出た二人は気づかなかった。





はしゃいでいる子供の声。他愛もない会話をしている女性の声。店先で客を呼んでいる店主の声。
そんな不特定多数の声でざわついている街頭を、あてもなく二人は歩いていた。
武器屋では少し眺めていただけで結局何も買わなかったし、その後はどこの店にも寄っていない。
「…なんか、急に時間が余ると、やることって意外にないもんだねぇ」
「まったくだ」
「いつもはこう…時間がない、とか余裕がない旅だ、とかって思ってたけど、さ。不思議だね」
「…そうだな」
短く会話を交わして、また沈黙が流れる。
ふと、彼が隣を歩く彼女がいないことに気づいた。
立ち止まって後ろを見ると、少し後ろで彼女が立ち止まっているのが見えた。
何かと思い、少し戻る。
「…何やってんだ」
「あ。あぁ、すまないね」
彼は慌てて歩き出そうとした彼女を手で制す。
「お前が途中で立ち止まるなんてそうはねぇだろ。何かあったのか」
「え、…ううん、別に」
言葉を濁す彼女を不思議そうに見て、彼は彼女の視線の先を目で追った。
そこにあったのは、小物を並べている小さな出店。隣にいる彼女とを見比べて、彼は少し笑う。
「な、何がおかしいのさ」
「…いや、お前みたいなのでもああいう物に興味を示すんだなと」
「…どうせ私は女らしくなんてないさ」
拗ねたようにそっぽを向く彼女に、また彼は苦笑する。
「そうとは言ってないだろうが」
「…」
「拗ねんなよ。ガキかお前は」
「うるさいよ」
また苦笑して、彼は出店の商品をぼんやり眺めている彼女を見た。
なんだかんだ言って興味があるんだろう。
「…どれだ?」
「へ?」
目を見開いて答える彼女に、彼はぶっきらぼうに言い返す。
「…どれがいいかって訊いてる」
「…え。…えぇ!?」
思わず彼女は彼の顔を凝視する。
彼は照れくさそうにそっぽを向く。
「あ、あんたがそんな事言うなんて…今日は雹?それとも隕石…いや、また星の船でも降ってくるんじゃ…」
「…あのな」
おもむろに空を見上げている彼女に、彼は呆れた声を出す。
「次に来たときはもう出店が出てねぇかもしれねぇだろ。何か欲しい物があったんなら今買っといたほうがいいだろうが」
付け足したように、呆けている彼女にそう言う。
まるで正当な理由を無理やりにつけているようで、彼女は少し笑った。
「…それに、お返しとやらをしなきゃなんねぇんだろ?不本意だが」
「あ、一応気にはしててくれたんだ」
「…」
彼の場合、沈黙は肯定の意を示している。
それをよく知っている彼女は彼に気づかれないように笑った。



…でも。



「…やっぱりいいよ。遠慮しとく」
「あ?」
思いもよらない、とでも言いたげな表情で、彼は間の抜けた声を出す。
そんな彼に特に構わずに、彼女は出店の前から離れる。
「なんで」
憮然とした面持ちで彼が彼女の背中に声をかける。
彼女は首だけ振り返り、少し困ったように答えた。
「…気持ちだけで十分だし、さ」
「…気持ち?」
出店から離れて道を歩き出した彼女の隣に並びながら、彼が半眼になって訝しげに問いかける。
「そう。気持ち」
視線は前に向けたまま、彼女が答える。
「何でそんなカタチのねぇ物で満足すんだよ、お前は」
「物欲乏しすぎなあんたに言われたくないね」
「…そうか?」
本当に無自覚に言うものだから、面白くなって彼女は小さく微笑んだ。
「まぁ、とにかく。人に無関心で無礼極まりない失礼なあんたが、珍しくこんなこと言ってくれたんだ。それだけで十分さ」
「…失礼なのは一体どっちだ」
「ふふ」
彼女が笑って、彼が憮然とする。
「あと、見るからにビンボーそうなあんたに金使わせるのなんだか悪いしねぇ」
「あぁん?」
ぎろりと睨む彼に、彼女は冗談だよと返す。
「それに…」
そこまで言って、彼女が口を噤んだ。
視線で何だと問いかける彼に、軽く首を横に振る。
「ううん。なんでもないよ」
そう言って彼女は笑った。
彼はそんな彼女を見て、少し何かを考えていたようだった。



が。
結局そのまま何かを買うこともなく、彼らは宿に戻った。





その日の夕方。
ネルが彼の部屋に何気なく行くと、そこには誰もいなかった。
不思議に思いながらも、まぁあの気まぐれ男だし、と納得して自室に戻る。
と、その途中の廊下で、スキップしているスフレとぐったりしているロジャーに出会う。
「あれれ〜?ネルちゃん、ひとり?アルベルちゃんは?」
大きな瞳をさらに大きくして、スフレが尋ねる。
「さぁ」
「さぁって、一緒じゃなかったの?」
「いや、昼頃少し外をぶらついてから、どこかに行ってるみたいでいないんだ」
現に今部屋に行ってみたんだけどいなかった、と告げると、スフレは頬を膨らませて抗議するように言い放つ。
「なにそれ〜?んもぅ、ネルちゃんをほっぽって一体ドコほっつき歩いてんのさ、アルベルちゃんはー!」
「…あんた達は存分に楽しんできたようだね」
機嫌が良さそうだったスフレと、引きずり回されたであろう昇天しかけているロジャーを見比べてネルが言う。
「うん。でもネルちゃんおいてけぼりなんて、可哀想…」
「…別にあいつがどこへ行こうとあいつの勝手じゃないかい?」
スフレは何かを言いたそうにネルをじっと見ていたが、
「………そう。じゃ、あたし達そろそろ行くね。ロジャーちゃんも疲れちゃってるみたいだし」
そう言って、ロジャーの首根っこを掴んで(多分自室へ)歩いていった。





ネルはちら、と壁の時計を見る。
長針が指しているのは、夕方と夜の中間くらいの時刻。
…あと、七時間そこらで今日はおしまい。



突っぱねたのは自分のくせに。
昼、あいつが珍しいことを言ってくれた時、いいと言って遠慮したのは自分のくせに。
今日が、このまま終わってしまうのがつまらないと感じてしまうのは何故なんだろう。
最近たまに、考えていることが自分の中で食い違ってしまうことがあって不思議だ。
…あいつと出会ってから、特に。





その日の夜。
「ネールーさんっ」
両腕で巨大な癒し猫を抱きしめているホクホク顔のソフィアが、ネルの部屋のドアをノックした。
ネルがどうぞと答えると、ソフィアは失礼しますと言って入ってくる。
「あれ?アルベルさんまだ帰ってきてないんですか?」
入るなり、部屋をきょろきょろ見回してソフィアが不思議そうに首を傾げた。
「あぁ。どこ行ってるんだろうねぇ」
ソファにゆったりと座ってのんびりと答えたネルに、素早く返答が返ってくる。
「もー!アルベルさんったら、ちゃんとネルさんにお返ししてくださいねって言ったのに!」
憤慨したようにソフィアが眉を吊り上げる。
「いいんだよ。…私がいいって言ったんだから」
「…え?」
どういうことですか、と訊いてくるソフィアに、ネルは苦笑して答える。
…これを言ったら怒られるかな、と思いながら。
「昼、小物の出店で、何か欲しいのかって訊かれたけど、遠慮したからね。…ほっとかれても、お返しがなくても当然さ」
「…な、んでそんなこと言ったんですかー!なんで!」
予想通り、女の子らしい高い声が一層大きく響く。
「ホワイトデーってのは、バレンタインのお返しをせしめることができるお菓子会社の陰謀…じゃなかった、粋な取り計らいなんですよー!?それをなんでまた!」
台詞中に一部腹黒い台詞が混じっていた気もしたが、ネルは深く突っ込まないことにした。
「…うーん、特に欲しいものがなかったから、かな?」
「え?」
「いや、だって今本当に欲しいものとか、ないからさ」
「―――…」
ソフィアは一瞬ぽかんとして、すぐに複雑そうな笑顔を浮かべた。



違う。
違うよ。
ホワイトデーのお返しは。
何か欲しいものがあるから、貰うんじゃないんだ…。





「…ネルさん、謙虚すぎますよぅ」
本心とは裏腹に、ソフィアはそれだけ答えた。
「そうかな?」
「そうですよー」
あはは、とまた苦笑して、ネルはさらに続けた。
「それにね…。あいつがそうやって、何か欲しいかって訊いてくれただけで、なんだかもういいやって気になったんだ」
あの、人に無関心でお返ししようなんて気カケラもなさそうなヤツが、だよ?
そう言ってネルが笑った。その言い回しが面白くてソフィアも少し微笑む。
「あとね、…お返しって、無理に貰うものでも、無理にあげるものでもないと思うんだ」
「?」
「何か物を貰って、それが嬉しかったんなら、自分からお返ししようって思うだろう?でも、あいつはこういうイベント…ホワイトデーだったっけ?が、あったからしょうがなくお返ししよう、って思っただけだろうさ。だから、無理に貰う必要もないかなって」
「…っ、ごめんなさい!私やフェイトが悪乗りしてアルベルさんに余計なこと言ったから…」
途端に目を伏せてしゅんとなったソフィアに、ネルは慌てて言い直す。
「あ、そういうことを言ってるわけじゃないんだ。お返ししてくれようとした気持ちだけで、十分ってことさ」
「…でも、なんだか申し訳なくて…」
まだ謝ろうとするソフィアを手で制して。
「あんたが気にすることじゃない。だからそんな顔しないでよ」
「…はい」
こくり、と頷くソフィアを見て、ネルが安心したように表情を和らげた。
ソフィアは複雑そうにネルの顔を見た。



ネルさんは。
アルベルさんが、イベントがあるからしょうがなくお返ししようとした、って言ってるけど。
…でも、きっと。



「…アルベルさん、"しょうがなく"じゃないと思うんだけどなぁ…」
小さくつぶやく。
「え?」
聞こえたのか、ネルが聞き返す。
ソフィアは首を軽く振って。
「なんでもないんです」
答える。
その時。



ばだん!
部屋の扉が、ノックもなしに乱暴に開けられた。





「!?」
驚いてソフィアが肩を跳ね上げる。
ネルは大して驚いた素振りもなく、ドアを開けた相手に向かって視線も上げずに言った。
「ノックくらいしなっていつも言ってるじゃないか」
「今更だろうが」
答えたのは、低いぶっきらぼうな声。
ソフィアは驚いていた顔を面白そうな笑みに変える。
「…あっ、じゃあ私は邪魔しちゃいけないのでこの辺で」
「え?」
ネルに反論の機会を与えず、ソフィアはすくっと立ち上がってそそくさと部屋を出て行った。
部屋を出て行ったソフィアを目で追って、アルベルがネルの近くまで歩み寄る。
「どこ行ってたんだい?」
アルベルに背を向けた体勢でソファに深く座ったまま、ネルが訊く。
「さぁな」
答える声はいつもと変わらない。
昼のぎこちない会話をまだ少しだけ引きずっているのか、ネルはそれからしばらく押し黙る。
少し嫌な沈黙が流れる。
「…まぁ、別にあんたがどこで何をしてようが、私には関係ないかもしれないけどさ」
そう言って、ふいと視線を逸らす。
アルベルが、ネルの座っているソファに近づいた。
次の、瞬間。





ばらばら。



そんな音と共に。
ネルの目の前に、白と赤の混じった色の、小さい何かが何個も落ちてきた。





「―――――え」
ネルは思わず、目の前に落ちてきた何かを両手で受け止める。
手の中に転がっているそれは、小さな、



「…飴……?」



何でそんなものが落ちてくるのか。
ネルが疑問に思って上を見上げると、ソファの背もたれ部分の真後ろに立ったアルベルと目が合う。
小さな飴は、傾けられたアルベルの両手からぽろぽろと降ってきていた。



ぽかんとしているネルに、アルベルは視線を逸らしながらつぶやく。
「…さっきの質問の答えはそれだ。くれてやる」
「え、…え?」
真上にあるアルベルの顔と、手の中にたくさんある飴を見比べて、ネルがつぶやく。
さっきの質問?
…どこに行ってたのか、っていう、あの質問?
じゃあ。
それは、つまり。



「…まさか、これ…買いに行ってたのかい?」
「………」
気まずげに目を逸らしたのが、アルベルが肯定を示した証拠だった。





「うわーアルベルさんカッワイー」
「ホワイトデーに飴渡すなんて案外可愛いとこあるねー」
「でももうちょっと気が利いたものあげればいいのにー」
「だよねーどうせなら指輪とか指輪とか指輪とかさー」
「まぁアルベルさんだしー」
「そうだねアルベルだもんねー」
ドアの向こう側、廊下の方から聞き慣れた声が二人分ほど聞こえて。
アルベルは腰に刺していた刀を抜いて何のためらいもなくドアに向かって投げつけた。
がすっ!と刀がドアに思い切り突き刺さる。
「きゃーなんてことするんですか!ドアの修理代、自分で払ってくださいよ!」
そっちの心配ですか。
立ち聞き犯その一のフェイトが心の中で突っ込んでいる間に、立ち聞き犯その二のソフィアが怒った顔で刀が突き刺さったままのドアを開けた。
「…あんたら」
呆れながらネルがつぶやく。
開き直った二人はずかずかと部屋に来て、ネルの手元を興味津々に見やる。
「…あ。やっぱりフツーの飴だ」
「うんうん、どこにでも売ってそうな」
「…何が言いたいお前ら」
ドアの前に移動して、刺さった刀を抜きながらアルベルが振り向きもせずに問いかける。
フェイトは腕組みしながら答えた。
「いや、だってさ。お前、結構な間宿を抜けてただろう?だったら、もっとすごいものでも買ってくるかと思ったんだよ」
「そうですよ、てっきり、ネルさんが言ってた小物屋さんで何か買ってきたのかと」
不思議そうに二人が言って。
そう言われれば妙だな、とネルが貰った飴に視線を落とす。
彼がわざわざお返しの為に買いに行ってきたのだとしたら、さっきの小物屋で何かを買ってもいいはずだ。
というかその方が自然だろう。
確かに一ヶ月前、自分が彼に渡したのはお菓子だったから、それに合わせたお返しを買ってきた、とも考えられるけど。
白い包み紙に赤い苺の模様がついた飴を見て、そんなことをぼんやり考える。
…そういえば、この包み紙からして、これは苺味なのだろうか。
確かに私は苺が好きだけど…。…。…?





苺?



の、飴?





まさか。



これは。





ネルはしばらく、目の前の飴を凝視していた。
そして。





―――目の前の飴と。
遠い昔、小さい手で彼に渡した物が、一瞬ダブる。





え?





「―――……あっ!」
「え?」
「どうかしましたか?」
短く叫んだネルに、フェイトとソフィアが振り向く。
ネルは手の中の飴を凝視したまま、目を見開いている。
その表情が、次第に笑みを作っていく。
「…そうか、あんた…」
すっと顔を上げて、ソファの後ろに立っているアルベルを振り向く。
「それなら"見るからにビンボーそうな"俺が買っても気にしねぇだろ」
アルベルはわざとらしく言いながら、にやりと意地悪くいつも通りに笑う。
「? ?? ???」
フェイトとソフィアはそんな二人を見比べながら疑問符を浮かべる。
「…うん」
そう言って笑うネルを見ながら、どこか居心地が悪くなってきたフェイトとソフィアは、
「あ、じゃあ、なんかよくわからないけど円満にまとまったみたいで何より」
「えーと、はい、お邪魔しました!お幸せに!」
そう言ってたったか部屋から逃げていった。



…ね。
それが欲しいとか、欲しくないとか、そういうのは関係なしに。
お返し貰うと、嬉しいでしょう?



ソフィアは去り際に、部屋の中の二人を見てにこりと微笑んだ。





二人きりになった部屋で。
「これ、あの時の飴と一緒なんだね」
ネルが、手の中の飴をひとつ口に入れながら言った。
「今頃気づいたか阿呆」
そんなネルを見ながら、アルベルがソファの背もたれに肘をつく。
「…よく、覚えてたね。私がこの飴好きだって言った事」
「偶然たまたま思い出しただけだ」
「偶然ねぇ…」
くすくすと笑いながらネルが呟く。
「でも、これ、シランドでしか売ってるの見たことなかったんだけど?」
「さぁ、知らねぇなぁ」
「でも、それあんたは知らないはずだよね」
「どうだかな」
「探し回ってきてくれたんだ?わざわざ」
「言ってる意味わかんねぇよ」
その曖昧な言い回しがすべて肯定の意だと、ネルは理解して。
自然と、笑顔になる。



「…うん。美味しいよ」
「そりゃ良かったな」
「あんたがわざわざ遠いところ探し回って買ってきてくれた物だからね」
「…はいはい」
「あんたも食べてみなよ」
「あ?…何でお前にくれてやったものを俺が―――」
そこで言葉が途切れる。
アルベルの口を、ネルが自分のそれで塞いでいた。
ころり、と何かがアルベルの口内に移る。
「一ヶ月前のお返し。案外驚くもんだろう?」
顔を離して、悪戯っぽく笑ってネルが言った。
アルベルは口の中の飴をもごもごさせながら苦笑する。
「美味しいだろう?」
「…まぁな」
仕返しを成功させて、ネルが満足げに微笑む。



「…来年も、コレがいいな」
「あ?」
二つ目の飴を開封しているネルに、アルベルが訊き返す。
「来年もお返しはこれがいいなって」
少し照れたように言うネルに、アルベルがどこかぼけっと答える。
「…つぅことは」



来年も。
何かくれると解釈していいんだろう?



「え?」
「いや、なんでも」
「何笑ってるんだい。変なヤツだね」
そう言いながら、ネルは自分も笑う。



「…あ、そういえば」
「あ?」
「肝心なことを忘れてたね」





「…ありがとう」



やっぱり。



「嬉しかったよ」





やっぱり、何かお返しを貰えるのは。
なんだかんだ言っても無条件に嬉しい。





来年は、あんたに黒の手袋でもくれてやろうかな?



そんな事を思いながら、ネルはまた飴を口に入れる。
口の中に広がったのは昔と変わらない、大好きな甘い苺の味。